第11話 帝の間のアカリ(BL好き帝位継承者)
1
コーデルに渡されたスーツケースの中から服を取り出し、キシヨは身を包んでいた。
彼の姿はよしきと似て、黒が基調のとてもタイトな戦闘服。無駄な装飾がないのがよしきとの違いだ。また、銃の色に合わせたように青が散りばめられ、繊細にディテールまでこだわってデザインが彫られた、間違いなく高価な一品なのがわかった。
今は真っ白な内装の廊下を歩いてはいるが、一直線に続いていて途方もなく感じる。だが、歩いてみるとそれは白の構造による錯覚であり、敵の目を欺くためだと知った。
「おほん、皆様。少しだけうるさくしますが気にしないでください」
お鷹の胸が喉の調子を整えながら、おほんおほん、と咳払いをする。
「帝の間、オープン!」
ずごごごご
巨大な白と朱色の門の前にたどり着くと、それはゆっくりと摩擦を起こしながら開いていく。
● その開け方なんとかならんのか。
天井がこれでもかと高く、朱色との交わり、神社の境内のような室内が門の先に広がっていた。折り紙の内側のような室内の折り目が目立つ。
奥には四角いテントのような物が一つ。布が透けて人が座っているのが影で見える。そのテントの前まで来ると、スミレとお鷹の胸はその両脇に跪く。
よしきがその真ん前であぐらをかいたのを見てキシヨ、ミーティア、サカ鬼、龍矢の一行はその場に座った。
ところで、コーデルがいないのはこんな訳がある。
『なんだって!? 僕はこの部屋から出ないよ絶対に! 電波の届かないところでは生きていけないんだよ! せっかくここも改築したのに!』
すんな。
一方、ミーティアがなぜこの動向に参加しているのかというとこういう訳だ。
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「へー、ミーティア・エクスション。いい名前ね。髪の毛が綺麗な赤色だから、赤毛族かしら」
ミーティアが書いた要望書を眺めて、座っているのは、妖艶な美女。胸を大きくはだけ、黄色とオレンジのグラデーションが鮮やかなドレスの下から、サラシを露わにしている。エロでは無く驚異の美学を誇示していた。
彼女が7人目。遊郭を連想するほど妖艶な彼女は、声までもが妖艶だ。
ミーティアが頷くと目の前の女性はにっこり笑って、
「私はユー・ユーと申します。よろしくね」
「はい……」
たわいもない会話の後、要望書を眺めているととあるところに目が止まる。
「ターニャ・パルルリッタ。うん、もう一つの名前ね」
正面で神妙に座るミーティアは頷くばかりだ。
すると、ユー・ユーは
「偉い! 本当に偉いわ! あなたがお姉ちゃんと生き別れた原因の名前をきちんと書いて提出するなんて! 涙がこぼれちゃう!」
「なんでそんな事知ってるんすか! そこまで書いてないっすよ!」
「私はね、なんでもわかっちゃうのよ? そんな事より、この『お姉ちゃんを探す』依頼は50エア貰うわよ? いいわよね?」
「それもまだ言ってないっす……え? そんなに高いんすか? 確か、10エアで依頼ができるはずっすよ?」
「それは依頼だけならよ……? その椅子に座るだけで40エアかかるもの」
ミーティアはゾッとした。
「えっ……? じゃあ、もう支払い決定っすか?」
「領収書」
と妖艶な女性はニッコリとして領収書を手渡す。
ミーティアはすかさず土下座をして許しを乞うた。
「無理っす! 絶対に払えませんっす!」
妖艶な女性はそこですかさず土下座する彼女の肩に手を置き、
「いいお仕事があるの、それをやってくれたらチャラにしてあげてもいいわ」
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そして、ミーティアもマリ救出に参加する事になった。なんか怖い。
お鷹の胸がテントに声をかける。
「アカリ様。チームエクレツェアの方が到着いたしました。挨拶のほどをお願いいたします」
「わかりました」
声がするとテントの中で火が灯った。ついで甘い香りが漂ってくる。
「皆様初めまして、妾が次期皇帝正当継承者、アカリです」
皆一同で頭を下げる。
だがよしきは一人頭を下げずに話を続けた。
「アカリ様、初めまして。チームエクレツェアのよしきと申します。早速ですが一つお聞きしても良いでしょうかだぜ?」
● お気付きの通り、よしきは心理カウンセリングの予約が入っている。もちろん、彼はそっちに行ったはずだ。
● となると今のよしきは一体誰なのか? 御察しの言い方ならわかるはずだ。
テントの中から一拍の間をおいて返事が返ってくる。
「構いません」
「お尋ねします。この継承問題、何にも問題がないように思えるんですが、違いますかだぜ?」
唐突な質問にその場が静まり返る。
テントの中のアカリも事態に困っていた。
ミーティアが手をついて前のめりに、
「今まで味方だった人が敵になっちゃったんすよ? 問題あるに決まってんじゃないっすか」
よしきが首を横に振って、
「いや、だが戦争にはならないはずだぜ?」
その場の空気が一気に緊張した。
「あなたが正当な継承者であるならば、継承してしまえば問題ない、軍の統率も再び取れる。リスグランツ軍も潰せますし。では、一体ないが問題なのでしょうかだぜ?」
お鷹の胸とスミレは俯いている。何か思い当たる節でもあるようだ。
よしきが懐から緑の巻物を取り出し、床に開いた。
「これはこの世界の歴史について調べた時に発見したこの国に古から伝わる憲法ですがぜ……」
すると、巻物を指でなぞりながら、
「これによると、皇帝の継承をするならば、その血筋のものが結婚の契りのための接吻をかわせば簡単にできるはず。なぜあなたはそれをしないのですかだぜ?」
テントの奥からゆっくりと声が聞こえてきた。
「それは、できません」
「どうしてだぜ? 女皇帝の血筋であるあなただったはずですだぜ? それくらいの覚悟はあったはずだぜ」
だがアカリは突っぱねた。
「絶対にいやです」
よしきはため息をつく、顎を指で撫でた。
「うーん、なるほど。これは頑固だ。手がかかるぜ」
お鷹の胸がことの顛末を説明する。
「我々があなたがたに頼るほかないのはアカリ様が婚姻を拒否し、この中に閉じこもってしまっていることにございます。あなたがたなら、我が軍を越え得る程の実力をお持ちだとお見受けしてのことでした」
「なるほど、戦争して欲しいというわけか。高くつくぜ?」
だが、よしきは黒い装飾を振って、
「だがな、俺たちの本来の目的はこの世界とエクレツェアを接続することだ。戦争しに来たんじゃない。それはわかっていたはずだぜ?」
話が進まないことに、キシヨが痺れを切らせる。
「そんなことより、マリ様を助けることが先決だろ。だいたい、ここから引きずり出せばいいんだろうが!」
と言うとアカリの寝床に入ろうとした。
『防衛システム起動』
すると、ギャシャン、ギャシャン、と機械的な音がした。寝床がせり上がって機械の足が現れる。背後からは機械のアームが斧を持ち出して、キシヨに切りかかった。
「死ぬわぁあ!」
彼は吹っ飛ぶように転んで避ける。
寝床が元に戻ったのを見計らうと、お鷹の胸が冷静に、
「寝床は安全のため完全防衛です」
「初めっから言っとけぇ! 俺はそんなことしてる場合じゃないんだよ!」
よしきが仕方なさそうに、
「まあまあ、それはわかってるぜ?」
すると懐に手を入れて、
「ところでアカリ様。本日はてお土産を持ってまいりました。懐に収めますかだぜ?」
ドスン……
「なぬぅ……」
アカリは思わず唸り声を上げた。
よしきが懐から出したのは10冊以上ある大量の漫画だ。華やかな表紙が見る女子の心を揺さぶる。
「イケメン男子メイドシリーズ全巻、イケメン男子学園シリーズ全巻、イケメン男子源平合戦シリーズ全巻。全部で56巻のBL漫画です。お納めくださいますかだぜ?」
「どこにしまいこんでいたんっすか! って、なんのためにぃ?」
テントが大きく揺れた。中から興奮したアカリの声に熱がこもって聞こえる。
「なぬぬぅ……! よかろう、中へ持ってきても良いぞ?」
しかし、誰も動かない。
「何をしておる? 早くせんか」
しかし、誰も動かない。
よしきがにやけた声で、
「いやはや、アカリ様。これは自分の手でお確かめくださいませ。ここに置いてありますので、ぜひ出てきてください。いい思い出になりますだぜ?」
「なにぉ! そうか、そういう作戦か! 妾にその趣向があると知っての狼藉だなぁ! だがそんな手には乗らんぞ! 妾はそんなものにつられるほど愚かではないわい!」
● そう、よしきならこんなやり方はしないだろうが、鏡ならこういうやり方をする。そこを踏まえてもある意味タイミングの良い交代だったのかもしれない。
● てゆうか、それはバレるわさすがに。
すると、よしきに変装した鏡は漫画を手にとって、
「ではこれはなかったことに」
「ちょっと待ってぇ!」
漫画を撤収しようとしたよしきを止めようと、テントが大きく動いた。瞬間、テントの中にうっすら灯っていた光が落下する。
「あ、アロマが!」
そして瞬く間に炎上。
「あっつぅう!」
と、アカリがテントから飛び出してきた。
彼女は色とりどりな着物をこれでもかと気重ねている。よくこの姿で今の身動きが取れたものだ。朱色の長髪がしっとりとしていて、汗をかいていることがわかった。
キシヨがそんな関心をしていると。
「ルーク、ビショップ。だぜ?」
鏡の声とともに床から黒いお帯が現れ、それは生き物のように動き、アカリを一瞬で拘束してしまう。
「な、なにをする!」
彼は立ち上がって、
「おい、お鷹の胸。このまま縛って婚姻を進めろ。流れで継承させるんだぜ?」
● ちなみに、鏡はよしきとして化けている間は決して性格の荒っぽさを見せない。しかし、彼の仕事っぷりは見事にその冷酷さを反映しているとも言える。
「なるほど、そうきますか……わかりました」
お鷹の胸は縛られたアカリを軽々と持ち上げた。
「どこに行く気じゃ! 腐女子に結婚ができるわけないじゃろ! 妾は男全てを1秒でカップリングする女じゃぞお! 離せぇ!」
しかし、お鷹の胸は無視をしてアカリをどこかへ連れて行く。
その様子を見てスミレは何か不服そうだった。
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帝の間を出て行こうとしたスミレを鏡は呼び止める。
「おい、お前は残った方がいいぜ?」
「無理よ。絶対に」
キシヨは立ち上がった。
「いったいなにが無理だってんだよ」
「結婚よ、絶対に成り立たないわ。アカリが結婚したとしても、続かないのは目に見えてる。継承者と結婚した相手は死ぬって知ってるでしょ!」
「おい、それってどういうことだよ」
鏡は平然としながら、
「この国には代々女皇帝しかいない。それは、男の継承者は死んでしまうからだそうだ」
「アカリはそれを目の当たりにしなくちならないのよ! それならいっそ、私が敵を全部ぶっ倒してやろうと思っていたのに……お鷹の胸様に逆らってでも戦うべきだったわ。あなたたちなら反乱する人間を全て倒せると思ってたのに」
「意味がわからないんだがな。お前のできないことにこだわらなくてもいいんだぜ?」
スミレは地団駄を踏んだ。
「それだけじゃない! アカリ様の結婚相手だってどこにもいないわよ。この城の皇族居住区にいるのは私たち二人とアカリ様だけで、男なんてどこにもいないし。男を連れてくるにも、この居住区から出ることはできないわ」
キシヨが理解できずに、
「どうしてだ? 反乱軍は城の周辺を取り囲ん出るだけ、城の中に男の一人くらいいるだろう」
スミレは少し呆れ、ため息をついて、
「意外と理解力がないのね。『ハルト』と『クロカズ』はこの城の中にいるのよ。提携を結んだ『リスグランツ』もいるわ。でも、お鷹の胸様が城の居住区から締め出したの。だから、ここ以外は全て敵陣地よ」
鏡は柳眉を寄せて困り顔になる。スミレに尋ねた。
「ちょっとも男はいないのか? それはきついぜ?」
「ええ」
「少しも? マジなのかだぜ?」
「ええ」
「ちっとも? ぜ?」
『ぜ』を無理に入れるな。
「ええ?」
「わかった、じゃあこうしよう。いいこと思いついたぜ?」
それだけ言うと鏡はキシヨの背後に静かに回った。
「え?」
キシヨが振り返ろうとすると鏡はその前に彼の首に手刀を叩き込んだ。
彼の意識が途絶える。
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しばらくして目を覚ます。
「な、どこだ……ここ……?」
自分の周りをオレンジの『障壁』が囲っているのがわかった。
キシヨのいるのは寺の本堂。目の前には大きな祭壇があり、何かが祀られていた。この風景は何か神聖な儀式をする時の風景なのだと、どこかで見た事がある。
自分の姿を見てみると真っ黒な着物に白い足袋。
「これはまさか……」
すると、隣の白い着物が動く。
「妾はいったい……」
隣には女性。角隠しからこぼれるのは朱色の髪の毛。見覚えがあった。
ミズノの声がした。
——キシヨさん。結婚おめでとうございます——。
「「ファアアアアアア!?」」
二人は破れ鐘のような大声をあげるのだった。
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