第9話

「お、来たか。で? 荷物はそれだけ?」

「って、あなた、どうして濡れ髪に眼鏡なんですか? 自分の事分かってませんよね!」

インターホンを押したら出て来たナギさんが、無防備すぎて心臓が跳ねた。

「何で怒るんだ? シャワー浴びたから濡れるに決まってるだろ」

「いやいや、あのですね。そんな姿で外歩いたらナンパされますよ?」

「おまえにか?」

うっ。

そこで吹き出すかな。

「眼鏡って、どうかされたんですか」

似合うけど。

眼鏡が大きいのか顔が小さいのか分からない。

「俺は元々視力が悪い。いつもコンタクトだけどシャワー浴びたし室内だからいいかと」

それにしても大きめのカットソー着てるなあ。鎖骨とか丸見えなんだけど。女子か。

「入れ」

「お邪魔します」

するとナギさんが見返った。

「次から『ただいま』な」

うわ。

人にそんな挨拶するの、何年ぶりだろう。何だか嬉しいなあ。

借りていた傘をようやく返して、上がらせて貰った。


え、何このリビングダイニング。広すぎない?

それに、あれ、イームズのチェアだよな。

壁面に曲線描くラダーシェルフ。あれ、実際に物置いたら落ちそうな棚だよな。

部屋が北欧調なんだけど。やっぱり女子か、女子力高すぎる。


それにしても、この駅前マンションって賃貸じゃなくてローン組んで購入する新築分譲だ。出会ったパン屋さんを含めた大型商業施設に隣接していて、買い物は勿論、駅に近いから利便性があって人気の物件。検索したら3800万円台でヒットしたぞ。

ナギさんて、なにしてんの?


「こっち。この部屋使え」

「あ、はい」

呼ばれてリビングの脇の部屋を覗いたら、5畳くらいのゆとりの空間。

えー。今まで住んでたアパートはここにキッチンが付いてたぞ。

「もっと狭い部屋でいいですよ」

「ここしか空いてない。洋室はあと2部屋あるが埋まってる。気に入らないなら和室でも構わないが、夜、怖くて泣くぞ」

は?

「仏壇があるからな」

あ、そうか。ナギさんも同じだった。

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