第7話 一件落着?

 唯子と周船寺は、あの下駄箱から去り、特別相談室へと戻った。

「本当に、学校には告発しないんですか?」

「ああ。だがその分あの教師には借りを作れたからね。そっちの方が僕にとっては大きい」

 そう。先ほど、田中の犯行を見破った周船寺だったが、彼と話をつけ、学校側には告発しないという約束を交わした。その際の田中の様子はあまりにもみじめで、普段の活発で揚々とした面影は完全に消えていた。

 もう彼は周船寺には頭が上がらないであろう。

「……さてと」

 ガチャリと、特別相談室の鍵が閉まる音が二人っきりの部屋の中に響いた。それと同時に唯子は、全身がぞくりとする寒気を感じた。

「さあ、約束通り、煮るなり焼くなり、好きにさせてもうらおうか」

 唯子は身を守るように、両の手を胸の前で、超高速で交差させた。

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! そそそその前に、どういうことだか。私にも説明して下さい!」

 唯子は身を守るように、両の手を胸の前で、超高速で交差させた。

「どういうことって?」

「ど、どうして田中先生があんなことをしたのか、それと……どうやってあなたはそれを見破ったんですか?」

 周船寺は顎に手を当ててわざとらしく唸った。

「それを僕に教えろと?」

「は、はい」

「あれだけ解決できるわけがないと馬鹿にしていた僕に?」

 ぐっと唯子は詰まったが、真相を知りたいという好奇心には敵わなかった。

「う……そ、それは、すいませんでした……」

 周船寺は勝ち誇ったような顔で、ドサッとソファに腰かけて足を組んだ。

「うーん、まあ、君の態度次第では、教えてあげないこともないんだけどね。君にも分かるように教えるってのはなかなか難しそうだがねえ」

 唯子は怒りに顔を真っ赤にし、震える拳を握りしめた。その様子を楽しむように悠々と眺める周船寺にさらに腹が立ったが、なんとかこらえ、屈辱をなめ、頭を下げた。


「わ、私にも、わかるように……お、教えてください」


「……まあいいだろう。まず今回の事件の狙いのポイントだが、それは間違いなく、犯人の狙いだ。金目当てでないのは明白だろう?」

「え、ええ。何も取らずに返しているわけですから。でもそれゆえに、犯人、つまり田中先生の狙いはわからなかったわけです」

「うん。だがね。僕は最初この事件のことを聞いたとき、正直がっかりしたんだ。なんだ、ただのスリかって、でも、何も取られずに返却される、それも4件も連続して、と聞いたとき、この事件は解けるなと思った」

 唯子は確かに、最初にこの事件を周船寺に説明した時、彼が最初落胆したような顔をし、詳細を聞いたのちに興味がわいたように表情を一変させたのを思いだした。

「な、なぜ。それだけで解けると思ったんです。普通に考えれば、何も取らずに返される事件の方が、難解そうに見える気がするんですけど……」

「いや、そんなことはない。いいかい、警察なんかが捜査する殺人事件でもね、一番難しいのは、物取り目的の犯行なんだ。特に人間関係のつながりや怨恨もない、ただ、ちょうど金をとるに都合のいい人間を殺した事件。これが一番難しい。目撃者でもいればそこから探れるが、そうでなければ、犯行現場に残ったものから犯人を捜すしかない。それほど、事件というものにおいて、人間関係は重要なんだ」

 周船寺の説明は論理的でわかりやすかった。つまり、彼が言いたいことは……。

「つまり、今回の財布の事件は、金目的でなく、人間関係が起因していると?」

「そういうことだ!」

 唯子は顎に手を当てて思案を巡らせた。

 ……人間関係が原因である、そして犯人は一年の体育担当の田中先生。被害にあったのは、全員一年の女子生徒、盗まれたのは財布……ここで、ハッと唯子の頭に一つの解答がよぎった。

「ま、まさか……田中先生はそ、その変態だったんですか?」

 あなたのように、と付け加えようか迷った唯子だったが、寸前でやめておいた。

「……どうしてそうなる?」

 周船寺はガクッと肩を下し、呆れた声をかけた。

「だ、だから、その、みんな田中先生が授業を受け持つ生徒じゃないですか。だからあの人はその時に……その、何人かの生徒に不埒な思いを起こして、その生徒の財布を盗んで、中にある保険証とかから、住所を調べようとしたんじゃ……」

 意外にも周船寺はいつものように小ばかするような態度はせずに、感心したかのような面持ちになった。

「……なるほどね。思ったよりは悪くないし筋も通ってる。でも、教師だったら別にそんなことをしなくても生徒の住所は学校の資料とかで調べられるはずだ。そんな面倒なことをする必要はない。」

「あ、それもそうか……」

 唯子は慌ててうつむき、顔を隠す。周船寺に褒めてもらったことで、密かに嬉しかったことなど、探られたくはなかった。

 しかし、これでますますわからなくなった。それ以外に、金目的でなく財布を盗む理由など、見当もつかない。

 

それを見かねてか、周船寺が説明を続ける。


「もう一つのポイントは、4人連続して起こったということだ。しかも、その4人は、先月一緒に遊んでいたメンバーだった。これが偶然だと思うか?」

「いいえ。たまたまそのメンバーが選ばれるなんて、出来過ぎてます。だから私も、その中の誰かが犯人だと思ったんですけど」


「うん、そう考えるのが自然だ。そしてそれは間違ってないよ」


「え? で、でも、犯人は田中先生なんじゃ?」

「うん。だが、誰が犯人は一人だと言った?」

 周船寺の自信のこもった瞳に、唯子は戸惑い、同時に驚いた。

「え、まさか犯人は田中先生だけじゃないんですか?」

「そうだ。あのメンバーの中には共犯者がいる。というかむしろ、そっちの方が主犯かもね」

「そ、そんな……いったい、誰なんですか?」

 周船寺は間髪入れずに聞き返す。

「誰だと思う?」

 ……あのメンバーの中に共犯者がいる。唯子は懸命に思索した。さすがにここらで挽回しなければ、自分の立つ瀬がない。

「手芸部員の鈴木さん……ですか? 彼女だけ被害にあっていないし、あなたが先ほど話した時、明らかに動揺していましたし」

 唯子は窺うように、恐る恐る尋ねる。

「残念ながら違うね。彼女ではない。しかし彼女こそ、キーパーソン。この事件が起きることになった原因だ」

 彼女が原因? 唯子には、全くもって理解不能だった。


「も、もう、降参です。私には、何が何だか」


「ここまで聞いといてまだ降参してないつもりだったのか君は……まあいい。僕の思考の過程全てを説明しよう。座りたまえ」


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