第13話 第二章 プロローグ

 唯子が特別相談室に入部してから、多くのことを経験した。入る前は想像もつかなかった、たかだか一学校では起こりえないような多くの奇想天外な事件とその結末を、何度もその眼で見て来た。

 

しかしそれらの中でも、唯子にとって最も印象に残っている事件は、今もなお、胸の中になんとも言えぬわだかまりが残る、あの、悲しき事件だろう。



 唯子が特別相談部に入部して、約一年の月日が経った。唯子も周船寺も進級し、唯子は二年、周船寺は三年となった。

 その年の五月、散り残った桜が春の別れを人々に感じさせる季節。

 そんな日の、何の変哲もない朝、規則正しくいつもの時刻に起床し、温かな布団の心地よさを吹き払って、唯子が自分の部屋を出てリビングに行くと、いつものようにキッチンで母の和子が朝食の支度をしていた。

 しかし、どうにもいつもと母の様子が違うことに唯子は気付いた。

「あ、唯子」

 どこか不安の混じったような声で、和子は唯子に声をかけた。その声音からも、やはり何かがあったことがうかがえた。

「なあに? お母さん」

「いいからテレビ見て、テレビ」

 そう言って母は、テレビ一点だけを指さす。

「え……」

 和子に言われ、テレビを見つめた唯子は驚愕し、その内容に理解が追いつかず、パジャマ姿のまま呆然と立ち尽くした。

 テレビでは、いつもこの時間につけている朝のニュースが流れていて、女性キャスターが視聴者に語りかけている。

 そして、そのアナウンサーの背景にあるものは、間違いなく、唯子の通う神代高校だったのだ。

 画面下部にあるテロップには

『都内名門私立神代高校 三年男子生徒、屋上から転落死 生徒同士によるトラブルか 学校長「現在調査中」 』

 と記されていた。

 学校の前にはそのアナウンサー以外にもたくさんの報道陣が正門前まで詰め寄り、声を張り上げ、学校側の意見を求めていた。そしてそれを神代高校の職員たちが必死の形相で食い止めている。

「今回の三年男子生徒の転落死は他殺の線が強いという事ですが、そうなると他の生徒、もしくは学校関係者による犯行の可能性が高いと思うのですが、その点はどのように考えられているのですか!?」

「転落死した生徒の遺族にはどういった説明をなさるつもりですか!?」

「ええ。ただいま、学校内では事実確認を徹底している最中ですので、今のところはなんともコメントしかねる状態であります! 生徒たちの登校の妨げになるので、どうか今日のところはお引き取り下さい!」

 教職員たち必死の叫びも、報道陣たちは立ち去る気配を全く見せない。この押し問答はまだしばらく続きそうだった。

 そこで、画面が学校前から、ニューススタジオに入れ替わる。

「いやー驚きですね。神代高校と言えば、都内でも指折りの有名校ですし」

 と、ここでアナウンサーが口火を切り、スタジオに置かれている大きなボードを指さす。

「再度、今回の騒動の流れを確認したいと思います。ええ、前日十一月十二日月曜日の午後九時ごろ、私立神代高校の校舎の屋上から、この神代高校の三年男子生徒である常盤真一さんが転落死したという事件が発生しました。この時間は大半の生徒が帰宅を終えている時間で、発見したのは学校の警備員で発見時にはもう息を引き取っていたとのことです」

 そこで、死亡したという常盤真一の写真が映し出された。

 これは……おそらくクラスでの集合写真だろう。教室の黒板をバックにとっていることと、そこに記されている文字から、おそらくは二年生の時の文化祭の時の写真だと予想できる。神代高校では、二年から三年に進級するときは、クラス替えがないのだ。

 その写真から、他の生徒の顔にはモザイクがかけられ、常盤真一の顔だけがアップで画面に映し出される。


 ……特に、そこまで変わった特徴のない、至って平凡な高校生、というのが唯子の抱いた第一印象だった。しかしその目つきには、何か真意を見抜くような鋭さを持っているような気もした。この鋭さは、どことなく周船寺と似ている。

 そこに映し出される常盤は、微笑を浮かべていた。一見すれば、文化祭でのクラスの団欒を楽しんでの笑みに見えるだろう。

 だが、なぜだろうか。唯子には、これがどこか悲しい微笑に見えた。胸の内に何かを押し殺している者が見せる笑み、そういう印象を唯子は受けた。


「ええ。今回の彼の転落死を巡って騒動となっているのはですね。もちろん事故の可能性もあるのですが、現場の状況からして、他殺の可能性もある。との見解を警察が示しているのですね」

「それはいったいどういうことなんでしょう」

 と他のキャスターがテンポよく質問を入れる。


 唯子はすでにリビングの椅子に座って朝食のトーストを口に運んでいたが、まるで、味を感じなかった。ただただ、テレビに視線をくぎ付けにされるだけで、普段だったら行儀が悪いと母に咎められるところなのだが、今日に至ってはその母もテレビに注視していた。

「その転落した現場の屋上なんですが、そこにはもちろん転落防止のフェンスが張られているわけです。このフェンスがですね、常盤さんが転落したと思われる部分だけ、意図的に壊された形跡があるらしいのです。ええ、さらに、この神代学園は普段屋上は開放されており、誰でも入れる状態になっているというわけです。こういった状況から、当学校の関係者が事件に関わっているのではないかという憶測が飛び交っています」

 そこでアナウンサーが長かった説明を切ると、他の男性キャスターが映し出され、口を開いた。

「いやあ。驚きですね。神代高校と言えば、誰もが知る有名進学校で、有名大学への進学者も多い。世間一般の方々も優秀で華やかなイメージを持っておられる方がおおいと思うんですね。そこでこのような事故、いや、事件の可能性もあるというのは驚きですね。とにかく早く、事実を解明してほしいというのが、多数意見ではないでしょうか」

 そこでいったんスタジオのアナウンサーが説明を終えると、先ほどの現場のアナウンサーにカメラが戻る。

「ええ、神代高校は今日の午後三時ごろに、説明のための会見を開くそうです。なんとも、迅速な事実確認を願うばかりです」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る