200オーバーの戦場 200over's Sanctuary
忠犬ポテト
第1話 全ての始まり
─これはやばい。
固い車内の感触を身体中に味わい彼女は自分が事故を起こしたのだと気付いた。
全身に力が入らず、手足や体の感触はもう無い。ただ「熱」だけが全身を支配していた。
─熱い、熱い、熱い、
咳き込み、喉からこみ上げる命の源を吐き出す。ごぼごぼと、口の端に血泡が浮かぶ程の出血。ぼんやりとした視界に真っ赤に血で染まった車内が見える。
「もうこっちに来るの?」
どこからともなく聴こえてきた誰かの声、その声音は冷たく暗いものだった、けれどどこか暖かく包み込む様な優しさでもあった。
「貴方にはまだやるべき事があるはず、こんな所で死んではいけない、生きなさい」
その言葉と同時に彼女の視界は血に染った赤ではなく眩い光に包まれた_______
それが〈死神の声〉だと気がついた頃にはもう手遅れだった・・・
▼
数ヶ月前、首都高で大きな事故があった、かつて最速とまで言われ、恐れられていた走り屋が事故を起こしたらしい。
原因は不明だ。
彼女の乗っていたZ33は大破して跡形もなく散っていたと言う。
ただ事故現場には彼女の姿は無かったらしい・・・一体彼女はどこに消えてしまったのだろうか。
そして彼女のその噂は瞬く間に走り屋間に広まり、今走り屋間では、歴史に残る惨事として扱われている。
そんな事故があり、走り屋であり公道を攻めることのリスク、そして自分達のやっている事の罪深さを改めて知ったはずなのに走り屋を降りられない愚か者も中には存在する、そんなスピードに取り憑かれた人間達は今日も走ることを止めない、"俺を含めて" だ。
俺は茂原幸樹と言うスピードに魅せられた人間の一人、そしてこんな俺の隣にいるこいつもまたスピードに魅せられた人間の一人。浅川絵里花、長いツインテールの髪を風になびかせながら遠くを見つめている。
今日も首都高を走ったついでに大黒パーキングエリアに立ち寄った、俺たち二人は走り終わった後にここに寄ることが多い。見慣れた駐車場にはいつも通り走り屋達の車が止まっている、この風景も何ら普段と変わりはない。
GT-R R34やA80SUPRA、RX-7 FD3Sなど、それに大半がチューニングされた車達だ。
パーキングエリアから出ていくチューンドカーや入ってくるチューンドカーのサウンドが気分を昂らせる。
そして隣に居た絵里花はいつの間にかパーキングエリアにあるコンビニで買ってきた肉まんを食べている。
「あ、あんたの分も買ったわよ。」
そう言うとまた小さい口で肉まんをもそもそと食べ始める。
「・・・何よ、あんまり見ないで・・・その・・・恥ずかしいから。」
「あぁ・・・すまん。」
こんなやり取りもいつもと変わらない、何も特別なことでは無い、日常。
俺は絵里花から渡された肉まんを恥ずかしさを隠すために一口かじった、やはりいつもと変わらない味だ。
けれど・・・何故か微かな違和感がある。
例えるなら"喪失感"と言うべきか。
少しづつ日常という世界が崩れていく音が聴こえた気がした、いや、もう俺の目の前で日常と言う世界は崩れているのかもしれない。
その世界が崩れた時、新たな世界が始まり、世界の形が構築され、やがてその世界が日常になるという事は知りもせずに。
新たな世界が始まろうとしていた。
▼
家に帰りシャワーを浴び、軽く夕飯を済ませて寝た。
俺は布団に入り音楽を聴いた後に眠りについた、部屋に響く時計の一定のリズムの音がこの時間はうるさいくらいに聴こえる。
そしていつもの朝が来る、部屋のカーテンの隙間から日の光が差し込み、部屋を優しく照らす。
鳥の囀りで目を覚まし身支度を始める。
時計を見て遅刻寸前だと気が付き身支度もそこそこに家を飛び出した。
朝ギリギリで学校へ到着し、教室に入ると何故かざわついていた。
(新しく転校生が来るらしいぜ)
(お?どんな奴??)
(噂だとめっちゃ可愛いらしいぞ)
(まじかぁ・・・プールの時間が楽しみで仕方がないぜ)
そんな話をクラスの男子共が口を揃えて話している、そんな噂が何処から流れたのかは知らないが。
少しして朝のチャイムがなったので俺は席につく、正直寝起きの頭では状況が理解出来なかった。
しばらくすると担任が教室に入ってきた、その"転校生"を連れて。
「えーと、転校生を紹介します」
担任はそう言うとその転校生に自己紹介をするように伝えた。
「えーと・・・私は海外から日本に帰ってきて、この学校に通うことになった浅川絵里花です、よろしくお願いします。」
──えっ???
一瞬血の気が引いた、身体が凍るような感覚が全身を伝い、手が震えた。
(嘘だろ・・・俺としたことが・・・髪を下ろしてるから全然気づかなかった・・・)
_______ガタッ
ショックのあまり俺は席から崩れ落ち、そのまま床に頭を打ち付けたらしく、その後の記憶は無かった。
ついでに気を失って保健室に運ばれたらしい。
目を覚ましたのは保健室のベッドの上だった。
まだ机から落ちた時にぶつけた所が鈍く痛んでいる。
我ながらなんて間抜けな事をしたんだと思い、頭を抱える度に思う。
▼
そして昼休み。
絵里花と屋上で揉めるだなんて夢にも思っていなかったが、今こうして屋上で絵里花と揉めている。
「全く・・・どうしてここまでついてきたんだよ」
俺は呆れと少しの怒りの感情を絵里花にぶつけた。
「え?別にあんたが気にする事じゃないでしょ。」
絵里花はアンタには関係ない位の事を言ってくれたので、俺はキレかけたが、何とか込み上げてくる怒りを抑えた。
「あのさぁ絵里花、こっちに来るんだったら昨日のうちに言っといてくれよ、急に来られても困るんだよ」
「わ、悪かったわよ、次からは気をつけるから...」
絵里花は申し訳なさそうに頭を下げる、どうやら少し反省した様子だった。
「あぁ」
俺もこれ以上言うと申し訳ないので言わないことにした。
翌日、俺は学校でこいつと一緒にいるのは勘違いされるしまずいと思ったので、少し距離を置こうと思ったが、そう簡単には距離を置く事はやはり出来なかった。
俺は朝コンビニで買った弁当を持っていつもの場所へ向かう、騒がしい廊下を一人で少し歩き、屋上へと続く階段を登って屋上を目指す。
そして屋上に着いた、この場所ならきっと大丈夫________
「ちょっと!!幸樹!!!私を置いていくなんてどう言うつもり!?」
一人になれると思った矢先に例の少女に見つかってしまう。
「お前こそなんなんだよ、どこまでもついてきやがって、そろそろしつこいぞ、絵里花」
俺はもう呆れて彼女と口を聞くのも面倒くさくなった。
「うるさいわね!!あんたは監視してないと何しでかすか分からないんだから!!!」
つくづく俺の信用の無さに呆れ、悲しくなる。
「あぁ、もう分かったよ、ついでだから昼飯一緒に食うか?」
仕方なく俺は諦めて絵里花と一緒に弁当を食べる事にした。
「・・・べ、別に、どっちでもいいけど・・・」
何故か絵里花は顔を赤くして下を向いて照れている。
そんな絵里花の手を俺は引っ張り、いつも俺が座っている場所に連れていった。
そして俺は絵里花の隣に座る。
「こうき...これあげる。」
照れた様子の絵里花がそう言って差し出してきたものは、自身の好物である肉まん・・・では無くピザまんだった。
「・・・ありがとう、ん?今日はピザまんか」
「うん、売り切れだった」
そんないつもと変わらないの会話の後、俺は早速包み紙を開けて絵里花から貰ったピザまんを食べ始めた。
すると絵里花も合わせる様にして小さい口で肉まんをもそもそと食べ始める。
気まずい雰囲気が漂った、けれど絵里花は何故かとても幸せそうに微笑んでいたのでこれはこれで良かったのかもしれない。
_______________
放課後学校が終わり、家に帰る途中もやはり絵里花は俺から離れようとしない。
「なぁ、お前はどこまでついて来るつもりだ?」
絵里花は無言のまま俺について来る。
その後も離れる様子はなく、そのまましばらく歩いた。
通学路の途中にある踏切を渡り、細い道を通り、家に着いた。
「しばらく家に泊めさせて貰うけどいい?」
家までついて来た絵里花は少し申し訳なさそうに俺に告げた、本当ならば驚くはずのところだろうが、俺は大体予想はついていたのでそこまで驚かなかった。
俺は「そう言うと思った」とだけ言い、制服のポケットから家の鍵を取り、玄関の鍵を開けて家に入る。
靴を脱いで揃えたあと俺は絵里花を連れて家に上がり、とりあえず自室に向かう。
自室に入り部屋の様子を少し見てみると、自室の勉強机の上に二つの車のキーが置いてある、一個目はRX-8のキーで、二つ目はRX-7のキーだ。
RX-8のキーは絵里花の物だろう。
勉強机から視線をベッドの方に移してみると、そこにはいつものツインテールではなく、髪を解きストレートになった絵里花が俺のベッドに座っていた。
「こうき、ちょっとシャワー貸してくれない?」
絵里花はベッドに座ったままそうに聞いてきた、もちろん「ダメだ」と言う訳にはいかないので俺は「早めに済ませろよ」と適当に返事を済ませておいた。
絵里花がシャワーに入っている間だけは唯一一人になれる時間だ。
少し休んだ後、勉強机の隣にある棚から車のゲームを取り、いつも使っている古いゲーム機にディスクをセットする。
テレビの電源を入れ、ゲーム機の電源も入れ少しすると画面にゲーム機の名前が表示された。
ディスクが読み込み終わり、ゲーム会社のロゴが画面に映し出される、ゲームのオープニングが始まると、画面に首都高らしき背景が映っている。
オープニングが終わるとタイトル画面に移り、ゲームのロゴと名前が映し出された。
俺はスタートボタンを押してゲームを始める、俺はストーリーモードを選んで、データをロードしてストーリーの続きから始めた。
画面にはゲーム内で愛車にしている黒のA70スープラが映っている。
俺は先程のスープラを選び、コース選択画面に移る、コースは首都高のC1を選んだ。
コースインすると直ぐにライバルが見つかった、相手はMR2だ。
パッシングで相手にバトルを仕掛け、カメラが自車を映し出したあと3・2・1のカウントでバトルが開始された。
相手が予想以上に速くて俺は焦った、だが、最高速の伸びはこっちの方が上なので、ジリジリと敵車との距離を詰めていく。
絵里花がシャワーから出て来たらしく、バスタオル一枚の姿でゲームを眺めている。
ゲームの結果は俺の勝ちだった。
画面には「Win」と赤字で表示されている。
俺はとりあえずゲームを中断し、絵里花の着替えを用意してあげることにした。
「絵里花、今着替え用意するから待ってて」
と言い、隣の部屋に行き洋服を探す。
俺が昔着ていたTシャツを押し入れから引っ張り出すと、フェアレディZが描いてあるTシャツやGT-Rが描いてあるTシャツなどが出てきた、その二枚のTシャツを手に取り、部屋に居る絵里花の元へ行く。
「Tシャツどっちがいい?」
と絵里花に問いかけると
「んー・・・フェアレディZの方かな」
と迷いながらもZのTシャツが良いと答えたので、絵里花にそのTシャツをあげる事にした。
絵里花はとてもそのTシャツを気に入ってくれたみたいでとても嬉しそうに笑っていた。
「このTシャツ好き、ずっとずっと大事にするね」
その言葉を俺は一生忘れることは無いだろう。
初めて彼女が自身に心を開いた瞬間であったことなどその時は知りもしなかった・・・
そんな絵里花は今俺の隣で寝ている。
あれから数時間経ったが、まだあの時の言葉をかけられた時の感覚が残っていた。
「ずっとずっと大事にするね・・・」
甘く痺れるような感覚が身体を再び駆け巡る。
今までの二人の関係が変わろうとしている、知り合いから友人へ、親友から__________
「絵里花が恋人か・・・悪くないな」
俺はそう一人で呟き、瞳を閉じる、視界は闇に包まれ一日の思い出がフラッシュバックする。
▼
((首都高速都市環状線にて事故発生、現在通行止め))
高速の電光掲示板に流れているのは事故を知らせるメッセージが流れていた。
「絵里花ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は走らせていた車を雑に止め、中央分離帯に激突し大破した絵里花の乗っていたRX-8に駆け寄って行った、土砂降りの雨の中を息を切らし、ただひたすら絵里花の元へ駆けていく自分が居る。
絵里花の車だけじゃなく、他の走り屋のマシンたちも壁に刺さったり、大破して炎上したりしている、まるで地獄絵図のような景色だ。
「絵里花!!!!!!」
大破したマシンの中から彼女を救出しようとするが、マシンの中を覗いた瞬間血の気が引いた。
運転席が潰れて、潰れた部分が彼女の下半身を貫いていたのだ、そして車内は飛び散った血で真っ赤に染まっていた。
「こうき・・・・・・たす・・・け・・・て」
これが夢であって欲しいと俺は死ぬ気で願った。
「最初で最期の・・・お願い聞いて?・・・」
出血の量が増えている、もうこれは5分も持たない.・・・潰れた車体の隙間から赤黒い液体が流れてくる。
「出逢えて・・・良かった・・・こうき・・・」
血塗れの絵里花は、最後の力を振り絞り俺が差し出した手を握る。
「ありがとう・・・今までありがとう・・・愛してる・・・幸樹・・・」
彼女は最期の言葉を遺して目を瞑った、微かに涙が流れている、涙が零れたあと、もうその目が開く事は無かった。
「・・・っ!!」
雨は止み、絵里花は隣に居ない。
俺は周りを見渡した、見渡しても先に見た地獄絵図の様な景色は消え、景色は夜明け前の薄暗い部屋だった。
ベッドから起き上がると吐き気がし、全身は汗で湿って気持ちが悪かった。
「おはよう」とキッチンの方から絵里花の声が聞こえて一先ずは安心した。
俺が魘されていたのを見ていた絵里花は「何?どうしたの?」と聞いてくる、俺は「なんでもないよ」と返すしか無い、もうあの事について思い出したくないから。
そして俺はやっと理解した、あの恐ろしい出来事は"夢"だったと。
絵里花がコーヒーを作ってくれていたらしく、キッチンから香ばしい香りが漂ってくる。
俺はコーヒーを飲んでリセットする事にし、俺はもう二度とこんな夢を見たくないと思うばかりだった。
▼
今日は休日なので、昼は絵里花とファミレスに行き軽く食事を取ることにした。
ファミレスまでの距離は近いのだが、絵里花の運転するRX-8のロータリーサウンドがあまりにも心地良いので、眠くなってしまう。
カーステレオからはとあるゲームのサウンドトラックが流れている、これもまた心地が良い。
ファミレスに着き、RX-8を駐車場に停めファミレスに入り、すぐにテーブル席に絵里花と一緒に座った。
席に座った後時間が気になり、自分が持っているスマホで時間を確認したところ、時間は午前10時半なので、そんなに混んでいる時間帯では無いのか分からないけれど人はそんなに居なかった。
俺と絵里花は向かい合って座っているのだが...何故か気まずい。
「・・・何」
「い、いや、何でもない」
一・二秒間の沈黙のあと、絵里花がメニュー表を取ったと思ったその時、ふっと視界に何かの影が入った。
(バン!)
何故か恥ずかしそうにしている絵里花に、ファミレスのメニュー表で頭を叩かれた。
「痛てぇな、何すんだよ」
「バカ幸樹・・・何照れてんのよ、早くなんか頼みなさい」
照れているのを隠しているつもりだったが普通にバレていたらしい。
その後、俺は定番(?)のハンバーグ定食を頼んで、絵里花はチキングリルとか言うやつを頼んだ。
俺がドリンクバーを取りに行こうとしたその時
「あ、待って、私も行く」なんて恥ずかしそうにそう言ってくる、さっきから絵里花の様子がおかしのは気の所為か。
「しょうが無いな・・・ほら、付いてこい」
なんて言った後、俺は絵里花の手を引っ張ってドリンクバーの機械がある方へと向かった。
ドリンクバーへジュースを取り行って、特に何も無く席に帰ってきたら、料理が既に運ばれていた。
香ばしく美味しそうな匂いが食欲を刺激する。
俺と絵里花は食事をしながら雑談をしている、学校での話や友達関係の話とか・・・
「あ、そうそう、"忍び寄る紅い影"って知ってる?」
絵里花は何か嫌な思い出を思い出したように表情が曇る。
「忍び寄る紅い影?詳しく聞かせてもらえる?それ」
絵里花は長いツインテールを小さく揺らしコクリと頷いた後、その"紅い影"について話し始めた。
「実は数年前・・・赤のデ・トマソパンテーラ GT4が首都高を走ってたらしいんだけど、その赤のパンテーラに勝った人は一人もいないって、噂だと紅い火の玉になって消えてったとか、ライトも付けずに前の車のテールランプの光だけで走るとか・・・とにかく狂気じみたやつの事よ、今はデ・トマソ パンテーラには乗っていないみたいよ」
俺はその話を聞いて背筋が凍りつくような感覚に襲われた、ライトも付けずに真夜中の首都高速を走り回るなんて、ただの自殺行為だ、いくら道を照らすランプがあるとしても、ライトをつけないのはもう狂気以外の何でもない。
それに・・・デ・トマソパンテーラ GT4は生産台数は極めて少なく、たったの4台ほどしか存在していないはず、なぜそんなマシンが首都高を走り回っていたのか、考えれば考えるほど謎が深まる。
絵里花はまた難しい表情をした、絵里花はオレンジジュースの入っているコップに刺さっているストローをくわえ、ジュースを一口飲んだ。
▼
食事を終えた後、絵里花が連れていきたいところがあると言うので絵里花が駆るRX-8に乗り目的地へと向かう。
先程のファミレスからそんなに離れていない場所に目的地はある。
そこは古びた大きな倉庫が二つあった、周りから引き離されている感じの異様な雰囲気で片方の大きな倉庫の影からは、倉庫内の明かりが錆びた大きな扉の隙間から漏れている。
「なぁ、何なんだよこの建物は」
確認のために聞いてみたが絵里花は答えない、その代わりに目で訴えてくる、「黙ってついて来い」と。
絵里花はRX-8を倉庫の端に停めて、俺のことを忘れたように車から降りて、明かりが漏れている一つ目の方の倉庫へ歩き出した。
俺も置いて行かれる訳には行かないので、絵里花を追うことにした。
俺はそんな事を考えながら絵里花の後を追って、倉庫の中に入った。
倉庫の中に入ると、そこには2台のマシンが停まっていた、うち一台は原型を留めていないほどにひしゃげたZ33で、もう一台は自分のRX-7 FD3Sだ。
「これ、この倉庫の鍵、そのZ33は気にしないで、そのうち何とかするから」
絵里花が車の鍵を渡して来た、車の鍵にはZのエンブレムが誇らしげに輝いている。
「なんか嫌だなこのZ33・・・」
「・・・何?」
絵里花がジト目で睨みつけてくる。
「私は明日も忙しいから帰るわよ」
絵里花はそう言い放ったと思うと、そそくさと帰ってしまった。
「あ!まて!・・・ったく」
彼女は車の鍵を置いて俺の話なんか聞く素振りも見せず逃げるようにRX-8の方に歩いていってしまう。
一人虚しく倉庫に取り残された俺はただ独りでポツンと立っている。
俺の手のひらには車の鍵が、そして視界には一台のスポーツカーと鉄屑が映っている。
俺は一人で倉庫にいるのも飽きたので帰ろうとした時だった。
「まぁ、気に病む程のことではないでしょう」
突然背後から謎の声が聞こえた、今までそこにいなかったはずの人間の声が。
きっと今までのやり取りのことも全部聞いていたのか、そんな事を俺は考えた。
「誰だ?」
俺はその謎の声の主に話しかける。
「自己紹介は走った後で」
と謎の声の主は言い残すと、倉庫の扉の隙間から見えた声の主と思われる少女は長いツインテールを揺らしながら少女の車らしAE86 レビンに乗り込み走り去ってしまった、俺も後を追うようにFDに乗り込み追いかける。
_______________
C1 環状線 内回り
コーナーが多いC1・環状線は中排気量車の方が扱いやすい区間かもしれない。
目の前を走る黒のレビンは車体を右左に軽やかに振りながらコーナーを駆けていく。
「っ・・・!!!」
対してこっちのマシンは軽いが、レビンに比べると重く、また、相手はチューンドのレビンだが、こっちのFDはほぼノーマルなので辛い。
汐留のS字コーナーを抜けトンネルに入り、トンネルの中の照明がマシンを鈍く照らす。二台のマシンのエキゾーストノートがトンネルで反響する。
トンネル内のコーナーを抜けると、前方でトラックが二台が進路を塞いでいる、それに巻き込まれたハチロクは減速し、トラックの後ろについて、車線が開く瞬間を待っている。
左車線のトラックが高速を降りて左車線が開いた、其の瞬間ハチロクが猛然とダッシュを始めた。
ただ、パワーはこっちの方が上なので、直線区間はレビンよりもこっちの方が有利。
じわじわとレビンとの車間距離を詰めて行く、レビンにの前に出た俺のFDは、少女のレビンを引き離して行く。
トンネルを抜けた後にはもう少女のレビンの姿はバックミラーには無かった様に・・・見えた。
_______________
高速を降りて自宅に戻る途中に小腹がすいたので、俺はコンビニに寄ることにした。
結局さっきのバトルの後ハチロクの少女を見失い名前を聞くことが出来なかった。
あの黒いレビンの少女は一体誰なんだろう、そんな事を考えながらコンビニの駐車場に車を停める。
エンジンを切り車から降りて、コンビニに入る、自動ドアが開き、コンビニの中の空調が効いた空間が体を包み込む。
店内に入り、まず最初に見るところはおにぎりが置いてあるコーナー、今おにぎり100円セールをやっているらしいのでおにぎりが安かった。
俺は気に入ったおにぎりがあったので、それを取るために手を伸ばした、が、同じものを取ろうとした他の客の手に、自分の手がぶつかってしまった。
「あ」
「あ、すみま・・・え?」
低い身長で、赤髪の長いツインテールの髪型、俺は確信した、さっきのレビン乗りの少女だと。
「あぁ、さっきはどうも」
「・・・いえ、こちらこそ」
彼女も感ずいていたのか、落ち着いた口調で
「あのFDはあなたの車ですよね?」
と問い掛けてくる。
彼女は俺のFDへ視線をを移し、一呼吸置いてからこう言った。
「・・・良かったらうちのショップであのFDの面倒を見てあげましょうか?」
彼女はそう言った後、肩から掛けてある少し大きめのバッグから名刺と何かの資料を出して、俺に渡した。
「これ渡しとくので、時間がある時に是非目を通して頂ければ幸いです」
俺は早速渡された名刺を見る。
((平賀 美來))
・・・これが彼女の名前、名刺で名前を確認し、名刺と一緒に渡された何かの資料を見た。
(( hiraga speed ))
どうやらこれは彼女のショップの資料らしい。
資料の写真にはショップの建物と思われる物が写っている写真があった。
薄い資料のページを捲り2ページ目に行くと・・・
「・・・す、すげぇ」
思わず声が漏れてしまう。
2ページ目の写真はショップのガレージの中の写真だった。その写真にはドリフト仕様に改造された赤のJZA100系のチェイサーが1台、そしてまたドリフト仕様と思われるJZA80スープラも1台、これはまだ未完成らしい感じで、フレームだけになっている。
俺は静かに資料ページを閉じ、楽しみに取っておいて後で読むことにした。
コンビニの買い物の続きで、結局あの食べたかったおにぎりは平賀さんに譲ってあげることにして、俺は何故かそのお返しとして車の雑誌をプレゼントされた。
コンビニでの買い物を終えて、二人で駐車場に出る、ジメジメした暑さが身体を包み込んだ。
買い物を終えて駐車場でスマホをいじる平賀さんを後にして
「じゃあ、俺はこの辺で失礼します」
と伝え自分の車へ歩き出したその時。
「あ、待って、LINE良かったら交換しません?」
と言った彼女の手にはスマホが既にあり、スマホの画面にQRコードが表示されている。
俺は自分のスマホで平賀さんのLINEのQRコードを読み込み、友達に追加した。
「もし何か用事かあったりしたらここに連絡をください・・・デートのお誘いとかでも・・・うふふっ・・・」
と言った彼女は咳払いをひとつした後
「まぁ、冗談はこの辺して・・・また近いうちにショップに来てみてください、では、失礼します」
とだけ残してレビンにに乗り、走り去っていってしまった。
・・・俺も帰らないとまた明日絵里花がうるさいので帰ることにした。
▼
自宅
「ただいまー・・・・・・・・・・・・」
「・・・おかえり」
いつもどうりのやり取り、でも絵里花の様子がおかしい。
絵里花は俺の部屋の前の扉に寄りかかり泣いていた。
「・・・少し・・・少しだけ寂しかった」
俺はその言葉を聞いた時、自身の心に今にも嗚咽が込み上げてくるような感情がわきあがった。
俺は絵里花の元へ行き、絵里花を優しく抱きしめる。
抱きしめると甘く優しい匂いがふわりと香った。
「・・・・・・幸樹」
絵里花は確かめるように俺の名前を呟いた。
「ごめん、長い時間独りにして」
「幸樹・・・」
絵里花が抱き締め返す。
「・・・もしかして・・・お兄ちゃん?」
・・・俺は答えなかった。
「ねぇ・・・答えてよ・・・本当は・・・」
俺は目を瞑ったまま無言で首を振る。
俺は答えない、いや、今答えてはいけない気がした。
きっと・・・今絵里花に教えるべき事ではないと、そう思ったから・・・
静寂な空間にただ二人取り残されて、静かに時間が流れて行った。
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