第19話 スミレの暗殺


 お鷹の胸は廊下を進んでいる。アカリのいる大広間まで少し長い距離だったが、彼女はその距離を感じさせないほど早く宙を飛んでいた。道中、反乱軍が侵入していようものならば瞬く間に対象を戦闘不能にしてきた。


 しかし、その途中で視界に赤いものが映る。それとともに強烈な殺気が訪れた。感覚に任せ左に旋回。頬を触ると切り傷ができている。


「そろそろ来ると思っておりました」


 お鷹の胸の前には、赤い髪の毛と青い髪の毛のそれぞれカジュアルな姿の忍者が17人ほどいた。彼らの先頭にはいま彼女を切りつけた者が刀を眺めている。


「もちろんだ。おれたちはハルト様とクロカズ様にこの国を統治していただくため、貴様ら十三集を蹴散らさねばらなん。容赦はしないぞ?」

「それはこちらのセリフです!」


 お鷹の胸は彼らに襲い掛かった。


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 お鷹の胸が部屋を離れてから数十分。スミレは言われた通りにその場で身を隠していた。奥の部屋の鏡がいつ出てくるのかと待ちくたびれながらも、隠れる意味を考えている。

 黒いこの場所が異様に不安を煽る。もともとそのための色であったようだが、今のスミレには逆公開だった。

 思考を巡らせる。


 普通ならば、アカリを守るためについてこいというはずのだが、むしろその逆。

 そう思うと、お鷹の胸が『障壁』を展開する前も、スミレは戦線から少し離れたところで戦い、十三集のうち11人が離散する結果となってもスミレだけは無傷だった。

 まるで自分が守られているような。そんな矛盾を感じていた。


 その時、人の気配が現れる。黒いこの場所の入り口ももちろん黒く。影もかすかにしか映らない。だが、気配がつかめればこちらのものだった。おそらく敵はこの宝物庫前の入り口のすぐそばにいる。

 スミレは様子を窺う、気配から忍びであることを確認した。お鷹の胸は隠れろといったが、ここには台座と窓以外何もない。戦わなければ命はないとわかっていた。

 武器を構える。指と指の間に挟み込み、3種類ほどを備えた。あとは、現れた敵に奇襲をかけるだけ。緊張の汗を額に流し、直前まで引き寄せてその時を窺っていた。


「何しているんだお前」


 何も感じていなかった背中の後ろで声がした。いつの間にか入り口の影は消え気配は移動していた。

 すかさずクナイで声の主を切り裂こうとしたが、先にスミレが押し倒されてしまう。武器を持つ腕を踏みつけられて悶えた。


 尻餅をついて見たのは忍者とは思えない西洋の騎士のような姿の青い髪の三人。ハルトの手下であった。


 スミレを押し倒した美形の男性が、彼女のそばにレイピアを突き刺さす。

「どうした? 怖くなったのか?」

 窺うまでもなく、スミレからは恐怖が読み取れた。

「面白くないやつだ。もっと食ってかかってくるかと思ったら、何も言わないのか」


 男の挑発にスミレは悔しさをにじませるが、声も出さない。


「つまらんな。ただ怯える人間を殺す気にはなれん。だから一つ話でもしよう」


 すると、男はレイピア突き刺したまま器用に語り始める。


「我らの目的は、ハルトとクロカズを皇帝の側近である側用人にすることだ。アカリ様の命ではない。なぜかわかるか?」

「……知らないわよ……そんな話聞いてない! アカリを殺すつもりなんでしょ? なんでわざわざ皇帝じゃなくてその側近になる必要があるの?」

「わかっとらんな。四代皇帝『ロイツア』の血は絶やしてはならんのだ。彼は偉大な戦いの女王。あの血縁こそがこの国の王に相応しい。我々は側近としてアカリ様に従事する」


 スミレはわかりやすく困惑する。黒目を泳がせて必死で考えた。


「どうして? ならなんでアカリ様に敵対するの? どうしてこんなことを」

「まだわからんのか? 我らは現側用人のお鷹の胸を殺すためにリスグランツと手を組んだ。エクレツェアとの接続を拒否することを見返りにな」

「なんでよ! リスグランツよりあんたたちの方がよっぽど強いじゃ——」


 と、少し興奮してきたところで、男はレイピアをもう一度岩床に突き刺した。思わずスミレの言葉が止まる。男はしゃがみ込んだ。


「じゃあよ、なんでおれたちはここにいるか? っていう話だ。お前はお鷹の胸じゃないんだからな。本来おれたちがここにいるのはありえないんだよ」


 それはすなわち、とある理由でスミレを殺しに来たということだ。彼女は恐々と尋ねる。


「じゃあなんでここにいるの?」

「それはな、お前の母親の命令なんだよ」


 スミレは愕然とした。彼女の母親ということはつまり、

「そうだろ、エクイアの娘。お前とアカリは姉妹なんだってな」


 意味がわからなかった。なぜ、母がそんなことを命じたのか知る由もない。

 スミレが床に伏せていると、上からレイピアを指すハルトの手下が大きく見える。


「わからないだろうから言っておく。前女皇帝エクイアは不確定要素を殺せと我々に命じられた。それはつまり、妹のお前だよ。聞いたことがあるかもしれないが二代女皇帝『メロイア』は姉妹だった。しかし、妹が姉の政権を奪ったことで争いが生まれ、この地で戦った。その時の巨大な戦い跡にこの城を立てたんだとよ。そして、エクイア様もそれを恐れた」


 男は冷徹に続ける。


「だからお前の母は徹底した。同じ自分の娘を徹底して差別した。姉は皇帝を継がせるため優遇し、お前には皇帝になるどころか城に住むことも許さなかった。姉には母の愛情を注ぎ、お前には生きるために盗人をさせるほど辛すぎる現実を与えた。姉には特殊な力が備わっていたが、お前には備わってなかった」


 スミレは唇を噛み締めて、蘇る記憶に耐えていた。


 男は畳み掛けるように言った。


「だが、さすがにエクイア様を驚かれたようだ。里子に出したはずのお前が実力で護衛十三集になって城に戻ってきた時にはな。だからこそ、エクイア様は我々に命令したのかもしれない」


 スミレの大きな瞳から感情が溢れ出したように涙が流れる。今まで追っていた傷が全て開いたかのように、心には激痛が走った。一番求めていたものを目の前で踏み潰された気持ちは、想像を絶する。


 だが、それでも生きていたのは愛してくれる人がいると信じていたからだ。昔に読んだおとぎ話のような。無垢で絶対に幸せになれる世界があると信じて疑わなかったからだ。傷を負ってもそれだけ強くなれた。


 孤独なんてありっこないとずっと言い聞かせていた。


 しかし男は冷徹に、

「だからよぉ、かわいそうだからよ」

 今のスミレには、生きることも死ぬことも重すぎた。


「かわいそうだから、殺してやるよ」


 もはや、頷くしかなかった。母がそれを望むのなら、もうそれでもよい。

「よし、首をハネるぞ。痛くないように一瞬でやってやるから、安心しろ」

 男が後ろへと周り、レイピアを持ち上げと、

「じゃあな」

 振り下ろ——


「やめろ」


 その場の皆を何かが包み込んだ。一瞬地面から浮いたように感じたそれはめまい。立ち直り何事かと思えばあり得ないほどの殺気。ピュアな言葉があたりを騒然とさせ、恐怖ではなく死への覚悟を強迫した。


 レイピアから視線を外すと見えたのは、二つの銃口。バァン、と重たい音が2回聞こえる。目の前では仲間の二人が頭を吹き飛ばされている姿だ。


 それと同時にレイピアを持つ男のこめかみに明確な殺意が向けられた。身をかがめる。瞬時に赤い石のようなレイピアを振り抜く。達人の域のそれはまさに神速であったが、あまり手応えはなかった。


 重い音をして弾が顔をかすめた。その主は素早く着地を決めると、スミレを思いっきり引きずって部屋の反対側まで後退。すかさず二丁拳銃を構える。


「どうなってんだ! どいつもこいつも女泣かしやがって!」


 キシヨは余念無く銃を向けた。

 レイピアを持つ男は倒された同僚を確認して、キシヨのして見せたことを見抜く。


「こめかみを一撃して殺害か。なかなかやるな。だが、お前のそれも致命傷だぞ?」


 瞬間、キシヨの左腕から血液が吹き出した。同時に左腕がぶらんと下がる。一瞬のうちに切りつけられていたのだ。

 レイピアを掲げて男はいう。


「強者との戦いにおいて、手負いは常に負ける。貴様はもはや今戦う資格のない人間だ。おとなしくその女をよこせ」

「はぁ? ばっかじゃねぇの! お前こそ俺が来たんだから諦めて帰ってくださいこのやろぉ!」


 容赦なく銃弾を放った。だが、男は強力な銃弾を難なくレイピアで弾いて突進してくる。キシヨは舌打ちを鳴らすと、右手の拳銃を一振りして緑色のショートソードを銃身から飛び出させた。


 次の瞬間、レイピアとショートソードがぶつかり合う。幾度も重なり合うたびに左腕に響くがかまわず迎撃した。


 こんな誰も愛さないような自分をなぜ守ってくれるのか? 死ぬ覚悟をしていた彼女はただひたすらスミレは当惑していた。後ろで唇を噛みしめることしかできない。


 しかし、赤いレイピアは近くで見ると石のようで、ずっしりと非常に重く。それに対して、ショートソードは軽すぎてまるで歯が立たない。簡単に薙ぎ払われると、一瞬の隙を見せた。


 スミレが思わずキシヨの肩を持って彼を投げ飛ばす。


「危ない!」

「ばか! 何やってんだ!」

「これで終わりダァ!」


 キシヨが叫んだ時にはすでに男は叫び声とともにレイピアを一線。彼女の首をいとも簡単にはねたようにみえた。同時に血が滴る。


 だが、本当にレイピアに切り裂かれたのであればそんなに垂直には滴らないだろう。


「貴様ぁ……」


 青い髪の毛の男は首筋に人差し指をねじ込まれ、口から血を流していた。レイピアも指一本で簡単に制止されてスミレの顔の間際で止まっている。


 キシヨは目を疑った。今、瞬きをしてなかったはずなのに。いきなり男とスミレの前に現れた黒い装飾がこの上なくうるさい男。それも、あれだけ重たかった攻撃をたった指一本で止めてしまった。


 彼の人生でもっともあり得ない人物。スミレを軽く抱いて、なんの力も込めずに救ってみせる男がそこにはいた。


「いくつか、言っておくことがある」


 よしきは平然として口を開き、同時に首筋から指を抜く。

 青い髪の男は容赦なくレイピアを振りなおす。今度はよしきの首の頚動脈を的確に狙った。

 だが、彼は低い声で優しく、


「一つ、愛されていないと感じるのは、己が自分を愛していないからだ。逆に、すべての人類に愛されていても、己を愛していなければ愛されているとは思えないわけだ」


 そんなことを言いながらも、レイピアを指一本で受け止める。

「二つ、愛されていると言うことは素晴らしいが、愛されていないからといって可哀想なことは全くない。むしろ、愛されるために生きることこそ煩悩に支配された可哀想な生き方だ」


 男はそれからも幾度となくレイピアを振り続けた。時には突き刺しもしたが、たやすく人差し指に阻まれる。


「三つ。もし、どうしてもお前が自分以外の存在に今すぐ愛されたくて、どうしても行動ができないという時は、ふて寝してみることを勧める。睡眠は不必要な感情のワーキングメモリをリセットしてくれるはずだ。そういう時は脳が疲れてる。ストレスの多い気とは判断をしてはいけないとあらゆる研究結果がそういうだろう」

「ふざけるナァ!」


 男がレイピアを両手で一線した。同時に指で弾く。たやすくレイピアが切断されてしまった。


「四つ。それでもやっぱり愛されたいのであれば、俺が愛してやるよ。一生かけてな」

 すると、殴りかかってきた男に向き直り、

「お前にも言っておく。それ以上エクイアを愚弄するな!」


 そう言って額をでこぴんすると、それにより一回転して床に倒れた。


「スミレちゃん、しっかりしな」


 よしきは当惑していたスミレの頬を叩いた。彼女は思わず今の状況を飲み込む。着物で涙を拭って、息を落ち着かせた。

 そこにキシヨが割り込んできて、


「鏡! 言われた通りやってきたぞ! マリ様はどこだ?」

「俺はよしきだ、鏡じゃない。あとちょっと遅かったらスミレが死んでたぞ? お前が付いていながら、なんてざまだ。お前の世界では石のレイピアにショートブレードで対抗するんだな?」

「す、すまん……」

「今のは80点だ。負けるにしても95点は取ってもらわないとな」

「すまん……俺のミスだ」


 よしきは仕方なさそうに声を押し殺しながら、

「よし、次及第点じゃなかったらお前をエクレツェアには連れて行かない、絶対にだ」

「!?」

「ま、そんなに驚くな。次頑張ればいいだけさ」


 のんきな声で言って指差したのはその部屋の窓の向こうだ。


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 明るい室内、はるか高い天井はアーチを描く。たくさんの椅子が女神像の前で横に列に並んでいる。女神像の後ろには女神が太陽に手を伸ばす姿が描かれた巨大なステンドグラスがほのかに明るい。


 花嫁の姿をしたマリが新郎姿のリスグランツに詰め寄る。


「いったいあなたは何を考えているのですか!?」

「何を? そんなこともわからんのか、継承者よぉお!」

「継承? 私はそんなものに心当たりはございません!」

「この国では男が帝位を継承してしまうと、黒術つなぎにやられて死んでしまうらしいぃ。だが、ある方法を使うと男でも帝位を告げるのだ。どうやるかわかるかぁあ?」

「そんなこと、知る由もないです!」

「初代女皇帝のお前を炉越すことによって可能なのだぁあ! なあ、女皇帝の子孫よぉ」

「うっわ、完全に人違いなんですけど……」


 引くな引くな、それが本当の事実なんだよ。

 結婚式は今にも始まりそうだ。


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 式場はお城の居住区より向こう側の敵陣地だ。

「一番向こうの北の塔があるだろ? マリちゃんはあそこの結婚式会場にいる。今、敵戦力は俺たち以外が制圧している最中だから敵兵は少ないだろう。だが、それはこちらも一緒。俺は別件があるからお前たち二人でいかなければならない」

 よしきはそういって窓を拳で叩き割った。


「ダメよ! いくら敵がこっちになだれ込んでるからって、向こうは大軍よ! 二人じゃなんともならないわ! それに、私はアカリ様を守らないと!」

「お前は守ってなかっただろうが……」

「!?」


 先ほどとは打って変わり思いっきり彼女を侮蔑する顔はスミレを深く傷つけてしまう。まったく、気をつけてほしいものだ。

 よしきはしまったと少しぎこちなく表情を戻すと、


「いいか? アカリは俺たちが全力で守っている。それに、マリちゃんを助けないと絶対にこの争いは勝てない。なぜなら、マリちゃんはエクイアと血縁関係があるからだ。リスグランツは南から朝日が昇ったのを見計らって口付けをして帝位を継承するつもりだ」

「だが、男は継承できないんじゃ!」

「これは事実だ。朝日まであと10分。お前には動揺してる暇すらないぞ?」


 彼が急かすと、キシヨは慌てて窓の枠に足をかけた。だが、切られた左腕が痛む。


「つぅ……」

「やっぱり無理よ!」


 そこによしきが腕を伸ばし、キシヨの腕の切られた場所を強く掴む。


「あたたたた!」

「なにすんのよ!」

「よし、治った」


 キシヨとスミレが瞠目している間によしきが手を離す、すると切り傷も痛みも治っていた。


「ありがとう。おい、道案内しろ!」

「ちょ! 待って! きゃぁ!」


 スミレの声も虚しくキシヨは彼女を抱えて窓から飛び降りていった。


「マルコ、俺はまだ薬を処方してもらっていない。しばらく頼んだぞ」

● 全く、エクレツェアに連れて行かないなんてそんな気ないのにねぇ。

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