第八十二話

/*** カズト・ツクモ Side ***/


 公開から1年と数ヶ月が過ぎていた。

 ペネム・ダンジョンを公開してから、街は大いに発展した。


 表向きには、アンクラム-ミュルダ-サラトガの元街を含む、サイレントヒル地域全般をさして”ペネム街”と呼ぶようになっている。

 各元街は、アンクラム区やミュルダ区やサラトガ区と呼ばれるようになった。SAやPAは、そのまま数字で呼び名を付けていたが、それぞれに名前を着けて欲しいという要望が上がってきた。

 SAが21箇所。PAが18箇所。ダンジョン内にできた街/集落が14箇所。全部を命名することになった。最初、代官の名前をそのままと提案したら、全会一致で反対された。


 俺の味方であるはずの、リーリアやオリヴィエやエリンまでもが反対に回ってしまった。

 決定的だったのは、カイからの

『主様の街だから、主様が命名すべき』

 だった。


 カイに言われたのならしょうがない。

 21+18+14=53?


 よし、東海道五十三次を使おう。


 スーンに命令して、各SA/PA/ダンジョン街と集落までの距離を測らせる。ダンジョン内は入口の転移門からの距離とした。


 そして、近い場所から、”シナガワ”・”カワサキ”・”カナガワ”・”ホドガヤ”と名付けした。最後の”オオツ”まで命名してやっと終わった。


 名前着けるだけなら”街の名前はこうだからね”で終わるのだが、代官からの要望で、俺に来てもらって宣言して欲しいということだ。ついでに53箇所+3つの街を渡り歩くことになった。


 今後は、代官が変わるたびに、行政区で”汝xxxを、xxxの代官に命ずる”っと任命式を行うことになった。

 俺がやらないでも・・・と抵抗を試みたが、却下されてしまった。俺がやることに意味が有るのだと言っていた。


 それ以外でも小さな変化はある。


 神殿区にコルッカ教の教会ができた。

 最初は、行政区の中に作りたいと言ってきたのだが、意味合いが変わって来そうだし、街の宗教として認めたわけではなかったので、却下した。同じく、商業区も却下した。自由区は、教会を作っても良いが布教活動は禁止した。


 教会の関係者が面会に来た時に、心を壊してしまった子どもたちのケアを任せてもらえないかと言ってきた。

 教会としてはこれまでも、アトフィア教の実験で産まれた子どもたちを保護してきた実績があり、また俺が保護した子どもたちのように、玩具のように扱われた子どもたちを救い出して保護している部署もあるのだと言ってた。

 最初は、コルッカ教の総本山につれていくと言っていたが、拒否した。俺の中では、コルッカ教と言わないが、宗教を信じられる状況に至っていないためだ。


 そこで妥協案として提示されたのが、子どもたちが保護されている近くに、コルッカ教の教会を作って、司祭を派遣するということだ。神殿区から子どもたちを移動させることも考えたが、やっと一部の子どもたちが、神殿区に居る獣人族に心を開き始めた、そんな状態なのに移動するのは得策ではないという判断をした。

 教会を作るのは許可を出したが、布教活動は禁止した。それでも構わないということだった。


 大きく変わったのは俺の承認案件が減ったことだ。

 代官の任命式のような式典は執り行われるが、基本的に、俺のスケジュールに合わせてくれる。数ヶ月程度なら伸ばせる。任命式前でも代官補佐や代官代理の名目で代官の代わりを行うことができるので困らないと言っている。ただ、モチベーション確保のために、任命式は行うことになる。


 月一度の、全代官の会議への出席は続けているが、スーン/リーリア/オリヴィエが俺の代理として出席することになった。提案したら、すんなりと了承された。さすがに、エリンはちょっと・・・という雰囲気が出たので止めておくことにした。


 会議への俺の出席が免除されたのは重要な案件が減ってきたこともあるが、レベル8記憶スキルが見つかったことが大きい。


 このスキルは記憶の操作はできるのだが、子どもたちには使えないことがわかった。確かに記憶は消せるのだが、消す記憶を指定できないことがわかった。実験でわかったのだが、大きな問題として利用者本人の記憶にしか作用しない。


 しかし、”記憶”=録音/録画ができることがわかったのだ。

 会議の状況を記憶することができる。利用者が記憶を消すのではなく、記憶を魔核に保存することができるのだ。記憶のコピーと読んでいるのだが、利用者の記憶をスキル開始時点から終了時点まで保存することができる。

 また、記憶を保存した魔核に再度スキル記憶を使用することで、記憶の再生ができる。

 そういう性質を持つスキルなので、魔核に固定するのにはすごく相性がいい。保存と再生ができるのだ。試しに使った物で会議を保存して再生できてしまった。そして、重要なのはその後保存された記憶を他の魔核に複写することができるのだ。したがって、会議はレベル8相当の魔核を使った道具で保存を行って、保存ようの魔核に複写する。そして、本体の記憶は綺麗に削除する。


 代官会議の内容は、冒頭から終了までが保存されることになる。

 俺が出席していなくても、重要議題がでたときには、後で記憶を確認することができる。そのために、俺が出席していなくても問題は無いと判断されているのだ。


 いろいろなことから開放された俺は約二年に及ぶ激務から開放された事に喜びを感じていた。


 ペネム・ダンジョン内に作った海から得た”にがり”で作った豆腐を食べていると、足元に丸くなっていたカイが起き出して今日の行動を聞いてきた。


『主様。今日はどういたしますか?』


 取り立てて急務はない。


 街は安定してきたことが大きい。

 経済的なことでの問題は”ほぼ”発生していない。スラム街の様な物ができ始めていたが、仕事の受け方を教えたところ問題は解決した。街で問題になっているのは、ペネム・チルドレンと呼ばれ始めている子どもたちだ。ペネム・ダンジョンが難易度の調整ができているからといって、冒険者の死亡者が”0”になることはない。多い時では、100名/日以上の死者が出る。単身者なら問題は無いが、そうでない場合には父親を亡くした家族ができることになる。子供だけが残された場合には、孤児院に迎い入れてしまえば問題はほぼ解決する。

 片親になってしまった時に、子供が母親を助けようと働きたいといい出して、それを騙して使うような輩が出てきていることだ。

 酷い者になると、商隊を装って子供を丁稚として連れていき、別の街で奴隷商に引き渡している例まで存在した。その業者は、立ち直れないくらいに叩き潰した。自由区まで出入りしていた商隊に自由区ですべての街の出禁を言い渡した。もちろん、自由区に持っていたホームも没収し財産も取り押さえた。それでも怒りが収まらなかったので、街の領域を出たところで魔蟲に捕らえさせて、実験区送りにした。奴隷として売られた子どもたちの3割くらいは見つけることができたが・・・。

 片親の子どもは孤児院にいれるのは違うし、優遇措置をあまり取るのもダメだろうということで、子供向けの仕事を作ることにした。


 子供の仕事と言えば、勉強だろと思い、学校を作ることにした。親に確認を取りながらの手探りだったが、朝学校に来れば朝食が食べられる。夕方まで勉強していれば、夕飯が食べられる。しかし、昼ごはんは有料にした。

 親からの評判はすこぶるいい。子供の食費が浮くのだ。それだけではなく、計算や文字の読み書きを教えられる。学校は、成人するまでなら通えるようにしてある。

 学校の運営資金は、商隊からの寄付や街からの補填と、俺からの寄付だ。その他として、没収した商隊の資産も投入されている。


「そうだな・・・学校を見に行くか?」

『かしこまりました。主様。ウミとライも一緒でいいですか?』

「あっその前に、ペネム・ダンジョンに行こう。新しい、ダンジョンが発見されたとか言っていたからな」

『ダンジョンに入るのなら、リーリアとオリヴィエとエリンを連れていきますか?』

「必要ない。覗きに行くだけだからな」

『わかりました』


 俺の部屋・・・居住場所は、変わっていない。

 洞窟の中だ。やはり、最初に作った場所だけ有って、愛着も有るし落ち着くのだ。内装や家具類はかなり変わっているのだが、それでも”俺の部屋”だと認識できる。ログハウスは仕事場の様に感じてしまうのだ。

 居住場所には、基本的にウミとカイとライと、ドリュアスかエントの俺の身の回りを世話する者しか居ない。

 リーリアが身の回りの世話をするといい出したのだが、エントとドリュアスがそれは自分たちの仕事だと譲らなかった。リーリアとオリヴィエとエリンは、ログハウスに部屋を作ってそちらを拠点にすることが決定した。

 俺が洞窟に籠もっている時に来客が有った場合の対応を任せている。俺の名代というわけだ。


 カイが、ウミとライを連れてきた。

『カズ兄。どこ行くの?』

「あぁペネムの様子を見に行こうと思ってな」

『わかった!』


 ひとまず、ログハウスに向かう。ログハウスから、宿区にある転移門に向かうことにする。


 宿区の転移門の利用者は関係者だけになっているので、使う者は少ない。商業区の転移門では朝は少なからず待ち行列ができるようだ。ダンジョン内の街で働いている人や冒険者がダンジョンに入るために並んでいるのだ。


 俺の存在は隠されている。

 上層部と代官しか知らない・・・ことになっている。


 ダンジョン内の街や商業区や自由区では、公然の秘密になってしまっている。どっかの冒険者をやっている白狼族の元巫女が俺のことを話してしまったのだ。そいつには、1ヶ月間甘い物の買い食い禁止を街中に伝達した。

 自由区や商業区やダンジョン内街ではその通達が守られることになる。子供を使って甘い物を買おうとしたことも有ったようだが、店主側が子供が持つには多額のスキルカードを気にして聞いたところ、関与が認められ、罰の期間が延長された。


 クリスの家に入り浸っていたが、クリスにも”ナーシャ”には甘い物を提供するなと厳命したので、出されることは無かった。


 そんなこともあって、俺のことは”知らないことになっている”状態だ。だから、ダンジョンに入ろうとしても、5階層までは許可されているが、それから下層には行けない。成人になっていないので当然の処置だ。


 街の様子を眺めながら、カイとウミとライと移動する。

 新しくできたダンジョンは、クリスの説明では10階層ほどのダンジョンだが、階層ごとに階層主が存在している。トカゲ系の魔物が大半を占めているとの話だ。毒や麻痺持ちの魔物も産まれているらしいので、それらの対策がうまくいくかどうかが攻略の鍵になってくるだろう。

 素材としても優秀な物が多くなりそうだと話していた。


 階層の街を歩いていると方方から声がかけられる。感謝しているのは解るが、それは仕事で返してくれればいい。串焼きや飲み物を買って街を散策する。本当に、大きくなった。当初は、宿屋と商店が一つだけだった。それが、ミュルダと同じくらいになっている。人口も多くなってきているのが解る。移動する人数も多いが、住民登録を行うことを義務付けたことで、人口がはっきりと導き出された。

 すべての街の合計が、37.51万人になっている中心の行政区/商業区/自由区の合計は、約7万人にもなっている。

 リヒャルトが言うには、この大陸では1番大きな街になっている。

 人口が爆発的に増えたのは、獣人族が集まってきたり、集落ごと移住を希望してきたりする場合が多かったためだ。新しく移住してきた獣人族は、ダンジョン内に集落を作ってもらうことにした。


 階層に降りた。

 ここは、冒険者たちの街になっている。宿屋は少ないが、商店が沢山店を出している。買い取り専用の店を出しているところもある。冒険者の中には、俺のことを知らない者も居るので、歩いて挨拶されたり声をかけられたりすることが少ない。

 ただそうなると・・・


「おい。餓鬼!お前の様な餓鬼が来るところじゃねぇ!さっさと帰りな!」


 親切心だと思いたいが、こういう輩が多い。

 リーリアやエリンを連れてこなくなっている理由もこれだ。彼女たちが居ると、絡まれる率が上がるのだ。


 絡まれたときの対処は、地球の日本に居た時とさほど変わりはない。

 無視すれば付け上がって余計に絡まれる。

 正論を言えば逆ギレされて余計に絡まれる。


 したがって、取るべき方法は相手よりも理不尽なほどの権力をかざすか、適当な答えを用意するのかだ。個人的には、後者を取ることが多かった。前者では、相手にさらなる権力行使をあたえる口実を与えてしまうからだ。


「荷物を渡したら帰りますよ」


 嘘でもなんでもいい。

 これで十分なのだ。無駄に抵抗するよりも、相手に従っているように見せるのが話が早い。


 今日も何度か絡まれた。

 ただ、最近変わってきたのが、冒険者ではなく商人の中で俺のことを知っている者が増えてきて、俺にした冒険者に忠告する者たちが出始めたのだ。


 そして・・・

 帰ろうとしているところで、絡んできた冒険者は、言葉を全部言い終える前に


「・・・二匹のフォレストキャットとスライムを連れた子供・・・あっ失礼しました。それではお気をつけて!!」


 と、地面に頭を着けるのでないかと思えるくらいに頭を下げてから、来た方向にダッシュで帰って逃げていった。


 うーん。

 まぁ絡まれなくなったからよかったのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る