第17話
「雨降りは憂鬱なんですよ。気分が乗らないと言うか」
気まずくてソファーで膝を抱えていると「そうでもないぞ」とキッチンからコーヒーの香りと一緒に意外な言葉が聞こえた。
「寝静まる頃に耳を澄ますと窓ガラスに当たる雨粒の音は耳障りがいいんだ」
そんな考え方があるんだ。詩的だな。
思考の転換に気付かされた。ナギさんは、やはり大人なんだ。
「テレビも消して。静かな夜だと、どんな音楽を聴くより気持ちが安らぐと思う」
「そうなんですか」
へえ。今晩も降り続いていたら聞きながら寝よう。落ち着くかも。
でも、それって気分はよさそうだし美しいけど、どこか寂し気に聞こえる節が否めない。
1人の夜を過ごしている日々が、長いんじゃないか。
「何か作ろうと言ったが悪い、事務所に差し入れがあって持っていたんだった」
ナギさんがコーヒーと白いケーキボックスを持ってきた。
「先に食べてろ。着替えてくる」
「あ、はい。いただきます」
コーヒーをひと口飲んで、箱を開けたらシュークリームが入っていた。
え? これ大きくない? オレの掌くらいあるんだけど。
シュークリームってこんなに大きかったっけ?
あまり好んで食べないから分からないけど、大きいよね。
ん? その前に『事務所』って言ったぞ?
なにしてるのあのひと。何の事務所だ。怖い所じゃないよね。
んー。でも、まあ、気にせず食べちゃおう。
「……綺麗に食べろ。クリームが吹っ飛びそうだ」
あなたが薄着で現れたから吹いたんですよ!
雨に打たれたくせに上着くらい着ましょうよ。
「ナギさん、寒くないんですか?」
「は? まだそんな季節じゃないだろ」
ボートネックとか、有り得ないでしょう。さっき全力であなたを抱きしめた獣の前で不用心もいいところですよ。はあ、相手にされていない。
「広軌が寒いなら暖房を入れるけど。そんな寒がりか」
「いえ、そうではなくてですね」
力が抜けるなあ。まあ、でもこれが平穏な日々なんだ。
これ以上求めたら罰が当たる。
本当に、贅沢すぎる日々を過ごさせて貰っているんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。