第八十四話

/*** カズト・ツクモ Side ***/


 リーリアに命令して、ログハウスや居住区で見かけない食材や調味料は一通り集めるように言ってある。

 同じ様に、リヒャルト商隊にもこの辺りでは食べる習慣が無いものや、珍しい植物を見つけたら一通り買ってきてくれるように頼んでいる。それらの報告が、執務室に置かれた嘆願書の中に混じっていたのだ。


 新しい食材や調味料の発見は嬉しい。

 サラトガやアンクラムやミュルダでは普通に入手できていた物の中にもいろいろな食材や調味料になる物が存在していた。


 ユリの花が見つかった、簡単に言えばユリ根が見つかったことになる。じゃがいもは既に見つけているので、片栗粉の生成はできているが、ユリ根を使った料理もできるだろう。


 そして、”ごま”が見つかったのも嬉しい。早速、栽培を指示した。


 こちらの世界の名称が有るようだが、開き直って、俺が解る名前で呼ぶことにしている。


 椿も見つかった。

 ごまと椿は、油を絞り出す。


 あとは、本当に味噌と醤油だな。魚醤は見つかっているので、今は魚醤を使っているが、やはり味噌と醤油は欲しい。

 洞窟内に部屋を作って実験しているが、まだ結果が出ていない。これは気長にやるしか無いと思っている。


 各種油が見つかった事で、大量生産を行う事にした。

 ペネムダンジョン内に居る獣人族に仕事として割り振る事にした。ごま/椿/オリーブをまずは栽培する事にした。


 この世界は植生がデタラメだ。基本なんでも育つ。魔素の影響だとは思うが、発育も悪かった事はない。もしかしたら、ダンジョン内だからなのかもしれないとは思うが、ログハウスの回りでも不作になった事はない。


 今日は、ごま油を使う事にしよう。

 圧搾機でごまから油を絞り出す。やはりこちらではごまからの油を絞る事はしていないようだ。


 最初は、リーリアとエリンとアルベルタとフィリーネを手伝いとして、リヒャルトを呼んでくる予定だったが、どこからか話を聞きつけた、クリスが参加したいといい出した。クリスが1人で来ることはなく、クリスの従者隷属の女児達も付き添ってきた。クリスと従者は、味見係にはなるだろう。


 リヒャルトは、レシピをどうしたらいいのか相談するためと、今日使う食材を持ってきてもらっている。

 そのリヒャルトは、今日は娘を連れてきている。娘と言っても、既に成人して商隊の一つを預かっているらしい。


 今日はドーナッツを作る事にした。裏でべつの仕込みもしているが、それは後回しだ。

 小麦粉を持ってこさせた。少量ながらバターも作られるようになってきた。牛乳?がまだそれほど生産できていないのが原因なのだが、これも、ダンジョン内獣人族が担当して乳が絞れる魔物の繁殖をおこなっている。


 卵は意外と生産が簡単だった。

 卵生の魔物が意外と多いので、それらをブルーフォレストで捕獲して増やしたのだ。いろいろな卵があったので、味が良さそうな物をダンジョン内で繁殖させている。


 油も、ごま油だけでは、油で味が違うというのをわからせる事ができないので、オリーブオイルとラードも用意させた。ラードはまだまだ獣臭いので、ドーナツには向かないと思うが、それがいいという奴が居るかもしれないと思ったからだ。


 ドーナッツの作り方はそれほど難しくはない。分量は考えなければならないが、今は適当にやってみる事にした。こんなもんだろうというかんじだ。ドーナッツだけでは寂しいので、裏でプリンとアイスをドリュアスに頼んで作ってもらう。道具は、洞窟の中にあるから持ってきてもらう事にした。果物を練り込むのもやってみたいと思ったので、街で売っている果物を何種類かリヒャルトに頼んで買ってきてもらった。


 ドーナッツの元?を作って、あとは、好きな形に整形する。

 ここは手伝ってもらったのだが、欲張らないようにだけ注意した。大きくしたら、中までうまくならないから美味しくないだけじゃなくて食べられない物ができるからなと忠告した。


 それぞれ少し遠慮した感じのサイズで作って、油に入れていく。

 一瞬え?っという顔をされるが、無視して調理を進める。


 久しぶりだと美味しそうに見えるな・・・。こんがりと揚がってくるドーナッツを見ながら・・・あの有名店の味を思い出す。


「大主様」


 おぉ考え事をしている時では無かったな。

 油からあげて、油を切る。この世界は、優秀な家電は無いが、使い方次第ではそれを上回る”スキル”がある。分解を付与した魔核をセットして、ドーナッツから”油”を分離する。少し曖昧な指定になってしまうので、匂いや少量の油が残ってしまうが、そのくらいはしょうがないと割り切ろう。何にせよ、油が瞬時にきれるのはありがたい。砂糖を細かくしてふりかける。


 まずは、クリスの従者達に食べさせる。

 これにも理由がある。新しい食べ物をいきなり上の者は食べてはダメだと言われた。味見・・・毒味の意味もあり、今この場で1番身分的に低いのは、クリスの従者を勤めている子どもたちだ。


 だが・・・はじめての食べ物、それも作る所から見ていたら、何やら訳のわからない粉をこねて丸めて、油の中に放り込んでいるだけだ。味なんて想像できるわけがない。

 従者の役目として毒味をおこなっている・・・はずである。


 すごい勢いで食べている。毒味は大抵一口で大丈夫だが、一気に全部食べてしまって、自分が全部食べてしまったのに気がついて絶望の表情を浮かべている。


「クックリス様・・・これ・・は?」

「カズトさん。まだ作られますよね?」

「あぁ大丈夫だ。手伝いに来ているリーリアが覚えただろから、今から作り始める。でも、あんまり食べすぎるなよ?」

「なにか、まだ出すのですか?」

「あぁ期待していいぞ!」


 できた端から誰かの腹の中におさまっていく。

 俺も、自分が作った物を一つ持って、リヒャルトの隣に座る。


「どうだ?売れると思うか?」

「えぇ間違いなく・・・娘を連れてきたのは失敗でしたよ」

「あぁまだ有るからな。多分、こんなものでは終わらないぞ?」

「それは楽しみです。このレシピも公開されるのですか?」

「そうだな・・・でも、バターが必要だからな。もう少しレシピを調整してからだな」

「わかりました。シュナイダー様と調整します」

「頼むな。それから、見ていてわかったと思うけど、油を大量に使いから、火災には注意しろよ」

「はっかしこまりました」


 リヒャルトの娘が大量にドーナッツを抱えて戻ってきた。


「お父様!ずるいですわ!」


 俺が隣に座っているのに気がついたようだ。


「これは失礼致しました。ツクモ様。リヒャルトが娘。カトリナ・カーマンといいます」

「カトリナさん。何がずるいのですか?」

「ツクモ様。私の事は、呼び捨てでお願いします。それと・・・いじめないで下さい」

「ははは。でも、真意を聞きたいですね」


 この世界、美人か可愛いしか居ないのか?

 カトリナと名乗っている女性は、鑑定結果を見ると、人族となっている。赤い髪の毛を鎖骨くらいまで伸ばしている。プロポーションもモデルなみだ。少し猫目っぽいのがいたずら心を刺激する。


「正直にいいます。今まで、お父様は、なんど私がツクモ様に会わせて欲しいと懇願しても叶えてくれませんでした。今日やっと出かけるお父様を見つけて後を着けて実現したのですが、こんなに美味しい物を食べていたのですね」

「カトリナ。それは違う。今日は、本当にたまたまだ。こんな事は、今までに無かった・・・そうですよね。ツクモ様」

「さぁ俺はレシピを何度かリヒャルトに渡しているだけだからな」


「ツクモ様!」「お父様!やっぱり!」


 これ以上、ここに居ると本当の意味でのとばっちりをうけてしまいそうなので、離れる事にした。


「大主様」


 手伝いをしてくれているドリュアスだ。


「どうした?」

「プリンとアイスをレシピ通りに作ったのですが・・・」

「あぁチェックして欲しい?」

「お願いできますか?」

「わかった。隣の部屋?」

「はい」


「リーリア。少しドーナッツを作ってみてくれ。油によっても味が変わってくるし、たしか、ハチミツまだあったよな?出してくれるか?全部じゃないぞ!」


 リーリアから了承の返事が帰ってくる。

 俺は、隣の部屋に向かった。リヒャルト親子はまだなにか言い争っているが、プリンとアイスを食べれば黙るだろう。


「どうでしょうか?」

「アイスは合格だな。レシピ通りなのだよな?」

「はい。大主様のレシピ通りです」

「よし、アイスは完成だな。あとは、果物を入れたりしていろいろ味を変えてみてくれ」

「かしこまりました。プリンはどうでしょうか?」

「あぁ大筋は成功だな」

「なにか問題がありますでしょうか?」

「あぁ・・・少し柔らかいかな。でも、十分美味しいからな。今後卵との比率や冷やし方を工夫うしよう」

「はい!かしこまりました。私が担当してよろしいのですか?」

「任せる。そうだな。今日から、レナータを名乗れ。ライには俺から言っておく」

「あ・・・ありがたき幸せ。本日より、レナータを名乗らさせていただきます」


 プリンとアイス・・・感覚的にはシャーベットだな・・・を持って、部屋に戻る。


 まだドーナッツを頬張っている。


「カズトさんそれは?」


 目聡くクリスが声をかけてくる。


「あぁプリンとアイスだ」

「それも甘味なのですか?」

「あぁ食べてみろ・・・よ」


 クリス以外の目線も、俺とレナータが持つ物に集中している。


「ツクモ様。お父様はもうお腹がいっぱいだそうです。それは私がいただきます」

「おいカトリナ!ツクモ様・・・」

「リヒャルト。諦めろ、レシピは渡すから、自分で再現して食べてくれ」

「・・・わかりました」


 こちらの話が終わる前に、カトリナはプリンとアイスを2つ持って席に戻っている。


「ツクモ様!」

「なんだよ?」

「こ、この冷たい物はどうやって!」


 レシピと一緒に冷やすための道具が必要になることを説明する。

 商人の顔になる。でも、プリンとアイスは手放さない。


「その道具は?」

「試作品だけど、作り方も渡すぞ」

「よろしいのですか?」

「別に構わないぞ?なにかまずいか?」


 リヒャルトを見る


「ツクモ様。娘は、カトリナは、スキル道具のことを教えていません」

「そうなの?それじゃ、あとで、リヒャルトから教えてあげてね」

「かしこまりました。でもよろしいのですか?」

「問題ないよ。どうせ、ゲラルトの所で量産が始まっているだろう?確か、来月には商隊や商人にも売り出すのだろう?」

「そうでした!」


 ゲラルトが”竜族の鱗の武器”を作っていることは、公然の秘密になっているが、それ以外にペネム街の上層部として秘密にしていたのが、魔核にスキルを付与する方法だ。魔核を交換する事で、半永久的に使える状態になっている道具だが、そのままでは不格好なために、家電のような作りにしてもらう事になった。これを、ゲラルトが中心になって進めている。

 その試作が出来上がってきたのが、半年くらい前。先月の段階で、概ね大丈夫だろうということになった。テスターを勤めてもらったのは、居住区に住んでいる獣人族と、宿区に住んでいる者たちと、神殿区の住民とコルッカ教の関係者だ。

 問題点や使い勝手を調整した物ができていて、来月から売り出す事が決定した。


 作っている場所は、もちろんペネム・ダンジョンの中だが、重要な部分は魔核を生成する所だけを最終的にはダンジョン内に残して、それ以外は自由に作ってもらう事にしている。

 外に出す魔核には少し細工がしてある。安全性確保のために、スキルを付けた魔核を隷属できないかと思ったが、どうやってもできなかった。もちろん、眷属化もできなかった。そこで、操作対象にする事はできないかと思って、リーリアにやってもらったら、操作対象にする事ができた。操作よりも低レベルの魔核に限られるという条件は付いているが、今回は問題になりそうに無い。レベル6以下の魔核というよりも、スキルを付与するのは、レベル1やレベル2の低位の魔核なのだ。

 そして、この操作の副作用がすごかった。今まで、スキルスロットは俺にしか調べる事ができなかった。しかし、この操作の対象になる魔核は、ほぼ100%でスキルスロットが空いている。実験で抽出された1,000個を確認したらスキルスロットが無かったのは3個だけだ。


 なので、エントとドリュアス数名に操作スキルを着けて魔核の整理を行わせる事にした。

 魔核を操作することは少ないが、武器に転用された時に、止める方法が欲しかっただけなので、スキルが発動できなくなるだけで十分だ。もう少し複雑な事ができるようにしたいとは思うが、今の所、低位のスキルだけしか許可していないので、それほど目くじら立てる必要はないと判断した。

 使っているスキルは、レベル3氷と雷、レベル2炎と水と風、レベル4樹木、レベル3速度向上だけだ。

 確かに、攻撃には使えるが驚異を感じるほどではない。


「ゲラルトから報告が行っていると思うから確認しておいてくれ、何を売りに行くのかを調整しないとならないからな」

「かしこまりました」


 完全に、カトリナは置いてけぼりになっているが、気にしてもしょうがないだろう。

 クリス達は、既にプリンを食べ終えている。名残惜しそうに、空になった容器を見つめている。


「大主様」

「できたか?」

「はい。ピチのアイスと、アプルのアイスです」


 量は指示しなかったが、果物の汁を入れたアイスもできたようだ。


「待て!待て!」


 新しいアイスに群がる共を静止した。違った食べ方を試してもらう事にしているからだ


「リーリア。新しいドーナッツは?」

「あります」

「砂糖はかけなくていい。皿においたら、レナータが持ってきたアイスを添えて、カトリナに渡してほしい」


 クリスが、え?私は?みたいな顔をしているが無視する。


「ツクモ様。よろしいのですか?」

「アイスが完全に溶ける前に食べてみてくれ」

「はい!」


 皿を嬉しそうに受け取って、アイスを付けたドーナッツを口に頬張る。

 まだ温かいドーナッツと、冷たいアイス。まずいわけがない。幸せそうな顔で、一気に食べ進めている。


 その近くでは、クリスたちがリーリアとレナータからドーナッツとアイスを受け取って食べている。

 ”なにこれ?”や”おいしい”という声が聞こえる。アイスの種類も二種類あるから、それぞれ試しているようだ。


「さて、カトリナ。この甘味ならどのくらいのスキルカードを払う?」


 空になった皿を見つめながら考えているようだ


「ツクモ様。素晴らしい甘味です。レシピを見ると、手に入りにくい材料を使っていません」

「そうだな。ペネム街なら少し頑張れば揃えられるな」

「はい。道具は・・・お父様たちの値付け次第でしょうが手にいれる事ができましょう」

「あぁそのとおりだ」


 笑いたくなってきた。

 俺の意図を感じ取ってくれているようだ。


「ツクモ様。このドーナッツは、一個レベル3が5枚。大きさや、中にいれる物で変えますが、そのくらいでは?」


 500円か・・・やはりそうなってしまうか?

 200円を目指したのだけどな。まだダメだったか・・・。


「それで?」

「はい。プリンは、一個レベル4が1枚。アイスは、最初に食べたのが、レベル4が1枚とレベル3が5枚で、ピチやアプルの物が、レベル4が2枚が妥当だと思います」


 1,000円か・・・それだと高すぎるな。


「わかった、もう少しレシピを調整する必要はあるだろうが、まずはその半額くらいで売ってみるか?」

「半額ですか?」


 カトリナがびっくりするが、そのくらいでないと”お菓子”普及は難しいだろう。一日の終わりに少し頑張れば買えるくらいが理想だから、アイスがレベル3が3枚程度になってくれる事が望ましい。


 実際の所、原価はレベル2が2-3枚程度だと思われる。

 希少性があるし、物珍しいから騙されるだけで、実際にはそれほど高くする必要がない。


 その後は、その場に居る者たちに、リーリアがドーナッツの作り方を教えている。

 レナータがアイスとプリンの作り方を教えるが、道具が揃わないので、後日という事になるのだろう。


 俺は、リヒャルトに後を任せてログハウスに帰る事にした。

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