第26-1話 最終決戦1

 キシヨはリスグランツを中庭に蹴り飛ばした。

 リスグランツは黒数珠繋ぎに取り込まれ、数珠玉がうごめきながら絡まって巨大になった。てっぺんから顔を覗かせるにとどまる。

 じゃらららら、聞いたこともないような数珠の音に、あたりの忍びたちは尻尾を巻いてにげていった。

 中庭は戦闘が勃発する前とは見違えるほど荒れていた。

 芝生だった地面が所々えぐれている。だが、目立ったのはすべきはよしきが吹き飛ばした左斜め前の城壁。バルがキシヨを襲った場所が、ぽっかりと消滅していた。一方、鏡が切り裂いた部分は精密すぎて逆に目立たない結果となっている。


 ハルトの青銀の髪の毛が逆立つ。忍びとは思えない近未来的なバトルスーツは忍び頭が使うに匹敵する強度だったが、リスグランツにかすれただけで大きく破けていた。

 クロカズも赤銀の紳士服の汚れを払う。だが、肩の部分が焼け焦げていた。

「バカみたいに強いぞこいつ、ウゼェなあ」

「ひゅ〜、長時間触れると焼け焦げるようだな。風遁でもさほどのダメージを負わせられずか」


 一方、サカ鬼が乱れている和服をさらに乱して逃げ回っていた。折れた腕をかばってリスグランツから伸びる黒い触手を躱す。

「さすがに腕が折れたら戦えない! コーデル、早く酒を!」

『酒で回復する人間がいるわけないよ』

「ウッセー! 俺だよ、酒鬼だ!」


 龍矢は城壁に黒い尻尾を突き刺して避難している。

 黒数珠繋ぎの触手は彼を見向きもしていないが、見向きもされないのはドラゴンとしてもプライドが傷つくらしい。らしくないしかめっ面でサカ鬼を眺めていた。

「俺も翼が折れてる。ミズノ、輸血パックを転送してくれ」

——ミズノさんは今よしきさんのサポートですぅ。私がお送りしますのでお待ちくださいですぅ〜——

「バカ、お前は転送が苦手だろ。この前も火山で雪だるま送ってきただろうが」

——転送しましたですぅ〜——

 龍矢の頭の上に酒樽が転送された。

「これは鬼にわたセェ!」


 たくっ、それでもエクレツェアの民か。


 その頃、キシヨが勢い余って中庭に飛び出し、えぐれた芝生の上に着地したところだ。

 同時に、黒数珠繋ぎに取り込まれているリスグランツが起き上がった。もはや人型ではなく、数珠が丸く絡まったような姿だったが、戦意は明確だ。


『娘をヨコセェ!』

 リスグランツの雄叫びに呼応して、数珠繋ぎの黒い触手がキシヨに伸びる。じゃらじゃら音を立てて真っ直ぐ進んだ。

「あらよっと!」

 右に華麗な緊急回避。ついでにリスグランツにまとわりつく黒数珠繋ぎに弾丸をお見舞いした。計10発。

 だが、黒数珠繋ぎの弾力は弾丸を通さない。トランポリンのように弾んで、あろうことか弾丸を100パーセントそのままの威力で跳ね返した。計10発。

「それは物理法則を無視してるだろ! 危ない危ない危ない!」


 無造作に跳ね返された弾丸はかすることもなかったが、銃弾を弾かれたのは初めての経験だった。


● どうだい、キシヨくん。ラスボスのお味は?

「とんでもねぇな。正直勝てる気が全然しない」

● それはそうだろうねぇ。あの黒数珠繋ぎは、初代女皇帝が1・3世界から持ってきた最終兵器だから。

「ははは、ますます笑えねぇ」

● いいねぇ、よしきに似てきたよ。


 くすぶったキシヨの表情が戦いたいと唸っている。絶対に勝てない相手でも、勝てる気がしない相手でも、逃げるという選択肢がさっきから一切出てこない。

 まるで逃げるという言葉がキシヨから逃げているようだ。


 主人公に似つかわしい。


 キシヨは銃を構える。流線型のその銃を改めて覗くと、今まで使っていた二丁拳銃よりはるか高い性能であることを今更実感する。この武器でなければっこまでこれなかっただろう。


「気に入った、一生使う」

 いい心がけだ。さあ、戦いに戻ろう。



****************************************


 そんな時、和帝の城を遠くから俯瞰する二人組がいた。

 一人は酒樽ほど大きな体を持つ白髪の男性、バル・グレンシア。

 一人は中学生のような顔と身長の白髪を持つ男の子、ジル・グレンシア。

 二人は詠嘆のエクレツェアの攻撃をもろに受けて城が遠くに見えるところまで避難していたのだ。

「はーっはっはっは! 全くはがたたんかったのぉ!」

「なんやあれ、詠嘆のエクレツェアか、練炭のエクレアかなんか知らんけど遣り過ぎやれあれ。二回も同じ攻撃する? ふつう」

「はーっはっは! 仕方あるまい、われわれがじゃましたもんだろうからな」

「もうあんな国帰属していらんわ。もう、平和になって、城も壊れんと、大荒れにならんかったらええ」

「それはまたおもしろいうそよのお」

「そんなことよりマルツくん、さっさと帰投しようや〜」

◯ そうだな、我々は我々の物語があるのだから。







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