さやさや

ふみ

モノローグ

私の住む町の夏は短い。

7月の終わりに、今日は日陰まで暑い、今日は東京よりも気温が高いらしい、そんなこともあるんだね、とかいう会話をする日が2日くらいある。8月に入り1週間もしないうち、昼間にも涼しい風が吹き、夜はシャツ一枚で出かけたことを後悔するようになる。そして次の日誰かと顔を合わせると、もう夏が終わったね、なんてつぶやき合う。

今日は海の方へ逸れていった台風の影響で、夕方に久しぶりの雨が降っていた。日もすっかり暮れ、余り物のような霧雨が降りしきるビル街は、大きな通りに出るまで風が通らず蒸し暑い。


家へ着き、そそくさとシャワーを浴びて、いつもより3時間早く布団に寝転がる。ここ数日止めていた扇風機を枕元に運び、弱風を付けると、偶然、風がうまく足先まで届く角度に落ち着く。首を振る扇風機から届く微風と、間の湿気に、微かな夏をもう一度感じる。

目を閉じて、深呼吸をしていると、今日行った本屋で見つけた、本のことを思い出す。点と線と短かな言葉だけの、デザインについて書かれた、小さな本だ。めくり終わって次に続くのは、小さな頃に好きだった本の一場面だ。そして、一人で庭にいたあの頃に作った、小石の輪と、この街に越してから通った大型塾の冷房の効いた自習室の景色だ。

まぶたの裏によぎるいくつかの過去の風景は、よく出てくるものも、なぜ今出てきたかと驚くくらいすっかり忘れていたものもある。それでも、人の何倍も覚えの悪い自分には、きっと、こぼれ落ちてしまったたくさんの記憶があり、その中にあろう、大切にしたかった思い出や何やらのことを想像すると、悲しいとまでは行かないないけれど、目尻から涙を一粒くらいは落としたくなるものだ。


モノローグを頭の中で書き出すようになったのは、そんな恐れとも寂寥ともつかない気持ちを少しでも紛らわせるためなのだろう。モノローグに使う鉛筆は、たまには、実際に動かないような速度で文章を書き連ね、かと思えば一画ずつゆっくりと文字を刻むこともある。浮かぶ平易な言葉に辟易して、黒く塗り潰す事もままある。

そして眠りにつき、次の日眼が覚める頃には、昨晩書き出したものは、ほとんどどこかに無くしてきてしまう。だから布団から出る前に欠伸をして、涙をもう一滴だけ、頰に垂らすのだ。

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