第八十六話

/*** カズト・ツクモ Side ***/


 小型ワイバーンにエントとドリュアスと魔蟲達を載せて、ロングケープ街に潜入させた。予想通りの報告が上がってくる。完全に、戦争の準備をおこなっていると考えて間違いないだろう。


 ”面倒な事になった”が正直な感想だ。


 表の対策と裏の対策を行う事にした。


 表の対策は、難しいことではない。獣人族を中心に、ペネム街の軍を組織してもらう事だ。

 こちらは、ミュルダ老に任せた。いろいろ任せすぎて、何を任せたのか忘れているが、サポートも増えているし大丈夫だろう。


 ペネム軍の中核は、ブルーフォレストの獣人族が担う事になった。

 各部族から志願兵を募った。結果、2,500を超える獣人が集まった。もちろん中には戦闘に向かない者たちも居たが、

”自分たちに安住の地を与えてくれた、ツクモ様のために戦う”

 と言っていると聞いた時にこれはまずいと思った。


 すぐに、長達を集めた。


「ツクモ様。どうされましたか?」


 白狼族のヨーン=エーリックだ。


「急に集まってもらってすまない。志願兵の事だけど・・・”ツクモ様のために戦う”とか言っている者が居るらしいけど・・・」


 皆が顔をあわせる。

 ん?なにか、俺が貰った情報と違うのか?


「あの・・・」


 獅子族のウォーレス=ヘイズがおずおずと手を挙げる。


「なに?」

「ツクモ様。”言っている者”ではなく、集まった全員が”ツクモ様の為に戦う”という気持ちです」


 なにそれ?聞いていないのだけど・・・。


「すまん。ヘイズ。もう一回言ってくれないか?」

「はい。集まった、4,539名全員が”ツクモ様のために戦う”という気持ちです」


「お前たち・・・強要していないだろうな?各部族から出す人数を決めたりしていないだろうな?」


 全員がうなずく。

 そうなると、後から来た部族が・・・とかも考えられる。


「ペネム・ダンジョン内の集落や村にも無茶なことを言ったりしていないよな」


 ヨーン=エーリックが一歩前に出て、ひざまずく


「ツクモ様。皆、アトフィア教には一つや二つの恨み言ではすまないくらいの恨み言があります」

「そうだな」

「しかし、それ以上に、ツクモ様に受けた恩義を返したいと思っているのです」

「・・・恩義か・・・嬉しいけどな。でもな、エーリック。過ぎた忠誠心は目を曇らすぞ?」


 1番怖いのは、俺が暴走した時に誰も止めない環境になってしまう事だ。

 俺の為といいながら、盲目的に俺に従うようにはなってほしくない。


 俺の希望を伝える。


 家族や知り合いの為に戦うようにして欲しい。自分の住処を家族を守る為に戦う。それが俺の為になると考えて欲しい。

 長たちは俺がやることや指示に関して鵜呑みにしないで、皆で考えて欲しいことも伝える。


 皆、納得はしてくれている。


 そして、今回の派遣部隊は一度解散させてもらう。

 少数精鋭で行く事になることをしっかりと伝える。


「少数精鋭ですか?」

「あぁ街を守るだけなら、竜族とエント達に任せれば大丈夫だろう?」


 皆、納得してくれた。

 しかし、ダミーとして軍がほしいのは間違い無い。その編成を頼みたかったのだ。


 戦わないが、相手にこれだけの兵士が居ると思わせたい。

 募集の時にしっかり言わなかった俺が悪かったが、聖騎士達を、アンクラム/ミュルダ/サラトガまで進軍させるつもりはない。その前で撃退する。


 長達にもう一度お願いする。

 少数精鋭の部隊を一つ編成したい。これは、実際に戦う部隊になるが、奇襲と撤退を繰り返す事になる。


 もう一つは見せかけのペネム軍だ。こちらは、聖騎士たちの前に展開して待ち構えているように見せる軍隊だ。いざ戦闘になってしまったら、エント達や竜族が相手をする事になる。

 表の対策として、長達にしか知らせない。見せかけのペネム軍は本当に戦いに参加してもらうと思ってもらう。戦わないと知っているのは、俺と眷属達ち長達とミュルダ老と側近だけだ。


 長達はこれで解散となった。


 俺は、その足で、クリスの所に向かう。リーリアも呼んである。二人にもお願いが有るからだ。


「カズトさん。僕にお願いって何?」

「クリス。従者たちも揃っているようだな?」

「うん」『はい。御前に!』


「リーリアが来てから・・・ちょうどよかった。オリヴィエも一緒だな」

「はい」


 クリスとリーリアには、どちらかが少数精鋭部隊に付いていって貰って、治療を行って欲しい旨を伝えた。

 もう1人は、これから選抜するドリュアスと一緒に、見せる軍隊の後方支援を頼もうと思っている。


 どちらとも後方で傷病兵の手当を基本とした支援部隊になる。


 二人は、話し合って決める事になった。

 申し訳ないが二人には時間的な猶予があまりない事も告げた。二人揃って、聞いてきた事があるらしい。


「カズトさんはどっちに参加するのですか?」

「ご主人様はどちらの部隊を率いるのですか?」


 俺は、俺でやることが有ると告げた。

 落胆の色を隠さない二人だがすぐに結論が出た。


 精鋭部隊の方に、リーリアとオリヴィエがついていく。

 見せかけの部隊には、クリスがついていく事になった。


 部隊の編成は、それぞれの長達に任せる。全体の指揮をミュルダ老に任せる。

 俺は、カイ、ウミ、ライ、エリンで、ロングケープ街を襲撃する計画を立てている。タイミングは、聖騎士が行程の半分を過ぎたくらい。今の所、聖騎士の総数は3,000に届かないくらいと報告が来ている。

 そのために、2,500程度の獣人族でも足止めにはなる。足止めしている状態で、少数精鋭で構成された突撃部隊が退路を断つ動きを見せたり後方部隊を襲う。

 兵站の概念があるやつが敵方に居るのなら、兵站を奪い取れば撤退していく可能性が高い。


 そこで、俺がロングケープで奴らの船を奪取するか破壊する。ロングケープには申し訳ないが、アトフィア教を受け入れたという事で、俺は敵認定している。


 突撃部隊には、レベル5結界・障壁・防壁を発生できる魔核を1人に一個ずつ渡している。長達に語った事と矛盾するかもしれないが、”俺の為”に戦ってくれると言っている奴らの言葉を信じて魔核をもたせる事にしている。


 準備が間に合うか、聖騎士の動きが早いか、これからは時間の勝負になる。


--- 4日後


 まずは、突撃部隊の準備ができた旨の報告が来る。


 待機してもらっているのは、ペネム・ダンジョンの中。

 元族長やらが居るけど問題ないのか?


 問題無いようだ。

 突撃部隊が1番危険な役割をするのは・・・わかっているようだ。


 死ぬかもしれない・・・事もわかっているようだ。


 死なないように連携を高めて、武具をしっかり作ってもらってくれ。

 リーリアとオリヴィエに関しても同じだ。突撃部隊の隊長は、豹族のブリット=マリーに決まった。


 1人も死ぬことは許さない。

 死地に送り出しておきながら、”死ぬな”とは無責任かもしれないが、1人も死ぬことは許さない。


 出立は、聖騎士たちが動き出した翌日とした。襲撃に適した場所を探さなければならないが、実はそれほど場所が有るわけではない。戦力差が出にくい所で、やつらを誘導しやすい場所と考えると、決戦の場を”ロングフィールド”に定める。ここならば、ミュルダ区から3日程度の距離があり且つ周りに村落は見当たらない。

 広い平原になっている。聖騎士がまっすぐにミュルダを目指してくれるのならここを必ず通る事になる。

 突撃部隊は、”ロングフィールド”の手前にある大きな岩で道が狭められている場所の”ストーンリバー”で急襲する。


 アトフィア教の作戦会議に参加していた将校?を魔蟲が捕らえて、スキル記憶を使った結果だ。ほぼ間違いないだろう。その将校は翌日娼館の近くで泥酔した状態で見つかったらしい。

 同じ様な方法で、3人から情報を盗んだ結果間違いなく、ロングケープからミュルダに最短距離で進んでくるようだ。


 言葉の端々に、聖騎士が獣人ごときに負けるはずがないというニュアンスが伝わってくる。


 もっと慢心してくれないかな・・・。


--- 2日後


 防衛部隊と名付けた、見せかけの部隊の編成が終わった。

 兵站も揃っている。


 こちらは部族の戦闘衣装を身に付けてもらう。

 2,500と言ったのだが、結局3,000に少し欠けるくらいの軍隊になってしまった。


 戦闘部隊は2,500まで絞って、残った者の中から白狼族を中心にした護衛部隊を編成した。

 護衛部隊は、兵站や後方部隊を護衛する役目をもたせた。


 後方部隊には、総指揮としてヨーン=エーリックも居るので、護衛部隊は必須だと思った。300名を少し超える程度だが、揃いの武具を持つ事にした。明らかに本陣という雰囲気をもたせる。


 10人で作る十人隊

 十人隊を5隊まとめた小隊。

 小隊を3隊まとめた中隊。

 中隊を4隊まとめた大隊。


 本隊として大隊を中央に二つ。両翼に1大隊づつを配置して、2,400。100名は、本隊の後ろにとっておきに見えるように配置する。


 練度を上げたいが、それほどの時間は残っていないだろう。


 大隊長。中隊長。小隊長。十隊長をそれぞれ任命する。


 実際には、ミュルダ老や各部族の長が選出した者が、”長”として任命されていく。

 俺の名代として、ミュルダ老が任命を行っていく。対外的な、ペネム街の長がミュルダ老だからだ。


 任命式は、ダンジョンでは行っていない。

 ペネム街から出たサイレントヒルで行われた。ダンジョン内では、特定多数に限られてしまうが、ダンジョンの外で且つペネム街の外で行っているので、アトフィア教の間者も比較的簡単に情報が盗めるだろう。


 ペネム街が、お前たちの動きに気がついているぞ!と見て敵わないと思って逃げてくれればいいが・・・そうはならないだろうな。

 逃げないのなら、”簡単に蹴散らせる”と考えてくれたら嬉しい。


--- 10日後


 聖騎士3,000が動き出したと報告が来た。聖騎士も本国?から追加の兵力が届いたようだ。


 まず、今回出征する者達を全員、ダンジョン内に集める。


 総勢3,439名


「皆。ありがとう」


 俺の為・・・とかじゃなく、これだけの者たちが揃ってくれたことを嬉しく思う。

 家族も居るだろう、恋人が居る者たちも居るだろう。大切な人を守るために、自分の生活の場を守るために、自分たちの尊厳を守る為に、戦おうと思ってくれた者がこれだけ居るのが嬉しかった。


 この10倍・・・いや、もっと居るかもしれない後方で支えてくれる人たち。

 俺が迎え撃つと決めた所から始まっているのはわかっている。わかっているが、皆で作り上げた街が、薄汚れた手で犯されるのを見たくなかった。


「いいか、集まった3,439名1人も欠ける事は許さん。死ぬな。これは、命令である。絶対に死ぬな。自己犠牲なんて考えるな。絶対に生き延びろ!」


 皆が神妙な顔をする。

 実際1人も犠牲を出さないのは難しいだろう。特に、突撃部隊では犠牲者が出るかもしれない。そんな事はわかっている。わかった上で厳命しているのだ。


「死んで、家族や恋人・・・馴染みのおばちゃんやおじさんを悲しませてみろ、次に作る街はそいつの名前にするからな!」


 笑い声が聞こえる。


「死んだら、拒否できない。だから、生きて帰ってこい。生きてさえ帰ってくれば、死なさない。回復や治療を使ってでも死なせない!」


「俺のためとか考えるな。獣人族の為でも、ペネム街の為でもない、お前たちの帰りを待つ家族の・・・恋人の・・・愛おしい人の為に戦え。そして、生きて帰って来い。そのための作戦は考えた!」


 静寂が訪れる。

 皆の息遣いが、心臓の音が聞こえてきそうだ。


 皆、俺の言葉を感じてくれている。と、思いたい。


「よし行くぞ!」


『おぉぉぉぉぉ!!!!』


 まずは、防衛部隊が出立する。

 出立式は盛大に行う。間者も見てくれるだろう。せいぜい派手にして、この部隊で対峙すると思わせる事にしよう。


 出立式が盛大に行われている裏で、突撃部隊はアンクラムの街に移動して、そこから竜族に”ストーンリバー”まで運んでもらう。迂回路を飛んでもらうので、大丈夫だとは思う。

 バレても、竜族を攻撃しようとする馬鹿は少ないだろうという判断だ。


 防衛部隊の出立式は、ミュルダ老に任せた。

 突撃部隊とのタイミングに関する打ち合わせも終わった。


 俺は、ミュルダ老とヨーン=エーリックと眷属達にしか語っていない”ロングケープ”潜入作戦を実行する事にする。


 数日前に既に潜入しているエントとドリュアスに命じて、船を一つ確保してもらっている。

 その船で沖合に出てもらって、エリンにそこまで移動してもらう。


 俺とウミとカイとライを乗せてだ。


 エリンの眼下には、ロングケープに停泊するアトフィア教の船が見える。


「パパ。エリンが、ブレスで吹き飛ばそうか?」

「エリン。嬉しい提案だけど、今回はやめておこう。それをやると、奴らが”負けた”のは竜族が居たからとか思うだろう」

「うーん。よくわからない」

「獣人に負けたと思わせたいからな。今回は、竜族はお手伝いにしておきたい」

「よくわからないけど、わかった!でも、エリンは、パパと一緒に行くのだよね?」

「あぁカイとウミとライとエリンと俺で、ロングケープに潜入して、奴らの船を使えなくする!」

「わかった!」


 俺たちは、ロングケープの沖合に停泊していた船に降り立った。

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