編入Ⅲ
「
目を覚ましてみれば、右側には
「
「10分ほどだ」
「メイのこの術式、教えたのは佳奈か」
「う、うん。術式教えたらすぐ使いこなしちゃったよ。わたし、驚いちゃった」
そこまで来て、双太はふと疑問に思った。普段ならばこんな時、真っ先に声を上げるのはメイのはずだ。しかし彼女は無言のまま双太を見つめており、身体を包み込むような温かい光はどんどんと輝きを増す一方だった。
メイを見つめてみる。彼女は今まで一番真剣な表情を浮かべていた。魔力を急速に注ぎ込んでいるためか、身体は汗だくになっていたが、それを気にとめるような素振りは一切見せなかった。
「メイ、大丈夫だ」
上体を起こしつつ、
「そーたぁッ!」
と、いきなり泣き出して双太に抱きついてきた。咄嗟のことで受け止められず、双太は再び地面に倒れ込んでしまう。
ほぼ同時に立ち上がった佳奈が、彼女にしては珍しく冷たい光を瞳に
「浮気?」
「違うッ!」
佳奈の言っている意味はよく分からなかったが、肯定するわけにもいかず、双太は叫ぶしかなかった。同時に、守が双太の顔を覗き込みつつ、
「その子は姉なのか、妹なのか」
と、真剣な表情で聞いてきたので、
「どっちでもいいだろ!」
と、双太はもっともな意見を口にした。しかし、それでも守は表情を崩さず、力説を始める。
「待て、双太。違うぞ。全然、違う。いいか? 姉は姉だ。だが、妹は違う。妹はなんというか、その・・・・・・うまく言えないが、違うんだ」
「黙ってて守くん」
と、双太に向けていたものとは比較にならないほど冷たく佳奈は告げたが、
「妹はな、夢なんだよ。嫁なんだよ」
まったく聞いてはいなかった。いっそのことエグゼ・フォーミュラを再起動して襲いかかろうかと双太は思ったが、泣きじゃくるメイが邪魔で、思うように身動きができなかった。
「だから重要だ。双太、妹なら
「「分からない」」
双太と佳奈の声が綺麗に唱和した。
守は「そうか」と頷き、唐突に背を向けて距離をとると、今度は小さく肩を震わせていた。だが、双太には果たして守がどんな表情を浮かべているかを確認する暇がない。彼の胸では相も変わらず、意味の分からない叫び声を上げながらメイが泣き喚いており、それを止めるのが先決だった。
・・・
それから30分ほど。始めは意味の分からなかった叫び声も、少し耳を澄ませば「しんじゃう!」、「いなくなっちゃう!」と聞き取ることが出来た。だから双太は、「大丈夫だ」、「死なない」、「いなくならない」と何度も何度もメイの耳元に囁き、頭を撫でてあやした。やがて徐々にメイは落ち着きを取り戻し、ようやくまともな会話が出来る状態まで回復した。
「ごめんね、そーた」
目を赤く腫らしたまま、彼と同じく地面に尻餅をついたメイが言った。
「気にするな」
メイの症状は、PTSDだろうなと双太は考えた。記憶こそ失っているが、昔目の前で誰かを失った経験があり、それが脳に深く刻まれているのだろう。双太が失神することによってその記憶が刺激され、平静を失ったのではと、推測した。彼も似たような経験をしている。
「帰るか?」
「だいじょぶ。メイも、がんばなきゃ」
双太の言葉に、メイは毅然と答える。強いなと思った。
「分かった。おれも気をつけるよ。さあ、守。始めるぞ」
と、立ち上がり、双太は未だに肩を震わせていた守に声をかける。反応して向き直った彼の顔が涙で濡れている気がしたが、努めて気にしないようにした。
・・・
訓練は2対2の実践形式。組み合わせは双太とメイのコンビと、守と佳奈のコンビだった。三年前とは悪い意味でかけはなれた双太の状況を考えれば、相手が守が一人でもおそらくは勝てない。それでも双太がその組み合わせを提案したのは、少しでも昔の、芽依と組んでいた時の感覚を思い出すためだった。
「メイは後方支援と、佳奈の足止めを頼む。守とはおれがやる」
「うん。分かった」
すでに訓練は始まっており、佳奈はこちらへと真っ直ぐ疾駆し、守は泰然と動かない。エグゼ・フォーミュラを構えた双太は短くそれだけ言い、自らも正面へと疾駆する。
「きた――」
小さく呟くメイのエグゼ・フォーミュラは、空中に浮遊している銀色のキューブは四つだった。魔術は、火、水、地、空、霊の全五元素から成り立つ。彼女の扱う魔術は空と水に該当するが、物体を浮遊させるほどの重力操作を簡単に行えるのは珍しい。大概は隼人や佳奈のように、攻撃面か速度面にリソースを費やすしかないのだ。
「
言の葉と同時、それぞれのキューブを中心に青い魔方陣が描かれ、回転を始める。
「
言の葉と共に魔力は即座に収束され、キューブから細長い水の槍が四本、佳奈めがけて放たれる。
「
佳奈は加速しつつ、身を
「もう二つ、
しかし、メイも手を打っていたらしい。即座にキューブを正面と、佳奈の頭上へと移動し、次の水槍を放った。
「くッ!」
流石の佳奈もこれ以上は踏み込めず、体勢を崩しつつも強引にブレーキをかえて地を蹴る。安全地帯に逃げるしかなかったようだ。記憶がなくてもこのレベルなら、もし記憶が戻ればどんなレベルなのだろうかと考え、双太は背筋が震えた。
「
だからこそ、負けるわけにはいかない。即座に加速の術式を駆動し、唐突な
「来るか」
守は、決して下がらない。それが、双立都市最優の盾としての役割であるからだ。
、真っ正面から
「相変わらず、度胸のあるやつだ」
「僕は盾だからな」
舌を巻く双太に、淡々と応じる守。
同時、その瞬間を縫うかのようにキューブが一つ守の頭上に回り込み、
「
水の槍を放った。間違いなくメイのものだろう。佳奈と戦っていることだけは気配で分かるが、そんな状態でも双太に気を回す余裕が残っていたらしい。
「まだ甘いぞ」
しかし、守は眉一つ動かさずに右腕の
「でたらめだな」
同時に地を蹴り、距離をとる双太。加速の術式を解除、少しだけ目眩が軽くなった。
「あれくらいの魔力なら、術式なんていらないな」
対し、守は一歩も動かず返した。
「ムチャクチャだな」
重を除けば都市で一番強いであろう人間の言葉に、双太は苦笑を漏らす。訓練という名目があるので全員エグゼ・フォーミュラに威力制限を施しているが、それでも常人であれば骨に
「終わりか」
そして、その実力者が告げた。ここで辞めるのかと、逃げるのかと。短い言葉で、双太に斬りかかった。
「まさか」
対し、双太は
「これくらいで終わるなら、とっくに諦めてる」
右手を正面に翳した。自らの意志を証明するように、その手のひらを強く、壊れても構わないと言わんばかりの強さで握りしめた。
「
「そうか。僕も、妹を守るために戦うしかないからな」
「なら――」
「ああ、来い双太」
「
「
同時に術式を駆動する。
双太の右手に赤い炎が
地を蹴り、真っ向から炎剣を叩き込む。それを平然と守は弾き返し、双太を苦もなく後退させる。
力の差は歴然だ。守は手加減をしている。双太の攻撃は大したものではなかったし、本気の彼であれば初撃の時点でカウンターを返し、終わらせていた。それをせず、双太の攻撃に対してただ合わせているだけなのは、彼の実戦感覚を少しでも戻し、都市の戦力とするためだろう。願ったり叶ったりの事態ではある。
(よし・・・・・・)
実戦と考えればとっくに死んでいるが、リハビリとしては十分だろう。かろうじてといった形ではあるが、術式も一つであれば駆動できた。
ならば、もう次の段階に移っても良いだろうと双太は考えた。期限までの時間は限られている。短期間で感覚を取り戻すためには、突貫工事を行い続け、無理矢理馴染ませていくしかない。
だから双太は――
「
二つ目の術式を駆動した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
雄叫びを上げ、赤い光を纏いつつ双太が守に斬りつけ、守は岩剣で真っ向から受け止める。一見、何も変化のない状況だ。しかし双太は今の一閃で、守の足が後ろに下がったことを見落とさなかった。
このチャンスを逃す手はない。身体強化の術式を解除し、
「
後退しつつ左手に頭一個分ほどの火球を出現さえ、それを守目がけて振り放つ。
「・・・・・・!」
守は動じず、投げつけられた火球を岩剣で両断する。同時に火球が爆発して彼の身体を焼くが、
無論、双太もそんなことは予測済みだ。だからこそもう一度火球を生み出して守へと投げつけ、
「
炎剣の術式を解除し、次の術式を組み込んだ。言の葉と共に魔方陣が正面に出現すると、今度は紅蓮の炎が彼の腕を覆い尽くし、右手へと収束していく。
瞬間、鉄の味が口の中に広がった。精神的なものか、それとも肉体的なものかは定かではないが、構いはしなかった。死んででも勝つと自らを鼓舞した。それくらい、双太にとってもこの戦いは、魔術は、強い決意であった。それだけが、彼の中身だった。
だから、痛みを堪えて再度守に疾駆する。
同時、守の眼前で火球が爆裂するが、それでも動かない。必要ないと感じたのか、今度は岩剣まで消していた。
「来るか」
守が不敵に笑って、盾を構える。どんな術式が来ても魔術なしで迎撃してみせるという意思表示だ。絶対に吠え面をかかせてやろうと思った。そのための小細工だけなら、双太は誰にも負けない自負がある。
距離が詰まる。拳は届かず、けれど剣は届くという近いようで遠い距離。無論、守は双太が炎を使うと予想して盾を構えたのだ。分かりきっていても、双太がその盾を打ち破ることはできない。
分かっているからこそ、策を仕掛けた。双太はもう半歩、炎を使うことなく距離を詰め、
「
守の真っ正面で、赤い五芒星の障壁を出現させた。
「――
そして、収斂していた炎を変化させ、2メートルほどの大剣とした。爛々と輝き、ただ双太の右手で握られているだけで周囲を炎に包み、焼き尽くしていく。
術式の駆動と同時、双太は身体の軌道を少しだけ、斜めにずらした。もちろん守もその意図を察知し、即座に向き直ろうとするが、
「このためか・・・・・・!」
双太が先ほど展開していた術式が守の動きを微かに阻害し、盾の動きを遅らせた。
それはほんの、コンマ数秒に満たない時間に過ぎないが、十分だった。
さらに一歩踏み込みつつ、双太が
「――
守が咄嗟に出現させた青い障壁が、
それでも止まらない。勝負はまだ終わっていない。
「
瞬間的な加速を二重に行ってさらに距離を詰め、左手で守の右肘を掴み、盾を封殺する。
「これで――!」
そして次の瞬間、決着をつけるべくさらに術式を叩き込もうした右手を翳したところで、双太に異変が生じた。
「が・・・・・・」
唐突に、身体が言うことを聞かなくなり、糸が切れたように膝から崩れ落ち、地面に倒れてしまう。身が裂けんばかりの激痛が走り、思考も消し込ぶ。
「あ・・・・・・ああああああああああああああああッ!」
訳も分からず、打ちのめされるまま悲鳴を上げ、身体を何度も
しかし、それらの音、それの存在がまったく分からなかった。
ただそこには苦痛しか存在せず、いつの間には双太の意識は深い闇に飲み込まれていた。
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