第6話 犯人確保

 周船寺と唯子の二人は今、本校舎一階の下駄箱の隅の方に、息を潜めて隠れていた。二人が注目しているのは、四人目の被害者の下駄箱の部分だ。 

「確かに、四人目の被害者、寺田めぐみの財布はまだ返されてないんだったね」

「ええ、そのはずです。先ほど、本人に確認しましたから」

「ほんとにくるんですか?」

「ああ。間違いない。今日返すとしたら、昨日の被害者である寺田めぐみが戻ってくるまでに下駄箱に入れておくしか方法がないからね。さっき中を調べたけど、何もなかったろ。ということは、これから返しにくる可能性が高い」

 周船寺の言葉には、妙に説得力がある。彼がそういうからにはきっとそうなんだろう。唯子は無意識のうちに彼の発言を信頼していることに、未だ気付いていなかった。

 しばらくの間、二人は息を殺し、その機会をうかがっていた。その間、帰宅に向かう生徒が何人か通り過ぎ、二人を怪訝そうに見つめ、唯子はその度に、いったい彼らにどういう風に思われているのかと、恥ずかしくて仕方がなかったが、周船寺はまるで気にする様子もなかった。

 ガラス越しの戸から見える外の景色はもう暗く、部活動を行っていない生徒はほとんどが帰宅しただろう。

 下駄箱の隅で、周船寺と密着して隠れていると、彼の息遣いがよく聞こえる。特別相談室で受けたセクハラのようなことをされないかと唯子は最初警戒していたが、一度もそのようなことは無かった。彼の顔をこっそり窺うと、これ以上なく真剣な顔つきで、犯人の登場を窺っていた。その凛々しい瞳を横から見るだけで、唯子は何故か胸が高鳴り、自分の鼓動が彼に聞こえていないか、心配になるのだった。

 そんな思いを抱えながら、唯子は周船寺と共に、犯人が訪れるのを待っていた。

 

……周船寺は先ほど、この下駄箱に財布を返しにくるであろう。犯人の名を告げた。


 それは突拍子もなく、意外性に富み、とても信じがたいものであった。唯子は未だに、それを信じられないでいる。

 しかし、それを告げるときの周船寺の顔つきから、唯子は絶対の自信を感じ取った。

 あれは、あれは自分の推理が絶対であると確信、いや、それが当然だという顔だった。それ故、唯子はなんの反論もせず、ここで周船寺と共に、犯人の登場を待っているのである。

 しばらくして、静寂に満ちていた下駄箱に、ピタリと足音が響いた。廊下の方からだ。

 自然と心臓の鼓動が高まる。なるべく音をたてぬよう細心の注意を払いながら、犯人の登場を待つ。


 廊下の陰から、その足音の主がついに姿を現した。


 それを目にした瞬間、唯子は、驚きと、それと同時に、衝撃に似た落胆、そして、周船寺に対する敗北感を味わった。

 それは……周船寺が犯人として告げた人物に他ならなかった。

 その人物は、ゆっくりと下駄箱に近づきながら、周囲を何度も伺い、ポケットから固形物を取り出し、昨日の被害者である、寺田めぐみの下駄箱を開いた。

「はい! そこまで!」

 途端、下駄箱の陰から勢いよく周船寺が飛び出し、大きく声を出した。密着していた唯子はそれについていくように、顔を出す。

 二人の姿を見ると同時に、男は驚愕し、思わず手に持っていた固形物、昨日盗まれた財布を背中の後ろに隠した。

「隠してもダメですよ。やはりあなただったんですね……田中先生」

 バレー部顧問にして、一年の体育担当、田中の顔がみるみる絶望に染まっていった。

「そんな……なんで、あなたが……」

 唯子は思わず、悲し気に声を漏らした。

「お、お前らは今日体育館にいた……ど、どうしたんだこんなところで……」

 田中は動揺しながらも、平静を装って応対した。

「あなたを待っていたんですよ田中先生。そっちこそ、こんなところで何をしてるんですか?」

「あ、ああ。ちょっと、そとの様子を見ようと思ってな」

「ではその背中に隠しているものはなんですか?」

 そこでぐっと田中の表情が曇り、返答に窮した。

「寺田さんの財布ですよね」


続く

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