和帝結婚式闘争編第三幕 和帝の国前編

第9話 和帝の国

 黒一色の石作り。ここは城の中。ただ冷たく。ただ静か。壁にはロウソクが灯り、少しだけ暖かく感じたのはその場の雰囲気が何もはらんでいないからだろう。

 廊下はロウソクに灯った光で明るいが、場内の黒い岩が光沢しか反射していなかった。かなりの高さにあるこの廊下は、城下町が一望できて、和風建築が立ち並ぶ提灯の明かりだけの姿。今は夜のようだ。

 町を歩き回る奉行所の人間みたいな役人がパトロールを務め治安を守っている。その町はやはり提灯の明かりしかなかった。


 転送パッドでたどり着いたよしき、キシヨ、ミーティアが周りを見渡していた。

 よしきは不思議そうに黒い装飾この上なくうるさい腕を組んで、


「おかしいな、ここに来ることは連絡していたはずなのに……誰も迎えがこない」



 ミーティアが赤毛を引きずって、廊下のロウソク立てを手にとる。その骨董的価値を見定めているとキシヨが純粋に、


「価値がわかるのか?」

「いいや、売ったら高そうっすねこれ。そんな事より、お迎えはどうしたっすか?」


 だが次の瞬間。そのロウソク立てを何かが破壊した。延長線上の壁に突き刺さるクナイ。確かクナイとは忍者の武器の一つだったはずだ。一同警戒を強めると、何かが近づいてくる音がした。


 カサッ、カサカサカサッ!


「おい、今ゴキブリみたいな音したぞ」


 よしきが呟いた瞬間、皆に向かって小太刀やクナイなどの多様な刃物が飛んできた。


 皆、その刃物を掴み取って防いだが、キシヨだけは間一髪、躱す。その瞬間、真下から彼の顎を何かが突き上げてきて、キシヨはのけぞって何かに押し倒されてしまう。首元に刃物が当たった。


「一人こーろした」


 女の声が目の前から聞こえた。すると、月明かりがキシヨの顔を照らしてようやくわかる。少女が馬乗りになって首に小太刀とクナイを押し当てていた。


 黒い着物が少しはだけたような姿で、それがはためき柑橘系の匂いを漂わせる。柔らかい髪質の黒髪が外へ軽くカールしていた。彼女の黒い瞳が目の前にあるキシヨの顔をじっくりと眺めていたが、ふっくらとした唇が拍子抜けしたようにへの字を描いている。


 少女は少し得意げに、


「あんた。弱いね」

「なっ、失礼だな」


 キシヨは顔をしかめた。

 よしきは冷静に、


「迎えが来たようだ。奥にいるんだろ? |お鷹の胸(おたかのむね)|」

「失礼いたしました。詠嘆のエクレツェアさん」


 廊下の奥で女性の声が聞こえる。火が灯ったロウソクとともに姿を表す。


「スミレ、やめなさい」


 紺色で花柄の着物を着て、黒い光沢のある髪の毛を後ろで束ねて櫛を刺した色っぽい女性。右目の下にある泣きぼくろが刺激的だ。彼女はキシヨの上にまたがるスミレを制し、自分の横に手招いた。

 スミレは女性の隣に着くと、自慢げに言ってみせる。


「お鷹の胸さま。一人殺したらこいつらに頼らないって約束じゃないですか」

「いいえ、頼らないわけにはいきません。約束も勝手にあなたが決めたこと。それに、今のは殺せていませんでしたよ」

「何言ってるんですか? 首に刃物を当てたんですから私の勝ちです」


 しかし、それは違った。刃物が当たる数秒前に、キシヨの手は腰の拳銃にかかっている。よしきはキシヨに手を差し伸ばして彼を引き上げた。顔を耳元まで持ってくると囁く。


「今、女だからって油断したろ? この世界では命取りだ。次は気をつけろ」

「あ、ああ」


 キシヨはそんな油断すら見抜くよしきを少し恐ろしく感じた。

 だが気にせずよしきは泣きぼくろの女性に促す。


「さて、女皇帝のところまで案内してもらおうか。お鷹の胸。道中で戦況を教えてもらうぞ」


************************************


 スミレ、お鷹の胸に連れられて真夜中の城を進む。外を見ると、城の頭上には青空が広がり始めていた。しかし、太陽が無く、変わりに月が明るく照らしている。


「暗の刻が終わりましたね。月が照らす明の刻。今は夜中の3時です」


 お鷹の胸が不思議そうにしていたキシヨに教えてくれたが、夜だの朝だのわけがわからない。

 一方、道中真っ黒な石の廊下が続くかと思えば、扉を三回ほど開けて進むとそこから先は白で統一された荘厳な通路に変わる。これでは時間感覚もないくなってしまう。

 いわゆる、異世界の時差ぼけに入っていた。


 キシヨが城を見渡しながら進んでいると、よしきが教えてくれる。先ほどとは打って変わって丁寧だ。やはり先ほどの酷という言葉は……いや、これ以上は語るまい。


「この塔は正方形に並んだでかい塔が繋がった形をしているんだがな。見た目はロマネスク式の建築だ」

「ロマネスク? この内装が?」

「外からみた時の話だ。内容は様々で、各塔は、皇帝、忍び頭二人、政治家に振り分けられ、彼らの文化ごとにいろんな建築様式が中に詰まっている」


 こんな時のよしきのうんちくは続くが、キシヨが目を輝かして聞いていると、小言の一つも言いづらい。


「各々、この黒い場所に秘密を隠して防犯している。今では城の形をなしているが、過去には地下の迷宮を住処にしていたらしい。それもこれも敵の侵入から身を守るためらしい」

「なるほどぉ……でも、なんで城の侵入を警戒するんだ? 爆撃でもされたら一緒だろ?」

「突拍子もないことを言うな……いいや、異世界の戦闘ともなると爆撃よりも歩兵とかのほうがコストパフォーマンスはいいんだよ」

「金の問題かよ」

「敵の城を観察する必要があるし、中には透視して来る奴もいるから、バリアも展開されているはずだ。転送パッドはバリアを抜けるために使った」


 スミレは歩く旅に着物の裾を歩く旅にためかせる。長く切れ込みが入っていて、走ることも簡単にできそうだ。


「今は皇帝居住区全体をお鷹の胸様直々に守護しているから、中の状況がバレる心配はないわ」


 お鷹の胸も同じような着物だが、彼女の歩き方は一切裾のはためきを許さず、姿勢がきちんと伸びている。この状態はいつ、誰にでも、今すぐに攻撃可能ということだ。


「城の内部でも警戒を怠らない理由は、女皇帝が常に命を狙われているからです。我が国の憲法では政治に文句のある者は女皇帝を殺す決まりですから」


 キシヨは耳を疑う。


「皇帝を殺すんですか!?」

「まあ、女皇帝を殺しても継承権のある人間しか皇帝にはなれないのですが、皇帝も殺せないならば文句を言うな、ということです」

「なんて物騒な」


 黒くて暗い廊下を進む。ロウソクは灯ったり灯らなかったりして不気味だが、この場所は怖がりではなくとも進みのに勇気がいった。

 お鷹の胸は神妙な顔つきに戻ると、戦況帆の報告を始める。


「事前に皆様にお伝えしていた通り、反乱軍はクーデターを起こし、女皇帝をその座から引き摺り下ろそうとしています。ですが、それだけならばあなたたちに依頼するほど私たちは弱くありません。我らの軍は強力です」


 キシヨは女皇帝の言葉で思い出した。よしきに駆け寄り、マリの救出に付いて尋ねる。


「ならそっちは後回しでいいよな? ここにマリ様がいるんだ。早く助けに行こうぜ」

「ああ、だがそれは仕事の関係で簡単にはいかないんだよ」

「なんで?」

「この周辺はすべて敵軍に囲まれているからな」

「はぁ? どういう意味? 籠城してんのかここ!?」


 聞くべきではない事実を聞いてしまった気がする。キシヨはいきなり先行きが思いやられた。


 一方、進んでいた廊下の先が一転して木の床と砂壁に変わり、生花や唐物の飾られた和風旅館のような姿を表す。一行は気にせず通ったが、ミーティアに限っては異常に警戒し始め、慎重に木の廊下の上に足を置いた。


「ひゃ!」


 彼女の裸足から直に感覚が伝わってくるようだ。


 あたりを除けば空室の和室が、それはどれも『寝殿造り』『書院造り』『和様建築』など。具体的には寺の一室、本堂、時代劇で見た一室、将軍の座する部屋など様々な形式の建物の一室を集めたような作りだった。


 お鷹の胸は旅で木の床をすり足で進みながら話を始める。どんな時にもすぐに攻撃ができる姿勢は崩れなかった。


「その依頼については完全に女皇帝エクイアの独断でしたので、私たちもはじめはわかりませんでした。しかし、今の展開になってみてようやくわかります」


 ミーティアが足元にビビリながら、

「ひゃ……おばさん。もったいぶらないで欲しいっすよ!」


 スミレが目の色を変えてミーティアに噛み付く。

「お鷹の胸様になんて口を聞くのよ!」



 スミレの身のこなしはお鷹の胸とは逆にいつ攻撃が来るか簡単にわかる未熟なものだ。

 鷹の胸が余裕思って手で彼女を制した。スミレの顔がお鷹の胸の腕にボフリと当たって髪の毛を乱す。やはり、その所作は異世界最強のよしきにも見抜けないほど洗練されいた。

「では、戦況の報告です。少し長くなりますがお聞きください」


*****************************************


「以上が戦況の報告です」


 お鷹の胸がそう言って柔らかい口を閉じた。


 キシヨとミーティアはその現場に他人事でも腰が引けていた。

 報告としては。和帝の国は内乱状態にあること。

 その首謀者がリスグランツであること。

 和帝の国女皇帝エクイアが亡くなって軍力の統率が取れなくなっていること。

 次期後継者が決まるまで軍隊の統率は取れないこと。

 その軍の主戦力である忍び頭『ハルトとクロカズ』がリスグランツと結託して次期継承者の命を狙っているということだ。


「つまり、今回の依頼は『そのリスグランツの軍とハルト、クロカズの二人が率いる軍全て』をなんとかしろ、というわけだな?」


「その通りです……」


 一行は和室のとある部屋にたどり着く。だが、その話を聞いてミーティアとキシヨは颯爽と彼らの前に立ちはだかる。


「ちょっと待ってくださいっす! 最初の敵軍の話だけでもヤバそうだったのに、それをたった30人で倒せちゃおうひとたちが敵だなんて! わたしは仕事の依頼に来ただけっすよ!」

「戦争なんて大反対だ! 今回の目的はマリ様の救出。行方位不明者は72時間以内に救出しないと生存率が一気に下がるんだぞ!?」


 だが、よしきは断言する、


「いいや、そうはならん」

「「どうして?」」


 お鷹の胸が一行を案内したのは、巨大な大広間。彼女とスミレはその襖を正座して上品に開けると、中へと案内した。


「詳しい事はお仲間と一緒の方が良いでしょう。私たちはここで待ちしますので、どうぞ中へ」

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