第16話 調査開始
二人は、特別棟を離れ、本校舎の4階に来ていた。
常盤真一が転落した屋上は本校舎の屋上で、屋上に通ずるのは、本校舎4階の北側の階段のみになる。
「入れないみたいですね……」
屋上にむかう階段は、侵入を防ぐロープと、立ち入り禁止の立て看板が張られていた。事件が起きた事を考えれば、当然と言えば当然の措置だった。
「校長が調査してくれと言ったんだ。気にすることはない」
「ああ、ちょっと」
ロープを手で上に押しあげて、ずかずかと階段を登っていく周船寺の背中を追いかける唯子が階段を登り切ると、踊り場があり、その奥に屋上への扉があった。
「あ」
そこで、唯子が床の隅の、ある一点を見つめる。
そこにあったのは、白い百合の花束だった。
静かに、まるで人の目を忍ぶかのように、そっと置かれている。
その、たった一つの花束に、唯子は、人の優しさの全てが含まれているような気がした。
……でも、一束だけ。
彼に、友人は少なかったのだろうか。いいや、友人の数など、関係ない。こうして花を置いて、彼の死を悼んでくれる人が一人でもいてくれるだけで、大きな意味がある。
無意識にこぼれそうになる涙を、唯子はそっと、手で拭った。
この屋上の戸は開いていたのだが、警察が張ったと思われる、ドラマなどでもよく見るような立ち入り禁止の黄色のテープが張られていた。
「せ、先輩、さすがにこれ以上入るのはまずいですよ」
周船寺は戸から顔だけをだし、周囲を一望する。
「誰もいないようだ」
そう言うとまた先ほどのように、テープを押しのけ悠々と屋上へと突っ切って行った。
「ちょ、ちょっと、ほんとに大丈夫なんですか!?」
唯子もそう言いつつ、テープの下から身をかがめて屋上へと入った。
周りを見渡すと、屋上には誰もおらず、静寂としていた。警察ももう撤収したらしい。
……だが、明らかにこの空間の中で異質な妖気を放っているものがある。唯子もそれにはすぐ気づいた。
屋上の入り口から見て、右手奥に進み、ちょうど、U字の右に折れる位置に、学校の外側に向かって張られているフェンス。その内の一枚だけ、下半分の範囲が、切り刻まれ、ちょうど人一人が入れる範囲ほど、なくなっていた。
それは全体から見ればほんの一部分にすぎないが、明らかにその切り口が不自然であること、警察によって張り巡らされているコーンとテープによってすぐ目についた。
そしてそのフェンスの目の前まで来ると、遠くで見る以上に、その様は異常だった。まるで鋭利な刃物で無理やりきりとられたような、そんな感じだった。
切り口は決してきれいではない、人為的にとったのだとすれば、雑に切り取ったであろうことがうかがわれる。
……そして、これはとても、自然に剥がれていったもののようには見えない。明らかに、何者かが何らかの意図をもって切り取ったことがうかがえた。
周船寺はその切り口の部分から少し隣に移り、そこからフェンス越しに下の学校の敷地を見下した。
常盤が落ちたのは、この本校舎の壁と、敷地の外壁をなす壁との間のスペースだった。無論、彼が落ちた場所も今は立ち入り禁止の状態となっている。
唯子が下をのぞくと、刑事ドラマなんかでよく見るような、死体の形をなぞったテープが、地面に置かれていた。
唯子は哀しげな瞳で、常盤真一が落下したその部分を、じっと見つめていた。
「かわそうに……どうして、こんなことに……」
その目には、小さい涙が浮かんでいた。その粒は、冷たい風にさらわれ、屋上の床へと消えゆく。
自分とほとんど年の変わらない青年が、あの平坦な地面に、こんな高い所から叩きつけられたと思うと、胸にちくりと突き刺さるような思いにかられた。
じっと目をつぶって、手を合わせて、しばらくそのまま、死者を悼むとゆっくりと目を開き、決意のこもった顔で、周船寺の方を向いた。
「先輩。これは絶対に私たちが、彼の死の真相を暴かなくてはなりません。そうでなければ、あの部活に、意味なんてありません」
周船寺は知らぬ間に、唯子とは反対の方を向いていて、どこか虚空を見つめていた。
彼は今何を考えているのだろう。その表情はうかがえないが、どこかいつもと違うものを唯子は感じた。
じっとその背を見つめていると、周船寺は、至って平坦な、だがしかし何かある種の思いが確実にこめられている声で答えた。
「ああ」
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