第13話 酒豪、リスグランツ

 高貴な雰囲気の、比較的おとなしい茶色で統一された、城の一室。長方形のこの部屋は、応接間。くつろぐためのもの以外は、必要最小限しか置かれておらず、優雅に紅茶を飲む空間だ。


 今は豪快で低い声と、部屋を軽く愚弄する酒臭さが、漂っていた。


「貴様らぁあ、そう睨むなヨォ。酒でも飲めぇよ」


 にやけた顔、傷だらけの顔、いかつい顔、酒を飲んで赤くなった顔。これらは一人の顔の特徴だ。


 両手には赤い衣服がはだけた優美な女性。右手にはウイスキーの入ったグラス。着ている革ジャンからかい見える縫い傷だらけの屈強な茶色い胸板。彼の黒髪は燃え上がるように彼の頭の上で唸って、ゴツゴツとした足には太く濃い毛がもうもうと生えていた。


「聞いてんのかぁあ? ハルト、クロカズ」


 左手の女性を手繰り寄せながら手前の酒ボトルを掴み、口に直接運ぶ。

 大胆にこぼしながら飲み干すと、


 ゲフゥ。


 大きなゲップをした。

 双眸を軽く見開き、目の前の人間二人を見つめる。


「おい貴様らあぁ。きちんと継承者を殺してくれるんだろうなぁ?」


 そう言うと、酒が足らないのか右手の酒を仰いだ。彼の眼の前には、二人の男性。


「うざったいこと言ってんじゃねぇよ。半殺しにするぞ」


 一人は青と黒が基調の片眼鏡を左目にかけた男。彼は黒と青のジャージみたいな戦闘服を着て、黒の蝶ネクタイを首元に付けている。全ての短髪が後ろに尖り、蒼銀色の光沢を放っていた。とがるような鼻がやけに攻撃的で、威嚇しているかのようだ。


「ひゅ〜、酒を控えたほうがいい。見ただけで肝臓が悲鳴を上げている」


 一方、もう一人の男性は髪の毛は赤銀色。セミロングのそれを指でいじりながら、足を組んでダークスーツを着こなしていた。こちらも全ての髪の毛が刺さるように垂れ下がって、赤いつららのようだ。彼の唇は薄く、小さかった。時たま溢れる吐息が細く、ひゅるりと音を立てた。


 青銀色の髪の男が、目の前の男の醜態に思わず苛立つ。彼を指差して、


「うぜぇ、言っとくが俺はお前の立場もエクレツェアも何にも一つ興味ねぇんだからな!?」

「怒るなよぉ、ハルト。たまたま居住区に入る目的が一緒なだけで、お前らが協力してくれているとは思わねぇよぉ」


 髪の毛を弄んでいた男はそれに飽きるとこう言った。

「ひゅ〜、リスグランツ。お前は口の聞き方に気をつけたほうがいい。俺たちなら、お前の小さな力の軍隊を一瞬で解体できるんだ」

「……わかっておる。なにせ、お前らは『和帝国』の中ではお鷹の胸に次ぐ最強だからな。気ぃつけるけどよ、作戦はわかってんだろうなぁ?」


 すると、酒ボトルを隣の机にドカンと置いて、


「お鷹の胸が居住区に貼った『障壁』はとても切り崩せるようなもんじゃないんだ。だが、『障壁』は三日しかもたねぇ。そして、今日がその三日目だ。『障壁』が消え次第、突入するぞぉ?」


 その時、部屋のドアが勢いよくノックされ、開け放たれた。


「報告します! 次期皇帝継承者アカリ様が婚姻の儀式を進めています!」


 駆けつけた黒装束の人間が跪いて報告した。

 リスグランツは両脇の女性をはねのけて立ち上がった。


「「きゃ!」」

「何をぉお!」


 いかつい顔にシワを刻み、


「なんだと! あの女が婚姻を結ぶぅ? ありえん! なぜそんな事に!」

「どうやら、エクレツェアのものが関与しているようです!」

「あの戦争屋どもがぁ、俺の計画の邪魔をするつもりかぁあ!」


 すると、彼はハルトとクロカズに向き直って、


「作戦変更だ。只今より居住区へ突入するぅ! 消えかけの障壁なら突破できるはずだ! お前らも準備をしろ、朝日の卯の刻までもう時間がないぞ! 口付けをされたらそれまでだぁ!」


 ハルトは隣のクロカズに耳打ちをする。

「お鷹の胸は様はなんでそんなうざいことを?」

「ひゅ〜、いいや、わからん」


 リスグランツは癇癪を起こして、

「貴様らぁあ! さっさと行かんか!」


 二人はうんざりすると、面倒くさそうに部屋をあとにした。


 リスグランツは悪態をつくと、元の位置に座る。女性たちはもう退散していた。

「興ざめだぁ」

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