第21話 運命の怪盗と開幕のグレンシア

 中庭でも衝撃が走って城の全体に響き渡る。城の南西部、小さな一室は花柄の刀が額に飾られていて、それ以外は変哲もない木の机と椅子しかない場所だ。

 そんなどこにでもありそうな一室で、一人の人物が白い石膏の粉を散らしながらコソコソと作業を進めていた。


「しめしめ、あっちで騒いでくれればこっちの作業もはかどるってもんよ、これもまた運命」


 ガチャ、と音を立てて取り出したのは額に飾られていた花模様の日本刀だ。この刀は和帝の国では国宝で、代々|神刀(しんとう)|として受け継がれていた。

 しかし、その情報は最上級の秘密事項である。存在することすら和帝の人間のほとんどが知らない。そのため、安い額縁の中に保管され、ただの装飾品を装っていたのだ。

 とはいえ、この場所は和帝の家系図を守るために設けられた黒い場所に匹敵するセキュリティーを誇っている。ただ、誰もに知られていないぶん、その凄さはただの装飾品と同様になっていた。


 トーやは刀を丁寧に扱うと、自分の体に突き立て、ズブズブと体内に収納してしまった。


「ターゲット回収」

「まーた、そうやって依頼人を裏切って次の依頼人に運び渡してたってわけか。命落とすぜ?」


 声を聞いた瞬間に、トーやの白い髪の毛が一気に逆立つ。そして石膏でまだらの顔を向けた。


「見てたのかい。それもまた運命かな?」


 そこには木の机の上に座り込んで様子を窺っていた鏡の姿が。


「いやねぇ、さすがに見過ごせないぞ。ケリはつけるぜ? こんな騒ぎ起こしたんだからな」


 頭をかきながらひとつ尋ねる。


「だがよ、トーや。エクレツェアを出し抜くとはどういうことかわかって——」


 その時、トーやが床を足でタップする。それを合図に壁や天井の白いところすべてから鏡の命を狙って鋭い棘が伸びた。

 鏡は体重を後ろへかけて机ごと後ろへひっくり返ってかわすと、机の裏には鋭い棘が突き刺さった。


 トーやはただ笑って、

「早く姿を現しなよ、鏡さん。君がじゃないことくらい運命はわかっているんだよ」

「な〜んだ。わかってやがったか。なら、よしきの格好をしなくてもいいんだな、後悔するぜ?」


 ゆらり、と机の後ろから巨大な大鎌が飛び出してきた。それは青と黒で西洋建築風にデコレートされた古の形状で、刃がはためくように揺れ動いている。


 すると、ゆっくり腕が上がって、大鎌は机に突き刺さる。机にグリグリとねじ込むと大鎌で持ち上げて部屋の入り口に投げつけてしまった。

 入り口より大な机は衝突して壊れ、破片が舞ってあたりに木屑を散乱させた。


 奥に鏡の姿が現れる。


 リクルートスーツの彼は安物のそれに見合わず高級なシルクハットを被って座り込んでいた。帽子を回転させると、上に放り投げる。それはその先に開いた紺色の穴に吸い込まれていく。


 トーやがワクワクとした顔つきで彼の背中を見やる。


「死神役協会会長。鏡将(かがみしょう)。君はまだその運命の影武者仕事をやってるのかい?」

「悪かったな。だがな、あいつの影武者は仕事じゃない、契約だぜ?」


 そう言ってゆっくり立ち上がると振り向き、おもむろに大鎌を向けた。

 背は並の高校生くらい。顔は童顔で澄んだ瞳、みただけならほとんど少年だ。リクルートスーツも着ているというよりは着られている。

 先ほどのシルクハットもまるで似合わないような美少年だった。

 だが、ひとつだけ音な顔負けの部分がある。


「というわけで、お前を逮捕するぜ? 元ヤクザが言うのもなんだがな」


 その顔には大人顔負けの悪巧みのいやらしい笑顔が張り付いていた。


******************************************


 キシヨはその頃、空にいた。月が明るく大地を照らしているが、遠くの空があらに明るくなり始めている。朝日が近いようだ。

 リスグランツは朝日と同時にマリと口ずけを交わすようだ。何か朝日を待たなければいけない理由でもあるのだろうか。

 リスグランツはその後にマリを殺して帝位を継承するつもりらしい。それだけはなんとか阻止しなければ。


 キシヨは傍らにはスミレを抱えている。着物がはためきカールした髪の毛が踊った。彼女の匂いが少し鼻について、着物のすべすべとした触り心地が伝わる。


「ちょっと! これどうすんのよ! 落ちてるじゃない!」

「いいから掴まってろ! これから着地する!」

「ヤダ! 胸触らないで!」

「ないもんをどうやって触るんだよ!」

「あるわぁあ!」


 上から見ると城は本当に正方形で忍者の屋敷とは思えないほど純白だった。

 中庭にはサカ鬼と龍矢が黒い忍者に囲われて、赤と青の忍者と交戦する騒乱が聞こえる。彼らを助けるためには加勢するのではなく、いち早く敵大将のリスグランツを倒すほかない。


 すると、キシヨは『フィガー』を発動する。

「オメガブースト!」


 背中からジェットエンジンを生やす。そのまま城の上に着地した。

 スミレは相変わらず叫んでばかりだ。


「きゃー! なんか生えた!?」

「今それどころじゃない!」


 キシヨはスミレの疑問に答える間もなく、着地とどうじに飛び上がる。さらにジェットエンジンを使って長距離の跳躍で進んだ。スミレはその恐怖にひぃひぃ言っている。


「もう降ろしテェェエ!」


 だが、かわまず北の塔へ。城の上の東側を飛び跳ねていく。

「あと少しだ! そのあと、道案内してもらうからな!」

 騒ぐスミレを抑えながら飛び跳ねていると、唐突にキシヨは殺気を感じ取った。

「誰だ!?……なんだ今の殺気……どこかで……?」


 しかし、誰もいない。気のせいか、と思ったその時。足元の城から金と銀の厳かな矛が天井を破壊して突き進んできた。


「危ない!」

「きゃ!」


 キシヨは旋回してかわすも右のジェットエンジンに命中してしまい、バランスを崩す。あれよあれよと言う間に二人は墜落していった。そこにまたしても城を破壊しながら矛が飛んでくる。が、それを避ける術はなかった。


「しまった!」


 キシヨに命中仕掛けたその時だ。


——ゲートを開きます——


 キシヨとスミレは墜落方向に現れた紺色のゲートに入り込み、飛んできた矛をかわした。ゲートの先は城の中で、二人は勢いのまま転がり込んだ。


——周辺にあるバリアのせいでゲートが近距離にしか繋げませんでした。そこは城の南東です。走ってください、朝日まで残り数分です——


「ミズノさん! ありがとう」


 キシヨの言葉を聞いた彼女は押し黙ると、


——敵、接近中——


 同時に部屋の壁が砕かれた。奥から巨大な体が出てくる。その上半身裸や大きなオブジェ、白髪の特徴はキシヨを絶句させた。


「はははは! お前だな、極東の革命児よ」

「なんで……なんでこいつがここに!」

● これは少しまずいことになったな。


 バルは屈託のない笑顔で言って見せた。彼の笑い声は相変わらずだ。


「はーっはっはっはっはっは! 極東支部で会った時以来だな。グレンシア第一提督の私、バル・グレンシアがきたのだからも少し喜んだらどうだ?」


 キシヨは想定外の事態に歯を食いしばって、

「どうしてグレンシア軍がここに!」

「知り合いなの?」


 スミレは尋ねるが、状況はそれどころではなかった。

「フィガー!」

 バルが手を開いて閉じた時には先ほどの矛が握られている。

 キシヨはすかさずトリガーに力を込めた。そして走り出す。

「フィガー!」


 力のこもった弾丸をいくつも打ち込むが、、バルは空いている左手でたやすく打ち消してしまう。一方、彼も次の瞬間には矛を構えて狙いを定める。

 狙いが定まらぬうちに勝負を着けたいキシヨは、より俊敏に突貫すると致命傷を与えるために武器をショートソードに切り替えて接近戦をねらった。

 バルも戦いを心得ており、彼の射程内に入ればただでは済まないことも理解していた。投げつけるつもりでいた矛を持ち直す。


「ははははぁ! ふん!」己の射程内に入ったところで迎撃を始める。巨大な矛をたやすく操り、何度か攻撃を交え、様子を見る。だが、それもすぐに終わった。


 バルの矛がキシヨの芯を捉えた一撃を与えたのだ。防御はされたがキシヨのバランスを見事に崩す。勝負はついたと思ったバルはキシヨに矛を突き刺す。しかし、それはキシヨの誘導でもあったようだ。

 手応えがない、そう感じた時、刺さったと思った矛が空を切る。その感覚が脳に伝わる頃には、すでにキシヨは矛の陰から至近距離まで接近していた。ショートソードで狙いを定める。


 ひゅー、と口笛を吹き、バルはそんなキシヨを見て悠長に感心していたが、それを一旦戦いの外に置いておいて防御に転じる。

 腹筋に力を入れ腹部への攻撃から身を守り、顔の前には左手を準備し攻撃をつかむ用意、首筋には意識を集中して攻撃を避ける算段だ。もし、防御している三つの場所に攻撃が来れば、カウンターで矛を突き刺すだろう。

 そして、バルの経験ではそれらのことは簡単に見抜かれている。こちらも命を狩る一手で矛をキシヨの頭に振り投げた。これで、戦闘はイーブン。それをキシヨは避けて距離を空ける。もう接近させることすら無く戦えばいい。そう考えていた。


「バーストアップ!」


 銃声。


 だが、矛が手から離れて城の窓を突き破った頃には、バルのこめかみから血が流れていた。


 キシヨはバルの後ろに走り込んで体制を整えなおす。さらに銃を向けて警戒した。バルも警戒して手のひらを向ける。その手には『核融合兵器』の小手が備わっている。


 一体何が起きたのか?


 結論はこうだった。彼はまだ使えるジェットエンジンを点火させた勢いで矛をかわすと、防御されている急所全てを見透かして、ショートソードを二丁拳銃に持ち替える。


 そして接近中にもかかわらず足元からバルのこめかみを撃ち抜いていたのだ。だが、それだけではわからない速度。『バーストアップ』の声とともに俊敏になった気がする。


 バルは彼の周囲に現れている赤いエネルギー波を見ると納得をして、


「ははは! 『フィガー』一つで二つの物語を扱う兵器への適合率か。聞いているぞ、攻撃、防御、移動の『オメガバースト』と性能を上げる『バーストアップ』」


 バルはさすがの強さに高笑いする。

「はーはっはっはっは! さすがだ、革命児よ。だが、次はこうはいかない」


 バルの投げた矛が向かい側にある西の塔をたやすく破壊していた。惨状を見ると、スミレはあんなのがキシヨに当たっていたらと考えてぞっとする。


 だが、スミレは本来の目的を思い出した。


「そんなことしてる場合じゃないわよ! 早く行かないと!」

「俺たちはお前と戦いに気わけじゃない! 行くぞ、スミレ!」


 するとそこに、あの関西弁が。


「何言うてますのん〜! 戦いは殺してなんぼの世界でっしゃろ〜。こんなところで逃げとったら、俺の商売上がったりですわぁ〜」


 キシヨの後ろからあまりに誇張した関西弁が聞こえてきた。声の主も張ると同様に白い髪の毛を持ち、古代ギリシャ風の格好をして何かの音楽を口ずさんで、


「戦いとは〜常に〜衝撃的なものやないやないやんかいさ〜」

 パカリ

「あかーん!」


 キシヨが瞬きをした瞬間に、ジルの足元がパカリと開いて彼はそこに落ちていった。

「すんませーん。ひっかりました〜! 助けてくんなせぇ!」


 キシヨは思わず足を止める。


 バルは一気に緊張を緩めた。阿呆らしいとため息をついてついて吐きまくる。

「はっはっは、はあ、あいつは強いんだがな。決定的な弱点がある……関西人なんだ、はあ」

 一体何の報告だ。

 キシヨはずっこけそうになったが気を取り直して、

「そんな冗談、今の状況じゃ笑えねえな」

「ははは、はあ、冗談じゃない、もう笑えないくらいアホだ」

「……面白いのはわかった、真面目にやってくれ」

● シリアス返せ馬鹿野郎。


 バルはノリの良い彼を案じた。

「ははは! 相変わらずだな。しかしまぁ、お前のことは聞いていたが、異世界に来るとは思わなかったぞ。太一とやら。どちらかというとお前の相方のキシヨの方が異世界に来ると思っていた。あいつの方がはるかに強かったからなぁ」

「はぁ? 俺は太一じゃない、キシヨだ……きちんと調べてくるんだな」


 それを聞いた途端、バルのぶらぶらとしていた手がピタリと止まる。少し低めの強い声で尋ねた。


「どうしてだ……? 見る限りお前が太一。なぜそんな戯言を言う?」

「わからねぇな。俺はキシヨだ。」


 スミレも、バルの言っている意味はわからない。敵対しているとはいえ、顔見知りの名前をそうあっさり間違うものだろうか。

 だが、バルだけはなんとなく答えに感づいていた。


「そういうことか。どうりで前ははるかに強かったはずだ。グレンシア極東支部のときから時間が経って、少々混乱しているようだな」


 バルはこの上なくため息を漏らして、らしくない詠嘆をした。


「はぁああ……では、お前が太一でなく、キシヨであることを証明してみよ。グレンシア支部を一撃で破壊したあの時のように、その力を操ってみせろ」


 手を前に出す。


「ははははは! フィガー・悲劇の幕引き(カタストロフ)!」


 これはいよいよまずい。早くキシヨを逃がさないと!


 彼の手に金色の矛が現れた時、その場全体に圧迫感が訪れた。その時感じる。今のキシヨにバルは倒せないということ。


「ま、まずい! 逃げるぞスミレ!」



「はははは! やはりな、お前にはキシヨを名乗るのは無理だ。まだ弱すぎる…………」


 すると、バルは急に呆れて矛を床に突き刺した。そして、『唱える』。


「リスタート」


 ギコー、ギュルギュルギュル


 その言葉と時計のネジを回すような音が聞こえると、キシヨとスミレ、そしてその周りから全て重力が消えたように感じた。驚いて瞬きをした次の瞬間、キシヨはどこかに転がり込んできた。


 そこには見覚えのある景色。傍らにはスミレを抱えていた。


——城の周辺にあるバリアのせいでゲートを……これはまさか——


 聞き覚えのあるミズノのセリフ、同時に部屋の壁が砕かれた。奥から巨大な体が出てくる。その上半身裸や大きなオブジェ、別の意味でキシヨを絶句させた。


「はーっはっはっは! 経験は常に蓄積される。もし、一度経験した戦いをもう一度交えるとしたら、もうさっきのような傷は受けないだろうな。これを我らは『リプレイ』とも言う」

 リプレイか。これはいよいよまずい!


”はーハハハハハハハ! きたよきたよこの展開!”

”さあキシヨ! このバル・グレンシアこそ極東の最大の敵だ!”

”今すぐグレンシアの基地を一撃で滅ぼした時のように、僕の力を使うんだよ!”

”そして、僕と完全に一つになるんだ!”


 こんな時に限ってキシヨにしか聞こえない幻が、語りかける。

● やはりお前は『フィガー』そのものだったか。

”今更気がついても遅いんだよね! 僕たちはキシヨと太一の中なんだ!”

”フィガーはただの依代にすぎないさ!!”

● 貴様ぁ、本物のキシヨがどこにいると思っているんだぁ……。


 バルを目の前にして簡単に逃がしてもらえるとは思えない。もはや戦うしか残されていなかった。

 キシヨはスミレを背後へ回すと、銃を構える。

 いかんぞ、いかんぞこれは!


「やってやるよ、最後までな」

「では、一度死んで見るか?」


”戦えキシヨォ!

● 逃げろ太一ィ!

——キシヨさん! そのまま走って2秒後に飛んでください!——

● !?

 その時ミズノが叫んだ。


******************************************


 その頃、南西通路でも激しい戦いが繰り広げらていた。


「この城は全て白い素材で作られている。つまり、この城全体が僕の武器になるってことさ」


 トーやが腕を振った。呼応して城の壁や天井、床までもが波動き鋭く鏡に襲いかかる。

 鏡もバク転で回避するとそのまま廊下に出るが、その廊下すらも彼を突き刺すべく鋭く尖った。しかし、鏡はブレーキをかけるように後ろに手をかざす。たちまち城の鋭利な壁は切り削られていった。


 そのまま方向転換し、部屋の中から雪崩出てくる白い流体から廊下の左へ逃げていく。その時、鏡は少しだけ素早く腕を振った。途端に、廊下を埋め尽くす白い流体は真っ二つに割れる。しかし、それでも迫ってきた。


「最強のデコピンだぜ?」


 鏡はそう言うと、その流体に向けてデコピンを放つ。今度は流体が一気に吹き飛ばされ、廊下の向こう側が開けた。


 ザクッ……


 突然、己の背後から白い槍が飛び出してくる。鏡は体をひねるもかすり傷を負った。リクルートスーツが綺麗に裂け、赤い血が溢れる。後ろを振り向くとトーやのニヤついた顔があった。


 その時、鏡の大鎌が殺意を持って動く。トーやは即座に危険を察知し、大鎌のある右ではなく左に城の白い部分を泳ぐように逃げる。だが、そこには鏡の裏拳が待っていた。容赦なく鼻頭をぶつける。


 少し悶絶して後ろへと逃げていった。


「たくっ、お前、めちゃくちゃ強いだろ? 久しぶりに血を流したぜ?」

 鏡は振り返って脇腹の擦り傷をさすった。手を離すと傷は消えている。


「余裕ってわけね、それもまた運命だ」


 トーやは強敵に苦笑っている。だがそれも油断だというように、トーやの手首が砕け散った。

 鏡は指を動かして冷静に、


「笑っとる場合か。今のは首も狙えたぜ? 『次は胴体を狙う』、これは言霊だ」

「死刑宣告というわけかい?」

 言霊、死神役特有の因果律操作。言葉にしたことが現実化する能力だ。


「やるじゃないか」

 トーやは手首を生やした。さらに、腕を伸ばして廊下の壁に白い棒を突き刺す。

「君が大鎌なら僕は運命の超大鎌だ」


 すると、白の壁が全て一気に泡立ち、尖り、幾つもの刃のついた超長身の白い鎌が現れて鏡を襲う。

 それでも、鎌の速度は鏡には遅すぎたようだ。


「死神役と戦う時にそんな遠い場所にいたらダメだと習わなかったのか? 痛い目みるぜ?」


 瞬間的に詰め寄ってトーやの首根っこを掴み地面に押し倒した。大鎌を握る。

 だが、トーやは半分砕けてみせて、鏡を白い物質で包み込み始めた。


「そうだよね、大鎌は超近距離じゃ使えないから近づかせないとね! ホワイトボール!」


 鏡は大鎌を振り上げて、

「超至近距離じゃないと使えないだ? それは達人に行っちゃダメな言葉だぜ? フルスラッシュ!」


 体が浮き上がるほど大鎌を強く振り抜いた。だが、そこにトーやはおらず。壁から出てくると仰天した顔つきで、


「そんな馬鹿な攻撃するなよ! この城の下は迷宮だぞ! そんな運命聞いてないよ!」

「え? マジで?」


******************************************


「ひゅ〜、魔風・練拳(まふう・れんけん)」


 中庭ではクロカズが手にまとった風で芝生をえぐり取っていたところだ。その横で龍矢が仰天している。だが、それだけではなく手を頭の後ろについてクロカズに両足蹴りを叩き込んでいた。


 正方形の中庭に黒い忍び装束を着たリスグランツの手下たちが、二人の戦いに腰が引けていた。


「加勢したほうがいいんじゃないか?」「馬鹿言え! 巻き込まれたら俺たちがやられるぞ」


 周りの忍者たちはその様子をただ窺っていた。龍矢とクロカズが組み合ってお互いの拳を封じる。それでも蹴りを放とうと互いを押し合っていた。だが、気の短い龍矢が次の瞬間大きな口を開ける。


「グワァアア!」

 大きな牙で咬みつこうとした龍矢の口を片手で抑える。

「ひゅ〜、この独特の牙、お前吸血鬼だったのか。紳士服には似合わない大口だな」

「汚れてる人間に噛みつかずにすんだよ」

『フルスラッシュ!』


 その時、城に大きな衝撃が起きる。瞬間、龍矢とクロカズは互いの後方に飛び跳ねていった。同時に、城を何かが一刀両断する。


「ひゅ〜、何者だ……!」


 その頃、上から叫び声が聞こえた。


「スペシャルキック!」「ついに横文字使いやがったなお前!」


 サカ鬼が勢い良く地面に叩きつけられる。瞬間、地面に亀裂が入った。そのまま地面が崩落する。その場の皆が落下し始めた。

 ハルトが事態に気がつき、空中を平泳ぎで必死に漕ぐ。


「うぜぇええええ!……助かった」


 クロカズが風に包まれ宙に浮いて、ハルトの足を掴んだ。

 龍矢はコウモリにもドラゴンにも似た黒い大きな翼を生やして中庭を眺める。


「サカ鬼(あいつ)はドラゴンじゃないからな。汚いがいいやつだった」

「あん? 何言ってんだ、本当に危なかったな。お前がドラゴンで助かったぜ」


 龍矢がギョッとするとサカ鬼が彼の尻尾につかまっていた。


「うがああああ、汚い手でさわるなぁああ!」

「酒おごるから勘弁しろ!」


 だが、二人は顔を見合わせて、中庭の惨状を目の当たりにする。

「「これはやりすぎたなぁ」」


******************************************


● ああ、本当にやりすぎだよ、君たち。これは想定外だった。派手にやってくれたね。我々エクレツェアの民は異世界に影響を与えすぎないと決めているはずなのに。


 しかし、鏡とトーやは容赦なく戦いを繰り広げ、一方が腕を振るたびに城の形が流動し、もう一方が大鎌を振るたびにおかしな形のオブジェに切断される。


● 綺麗じゃないな、戦い方が。

● エクレツェアの人間はみんなそうなのかい? 僕は違うけどねぇ。


「ブラッドサイズ!」

「ホワイトガーゴイル!」


 そうこうしている間にも、鏡が黄色のオーラを纏い、トーやは自身が白いガーゴイルとなって互いに走り寄っている。狭い廊下でよくやるもんだ。

 次の攻撃はかなりの威力が想定できた。

 仕方がない、少し早いが変わってもらおうか。


● 役を変われ、鏡。


「グワァア!」


 トーやがガーゴイルの姿で鋭い突きを入れる。

 本来、鏡はそれを避けるまでもなく叩っ斬ろうとしていたが、様子を見る限り城がぶった切られる程度では済まないように感じた私は、薬局帰りのよしきと鏡の位置を入れ替えた。


「あぶなっ!」


 よしきはこういうアクシデントに強い。

 入れ替えた途端、相手の攻撃をかわして首根っこを捕まえてしまった。しかし、白熱した戦いに冷静な人間を入れるべきではないように感じたのは私だけだろうか。あぶな、って雰囲気が台無しだ。


「どうした? お前らしくないな。普段はもっと冷静なのに」


 よしきが尋ねると、トーやはガーゴイルの顔を自ら砕いて素顔をさらした。


「今のはちょっと全力だったんだけど……どこ行ってたんだい。運命に連れ回されたのかい?」

「ああ、カウンセリングを40分と。ちょうどお薬もらって薬局から帰ってきたところだ」

「そうかい。なら、今度は君と戦えるね! 白の薔薇(ホワイトバイン)!」


 すると、トーやの背中から白い薔薇の棘のようなものが大量に現れ、二人を包み込み始めた。

 だが、よしきは冷静に、


「すまん、俺の世界では夕方6時、次は晩御飯を作ってその後に薬も飲まないと」

 足をだんっ、と鳴らした。

「ブラックアート」


 彼の足元から発生した黒い物質は目の前の全てを一気に凍らせるように広がり、トーやと白い棘もろとも埋め尽くしてしまう。


「おっし、終了」

「運命はまだ続いてるよ!」


 トーやは城の壁から泳ぐように現れて、よしきの背後から彼を襲った。


「僕の勝ちだ!」

 だが、飛びかかったトーやの顔の前によしきの手が向けられると、

「この世の終わり(ハルマゲドン)」」

「なにぃ?」


 その時、一瞬でトーやの全身を何か絶対的な力が襲う。トーやは瞬く間に砕けて床に転がった。



「今の何? どんな運命だい?」

「エネルギーぶっ放しただけさ」

「ははは、やっぱり運命的に強いね」

「お前が弱すぎるだけだろ」

「言うねぇ。でも、戦いの運命はここまでだよ。おめあての刀も手に入ったし、これ以上君と戦う意味はないんだよねぇ。バイバーイ」


 すると、砕けたトーやの体はその白を含んだかすかな色すらも失せさせ、石膏像になった。

 だが、よしきは何か不味そうに頭をかいて、


「何言ってんだ。お前が『砕けて避けちまう』から、『あんなこと』になっちまったじゃねぇか」


 よしきが見通す先は、城の南西から南東までを何かが通り抜けてぶち抜いたように何もない景色だった。


「だぁあああああ!」


 と、バルの残響が聞こえた気がする。

 奥には2秒前に飛び跳ねたキシヨとスミレの姿だ。


 よしきはそれを見て笑うと、

「行って来い。太一」

 それは彼に聞こえなかった。


 キシヨとスミレは目の前のバルを吹き飛ばしながらくり抜かれた崖を飛び越えて、向こう側へと着地する。そしてそのまま北に走り出した。


「スミレ! 北はどっちだ? 道案内しろ!」

「まっすぐ! でも、一旦廊下に出ないと!」

「わかった、じゃあ廊下まで壁ぶち破るぞ!」

「なんでそうなるのよ!」


 キシヨは銃を部屋の壁に銃弾を打ち込みながら、壁を蹴り破り、蹴りやぶって、蹴りやぶる。


「よっしゃ、三枚目!」

「あなた強くなってない?」

「そうかもな、四枚目!」

「もうやめてよぉ!」


******************************************


 ズシィン……


「きゃああああああああああ!」


 ここは街中。全くもって普通の街中。交差点に走る自動車、広告が並ぶ建物の壁。夕方の空はまだ明るく、人も多かった。鏡は鎌を振り抜いてしばらくしてから異変に気がつく。


 目の前には斜めに切り崩れた青色の建物の姿だ。


「薬局斬っちまったぁあ!」

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