第八十五話

/*** カズト・ツクモ Side ***/


 ログハウスに戻ってみると珍しく、スーンが面会を求めてやってきていた。


 すぐに許可を出して、執務室に通した。


「大主様。申し訳ございません」


「どうした?なにかあったのか?」


 普段、スーンは連絡だけなら、念話でおこなってくる。

 面会を求めてやってくるとはよほどの事があったのだろう。


「はい。実験区のモルモットから聞き出した事ですが・・・」


 実験区。ペネム・ダンジョン内に作っている、アトフィア教や俺が死刑だと判断したやつらを使って、スキルの実験をおこなっている所だ。捕らえた奴らは、モルモットと呼んでいる。モルモットには失礼な話だとは解っているが、他に適当な名前が思い浮かばなかった。


 スーンが聞き出した話は、想像以上に悪い知らせだ。


「スーン。クリスの所に、アンクラム領主の娘が居たよな?」


「はい。ですが、幼くて事情は知らないと思います」


「だよな・・・。とりあえず、ミュルダ老に相談だな。流石に丸投げはできないだろう・・・な」


「かしこまりました」


 スーンが一端執務室から出ていく。

 ふぅ・・・面倒な事になりそうだな。まずは、モルモットの話が本当か・・・いや違うな、本当だと考えて動かないとダメなのだろうな。実際に、ここ数ヶ月モルモットが増えている。


 アトフィア教が、ペネム街を危険視している?

 スーンがモルモットから聞き出した話しを総合するとそういう事になる。だが、まだ確定だと考えないほうがいいだろう。


 スーンが聞き出した話と俺が知っている情報を突き合わせてみる。もう少し整理しないと対策を間違えてしまうかもしれない。


 捕らえたモルモットは、アンクラムから出た商隊を襲って、獣人の子供を攫おとした奴らだ。

 俺の中の価値観と照らし渡して、即日、実験区送りにした。


 スーンが、モルモット達を尋問拷問した所。いろいろ興味深い話をしてくれたらしい。


 アンクラムが獣人族の討伐隊を出した時に、アトフィア教の司祭が混じっていた。そいつは、リーリアが操ってアンクラムでの情報収集に役立てた。必要なくなった司祭は、アンクラム領主に始末させた。

 その後の詳しい話がわかってきた。

 司祭が、アンクラム領主の娘二人を差し出すように言った。それを受けて領主は決起隊でアトフィア教の教会を急襲した。司祭や主だった者たちを殺した。アトフィア教の人間たちがこれを獣人族に魂を売り渡した領主の仕業だと喧伝した。


 アトフィア教の信者だった住人たちが、アンクラム領主を粛清した。流れ的にはこんな感じのようだ。


 領主は、娘二人をミュルダに逃した。逃した理由も、二人が人族でない事から、アトフィア教に捕まれば間違いなく粛清されるのがわかっていたからだ。


 アンクラムでは壮絶な殺し合いが発生して、アトフィア教は1人も残されていなかった。これは、アンクラムから逃げ出した難民の証言だ。正しくはないと思うが、それほど間違っていないだろう。決起隊に参加したという男性も同じ様な事を話していた。


 アンクラムに居たアトフィア教全員を殺せたり捕らえたりできたわけではない。逃げ出した奴も居るだろう。


 アトフィア教の総本山は、この大陸には無い。

 支部はいろいろな街にあるとの事だ。大陸の玄関口になっている、ロングケープという街にあるアトフィア教の教会に、総本山に居る枢機卿の1人から”アンクラム/ミュルダ/サラトガの3つの街が、獣人族と取引をして利益をあげている。その利益の元は、神から人族に与えられたダンジョンの恵みだ。そんな事が許されるわけがない。粛清して、正しい形に戻せ”と、いうものだったらしい。


 簡単に言えば、ダンジョンを奪い取れという物だ。

 しかし、俺の街が完全にアトフィア教を排除しているのは知られている話だ。商隊にアトフィア教との商談は禁止していない。それは自己責任で行ってもらう事にしている。


 アンクラム/ミュルダ/サラトガにあったアトフィア教の教会は自分たちで出ていった。


 ”布教活動と獣人族への差別をしなければ、アトフィア教が入ってくるのを禁止しない”旨も告知している。

 それが嫌だと言って出ていったのはアトフィア教の連中だ。コルッカ教は、それで構わないから教会を作らせてくれと言ってきた。住民も教会が有る方が嬉しいらしいので問題は無い。


 それから、手を変え品を変え嫌がらせをしてくる。野盗を雇って襲いかかってきたこともあったが、スーンやゼーロやヌルやヌラが作った防御陣を突破されていない。そのために、リヒャルト経由での情報になるが、他の街でかなり悪口を言われているようだ。


 獣人族を優遇して、人族をないがしろにしている(ある意味事実だな。ないがしろにしているのは、獣人族を下に見るような愚かな行為をしている奴らだけだ)

 人族は街に近づくだけで殺されてしまう(そんな面倒な事はしていない)

 食べ物もろくになく獣人族同士で殺し合っている未開の地だとか・・・(未開の地・・・かぁ辺境こそこれから発展する場所だからな)


 散々な言われようだ。

 リヒャルトや商隊が訂正しては居るようだが、獣人族は野蛮で魔物と同じという考えもまだ根強く、噂を消すまでには至っていないようだ。商隊には無理しなくて良いと伝えている。別に取引したくなければ、取引しなければいい。

 アトフィア教に毒されていない街も多い。実際に商隊はそのような街と商売が成立している。だから、余計にアトフィア教として強硬手段に出てくるのだろう。


 モルモットの話では、既にアトフィア教からのスパイが多数入り込んでいるという話だ。

 当然そうだろうと思っている。思っているからこそ、行政区の場所をペネム・ダンジョン内に移動させた。


 政治家が大臣になる時に、身元調査を行うらしいのだが、同じ様に、ペネム・ダンジョンの1階層に入るためには身元調査をしている。その上で、ライにお願いして魔蟲の誰かに護衛兼監視として付いてもらっている。それを受け入れた者だけが、行政区に入る事ができるようにした。


 モルモットたちはそれでも、なんとかペネム街の秘密を探ろとしていたようだ。

 野盗たちが使えないと解ると商隊のフリして街に入ろうとしたりもしていたようだ。何人かは成功したが、植え付けられた教養から、獣人族を下に見てしまって、馬鹿にしたり、優遇処置を求めたり、ろくでもないことをして補足されてしまったりしていた。

 いきなりモルモットになっているわけではない。一度は街からの口頭注意で、二度目は注意勧告をして、三度目は街からの退去を言い渡すようにしている。

 それでも、対処しなかったり、退去しなかった者は、強制退去のために捕らえて商隊に連れ出してもらっている。

 これで、素直に従っていれば問題は無いのだが殆どが暴れたり、逃げ出そうとしたり、問題行動を起こしている。街の外まで我慢すれば、その場で解放されるのに、自分たちが”解放”という名前の処刑を行っていたので、俺たちも同じ事をしているのだと思いこんで抵抗を行っているのだ。


 解放された奴も、”遠くで幸せ”になってくれればいいのに、いろいろ文句を付けてまた街にやってくる。今度は、人数を増やしてだ。


 この繰り返しになっていて、今モルモットだけでも500人を超える規模になっている。中には、隷属されたりしている者も居たのだが、隷属を解除してから解放しているのだが、また戻ってくる場合が多い。


 俺が認識していたのは、ここまでだ。


 スーンからさっき聞いた話は少し毛色が違っていた。


 モルモットたちの中に、アトフィア教の裏部隊が混じっていた。

 今までは、司祭やら枢機卿やらの小間使いから、スキルカードを渡された奴らだった。アトフィア教のためといいながら、突き詰めていくと、獣人族が発展しているのが気に食わないや、獣人族を追い出して自分たちがスキルカードを貯め込むつもりだったようだ。

 小悪人と言った所だろうか?


 しかし、今度はガチ勢が来たようだ。

 ペネム街を調べて、総本山に報告する事が任務のようだ。


 見つけられたのも運が良かったと言うべきなのだろう。

 ペネム・ダンジョン街への出入りまでできていて、個々までの情報を、連絡員に渡した。この連絡員が、商隊に混じって帰る所を、別のアトフィア教の連中が急襲した。近くに居た別の商隊を護衛していた魔蟲たちがこれに応戦して、その商隊は無事だったが、人数確認をした所、1人の男が居なくなっている事に気がついた。

 男は、急襲されたと同時に逃げ出していた。そして、この男を探し出した時に”ゲロった”自分がアトフィア教の連絡員である事を・・・。探していた商隊は、心配で探していたのだが、連絡員は自分の身元がバレたと思ったらしい。

 それから、芋づる式にガチ勢にまでたどり着いた。


 100名以上がペネム街に入り込んでいるという事だ。

 そして、捕らえたガチ勢から、一部の枢機卿や司祭が、この街を問題視しており、近く聖騎士を主体とした討伐隊が出される事になるだろうと教えてくれた。


 聖騎士がどの程度の強さなのかわからないが厄介な事には違いない。


 ドアがノックされる


「大主様。ミュルダ様をお連れいたしました」

「わかった。入ってくれ」


 スーンに続いてミュルダ老が入ってくる。

 表情が硬い。そりゃぁそうだよな。


「スーン。ミュルダ老には状況は説明したのか?」

「こちらに来る時に大筋はご説明いたしました」


「ありがとう。飲み物を頼む。それから、なにかつまめる物も頼めるか?」

「かしこまりました」


 最近、外回りが多かったためか、俺の側にいられないと言っていたので、今日はこき使うと言ったら喜んで側に控えている。スーンに飲み物と食べ物を頼む。


「座ってくれ、少し長い話になるかもしれないからな」

「・・・はい」


「状況は聞いたとおりだ。どうしたらいいと思う?」

「聖騎士ですか・・厄介な連中ですが、全部が派遣されるわけではないと思います。聖騎士の本来の役目は、教皇と枢機卿を守る役目のハズです」


「本来?建前の役目もあるのか?」

「はい。建前は、”人族を魔物の恐怖から解放する”です」


「あぁそれで、獣人族を討伐したりするゲスいことをしているのだな」

「いえ、聖騎士は獣人族の解放には加わっていないはずです」


「それならなぜ?」

「儂にもそれは・・・ただ・・・いえなんでもありません」


「なんだ?なにか思い当たるのなら教えて欲しい」

「はっはい。噂で聞いた程度ですが、アンクラムがミュルダに異端認定を出した時の、アンクラムのナンバー2だった男が、現教皇の遠縁の者だという話です」


 ナンバー2は、たしか見つかっていない奴で、逃げ出したのではないかと言われている。


「そうか・・・そいつが、教皇に泣きついたと考えられるわけだな」

「・・・はい」


 別にそれは問題ない。

 聖騎士も俺の街に手出ししなければ問題ない。


「聖騎士が攻めてくると思うか?」

「どうでしょうか?でも、リヒャルト殿の話では、ロングケープ街にアトフィア教の船が大量に来て荷降ろしをしていたという話もあります。それに、ロングケープ街が実質的な封鎖状態に入りそうだという話も聞きます」


 兵站の概念をしっかり持っている敵は厄介だな。

 今まので野盗を使っていた奴らは、兵站の概念が無いに等しくて無くなったら獣人族から奪えばいいと思っていた。実際にそうしようとして捕らえられている。


 ロングケープまでは、直線距離で1,000キロくらいと聞いている。

 馬車で半月から20日程度・・・行軍を行うと考えて、”騎士”だけでの移動では無いだろうから、2ヶ月くらいは必要になるか・・・いや、もっと早くて1ヶ月くらいと考えておくべきだろう。


 リヒャルトの情報や、ガチ勢の情報のタイムラグがどの程度あるかわからないが、1ヶ月以内には戦端が開かれると思ったほうがいいのだろうか?


 スーンが、お茶と羊羹を持ってくる。


 羊羹を口に入れて味わう。


 さてどうしようか・・・。


「スーン。今動かせる奴らで、ロングケープを見張らせる事は可能か?動きがあったら1~2日程度で情報が届くようにしたい」

「エリン様にお願いして、小型ワイバーンを出させていただければ可能です」


 やっぱりそうなるよな。

 蜂では連続飛行は無理だろうからな。竜族だと今度は目立ちすぎてしまうからな。


「ロングケープの近くに隠れる所があるのなら・・・手配してくれ。エリンには俺から連絡しておく」

「かしこまりました」


 一礼してスーンが部屋から出ていく


「ミュルダ老。すまん。少しエリンと話をする」

「わかりました」


『エリン』

『なぁにパパ?』

『今から、スーンがそっちに行くと思うから、小型ワイバーンを数体貸してやってほしい』

『わかった。商業区の所に居るのなら大丈夫だよ。スーンなら連れて行っても大丈夫だよ』

『ありがとう。スーンにそう言ってくれ』

『うん!』


「すまない。ミュルダ老」

「いえ、聖騎士の動きが解れば対応が可能でしょう」

「あぁそうだな。それでできれば、撃退したいのだが問題はないよな?」


 ミュルダ老は少しだけ考えてから


「はい」


 とだけ言った。


「なにかあるのなら言ってくれ」

「・・・聖騎士の強さは・・・問題ないとは思いますが、聖騎士が単純に倒されたとしたら、いろいろ問題が出てくるかもしれません」


 問題か・・・出てくるだろうな。


「それは?」


 ミュルダ老が気にしているのが、魔蟲やカイやウミやライが聖騎士を圧倒してしまう事だ。

 さらなる口実を与えてしまうかもしれないという事だ。言われてみたらそうだよな。魔物に支配されているとか言われたら、別に俺は困らないが外聞が悪くなってしまうかもしれない。


「こちらも、獣人族を中心に対処したほうがいいのか?相手は、既に準備を終わらせようとしているのだぞ?」

「・・・はい。もっとも良いと思われるのは、相手が引かなければならない状況になることです」


 そうか、アイツらこの街でやろうとした事を、やってしまえば良いという事だな。


 確かに、相手が攻めてくる準備をしている。この街に向かうかは不明だが、そんなの関係ないと思って、先手必勝!攻め込まれる可能性があるのなら、先に潰してしまえばいい。


 だいぶ気持ちが落ち着いた。

 聖騎士達が、俺が気がついていないと思っている間に攻めるのがいいだろう。

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