第22話


 唯子と周船寺はまず、鈍器が発見された三階の男子トイレに向かった。

 

 今日は休校なので、校内で先生とすれ違うと、なんでここにいるんだと怒鳴られないか唯子は心配になったが、すれ違う教師はみな、周船寺の姿を見るなり、目をそらしてそそくさと距離を置いて行った。

 校長に依頼されている事情を知っているのか、ただ単に周船寺とかかわるのを避けたいのかはわからないが、とにかく唯子は安堵した。

現場に到着すると、ここは当然立ち入り禁止のテープが張られ、近くに警官もいたため、さすがの周船寺でも侵入はできなかった。だが、周船寺がその警官に上手く聞き出すと、常盤の血痕が付着していた鈍器というのは、大き目の石だったらしく、そこに血痕と共に、神代高校の校庭と同じ種類の土も付着していたことから、おそらく学校の校庭から持ち出したものらしい。それが、トイレの用具入れに隠してあったというのだ。発見したのは、昨日の夜中学校を巡回した警備員で、最後の見回りの時に、鍵のチェックをして気が付いたという。

 二人は次に、校長室に訪れた。どうも周船寺は、殺された常盤の解剖の結果を聞きたかったらしい。解剖の結果など、校長とて知らされていないことであったが、調査のためとあって、なんとか警察の方に連絡をとりあって、結果を聞き出してくれた。

 簡単に結果だけ述べると、常盤の頭部には、その石で殴られたとみられる傷跡が残っていたらしい。しかし死因は、やはり落下による衝撃で死亡したとのことだった。それだけを聞いて周船寺は部屋を後にし、唯子も彼に続いた。

「おかしいことだらけだ」

 周船寺は珍しく困惑した表情で、率直な言葉を口にした。

「解剖の結果、がですか? あの高さから飛び降りたら、それが死因となるのは自然だと思いますけど」

「違う。鈍器で殴ったことがだ。犯人はなぜそんなことをした」

「なぜって……それは、常盤さんの気を失わせるためでは? 一人の男性を運んであそこから落とすには、気を失っている方がやりやすかったからだと」

「違う。そうじゃない。石で殴ったならば、なぜそのままその石で殺さなかったんだ?」

「あ」

 確かにその通りだと唯子は思った。だがしばらく考えて、一つの仮説を見つけ出す。

「事故に見せかけようと思ったんじゃないんですか」

「僕も一瞬そう思った。だがありえない。事故に見せかけようとするなら、あそこから突き落とすなんてことはね。まず、フェンスの穴だ。あれはどう見たって自然に壊れたんじゃない。人の手が介入したことは明らかだ。あの屋上は毎日開いている。自然に壊れるなら、徐々にはがれて行って、管理のものが直しているはずだ。あれは間違いなく、犯人が常盤を突き落とす直前に空けたものだ。それに、事故の転落死に見せかけたいなら、学校の屋上なんてまず選ばない」

 唯子は黙って周船寺の説明を聞いていた。

「それになにより、事故に見せかけようとしたなら、凶器をあんなところに隠したりはしない。トイレの用具室だぞ? 近い内誰かが明けるのは明白。そもそも学校内に隠すというのが……」

 そこで、周船寺の言葉が不自然に止まった。顎に手を当て、まばたきをせずに、どこか一点だけを強く見つめる

「まてよ……」

 その神妙な顔つきに、唯子はつい期待感を持ってしまう。何か、新事実を見つけたのだろうか。

「唯子君」

「はい」

「悪いが、ここからは別行動で頼む」

 なぜです? と口に出かけたが、周船寺の鋭い眼光を目の当たりにしてぐっとこらえた。彼には彼なりの考えがあるのだろう。

「わかりました」




「常盤くんの……ことよね」

「はい」

 唯子は今、本校舎の一階の談話室というところで、三年一組、つまりは常盤と周船寺の担任である音無という女教師に許可を取って、調査に協力してもらった。学校は休校だが、職員たちは嵐のように鳴り響くクレーム電話の処理など、仕事が山積しているらしい。

 そんな忙しい中でも、特別相談部という名を出せば、ほとんどの教師は相談に応じてくれた。よほど周船寺が怖いのだろう。

音無は、まだ教師になりたての、かなり若い女教師だ。自分が言うのもなんだが、まだ教師としてあか抜けていない印象があると唯子は感じた。

「彼は……大人しくて、優秀な生徒だったわ」

 何度も聞いたセリフだった。実は、この音無という担任に話を聞く前に、三年の授業を担当している何人かの教師からも話を聞いたが、まるで示し合わせたかのように、決まって出てくるのは、この言葉だった。

 そしてこの言葉を口にする時、教師は皆、どこか、胸になにかを押し殺すような陰りを、その顔に見せるのだった。

 死んでしまった生徒に対する悲しみなのだろうか。それとは少し違う気がする。そんな違和感を、こうして教師に尋ねる度に、唯子は抱くのだった。

「先生はみなさんそうおっしゃいます。それでなんですが、彼が学校内でなにか他の生徒とトラブルを抱えていたなんてことはないでしょうか?」

 音無はすぐにかぶりを振った。

「ううん。そんなことはなかったと断言できるわ。彼はその、あまり他人との関りを好まなかったから」

 これも、他の教師から何度も聞いたセリフだ。

 ここで、唯子は潜めていた質問をぶつけた。ここ数日の調査で、唯子には気付いたことがあった。生徒に調査をした時と、教師に調査をした時、生徒からはかなりの確率でその言葉が発せられるにもかかわらず、教師の側からはいっさい出してこない話があったのだ。

「常盤さんは、ここ数日、学校をよく休まれていたということをクラスメイトの方からお聞きしたのですが、これはいったいなぜだか、ご存知でしょうか?」

 音無はその質問にみるからに狼狽した。目をはっと開くと、その視線の先に迷うように、あちこちを見つめた後に、やっと答えた。

「く、詳しいことは分からないけど、体調不良だと聞いていたわ。彼は、実は、アルバイトをしていたというらしいから、実はそっちの方が忙しかったのかもしれないわね」

 急ぎ足で答える音無に、唯子の目はどこか鋭くなる。

「そうですか。ありがとうございました。」

 仕事があると言って音無が談話室を抜けた後、唯子は椅子に座ったまま、しばらく何かを考えた後に、静かに立ち上がった。

 唯子は確信した。


 ――ここの教師たちは、何かを隠している。


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