第23話
夕暮れ時、あちこちを自転車で走り回ってへとへとになった周船寺は公園のベンチに腰かけていた。
今日、いったん唯子と別れてから、周船寺は単独で行動していた。常盤真一の学校外の人間関係を探っていたのである。
解剖結果と、凶器の石が学校内から発見されたと聞いた時、周船寺は思ったのだ。犯人はこの事件の犯人を学校内の人物に仕立て上げようとしている節がある。でなければ、凶器をあんなところに隠したりはしない。
そうなると、学校外で常盤真一とつながりのある人物を当たっていくのが、賢明だと周船寺は判断した。
主な目的は常盤の務めていたアルバイト先だ。彼はなんとピザ屋、コンビニ、新聞配達と三つも掛け持ちしていて、いずれも渋谷区内だったが、それら一つ一つを潰していくのはさすがに骨が折れた。普段こういう泥臭い調査は唯子にやらせているのだが、彼女には今、別の役割を与えている。
――唯子はてんでポンコツだが、自分にはない独特の感性を持っている。あれはあのバカみたいに素直な性格だからこそ身に着けることができるものだ。
唯子が入部して約一年が経つ。その間、理屈と論理で物事を推理する自分だけでは解を導けない時、その唯子の力によって何度か救われたことがある。
唯子自身はそれを自覚してはいないが。彼女は彼女なりに強い才能を秘めている。
今回の事件は、今までの中でもとびきり難しい。ここは、自分のサポートをさせるより、彼女独自の感性によって、自由に動かしてみるほうが得策のはずだ。
唯子にこんな思いをを告げたことはないが、周船寺は内心では、唯子を信頼していた。
しかし、一人であちこちを歩き回ったものの、収穫は皆無だった。特に従業員同士や、客とのトラブルがあったわけでもない。従業員とも仕事の中だけの関係で、プライベートで関わりがあったということもなかったようだ。
――今回の事件は……本当につかみどころがない。昔、自分は、事件解決においては、人間関係が大きな肝となると、唯子に言ったことがある。あれはいつだったろう。確か唯子が入部するきっかけになったときだから……もう一年も前か。時が過ぎ去るのは本当に早い。
だが今回は、まったくそれが見えてこない。いくら他人との交渉を好まなかったとはいえ、一人くらい関係の深い人間や、何かいざこざのあった人間がいたっていいはずだが、それすらもまるで浮かび上がらない。
あの常盤真一を殺そうと思う人間が、どのようにして、どこで生まれたのか、皆目見当もつかないのが現状だった。
……しかし、今日の調査で一つ気になったのは、彼がいずれのバイトも二か月前に辞めていたという事だ。これには正直驚いた。大変失礼な話だが、彼の家を訪れた時に見た彼の家の暮らしぶりから考えると、アルバイトをやめる余裕があったとは考えにくい。いずれの勤務先にも、学業の都合でという理由で辞めていたらしいが、彼の成績を考えるとバイトで学業に悪影響が出ていたとは思えない。
これはいったいどういうことか……と途方に暮れていた折に、携帯が鳴った。
相手は唯子だった。
「どうした。何か収穫があったのかい」
「ええ。一応は」
「なに? 本当か」
「まあ、それが事件と関係あるかは分からないですが……」
「そうか。これからまた常盤宅に行くが、君も来るか?」
「え? またあのお母さんに会いに行くんですか?」
「ああ。少し気になることがあってね」
唯子は、常盤宅の最寄り駅で周船寺と落ち合うと、以前足を運んだ常盤家に向かって歩みを進めた。
「それで、収穫とは?」
「はい。先ほども言ったように、これが事件と関係しているかは分からないんですけど、神代の先生たちは、何かを隠していると思うんです」
周船寺の目に光が宿る。
「本当か?」
「多分……。常盤さんのクラスメイトたちに常盤さんのことを聞くと、だいたい皆さん、三年生になってから欠席がちになっていたことを話してくださるんですけど、先生たちは何故かその話を避けているように見えたんです」
「彼、三年から学校に行っていなかったのか」
あなたも同じクラスでしょうが。とツッコミを入れたくなった唯子だったが、彼はもうとっくの昔からクラスに顔を出していないことを知っていたので、無駄なやりとりは避けた。
「とすると、彼が休んでいた原因に、何かがありそうだな」
「はい。ところで、先輩は何をしていたんですか?」
「僕は、彼のバイト先の方を洗っていた。殺人事件だとするならば、犯人は外部にいるだろうからね」
「外部? 学校外ということですよね? どうしてそう思うんですか? 常盤さんが落とされたのは学校の屋上からだし、凶器が見つかったのも、学校内ですよ」
閑静な町を肩を並べて歩きながら、周船寺は目だけで唯子を見た。
「だからだ。犯人は、この学校の人間を犯人に仕立て上げようとしている節がある。僕がもし常盤を殺すとしたら、絶対に学校内は避ける。ましてや屋上なんてね。犯人はこの学校の人間だと宣言しているようなものだ」
「なるほど……」
唯子は周船寺の相変わらずの洞察力に声を漏らした。
確かに。先輩の言う事はもっともだ。学校内で常盤さんに怨恨を持ちそうな人間がまるで見つからないことも、先輩の主張を裏付ける。しかし、外部班となると、犯人を見つけ出すのは、ますます困難を極めるのでは……ん?
唯子は、眉をひそめて周船寺を見つめた。
「先輩」
「なんだ?」
「外部班だと確信していたのなら、なぜ私と一緒に回らなかったんですか?」
周船寺の視線が少し下がる。
「……君がいると邪魔だからね」
むーっと膨れながら、唯子は、細めた目で周船寺を責めた。
「い、いや、外を回るのは体力的にきついから、君の体を慮ったんだよ。少しはこういう紳士的な気遣いに感謝してほしいものだがね」
まったく、よくもまあこんなすぐに都合のいい言い訳が出てくるものだと唯子が呆れていると、とうとう常盤家のアパートが見えて来た。
そこで、二人の目に留まったのは、そのアパートの前に留まっている。黒い高級車、さらにもっと目を引いたのは、そこから出て来た人物だった。
高さそうな背広に身を包んだ、どこか見覚えのある背の高い男に手を引かれ、助手席から出てきたのは、常盤真一の母、常盤里美だった。車の前で数秒会話をした後、男の方は笑って手を振り、今度は一人で車へと乗り込み、そのまま走り去って行った。
一人になった里美は、アパートの階段を登ろうとすると、遠巻きに見ていた唯子と周船寺の二人と目が合い、どこか気まずそうな顔でコクンと会釈した。
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