第10話 新入部員、姪浜唯子
「いいわよ」
「え、ほんとですか?」
翌日の昼休み、唯子は文芸部の部室を訪れた。昼休み、部員たちはここで和気あいあいと昼食を取るのが、日課になっている。
そして昼食を取り終わった今、唯子は部長の横川に対して、これから特別相談部と兼部する旨を伝えたのである。
この緩い部活のことだから、ダメと言われることはないだろうと思ってはいたが、こうも二つ返事で了承を得られるのは意外だった。
「それはいいんだけどさ、なんであんなところに入ろうと思ったの? ていうか、あそこ入れたんだ」
「え、ええっと」
そこは突かれると痛い所である。勝負に負け、貞操を奪われそうになったところを、保健室に監禁して脅して、なんとかそれで妥協してもらったとは、口が裂けても言えない。
返事に窮する唯子を横川は意味深に見つめていた。
「ははあん。さては、あいつに惚れたな?」
「ち、違います!」
唯子は顔を真っ赤にして、手前の机をバシンと叩いた。それにより、周囲の部員たちの注目を浴び、それに気付くと、よりいっそう顔を赤らめた。
コホンと控えめに咳払いをし、女子しかいないこの空間でも、スカートを抑えながら、綺麗な佇まいで椅子に座わりなおす。
「そ、そんなんじゃありません。あんな人、どう間違っても好きになったりなんかしませんよ。先輩方のおっしゃった通り、最低な輩でした」
「じゃあなんで?」
「その……あの人は最低な人間です。それは間違いありません。間違いないんですが、やはり、これも先輩方がおっしゃっていたように、優秀な頭脳の持ち主であることは、確かなんです」
「てことは、あの事件、解決したんだ」
「ええ。ですから、私、その時思ったんです。この人は私に無い物を持っている。この人についていけば、何か大きなものを得られるんじゃないかって」
「ふうん」
「許可も取らずに、勝手に決めてしまって申し訳ありません」
「ううん。いいわよ別に。どうせお遊びサークルみたいな部活だし。今日の放課後はさっそくそっちの方にいくの?」
「はい。そう思ってます」
その時ちょうど、昼休み終了のチャイムが鳴った。
唯子の教室はこの文芸部の部室からは遠いので、チャイムと同時にすぐに教室へと向かわなければならない。無論、その事情は横川もわかっている。
それでは失礼しますと一礼して、唯子は荷物をたたみ、部室を後にしようとした。ドアノブに手をかけたその時、後ろから横川の声が飛んできた。
「キスくらい奪ってこいよ!」
唯子は耳たぶまで真っ赤にして、後ろを振り返った。
「だから違いますって!」
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