第4話 唯子、大ピンチ!
「どういうことですか!? もう調査はいいって?」
周船寺と唯子は、書道部の吉岡の話を聞いた後、またこの辺鄙な場所にある特別相談室に戻り、こうしてソファに座って向かい合っていた。
「言葉通りの意味だよ。もう被害者にいちいち聞いて回る必要はない」
「だからどうして!?」
周船寺の目つきは急に鋭いものになり、射止めるような、それでいて落ち着いた声音で言い放った。
「犯人が分かったからだよ」
「え……」
唯子は、呆然として言葉を失った。周船寺の顔つき、声からは、絶対の自信が見て取れた。それを感じると同時に、胸の中に焦りが広がる。
「なあに、そんなに難しい事件でもなかったさ」
周船寺は軽い口ぶりで言うが、唯子は犯人どころか、犯行の目的さえ、検討がついていない。
「ちょ、ちょっと待ってください。どういう事ですか? たったあれだけで、誰が犯人か分かったんですか?」
「ああ。……え? まさか、いや、まさかとは思うが、君は、まだ何もつかめていないのかい?」
周船寺はいやらしい笑みを浮かべ、ソファの上で、足を組みなおした。その腹の立つ目つきに唯子は思わず、強気の態度を取ってしまう。
「ま、まさか。私だってもうとっくに、犯人の目星はついてますわ」
「ほうほう。まあそりゃあそうだろうね。あれだけ大口叩いてたんだから……でももし、君の言う犯人が間違いで、僕の言った犯人が正しかったとしたら……煮るなり焼くなり好きにしていいんだったね」
くっくっくと不気味に笑う周船寺に、唯子はゴクリと息を飲んだ。
「も、もちろんですとも。ま、そんなことありえないでしょうけど。ずいぶんと自信がおありのようですが、あなたが間違っていた場合は、この学校から去ることになるかもしれないんですからね。そのことをお忘れなく」
「かまわんかまわん。一向にかまわんよ。じゃあとりあえず、君の推理を聞かせてもらっていいかな」
周船寺はまた足を組みなおして、余裕のこもった口ぶりで唯子に発言を促した。
瞬間、冷や汗を流しながら、唯子は頭をフルに回して、即興で推理を組み立て始めた。
「え、ええ、そうですね……今回の事件はあまりにも卑劣で、極悪非道なものです」
考えろ、考えるのよ唯子。
「うん、それで犯人は?」
「こ、このような事件が、私たちの学校で起きた事は誠に遺憾であり、必ずや撲滅しなければならなりません」
ああ。早くなんとかしなければ。
「うん、だから早く犯人を」
「これは学校、そして生徒たちの慢心、油断が生んだものであり、今後はよりいっそう……」
「いいから早く推理の部分を話してくれないか」
その時、雷のような轟音と共に、唯子の頭に天啓が舞い降りた。
……こ、これだ!
唯子は確信を抱くと、額の汗を手で拭い、今度は余裕のこもった笑みで、周船寺を小ばかにしたような目つきと口ぶりで、そして周船寺と同じように偉そうに足を組んで、話を始めた。
「まったく、仕方がありませんね。そんなに聞きたいのなら、教えて差し上げましょう」
急変した唯子の態度に、周船寺の目が丸くなる。
「この事件の犯人は、被害者たちがカラオケでの会計の際にぶつかったという男です」
周船寺がポカンと口を開ける。
「ふふふ。その様子だと、あなたの推理は外れていたようですね。いいですか。その男は、カラオケでぶつかって、めぐみさんという方に怒られたことを逆恨みし、今回の反抗を計画し、実行しました。一見複雑に見える事件ほど、真実はシンプルなんですよ」
決まった……と唯子が心の中でガッツポーズをし、勝ち誇った笑みで周船寺を見つめると、周船寺は、呆れかえったような様子で、やれやれと言う風に首を振った。
「な、なんですかその顔は」
「いや、余りにお粗末な思考回路だと思ってね」
「な、なんですって!? どこがおかしいって言うんですか」
「おかしくない点が皆無なくらいだよ。そもそも、その男が犯人なら、いつどうやってこの学校に忍び込んで財布を盗むんだい? 外部の人間がいたら、目立って犯行どころじゃない」
「ふふふ」
周船寺の批判を嘲笑うように、唯子は小さく笑った。
「そう来ると思ってましたよ。周船寺さん。ふふ。確かにそうですね。外部の人間がこの学校に忍び込んだら、目立って犯行どころではないでしょう。しかし、真実はこうです。そのカラオケで被害者たちとぶつかった男は、実はこの学校の生徒だったのです! 被害者たちが、誰一人として彼のことを知らなかったのは、彼が制服を着ていなかったから、あの日は部活がありませんでしたから、一度家に帰って、着替えてから遊びに行く人もいたでしょう。とはいえ全員が知らなかったということは、二年生か三年生の生徒である確率が高くなりそうですがね」
どうだと言わんばかりの顔で唯子が説明を締めくくっても、周船寺はまだ眉一つ動かさずにいる。
「ふうん。なるほど。その男が実はここの男子生徒だったって言うのは、面白い着眼点かもね。だがそうだとして、彼はなぜ、財布から何も盗らない? そしてなぜ、翌日には律儀に返却する? 逆恨みでの犯行にしては、随分紳士的じゃないか」
「そ、それは……」
そこで初めて唯子は言葉に詰まり、黙り込んでしまう。
はあ。とわざとらしく大きなため息が二人の特別相談室に聞こえる。
「ま、こんなもんだろうね」
バカにしたような言い草に、唯子は拳を握る。
「なっ、だ、だったら、犯人は誰だと言うんですか!? あなたの推理を聞かせてみてくださいよ!」
周船寺は今日一番の大きなため息をもう一度つくと、気だるげにソファから立ち上がった。
「推理は後にしよう。それよりも先に、行きたいとこがある。犯人に会いにいかなければね」
続く
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