第8話 お前をエクレツェアには連れて行かない
——その世界のエネルギー濃度が一気に上昇いたしました——
——現在地のバーズワールドで特殊ゲートが開かれたと思われます——
「うむ、わかったぞ」
店前のデコボコした芝生の上で、よしきが腕組みをして頷いている。
牛退治が終わり、赤いバギー・ホイップのを隣に四人は店の前でたむろしていた。スキー場にありそうな店のロッジ前の小さな庭は、虫たちが暮らすには良い環境だ。
だが、そこに突然よしきとジークの間に緊張感が現れて、ミズノの声が聞こえて、よしきが頷いたところだ。
話に置いていかれるキシヨはよしきに尋ねる。
「何かあったのか?」
「ふむぅ、まだそこまではわからないかな? なんか遠くの方で馬鹿でかいエネルギーが動いたんだよ。それで、その影響がここまで届かないうちに、さっさと場所を離れろというわけだ」
ジークがミーティアに顎で伝えた。
「おい、お前もついていけ。こいつの転送なら直接エクレツェア本部に連れて行ってもらえるはずだ。交通費はかからない」
「そうっすそうっす! 詠嘆のエクレツェアさん、私の依頼を受けて欲しいっす!」
「しかしだな。別に依頼くらいできるだろうよ。なんでわざわざ付いてくる?」
話が通じないと、ミーティアは地団駄を踏んむ。芝生がヘナって、地面が凹む。よっぽどの脚力で地団駄を踏んでいた。
それを考えるとよしきの地団駄は一体どいう原理かさらに不思議だった。
「エクレツェアの交通費は私に払える額ではないっすよ! お願いっす、連れてってくださいっす!」
「ここからエクレツェアまで行くのに金はかからない」
「はぁ? 私は電車で何駅も何駅も乗り継いだところから……」
「それは多分騙されてるな」
「そんなぁ! 私騙されてたんすかぁ! ジーク店長も何笑ってんすか! 知ってたんなら教えてくださいよ!」
ジークは髭顎を触りながら、
「ちちちぃ、馬鹿は面白いなと思ってな」
「そんな殺生っすよ!」
その時、ミズノの冷静な声で連絡が入った。
——よしきさん、コーデルさんより報告です。お探しの人物が『和帝の国』にいるとのこと——
「なんだと……ややこしい事になったな」
キシヨがよしきに食いつく。
「ややこしい事があるかよ! 早くそこ行こうぜ!」
「そこにはすでに我々のメンバーがもう7人も乗り込んでいるんだ」
「ああ、じゃあ早い話じゃないか。その人たちにも手伝ってもらおう」
だが、そんな彼にこれ以上ないほど呆れた視線をジークは送る。
「ちぃ、これだから初心者は……エクレツェアのメンバーが7人も乗り込むだなんて戦争しに行くとしか思えんなあ」
7人で戦争とは一体。
「戦争!? そんな事するのか!?」
「ちぃ、例えだ例え! エクレツェアのやつは基本少数精鋭だ。もし7人も出向くようなら……それはよっぽどの案件だという事だ」
キシヨが納得するようにと、ジークは指を立ててもう一つ教える。
「ちぃ、それに和帝の国はここともお前の世界ともエクレツェアとも違うまた別の異世界だ」
「この世界じゃないのか……」
「そりゃそうだな、和帝は確か忍者の国だ。ちぃ、この辺はどちらかというとファンタジーの国。世界の秩序が違うんだよ」
「あーー。そんなのどうでもいい! よしき、さっさとそこに連れて行ってくれ!」
「わかってる、転送パッド持ってきてくれ」
それを受けたジークはわかりやすく嫌がる。
「ちぃ、指で使うな、あのパッドよりお前らのとこの転送技術のほうがよっぽどいいだろ?」
「それがな、和帝の国となれば訳あってそれができない。これ以上は社内機密だ」
「くえねぇなあ、ちぃ」
そういって、ジークはパッドの準備を始めた。どうやら草むらの下に埋まっているようだ。
——|ミーティア(そのかた)|は一緒に来られるのですか?——
「ああ、頼む」
よしきがそれだけ言うと、よしきが腕組みをした玉ミーティアに振り向く。
「店員さん、仕事の依頼は和帝の国で訊く。それでいいか?」
「了解っす!」
ミーティアは敬礼をして理解してくれた。
すると、ジークが草むらの茂った地面をひっくり返す。DVDプレイヤーの蓋のように開いて止まった。
ジークが少し湿った土のついた手で額の汗を拭う。
下には土で汚れた白のプレートがあった。どうやら地中に隠していたようだ。
「本当にその坊主を連れて行くのか? そいつは第三世界、つまり沈没世界の人間だろ?」
生まれた世界を馬鹿にされたような言い方に、キシヨは腹が立つ。
「さっきから言ってるなんとか世界とか沈没とかなんの話だ!?」
● そうだね、そろそろその話もしておこうか。
とは言っても、キシヨの疑問は少々面倒だった。話すには多次元宇宙論から説明するのが一番わかりやすい。
だが、我々は今すぐ和帝の国に向かわなくてはならない。誘拐事件とはできるだけ早く解決しなければならないからだ。
● と、ここまで言えばわかると思うが、よしき。端的に説明するさね。
「丸投げじゃないか……まあいい」
よしきはキシヨに近づくと、丁寧に指を何本か立てながら話し始めた。
「この世には第一世界、第二世界、第三世界がある。住民は三より二が強く、二より一が強い。そして、お前はその第三世界の人間だということ。沈没世界と言われるのは世界のエネルギー濃度が高すぎて、沈んだよう二見えるからだ」
キシヨの顔が曇る。まるで理解できていない。思った以上に馬鹿なのかもしれない。
「そ、そんなことない! 理解している」
では小手調べだ。
● 今回行く和亭の国は1・8世界。
● ミーティアは1・9世界の住人。
● エクレツェアは1・5世界。
● ジークは1・8世界の住人だ。
● そして君が第三世界。
● 以上から何がわかる?
「……俺がこの中で一番弱いってわけなのか?」
● そうだwww。
「なんで笑った!?」
だが、それはまぎれもない事実だ。笑ったのは正直言ってシャレにならないほど今のキシヨの実力は異世界に向いていないという意味だった。
「そんなこと言われても……俺はこれでも戦場を駆け抜けてきたわけだし、いきなり一番弱いとか言われてもな……」
キシヨは少し考える。だが、答えは決まっていた。
「でも、だからって指をくわえて見てるわけにはいかない!」
「ちぃ、好きにしろ。さっさとパッドに乗れ」
ジークに促されて三人はそのパッドに向かった。ミーティアが先に乗ると、よしきが彼女をエスコートする。
だが、当然のように乗ろうとしたキシヨに、よしきが一つ条件を要求する。
「キシヨ、そこで止まれ」
「は? なんでだよ、早く行こうぜ」
「一つだけ言っておくことがある」
「な、なんだよ……?」
すると、よしきは満を持して、
「もし、お前が今回の作戦で俺の納得のいく結果を出せなかったら、お前をエクレツェアには連れて行かない」
「な……散々誘っておいて今更何言ってんだよ。俺はもうエクレツェアに行くつもりでいるんだぞ!?」
「もしも、本当に行きたいなら行動で示せ。中途半端に強いだけじゃ、俺は前を認められない」
「わ……わかったよ」
キシヨが見てわかるくらい露骨にしょんぼりとする。明るいミーティアすら少しだけ気の毒に思うほどだ。少し酷なよしきを見て、ジークもキシヨに少しだけ同情していた。
……そうなんだよ、彼が同情するほど酷なんだよ。詠嘆のエクレツェアくん、最初に言ったことをもう一度言わせてもらうよ?
● どうしてそんなに主人公を追い詰めるんだい? よしきくん。
「何言ってる。俺は誰にでも乗り越えられる試練を与えないんだよ。俺の理念は『誰でも簡単に成長できる』だからな」
● そうかい、ならいいんだ。どうやらその言葉はキシヨくんも届いたようだしね。
よしきがなんの脈絡もなく喋ったのを確認したジークは舌打ちを鳴らした。この現場を僕に見られているとおもうと、嫌気がさすようだ。
追い払うようにジークが足元のボタンを踏みつけると、三人が水色の粒に包まれて転送された。
ジークはキシヨの身を案じながら、店の階段に腰を下ろす。
「ちぃ、エネルギー濃度が高いっつうことは、浮かび上がれば爆発するってことだ。最後まで行ってやりゃ、良かったかもな」
ジークはなぜか無性に手持ちぶたさになった。今月の売り上げを手にして、キシヨのことは考えないことにしたのだった。
「よかった、これで今月分の給料が浮いたぞ、ちちちぃ」
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