第百五十三話
さっそく、魔の森に行くぞ!
とはならなかった、オリヴィエとリーリアから、ステファナとレイニーの武器と防具を新しくしたほうが良いだろうという進言を貰ったからだ。
シロが2人を連れて、商業区に買い物にでかけた。
オリヴィエに問いただす必要がある。
「それで、オリヴィエ。本当の目的は?」
「マスター。なぜ?」
「わからないと思ったのか?シロが何か頼んだのだろう?」
「はい。奥様から、2人が休もうとしないと相談されました」
「それなら、シロが一緒では・・・。そうか、シロが途中で帰ってくるのだな」
「はい。商業区なら、彼女たちも安全だと思います」
「悪いな。そんな事まで考えてくれていたのだな」
「いえ、私はマスターと奥様の事だけを考えております」
「え?リーリアは?」
「は?」
そこで明らかに狼狽するようでは、この先スーンの代わりは難しいだろう。
スーンの負担が明らかに多いのが気になっているのだよな。
俺があれこれ手を出しすぎたのが原因なのはわかっているのだけど、今ここで歩みを止める事はできない。俺自身のためにも出来る事はやっておきたい。そのためにも、オリヴィエにはスーンの代わりとは言わないけど、俺の身の回りの管理は全部任せたい。その上で、リーリアとの間も進めてくれると、俺としてはすごく嬉しい。
「わかった、わかった、それで、いつくらいには出発できそう?」
「明日には、ログハウスを出られると思います」
「そうか、エリンで向かう?」
「いえ、今回は馬車を使いましょう。ノーリもいますので、それほど遅くはならないと思います」
「それだけでは無いのだろう?」
「はい。SAやPAや集落に立ち寄って頂きたいのです」
「俺にか?」
「はい」
そうか、顔を出していない場所が沢山あるよな。
「洞窟区はいいよな?」
「大丈夫です。しかし、ユーバシャールとの間の壁には是非立ち寄っていただきたい」
「そう言えば、あの壁ってもう必要ないよな?」
「いえ、いくつかの理由で必要です」
オリヴィエが説明してくれた所によると、ユーバシャールの反乱や湿地帯の集落の反乱は考慮する必要がなくなっているが、魔の森に関してはまだ考慮が必要になっている状況で、最終防衛戦になる事が考えられるという事だ。
また、洞窟区の監視や逃亡防止のためには、石壁の存在は大きいという事だ。
「わかった、維持する方向でいいのだな」
「はい。もう一つ、深刻な事情もあります」
「なんだ?」
「言い難いのですが、守備隊の働き口を無くすのは得策ではないと考えております」
「守備隊?あぁヨーンの所か?」
「はい。マスターの治める場所が、チアル大陸全般になっていまして、守備隊の多くが、大陸中を回っております」
「それなら、働き口を増やす必要がないよな?」
「いえ、巡回している守備隊に入られるのは、ある一定の水準に達した者だけです」
「その水準は?」
「基本は、ヨーン殿が認めた者となっていますが、ペネムダンジョンで初級ダンジョンを単独踏破出来るか、中級ダンジョンを3人パーティーで踏破出来る事になっています」
「へぇ・・・。それで、水準に達していない者の働き口が無いのだな」
「そうです」
石壁の防御とか丁度いいのかもしれないな。
安全では無いけど、適度に安全が保証されているようなものだからな。
「オリヴィエ。今回の魔の森の件が丁度いいかもしれないな」
「なぜですか?」
「その働き口を求める守備隊や予備隊はまだ居るのだろう?」
「はい。多数が後ろに控えております」
「今、俺たちの持っている予算で養えるだけ養ってしまえ、その上で新しい働き口は魔の森の中心部に作る橋頭堡の管理と維持だ。合わせて、橋頭堡までの道の作成だな。その後は、カイたちが見つけてくれた港候補地までの道の作成及び港施設の建築だな」
「・・・。それこそ、スーンの領分では?」
「そうだな。でも、スーンたちがやれば確かに早く綺麗に安全に作られるだろう」
「はい」
「でも、今後の事を考えると、スーン達に頼ってばかりでは困るだろう?守備隊や予備隊の連中を使って、道を作って見るのもいいだろう。作った道を、防衛する手段も一緒に考えさせれば、教育にもなって丁度いいだろう?」
「そうですね」
「うん。うん。それじゃ、オリヴィエ。頼むな!」
「かしこ・・・。え?マスター?」
俺を見つめるオリヴィエ。
「マスター。もう一度お聞きしますが、道作りと港作りを、任せるという事ですか?」
「うん。スタンピード問題が解決してからになると思うけど、ダメ?リーリアと2人なら問題なく管理出来るだろ?」
「・・・。かしこまりました」
「橋頭堡に、オリヴィエとリーリアの新しい家を作るからな」
「え?マスターの従者はどうされるのですか?」
「うーん。シロも居るし、ステファナとレイニーも育てきただろう?遠出するときには、オリヴィエとリーリアが居ないと困るけど、洞窟で過ごしている時なら、俺とシロでたいていの事が出来るからな」
オリヴィエが大きく目を見開いた。
「それに、オリヴィエとリーリアが魔の森をまとめてくれたら、チアル大陸の全部が俺たちの物になるのだろう?」
「あ!そうです。ヒルマウンテンはエリンがまとめていますし、他の場所も全部マスターの物です。魔の森を支配すればいいのですね」
「そうだな。それに、魔の森は広い事もだけど、魔物もかなりの強さなのだろう?」
「はい!」
オリヴィエに押し付けた形になるが、橋頭堡の確保と道は命題だったのだよな。
パレスケープが大陸に向かう玄関口なら、さながら裏口にあたるだろう。アトフィア教は静かだし、エルフ大陸もこちらに何もちょっかいをかけてこない。
このままの関係が続けばいいのだけど、チアル大陸と同程度の大陸は他にも4つ存在している。
裏港は物資の集積場の意味合いもあるが、それ以上に軍船の製造をおこなっていくつもりだ。いざというときに、対応ができないようでは困ってしまう。その新造船を、守備隊で巡回に加われない者たちに任せたい。中央から遠く離れる場所なので、希望を聞くことにはなると思うのだが、これからは海上での戦になるだろう。上陸されたら負けだと考えている。住民に犠牲が出る可能性があるし、建物も破壊されてしまう。
オリヴィエと橋頭堡の話をしていると、シロが戻ってきた。
「カズトさん」
「事情は、オリヴィエから聞いたよ。2人は?」
「宿区の温泉宿に押し込んできました」
「え?温泉宿?」
「はい?」
オリヴィエが笑いながら説明してくれた。
宿区は、別荘地の様になっていて、幹部たちが休暇を過ごすための家が立ち並んでいる。
しかし、代官や冒険者では宿区で家を購入するのは難しく諦める者が続出した。その者たちが、改善計画を持ってきたが、上層部は却下した。
あまり建てすぎると、宿区としての意義が失われるという理由でだ。なんか、数ヶ月前の決裁にそんな事が書かれていた書類があったのを思い出した。
幹部たちが持っていた家を取り壊して、街路樹を整備して、小さな家を複数景観を損ねない程度で建てた。そこを、”貸し別荘”としたのだ。
これも許可を求められたので覚えている。
小さな作りなので、内風呂は小さな物しか付けられない。
それは、せっかく宿区に来た意味が薄れる。
そこで、俺がアンクラム区でやった事を真似してやってみたようだ。
アンクラム区ではフードコートを作ったが、宿区では、いろんな”風呂”を集めた”温泉宿”を作ったという事だ。どう考えても、命名は俺だな。確かに、そんな決裁をして名前を決めた記憶がある。
そうか、温泉のテーマパークみたいになったのだな。
行ってみたいな。
オリヴィエを見る。オリヴィエは、何かを悟ったのか首を横にふる。
本当に感がいいな。
シロを見る。
突破口はシロだな。
「シロ。一緒に、温泉宿行くか?」
「え?あっ・・・。でも、僕・・・」
どうした、思っていたのと違う反応をしている。
『マスター。ダメです。温泉宿に行くのは、今度にしてください』
『なぜ念話?』
『奥様に気が付かれないためです』
『なんで?』
『マスター。奥様は、マスターと一緒にお風呂に入りたいのです』
『ん?だから、温泉宿に行こうとおもったのだけどな?』
『ダメです。温泉宿は、マスターからのご命令通りに、男女別になっています』
あっそうだった。
「シロ。今度、風呂で背中を洗ってくれよ。お前に洗ってもらうのが一番好きだからな」
「え!もちろんです。カズトさんを洗うのは、僕だけの仕事です」
機嫌が少しだけ上向いた。
『オリヴィエ。助かったよ』
『いえ、それで、マスター。温泉宿ですが、混浴を求めておりますが?』
『ダメだ・・・。と、いいたいが、洞窟にあるような風呂で”家族風呂”なら許そう。時間で、家族や夫婦や恋人同士に貸し出す形にすればいいだろう?』
『かしこまりました。担当に伝えます』
「オリヴィエ。温泉宿は、そんなに入っているのか?」
「大賑わいとは違った感じですが、代官などが行政区に寄った帰りに入っていきますので、かなりの人数が使っていると思います」
うん。足元もしっかり見ないとダメだな。
「シロ。それで、どうする?」
「はい。カズトさんと僕とカイとウミとライとエリンちゃんで行くのはダメですか?」
カイからの要請で、シロはカイたちの敬称を外すように言われている。
俺の伴侶になるのだから、眷属に、様や殿を付けてはダメという理由だ。シロも頑張っているが、時々敬称が出てしまうようだ。その都度、カイに注意されている。
シロの提案は、俺としては問題ないが、オリヴィエは絶対にダメと言うだろう。
「ダメです」
やはり想像どおり反対している。
「でも」
「奥様。奥様のお体も大切なのです。私達にとっては、マスターの次に奥様の事が大事なのです」
対立とまでは言わないけど、意見の相違が出てくるだろう。
「わかった、シロ。オリヴィエ。魔の森には、明日出発する。馬車を二台にする。前を俺とシロ。後ろに、オリヴィエとリーリアとステファナとレイニーとエリンだ。カイとウミとライは臨機応変だ。御者は必要ないだろうが、誰かが順番で行う様にしてくれ」
妥協案という形にはなるが、この一日が命取りになるようなやわな防御態勢にしていない。
オリヴィエが準備のために、下がった。
リーリアと合流して準備を行うようだ。
「カズトさん」
「どうした?」
「ごめんなさい。僕が勝手に」
「ステファナとレイニーの事か?」
「うん」
「俺の方こそ悪かったな。気がついてやれなかった。ステファナとレイニーもゼーウ街では頑張ってくれたからな」
「うん」
「ありがとうな。俺が気づかないところをフォローしてくれて、さすがはシロだな。シロが居てよかったよ」
「うん!」
さっきまでの泣き出しそうな顔ではなく、満面の笑顔で俺に抱きついてきた。
頭を撫でてやる。目を細めて、少しじゃなく安心した雰囲気を出してくる。
日本に居た時に傍で見ていたら、口から砂糖じゃなくてメイプルシロップを吐き出していたかもしれないくらい、甘ったるい雰囲気を出している。
シロを強く抱きしめて、唇を重ねる。
そのまま風呂まで連れて行って、一緒に風呂に入る。一線を越えていないのが不思議なくらいだが、まだなんとか理性を保っている。シロはいつでも大丈夫の雰囲気を出しているが、正式な結婚までは我慢すると決めている。こちらの世界では処女性はそれほど重要ではない。有力者にとっては、子供を産んでいる若い女性の方が貰い手が見つかったりする。子供が産める=世継ぎが出来ることの証明だと思われている。アトフィア教では、清らかである事という条項は有るのだがそれは処女性の事ではなく、快楽におぼれていないという証明のためだと言われている。らしい。意味がわからないが、そういう物だと覚えておけばいい。
風呂に入って、全裸のままベッドまで移動する。
そのまま、寝てしまった。
翌朝、シロのキスで目をさます。
先に起きたシロが、着替えの用意もしてくれている。
今日は、ログハウスで残っている書類に目を通してから、魔の森に向けて出発する。
着替えを済ませて、執務室に入ると、オリヴィエとリーリアとステファナとレイニーがすでに準備を済ませて待っていた。
決裁が必要な物はない。居住区に馬車が用意されているという事なので、早速移動を開始する。
移動中も、防御壁が攻撃を受けている報告を聞いている。
本当に、一日単位で来ているようだ。
聞いていた頻度とそれほど違いはないが、魔物の攻勢が違っている。
ローテーションでも組まれているようだ。明日には、湿地帯を抜ける事出来る。よく考えてみたら、湿地帯の集落に立ち寄るよりも、ユーバシャール経由で行った方が楽だったよな。後で気がついたがすでに手遅れ、湿地帯にある全ての集落を回る事になってしまった。
その御蔭である仮説を立てる事ができた。
5つのダンジョンが絡んでいるのではないかという事だ。
襲いかかってくる魔物が、5種類なのだ。
・ヒト型の魔物。ゴブリンやオーク。上位種はまだ確認されていない
・虫型の魔物。
・爬虫類型の魔物。
・鳥型の魔物。
・獣型の魔物。
これが順番に群れで襲ってくる。
もしかしたら、魚系も有るのかもしれないが、森の中だからな、襲いかかってくる事は無いのだろう。
湿地帯での集落訪問義務を果たしてから、魔の森に接している石壁にたどり着いた。
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