ゆらゆら、ぼとり
ゆらゆら、ぼとり。わたしたちは、そういうこどもだった。
ブーメランをふたりとも見たことがなくて、それでもわたしたちはそれが怖かった。わたしたちはブランコに座り、ゆらゆらと揺れながら、その話をした。
ちょうど紙皿のように飛ぶのだろう、とはやが言った。手元に戻ってくるときぶつからないのかな、とわたしは不安がった。ぽつぽつと話しながら、わたしたちは、ブランコの鎖が絡まないように、それぞれ気をはらっていた。たまに、手や指を挟まれることを知っていて、それを恐れていたからだ。
あの場所からわたしたちは、ゆらゆら、ぼとりと落ちてきた。
あまりにもゆっくりと、唐突に姿を消したので、誰も気がつかなかっただろう。わたしたちは手をつないで、にぎわった廊下を走りもせず、靴を履き替える時だけ手を放し、重い扉を開け、日差しを浴びた。そうしてあっという間に蒸発した。大人はこうやって駆け落ちするのかな。はやが呟く。そう言った意図はなかったのに、握り合った手が恥ずかしくなって、わたしたちは少し笑った。
車の気のない道路を一本渡り、わたしたちはゆらりと振り返った。はためくカーテンが白く、どこかからオルガンが、続いて合唱が聞こえてきた。少しだけ手を握りなおして、わたしたちは歩き始めた。
そのとき、校歌を忘れた。
じりじりと世界が蒸発していた。
そこにはわたしたちの他に、痩せた老人しかいなかった。彼はわたしたちが来たときからずっと日陰のベンチに座っていた。わたしたちははじめ、ちらちらと彼を見ながら話をしたが、次第にそれよりもブランコの鎖を気にし始めた。もしかしたら彼がブーメランについて知っているかもしれないという思いは互いにあったが、口には出さなかった。それに彼がブーメランについて昔は知っていても、今はもう忘れてしまっているだろうとも考えていた。わたしたちでさえ、話がとぎれる度、ブーメランがゆらゆらと遠ざかっていくのだった。
はやとわたしは、昔からいっしょにいたわけではなかった。わたしたちが互いに知っていると気がついたのは、ついこの間の春からだ。それまではただの同じ地域の子だった。
はやはよく白くなる気がした。わたしもはやにそう言われた。だからわたしたちは幽霊なんだね、と言いあった。先生も、わたしたちに対して何も注意をしたことがなかった。
ちい、と小鳥の鳴く声がして、わたしたちは空を見上げた。
続いて一瞬びゅうと何かが辺りを走った。わたしたちは言葉を奪われ目をしばたいた。風が、辺りの木々を順番に揺らしながら、笑っていた。怒っていたかもしれなかった。
わたしたちは呆然とした。ひとつだけはっきりとしたことがあった。わたしたちが口をつぐんだすきに、ブーメランが、持って行かれてしまったのだった。風の駆け抜けたあと、わたしたちはブーメランのない世界に、3人だけ取り残されていた。
遠い記憶の中ではためいていたカーテンや、その奥に並べられた40個の机やチョークの音も、風に乗って消えようとしていた。さようなら、わたしたちはそうつぶやいて揺れた。
わたしたちはしばらく黙って、揺れ続けた。もう鎖のことは忘れていた。いつの間にか雲が出てきて、辺りの鮮やかな温度が消えた。さわさわと風が吹き始め、わたしたちはそろそろここも失うだろうと思った。
老人が杖を持ち立ち上がった。わたしたちも立ち上がった。そして、わたしたちはランドセルを残して互いの手を握りなおして、公園を出た。
振り返ると、老人はもうどこかへ行ってしまったようだった。わたしたちはおはじきの話をしながら、またゆらゆらと歩き始めた。
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