第2話 前編 未来と過去の狭間で

︰自宅 (幸樹)


時計の針の音がただ虚しく響く。


結局あの後本当の事を伝えられないまま眠れない夜を過ごし、朝を迎え、そして体調を崩し学校を休んだ。


絵里花に心配されたが、心配されているこっちが心配になる・・・


何故なら・・・"俺の妹"と言える存在だから・・・



︰学校 (絵里花)


教室の窓から鈍く光が入り込み絵里花の机を照らす。

机の上には1本のシャーペンと数学の教科書・ノートだけ。


私はずっと不安だった。

昨日の夜は泣いてしまった。

何故かわからないけど不安でどうしようもなかった、胸が締め付けられる感覚がして。

もしかしたら二度と戻ってこない・・・そんな気がして_______________


でもこうきは帰ってきた、確かに私の前に立っていた。

いつもの優しい笑みを浮かべて_______________




放課後、いつもの様にカバンを背負い教室を後にする、いつも一緒にいるこうきが隣に居ないととても寂しく感じる。

一人で帰る通学路はとても寂しい。

この間までの夏の記憶を辿りながらまだジメジメした暑さの道を歩いていく。

一つ一つの大切な思い出を歩きながら辿っていく、プール・海・ドライブ・・・

記憶を辿る度に涙が溢れてくる。




︰自宅 (幸樹)


ただ沈黙だけが部屋を包む。

部屋に響く音は相変わらず時計の秒針の音だけ。

そして俺は怖かった、俺が絵里花に"生き別れの兄妹"だと伝えるのがただ怖かった。

そして、俺こそが"絵里花の兄"だから。

でも俺はその事を告げるのが怖い、何か大事な物を失いそうで怖い。

きっと、俺がその事を告げたら、もう絵里花には二度と会えなくなる。

そんな気がして俺は怖かった。


しばらくして、気を紛らわすために近くの本屋に行くために俺は家を後にした、外は薄暗く、まだ少し暑い、ジメジメした空気が肌にまとわりつく。


(絵里花)︰通学路


私は歩く、とにかく家に帰ってこうきと話がしたい、それだけを考えて歩く。


通学路の踏切がある場所へ着いた、いつもと変わらない景色だけど今日は何故か胸騒ぎがする。


「・・・っ!!」

一瞬、何かに呼ばれた気がした。

何かの声が聴こえた気がした。

いや、呼ばれたのは気のせいじゃない、今はっきりと聴こえた__________


大気を切り裂くようなエキゾーストノート、焦げたタイヤの匂い、ガソリンの匂い・・・


そして紅いZ32_______________


間違いない、〈紅い影〉だ


「・・・っ!!」


︰自宅 (幸樹)


本屋から帰ってきた俺は本屋で買ってきた本を読んでいた。

いわゆるライトノベルという本、この本が妹物なんて絵里花には死んでも言えない。


_______バァンッ!!


玄関の方から凄まじい音がした、俺は慌てて玄関の方に向かう、そこには汗だくになった絵里花が居た。

「大変!! はぁはぁ・・・っ!! とりあえず早く!! 早く来て!!」

「ど、どうした!?」

「はぁはぁ・・・っ・・・説明は後よ、とにかく早くして!」


俺は車のキーを取り絵里花の後を追う。

この時俺は謎の違和感を感じていた、いや、違和感と言うよりかは恐怖に近いそれ、胃の腑が冷えるようなそんな感覚。


〈紅い影〉を追いかけて欲しい。

そう伝えられたのは家を飛び出し車に乗った直後、そして今はその〈紅い影〉を追いかけている。


都心環状線、C1 銀座

タイトなコーナーを200キロ前後で駆け抜ける、

臓腑が締め付けられる感覚、そしてなんとも言えない込み上げてくる多幸感、そして同時に緊迫感を覚える。

目の前には目標である紅い影が自車のFD3Sよりも微かに速い速度で走行している。

が、自車のFD3Sの方が相手のZ32よりも重量が軽く加速やハンドリングに関しては自車のFDの方が優勢だ、と俺は考えた。

まだ相手がZ32に乗り換えずデ・トマソ パンテーラに乗っていたとしたら・・・恐らく馬力の差でちぎられていただろう。

だが相手はZ32だ、同じ国産、そして同じチューンドカーだ、俺は負ける訳には行かない。



俺はFDのアクセルを床まで一気に踏み込んだ、猛烈な加速Gが身体をシートに押し付ける、同時にFDの心臓、13B-REWが悲鳴を上げる。

刹那、車線変更をした大型トラックが行く手を阻む。

「「っ!!」」

為す術もなく大型トラックに衝突、車体の側面が抉り取られるようにして破壊され、衝突した反動で車体が跳ね、車体諸共壁に叩きつけられた。


それと同時に意識が途切れた。



暗闇。

暖かな空気に抱かれ眠る感覚、幸せの海に沈んで行く。


_______ここは何処?


零れた言の葉は誰にも届かない。そして無数に広がる幾何学模様が暗闇を明るく彩って行く。

赤、紫、そして緑。


まるで黒の絵の具に白を一滴垂らしたように。


誰かの泣き声が聴こえる、だけど誰か分からない、けど何故か懐かしい声。


俺はそっと目を開けた、白いコンクリートの壁、見知らぬ天井、そしてコンクリートの壁一面を鮮やかに彩る幾何学模様。


_______ここは何処?


_______あなたの居るべき場所。


月明かりに照らされている一人の少女のシルエット、月明かりは紅く、少女も月明かりと共に紅く染まっていた。


いつの間にか壁一面を彩っていた美しい幾何学模様は消え、俺に強烈な痛みが襲い掛かる。

白いコンクリートの壁は溶け、見知らぬ天井は闇に飲まれ、そして視界もまた闇に飲まれた。

痛みが身体を蝕んで行く。



痛い、冷たい、寒い、怖い、暗い、助けて助けて助けて助けて 死にたくない死にたくない死にたくない!!


__________っ!!!!



そこは静かな部屋だった、どうやら俺は一日寝ていたらしい。

ここもまた光に照らされている、しかし月明かりではない、夕焼けでオレンジ色に染まっていた、月明かりに照らされていた少女は居ない。

耳を澄ましてみる、時計の秒針の音、心電図の命のリズムを刻む音。


俺はベッドから起き上がりオレンジの光が差し込む窓を見つめる。

窓の外の木に止まっていた鳥達が一斉に飛び立ち、鳥達の影がちらついた。

それを寂しそうに見つめる白い花と、遠くから見つめるビル群が夕焼けの淡いオレンジ色に照らされて、幻想的な景色を創り出している。


コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、磨りガラス越しに見えた長いツインテールの髪型で絵里花だと察した。

俺は入る様に絵里花に伝えると、絵里花が部屋に入って来る。


「幸樹・・・心配したんだから・・・」

涙を流しながら絵里花は俺の手を握ってくる、その絵里花の細く白い手は震えていた。

「・・・ごめん」

震える手を握りしめたまま俺はそう言う。すると、絵里花はこう言った。


"ねぇ、幸樹はなんのために走るの?


"何の為か、俺にもよく分からないな_______




とある街外れの港、そこにはBNスポーツのエアロに身を包んだド派手なFT86と、Abflugのボディキットに身を包んだZ32が紅く鈍く夕焼けに照らされていた。

「・・・あんたなんであの時彼を助けてあげなかったの?」

FT86の乗り手、平賀未來はZ32の少女にそう問いかける。

「何でって、私にはどうしていいか分からなかった、ただそれだけの事よ」

そう彼女は言うとZ32の少女は平賀と同じ赤い髪で隠れた眼を髪をかきあげ、眼を見せた。

彼女は血色の瞳で未來を睨み付け、未來の目の前に立つ。

「・・・だけどやれる事はやった、今頃私が"あの薬"を打たなければ彼は死んでいたわ」

未來は少女に睨まれても怯まずに反論をする。

「大体"あの薬"ってなんの事よ!!あなたは彼に何をしたの?・・・あなたね、いい加減にしなさいよ!! "ミカ、あんた彼に何をしたの?答えてちょうだい"」

ミカもまた全く動じずに未來を挑発する。

「じゃあ"あんたの妹としてのお願い"をひとつしていいかしら?」

未來は黙ったまま頷いた。

「・・・あなたが私に勝ったら"あの薬"のことを教えてあげてもいいわよ?その代わり、私がバトルで勝ったら・・・その車とあなたは私のモノよ」

未來は一呼吸置いてから

「・・・車を掛けたストリートレースね」

と言い、ミカに近づいた。

「バトルの場所は?」

未來はミカの耳元で挑発するように囁き、ミカの耳に軽く息を吹きかける。

「・・・っ 空港中央から川崎浮島ジャンクション、そしてゴールは大黒ふ頭よ」

未來がミカに顔を近づけて

「先攻は?」

と言った。

「・・・あなたでいいわ」

と、ミカは返すと、ミカは未來の上唇を指で軽く押さえて、額を未來に付けた。

「・・・そういう事はバトルの後にしましょ」

とミカは言い、未來を冷たく突き放す。

そして自身のZに乗り込み最後に「明日の夜、待ってるからね」とだけ言い残し、港を去った。


「・・・あのばか」

一人残された彼女は寂しそうにそう呟き、夕焼けでオレンジ色に染った街並みを眺めている。


微かに空気が揺れる感覚、否、空気では無い、空間そのものが揺れ動く感覚だろうか。

そんな感覚が突如として彼女を襲う。


・・・何シテルノ

・・・ソンナトコロデ何シテルノ


何処からともなく聞こえてくる亡霊達の声、いや、"亡霊達"では無い、一人の亡霊の強い怨念の声、そして頭の中を掻き回すような不快な耳鳴りの音、いや、ノイズと言うべき音が耳を少しずつ蝕んで行く。


ワタシハダレ・・・?


アナタハダレ・・・?


「ぎゃああああああああ!! 」

彼女は頭を抱えてその場に倒れ込み、苦しみに悶え死にそうになる。

「やめて・・・やめて・・・もう嫌だ!! お願いだから許して!!」

彼女のとある記憶がフラッシュバックする、その記憶は______

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