第2話 後編 死神

「あの日の事未だ覚えてる?」

何も無い真っ暗な空間に柔らかく響く声、聞き覚えのある優しい声。

「ねぇ、私をこの世界に引きずり込んでこの世界で私を殺したのも貴女でしょ?」

私の前に現れた彼女、麻衣はそう言った。

「・・・私が殺した訳じゃない、殺したのは死神よ、それに私は貴女をこの世界に引きずり込んだつもりは無い」

私はそう言って赤い瞳を閉じて俯く。

何も無い空間にはもうこの世には居ないはずの彼女の影と、彼女のお気に入りの香水の香りが微かに漂っている。

「未來・・・私はね、まだ未練があるから死に切れないの」

彼女は優しい声では無く今度はとても寂しそうな声でそう呟いた。

「だからね、お願いがあるの」

私は目を瞑ったまま頷いた。

すると彼女は一息置いてからこうに言った。

「死神と互角に戦える戦闘力を持った唯一のマシン、あの娘を貴方に託すわ」

私はただ黙って頷くしか無かった。

「・・・私からのお願い、それはあのマシンで死神に勝つ事、それ以外は何も望まないわ」

彼女はそれを伝えると寂しそうに別れを告げた。

「・・・また会えたら会いましょう」

「そうね・・・また・・・」

彼女は私の視界にはもう映っていない。

何も無い空間にただ一人残された。



「起きて!! 起きてください!!」

誰かの声がする、少女の声。

身体が揺さぶられている感覚がする。

「・・・んん・・・んん?」

私は異変に気がつき目を開けた、そこには私にも似たツインテールの少女が私の身体を必死に揺さぶり私を起こそうとしていた。

「未來さん!!大丈夫ですか?」

見知らぬ少女が知るはずのない私の名前を呼んだ。

「・・・ん?あなたなんで私の名前を?」

「俺が教えたんです」

少女の隣に居た一人の少年がそう言った、その少年はどこかで見覚えのある顔だった。

私は思い出した、彼はあのRX-7の少年だと言う事を。

私は重い身体を起こし少年の隣の彼女の名前を問うた。

どうやら彼女の名前は絵里花と言うらしい。

私は鈍く痛む頭を抱え起き上がり、頭痛薬を飲んでから、彼と彼女と詳しい事を聞くことにした。



「・・・そうなのね・・・ありがとう」

夕方のファミレス、心地よい夕焼けの光が店の中を照らしている。

俺と絵里花は平賀さんに倒れてからの状況を詳しく話した。

平賀さんは申し訳なさそうな顔でコーヒーを啜りながら何か考え事をしているように見えた。

「平賀さん何か悩み事でも?」

「・・・何でもないわ、気にしないで」

再び平賀さんはコーヒーを啜った。

絵里花は退屈そうにしていた。

絵里花はメロンソーダの注がれているグラスの中にストローで空気を逆流させて遊んでいる。

「・・・おいやめろ絵里花」

俺は絵里花の頭を軽く叩いた。

「ちぇ・・・」

突然平賀さんが俺達のやり取りを遮るようにこう言った。

「実は死んだ親友の声を聞いたの、さっき私がうなされてる時」

「・・・・・・」

「何時だったかしら、彼女は私の目の前でクラッシュしたのよ、あの時の光景は一生忘れない。彼女の車がバックミラーの中で舞ったのよ、火を噴きながら反対車線へ吹っ飛んで行く姿をバックミラー越しに見たの。私は止まらなかった、いや、止められなかった」

平賀さんが一呼吸置いてまた話し出した。

「・・・そしてその事故の二日後にまた事故が起こったの、事故を起こした車のドライバーは何故か事故現場には居なかったらしいの、確か事故を起こした車はZ33とか言ってた気がするけど・・・分からないわね。そのZのドライバーは噂によるとまだ生きているらしいって、まるで死神よね・・・笑っちゃうわ」

平賀さんはそう言うとスマホをカバンから出して調べ物を始めた。

「この車見たことあるかしら?」

平賀さんのスマホの画面に映る一台の黒いコルベット、コルベットの写真の背景には城が映っていた。



──午前零時、湾岸の"死神"が姿を現した。


黒のコルベット、ドス黒い不吉なオーラを見に纏い今日もまた誰かを連れて行く・・・


空気を震わせ大気を裂くV8エンジンの轟音が谺する。


黒のコルベットC4、セッティングやチューニング内容は不明だ。


コルベットの後ろに張り付く一台の車がいた、レモンイエローの三菱GTOだ、GTOはコルベットにパッシングをし、バトルに突入した。

二台はロケットの如く猛然とダッシュし、コーナーを鮮やかにクリアして行った。

スタートダッシュで若干遅れたコルベットがコーナーの後の短い直線で追いつき、レモンイエローのGTOとサイドバイサイド状態になった。

汐留のS字コーナーが迫る、二台は同時にブレーキングし、コーナーに突入する、二台並んだままS字コーナーの一つ目を抜けた。

コーナーの二つ目に二台同時に突入する、外側はGTOだ。


──GTOのタイヤが悲鳴を上げた、GTOの走行ラインが膨らみ壁に吸い込まれてゆく。

レモンイエローのGTOは大破し、左フロントを壁に潰され、その反動で右に弾け飛び、二車線を塞ぎ黒煙を吐いている。


コルベットのサイドミラーにはレモンイエローの"華"が鮮やかに散りゆく姿が霞みつつも写っていた。


「私だってこんなのは望んで無いのに・・・どうしてなのよ・・・」


死神の視界が涙で霞んだ、死神の目からは涙が溢れ出ている。

死神の正体は一人の少女、生まれつき肌は白く、目は赤い。

少女は生まれつき左目の病気で、左目に眼帯をしており、よくその事で虐められたりしていた。

腕には包帯が巻いてあり、手首から少し下にかけての部分からは血が滲んでいる。



──どうしてなのよ、お姉ちゃん、私はこんなこと望んでなんかいないのに、私は皆と仲良くしたいのに、みんなみんな死んじゃうのはどうしてなの?

お姉ちゃん・・・ずるいよ、私より先に居なくなるなんて。

お姉ちゃん、私に遺したかった事はこんな事なの?ねぇ、応えてよ。







────お姉ちゃん、応えてよ。





──キイイイイン






「うっ・・・ぐぁぁっ!!」


激しい耳鳴りが少女を襲った。

直後少女のコルベットの背後に突如として一台のマシンが出現した。

少女のコルベットを眩しく照らしている。


マシンは同じくコルベットだが・・・

「嘘でしょ・・・」

シボレーコルベットC7 ZR-1 生産されている中で最新のコルベットが少女に牙を向ける。

「無理だよこんなの・・・勝てるわけないって・・・」

少女はバトルに応じず道を譲った。


やがてその最新型のコルベットが首都高の走り屋の間で"死神"と呼ばれるなんて少女は夢にも思っていなかった。



その真の死神こそ"死んだはずの少女の姉"である。

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