第10話 会議室@改築

 扉を開けたその先は和室……ではなかった。


 途中で畳切り取られ、床板が木材になった。廊下のような滑らかな木目などではない、ガッツガツのバッキバキである。


 この部屋の中央に同じ木で作られた丸くて大きなテーブルがある。中央には資料が、あたりはなぜかエーデルワイスの花が咲いていた。備え付けられた黒板はもう年季が入りすぎて汚れが取れなくなってきている。


 一体、和亭の国とは何処へ……。

「どうなってんだ?」

 キシヨは端正な顔で辺りを見回す。男にしては綺麗なキューティクルが耳のそばで左右に揺れた。

 よしきは部屋の中にずかずか入って行ったが、黒い装飾がやけに浮いている。キシヨが感じる部屋の違和感の正体を教えた。

「改築した」

 すんな。


 よしきがどこからともなく持ってきた指差し棒で黒板を叩く。黒い姿はその俊敏な動きに完全な対応をしていた。


「そんなこと言ってる場合か! 作戦会議だ、注目! マリの救出の作戦を練るぞ!」


 しかし、そんな彼をなだめるような、少々幼げな声が聞こえてくる。

「おいおい、そんなに急かすなよ。自己紹介くらいさせてくれよ」


 よしきが声の方を見ると、そこには銀髪でもじゃもじゃヘアーの男の子がいる。


 ダボダボのTシャツと大人サイズのポロシャツを着た子ども。ありえないくらい長いジーパンを履いている。裾には4つの等間隔な穴が開いており、その一番上の二つの穴から可愛らしい足を出して歩いていた。

 残りの裾は引きずっている。


 見るからに五歳児のその姿を見て、キシヨは既視感を覚える。


「どっかで見たかなぁ?」

 ぎろぎろと眺めるも、時間をかけて思い出そうとするほど見覚えがない。

 男の子はキシヨの足元から見上げるように、

「やあ久しぶりだね。君にはリプレイであったことがあるよ」

「ああ、やっぱりそうですか」

「うーん、鋭い! 僕が子供じゃないってわかってるよね?」


 5歳児は感心した。首から下げていたメガネをかける。


「僕の名前はコーデル。このチームエクレツェアの副リーダーを努めさせてもらっているよ」


 彼が先に和帝の国に乗り込んでいた、1人目、コーデル・フィオ・ワイス。


 キシヨは慌てて失礼のないよう、幼いコーデルの視線に目を合わせる。

 コーデルはそれを予見していて、降りてきた彼の首を寄せ耳元で囁いた。


「ようこそ異世界へ」

「ああ、はい……」


 イマイチ意味がわからなかったが、キシヨはそれしか言葉がない。コーデルはそれほどまでに大人びている。耳元で囁いた時の銀髪の匂いがとてもいい香りで、ひとをリラックスさせることができるようだ。


 コーデルはキシヨを離すと、楽しそうな顔で歩いていく。


「よしき、作戦は失敗だったようだね」

「ああ、思っきり裏切られた」

「僕たちの世界ではよくあることさ。それより、トーやについて調べてきたよ。彼の使った通信手段全て調べて、なんとなくわかったことがある」


 コーデルの背が低くて丸い机の向こうに消えてしまった。それでも可愛らしく右手がひょっこり出てきて、指を大きく鳴らす。すると、部屋の床板の一枚が跳ね上がって、下からたくさんの植物が生えてくる。蔦がずるずると下から資料パネルを引き出していた。


 植物が階段状に生い茂り、コーデルが駆け上がり顔を出す。足元のエーデルワイスを一つ摘み取って銀髪に絡み付けた。


「これを見てわかる通り、トーやは異世界稼業国家『和帝の国』の連中に荷物を運ぶ手はずだ」


 パネルには、よしきの顔写真、トーやの顔写真、いかついおっさんの顔写真が三角関係の線を結ばれて貼られていた。

 コーデルはもう一つエーデルワイスを摘み取ると舌で舐めて、どういう原理かパネルに黒い文字を書き込みながら、


「元忍者の政治家『リスグランツ』に運び屋『トーや』は皇族『マリ』を運んでいる。そして仕事内容は驚くべきものだった」


 よしきは刈り上げた頭を掻きあげて、トーやを憎たらしそうに眺めた。

「仕事内容とは?」

「活きのいい嫁を運ぶことだよ」


 キシヨが悲鳴のように叫んだ。

「ま、待てよ! それってまさか!」

「そう、嫁にする気だね」

「嫁にする気って簡単に言ってくれるが、お前らのせいだからな!」


 キシヨの避難に、コーデルは露骨にうなだれる。


「はぁ、君についての任務は全てよしきに一任していたからね。そんなことよりよしきくん、君の意見を聞こう。これは絶好のチャンスだと思うんだがね」

「ああ、これで俺たちには異世界稼業集団(あいつら)をぶっ潰す口実ができたんだからな」


 よしき黒い姿を大胆に使って黒板を回転させ、新たな面を見せて、少し長い説明を始めた。


 内容はこうだ。

 エクレツェアはあらゆる異世界とつながりを持つことで強大になり、より強くなるということ。今回、和帝の国でクーデターが起きたのは女皇帝がその提案を飲んだからだ。メリットしかないと何度伝えても民衆はわからないらしい。だが、その説明を聞いているとなんとなく何故だかわかった。


 よしきの黒い装飾の手が黒板を指差す。

「俺たちの求めているのは地位、名誉、そして金だ」


 キシヨは結論の出ない話に机を叩いた。

「なんで『地位』やら『名声』やらが目的になる? 要するに世界とつながればいいだけだろ。争う必要がないはずだ!」


 すると、よしきとコーデルは声を合わせて、

「「なーんにもわかってない!」」


 キシヨが少しビクッとする。スーツ姿が今では新米に見えて、非力に感じた。

 コーデルは眼鏡の奥から銀色の瞳で睨みつけた。よしきも黒い装飾が揺れに揺れた。熱意は理解できないものへの怒りすら感じさせる。

 よしきとコーデルが順繰りに訴えた。


「世界が繋がるってことは鉄道が繋がるようなもんだぞ? なんとか言ってやれフィオ!」

「鉄道が繋がると金が入ってくる。するとどうなる? なんとか言ってやれ詠嘆くん!」

「金が入ってくるということはそれだけ力を手に入れることになる。力が手に入ったらどうなるか。言ってやれコーデルちゃん!」

「力が手に入れは自ずと『リスグランツ』の権力は我らのものになる。そうなれば、あいつらは刀を失った侍に等しいからな」


 刀を失った侍。その言葉がキシヨの心を少しだけ締め付けた。少しだけ口元を引き締める。

 よしきがコーデルの小さな肩を叩いて、背の低い彼の頬に顔を近づけた。


「おい、サカ鬼と龍矢はどうした?」

「それなら、和帝の温泉でゆっくりしてるよ。そろそろ帰ってくるはずだが」


 すると突然。遠くで怒鳴り声が聞こえる。


「お前が邪魔するから酒飲む時間もなかっただろ!」

「仕方ないだろ! 自分が使った後は片付けをしないといけないんだよ!」

「あぁん!? だからって風呂全部ピカピカにしなくても良かっただろうが!」

「ほ〜ら出たよ! ズボラ人間の汚くてもいいです宣言!」

「あぁあん!? 汚くてもいいとはいってねえ! 酒でも飲んでんのかボケ!」

「それはお前だろ!?」


 声の主はどんどん近づいて、キシヨの後ろのドアを吹き飛ばしてながら現れた。


 男二人。一人は濃い赤と水色の薄い着物を着て、かなり肌を露出しておりまともに着物を着ていない。赤黒い短髪が一本一本尖ったように整っていた。彼の顔面右上には逆三角形のツノが突き刺さるようにして生えている。彼が2人目。


 キシヨは彼に見覚えがある。


「あ、あんた……一度あってるよな?」

「あ? おお、会った会った。リプレイの時以来だ。また一つ大きくなりやがって」

「大きくなったかな?」

「心構えがだよ」


 隣の男が黄色い瞳で笑った。


「一方、お前のメンタルは酒浸りのアルコール中毒でしたとさ」

「ナンジャとコラァ!」


 着物の男が胸ぐらを掴んだのはかなり紳士服の男。かなり古い感じの紳士に見えたが、顔が若くツノの男とあまり変わらない年であることが窺える。彼も短髪だが金色のブロンドがやけに繊細で、無理やり髪質を硬くしたように見えた。


 どすん!


 3人目。紳士の男から大きな音がする。よく見ると後ろに何か大きくと太い、黒くてごつごつとしたものが生えていた。


「似非トカゲ」「呑んだくれが」


 そして彼がその物体に体重を任せて体を浮き上がらせる正体までがわからなかった。尻尾だ。とても太いその尻尾は胸ぐらを掴んでいる男も一緒に宙へ持ち上げてしまう。


 よしきが彼らを紹介した。


「額の右にツノが刺さっている奴が『サカ鬼』で、尻尾が刺さっている奴が『龍矢』だ。よろしくな」

「「刺さってねぇ! 生えてんだよ!」」


 喧嘩中だがそこは譲れないようだ。


 コーデルは眼鏡の下から銀色の瞳を弛ませて微笑む。

「君たちは見てて飽きないねぇ。大好きだよ仲良し君」

「「仲良くねぇよ!」」


 その時ミーティアが赤毛の隙間から手を上げる。


「すみませんっす。私は別件でここにいるんすけど、聞いてもらっていいっすか?」


 部屋の奥から艶かしい花魁のような女性の声が聞こえてくる。

「こっちへ……どうぞ♡」


 ミーティアは少しぞくっとしたが仕事の依頼をせねば帰れないため仕方なく赴く。

 一方、キシヨは一息つきたくて、壁に手をついた。


「ふぅ、しかし和風建築をここまで改築する必要がどこに……ってうわああ!」


 砂壁をキシヨの体がすり抜けていったのだ。はたから見ると壁に上半身が埋まっている人間に見える。どうやらこの壁は映像を投影しているものようだ。


 キシヨの真上にはテントのような空間が。しかし、どうやらその高さは低く、人間の腰くらいの高さしかない。中には生足が2柱があり、どれも肌色、モッチモチだ。


 そして天井には白のパンツ。うん、どうやらここはスカートのなかのよ

「きゃああああ! 変態ですぅう!」

● 遮らないで。うん、遮らないで。


 テントの主がキシヨの鼻頭をヒールのある赤い靴で思いっきり踏みつけた。

 キシヨは悶絶しながら起き上がる。すると、部屋のなかがよくわかった。機械仕掛けの仕掛けばかりが並んだ、忍者というよりスパイの本部のようなその姿。


 和の国は何処へやら。

——改築した——

 すんな。


 4人目。今目の前で喋った声がマイクを通してキシヨの鼓膜を揺らしていたことがわかった。どうやら彼女がミズノのようだ。サファイヤのような美しい髪の毛を持ち、童顔の女性。

 だが、あまり素顔をみせたくないようだ。


 5人目。キシヨをふんずけたのはエメラルドような髪の毛の女性。ミズノよりもふくよかな胸を持ち、先ほど見た限りでは足もいい感じに

「変態ですぅう!」

「ふがぁ」

● 遮らないでね。


 キシヨは謝る前に顔面を蹴っ飛ばされて会議室に押し戻されてしまった。その後ろに、コーデルが立っている。小さな男の子が両手に抱えているのはいささか大きなトランクケース。

「これは?」

「エクレツェアはスーツで仕事をしない。みんなおしゃれなんだよ。でも君はこの世界に来るときに今着ているの以外持ってきてないだろ?」


 そう言うとコーデルは幼い姿とは反してクスッと笑う。


「リプレイのときに君を見たときも、ダサダサのファッションだったからねぇ。これを着とけば間違いないさ。最新モデルのバトルスーツ、『異世界のガジェット』だ」


 その時、会議室に怒りの声が響く。

「よーしーきー! どこにいるウウ!?」


 声の後から襖を勢いよく開けて入ってきたの人物にキシヨは目を疑った。よしきがもう一人いたのだ。

 しかも、彼の格好は一般社会の休日にどこにでもいそうな、紫で英語のプリントがされたシャツと真っ黒なジーパン。靴も全くもって普通。

 そんなもう一人のよしきは詠嘆のエクレツェアにご立腹のようだ。


「お前のふりをするのは大変なんだよ! 呼んでも返事しやがらねぇ! 後悔するぜ!?」

「か、鏡。悪かったよ、ちょっと忙しかったんだ」


 6人目、どうやら彼は鏡というらしい。鬼という名のサカ鬼よりも圧倒的に柄が悪かった。


「心理カウンセリングの予約を取ったらちゃんと自分で受けやがれ!」

「わかったわかった、今すぐ受けに行く」


 その話を聞いたキシヨがコーデルの耳元でそっと尋ねる。


「コーデルさん、よしきはなんか心の病でも患っているんですか?」

「きみ、よしきが戦ってるところ見たことある?」

「え、まあ少しなら」

「よしきの戦い方を見てれば分かると思うけど、常識じゃありえないんだよね」

「それとこれとどんな関係があるんですか?」

「彼の戦い方は精神力を大きく削るみたいで、だから定期的にチェックを入れているんだ」


 すると、よしきは鏡がきた方向に立ち去り始めた。

 キシヨが思わず彼を止めに入る。


「おい、マリさまの救出はどうするんだよ!」

「ああ、それは大丈夫だ」


 お鷹の胸がよしきたちを部屋の外へと誘導した。


「詳しい事情はこの先で説明します。どうぞ帝(みかど)の間へ」

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