第3話 調査開始!
唯子と周船寺は二人で学校の体育館を訪れた。中にはバスケ部とバレーボール部がコートを隔てて、練習を行っており、運動部特有の甲高い掛け声が響く。
「ところで」
周船寺がふと唯子の方を見る。
「なんで君もいるんだい?」
唯子はムッとした顔で答える。
「調査のためです。別に今日は用時もありませんから。言い忘れていましたけど、もちろん、私が先に犯人を見つけたら、それはあなたが解決できなかったことになりますからね」
「できなかったから僕のところに来たのでは? ま、おおかた、教師のとこに相談しに行ったけど適当にあしらわれて、僕を紹介されたんだろうけど」
「ぐっ……」
見事に事の経緯を的中させられ、唯子は言葉に詰まった。その図星を突かれた自分をニヤニヤと見つめる周船寺の表情に、唯子はさらなる屈辱を覚える。
そんなさなか、体育館で練習している部員たちの中から、一人の女子生徒が駆け寄ってきた。彼女は一連の事件の最初の被害者である、一年三組の安藤紀香だ。彼女はバレーボール部に所属していて、今もなおその練習中であったが、周船寺と唯子の聞き込みに協力してくれた。
もう一人、被害者の中に同じくバレー部員の山田なながいるのだが、どうもまだ部活に来ていないようだ。
「えっと、お話って?」
「例の財布の窃盗事件の事です。お聞きしたいことがありましてね」
周船寺が慇懃に説明する。
「はあ。ですがもう話せることはほぼ、そちらの姪浜さんに話しましたけど」
それがあのノートにまとめられていたことだろう。
「いやそれ以外に聞きたいことがあってね、あなたは、他の被害者である、吉岡夏美、寺田めぐみ。山田なな、さんたちとは、仲がいいのかな?」
意外な質問に唯子は驚いた。被害者たちの関係性、これは盲点だった。被害者はただ無作為に選ばれているという勝手な先入観を、私は抱いてしまっていた。
「ええ、仲がいいですよ。先月も、みんなで遊びましたし」
周船寺の眉が動く。
「ほんとですか、何をして?」
「ええっと、放課後にマックに行って、その後カラオケに行っただけです。ほら、こないだ、先生たちの研修かなにかで、全ての部活が休みになった日です」
「なるほど、実に女子高生らしくてよろしい。ちなみにその時のメンバーは?」
そのメンバーは、被害者全員に加えて、手芸部である一年の鈴木里佳子の名があげられた。
その後も周船寺は、そのマックやカラオケでどんなことを話したりしていたのかなど、事細かに、聞いていた。こんなことまで聞いて一体なんになるのだろうと唯子は怪訝に思う。
「なるほどなるほど、どうもありがとうねお嬢さん、もし暇があったら特別棟三階の特別相談室まで来なさい。おいしいコーヒーを出しますよ」
「安藤さん! 絶対だめよ! ろくな目にあわないから!」
唯子が周船寺の勧誘を阻止していると、三人がいるすぐ側の体育館外に通じるドアがガラガラと開き、バレー部の顧問で、一年生の体育を受け持っている田中俊彦が現れた。20代前半のまだ若い、いかにも体育会系といった感じの男性教諭だ。
やる気に満ち溢れているのか、体育の時に実技が下手な生徒がいれば、積極的に寄り添ってマンツーマンで基礎から教えるような、よく言えば優しく熱血的な先生なのだが、裏を返せば少しうっとおしくて暑苦しくて面倒くさくて、なるべく関わりたくない、ともいえるような人物なのだ。
根っからの文科系でインドア派である唯子は、この田中が、少し、いやかなり苦手だった。体育で球技の授業が行われる度に、運動音痴である唯子はこの田中に目を付けられ、皆が見ている中、一対一で大声をかけられながら指導されるため、穴があったら入りたくなるような思いを抱かされているのだ。唯子にとっては、ありがた迷惑な話である。
「うーし、みんなやってるな。ん? なんだ紀香、さぼっちゃだめだろ」
「あ、す、すいません。全員、集合!」
田中に気付いた安藤は驚いた表情を浮かべ、それを隠すようにぺこりと頭を下げた後、駆け足で練習へと戻っていった。
顧問の田中は、その安藤を見送った後、唯子と周船寺の存在に気付き、驚いたようなそぶりを見せた。
「うおっ! なんだお前ら、あれ、君は確か一組の……」
田中は唯子の顔をまじまじと見つめると、唯子は慌てて視線を逸らし、言葉を紡いだ。
「あっ、すっすいません。安藤さんにちょっと用があって。も、もう行きますんで、失礼しました」
唯子が逃げるように体育館の外に出ると、周船寺もそれに続いた。
「なんだ君。あいつが嫌いなのか」
「い、いえ、でもちょっと苦手っていうか……」
「ふうん」
二人がそんなやりとりをしていると、田中が部員たちに集合をかける合図が響いた。ドアは開けっ放しなので、声はよく聞こえるし、中の様子も丸見えだ。
「ちょっと見て行こうか」
「え、どうしてです? 安藤さんにはもう……」
「ま、いいからいいから」
どうせかわいい子でもいるのか物色するのだろうと、唯子は呆れ、しぶしぶ周船寺と体育館のドアの前で、身を隠しながらその様子を見守った。
今、田中の周りには20名程度の部員たちが田中を囲むように集まっている。
「……ん、今日も山田は休みか。誰か何か聞いてないか」
唯子の耳がピクリと反応した。バレー部所属の山田といえば、おそらく、窃盗事件の五人目の被害者、山田ななのことだ。そして、その情報を得るために周船寺はここに残ったのかと合点がいった。
……意外と、侮れない男なのかもしれない。
田中に問われた部員たちは皆、首をかしげながらそれぞれ顔を合わせるだけで、誰一人発言するものは出なかった。
「安藤、お前同じクラスだろ、なんか聞いてないのか」
先ほど調査に協力してくれた安藤紀香は黙って首を横に振った。どうもこの様子からすると、山田ななという部員はかなりのサボり魔らしい。
「まったくしょうの無い奴だな。まあいい。練習続けていいぞ」
「はい!」
部員全員で甲高い返事をすると、そのまま彼女たちは練習を再開した。
「ふうん。なるほどね」
ぽつりと、周船寺が満足したようにつぶやいた。
続く
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