編入Ⅱ
「メイさんは、いつから来るんですか?」
アルバイトでいつもと同じレジに立つや否や、結衣がポニーテールを揺らして一美に駆け寄りながら聞いてきた。
「えっとね、明日からだよ」
一美も他の人間に対しては無意識的に緊張してしまうが、結衣に対してけは比較的自然な態度で会話することが出来る。
「うん。楽しみ!」
と、元気な笑顔を浮かべる結衣を見ると、一美も少しだけ癒された。
メイをこの店のアルバイトに入れるという話は、
「どんな人?」
「えっとねー、元気な子かな」
背後では、西岡と双太が会話しながらエグゼ・フォーミュラの修理を行っている。どう考えても罵倒としか思えない言葉が飛び交っているので、隼人のものなのだろう。
「元気かー。一美おねーちゃんとは反対だね」
「そ、そうだね」
「でもねー、わたしは双太おにーちゃんには一美おねーちゃんみたいな落ち着いた人がいいと思うなー」
「え?」
予想外の言葉に、一美は思わず耳を疑い、
「わたしが、落ち着いてる?」
反射的に聞き返してしまった。
「うん!」
対して結衣は、満面の笑顔を浮かべている。一美が大人の女性だと信じて疑っていないようだ。困ったなと一美は思った。こんなに情緒不安定な女のどこが落ち着いているのか詰問したくもなったが、子ども相手だ。
「う、うん・・・・・・あ、ありがとう」
一美はぎこちない笑みを浮かべ、結衣の頭を撫でて誤魔化すしかなかった。
「でもね・・・・・・」
けれど、遠回しに結衣の言葉を否定する意味を含め、一美は言葉を紡いだ。
「メイちゃんね、まっすぐなんだ。わたしや双太くんはいつも余計なこと考えちゃうんだけど、メイちゃんは怖いくらいまっすぐで、明るいの」
その明るさが自分にもあればと、数え切れないほど呪ってきた。こんな自分でさえなければ双太を支えられたのに、縛り付けずに済んだのにと、何度も後悔してきた。
「まるで、太陽みたい」
一美は、太陽になれなかった。双太が焦がれ、双太を支えた太陽にはなれなかった。ただ側にいて、縛り付けることしかできなかった。
「すごいんだ。ほんとに」
だからその言葉は、嫉妬の言葉でもあった。
一美はメイが羨ましくて仕方がなかった。彼女のまっすぐさが、彼女の明るさが、何より彼女のような魔術師でさえ在れば、一美が双太の太陽になれたのかもしれなかった。一美は始め、魔術師が嫌いだった。双太という存在を受け入れることでようやく魔術師を赦すことができたのだ。だからこそこの三年間、一美は自分という人間の卑しさを、自分が魔術師でないことを何度も呪い続けた。
「一美おねーちゃん」
気づけばまた、泣きそうになっていた。結衣には気づかれてしまっただろう。
「・・・・・・ちょっと外すね」
それでも、今彼女がどんな心境かを話すわけにはいかない。この気持だけは、どんなことがあっても知られてはならない。
だから一美は、その場から逃げるしかなかった。
・・・
「一美おねーちゃん、だいじょーぶ?」
「うん。大丈夫だよ」
あれから一時間ほど、店長に許可をもらって休憩をとった一美は、店の裏で声を押し殺して泣いていた。それで全ての感情をはき出せるほど甘くはなかったが、いくらか平静を取り戻すことはできた。
「ほんとー?」
「そうだぞ。無理するな、一美」
双太もようやく修理が終わったのか、球体(デバイス)入りのプラスチックケースを右腕に抱え込んでレジに出てきた。
「双太おにーちゃん、終わったの?」
「なんとか間に合ったよ。隼人のやつ、覚えてろよ」
思わず一美は、小首を傾げた。何ともない言葉のはずなのにひっかかりを感じたのだ。
「えっと・・・・・・」
「来たみたいだな」
一美がそれが何かを確認するよりも早く、双太が呟き、同時に戦闘服姿の隼人が店に入ってきた。何故か今日は汗臭く、一美は眉を顰めてしまう。
「で、出来たか」
隼人は息も絶え絶えだ。
「出来た」
「ああ、良かった。やっと訓練に戻れる」
「お前何時間走ってた?」
「よ・・・・・・四時間だ。だ、大丈夫だ。これくらい・・・・・・どうって」
と、よろめきつつ隼人が歩み寄ってくる。はっきり言って、気持ち悪かった。
「確かに体力は大事だな、隼人」
「だろ?」
話を総合すると、エグゼ・フォーミュラのない隼人は訓練を行えず、どこかでぶっ通し四時間ほど走っていたらしい。一美のように訓練と無縁の世界にいた身からすると、全く理解できない話だった。
「お、お代だ」
と言って差し出された黄色いカードを双太は受取り、手早く処理を済ませてデバイスと共に受け渡す。
「また今度な」
「ああ、また今度」
そして二人は含みのある笑みを交わした。そのまま双太は奧に戻り、隼人は店を出て行く。
「一美おねーちゃん、おかしいよ」
「うん。おかしい」
この状況はおかしかった。双太と隼人はもっとギスギスしていたはずなのに、何故今回はこんなにもあっさりと事が進んだのだろうか。
しかし、一美がそのことを考えるより早く、
「あ、かずみー!」
今度はメイが店に訪れた。
予想外の来客に、一美はため息をはき出すしかなかった。
・・・
メイの来訪後、タイミングが良いからという理由で店長との顔合わせを行い、店の業務についても一通り説明し、片付けまで手伝ってもらった。メイは終始で好奇心旺盛だったが、勝手に物を触ったしないなど、今日だけでも少しずつ常識を学んでいるようだ。
「メイちゃん、カラオケどうだったの?」
三人で並んで歩く帰り道、一美が真ん中を歩くメイに対して、率直な疑問をぶつけた。一美はカラオケに行ったことがない。どんなものか興味があった。
「楽しかったよー。メイ、オンチって言われたけど」
「それはそうだろ。音楽なんかロクに知らないんだし」
「そうなのかな? とりあえずメイ読んだり叫んだりしてたけど」
それはもはや歌とは言えないだろう。そもそも音楽を聞いた記憶自体ないだろうから、無理もない話だが。
「メイちゃん、今度、わたしの好きな音楽聞かせてあげるよ」
「うん! メイも今日、いろんな音楽聞いって言われたよ! みんなで聞こう!」
「おれは、興味ないんだが」
と、不満げな呟きを双太が漏らすと、メイは素早く詰め寄り、
「き・く・の!」
と、鼻息荒く訴えた。
「双太くんもいい機会だし、ね?」
苦笑を浮かべつつ一美が言う。明らかに不満そうな表情を浮かべたが、メイが面倒くさいと考えたのか、少し間を置いてから「分かった」と頷いた。
「うん。じゃあせっかくだし、今夜聞く?」
「悪い。実はメイの登録処理がまだ片付いてないから、一度家に帰ったあとでかけるんだ。だから、時間はとれそうにない」
「そう、そうなんだ」
双太が誘いを断ることはあったか妙なひっかかりを感じ、一美は戸惑った。しかし、双太は「メイの登録処理」と言っていた。よく分からないが、昨日だけでは終わりらなかったのだろう。ならば嘘ではないだろうと、無理矢理自分を納得させた。
「ごめんね」
「い、いいよ! いつでも大丈夫だから」
メイまで神妙な表情で頭を下げてくるので、慌ててしまう。変だとは思ったが、追求する気にはならなかった。
「メイ、今日はどうだった?」
そのまま一美が黙り込んでしまうと考えたのか、それともメイを暴れさせないためにも先手を打とうとしたのか、双太が口を開いた。
「学校とか、いろいろあっただろ。不安とかなかったか?」
「メイね、やっぱり怖いよ」
意外だった。一美から見たメイは常識(こわいもの)知らずだったからだ。
「だよな」
納得するような双太の呟きに、胸がチクリと痛んだ。ずっと一緒にいたのにまだ理解できない、支えられてないということを再度突きつけられている気がした。
「なんにもないからね、メイ」
「おれもそうだった」
「そーたも?」
「メイに比べればマシだけどな。大事なもんぜんぶ失って、何をしたいのか、何をすればいいのか、分かんなくなったよ」
「そーた・・・・・・」
唐突に、メイが足を止めた。
一美も双太も驚いて足を止め、メイを振り返った。
メイは鞄を持ったまま両手を胸に重ね、一度大きく吸い込んでから、言葉を紡いだ。
「だいじょぶだよ」
それはどこか、メイ自身にも言い聞かせるような言葉だった。
「メイもなんにもなかった。でも、今日はとってもたのしかった! しあわせだった!
だから、だいじょーぶ! 空っぽでも、しあわせになれるよ! いろんなものをいれればいーんだから!」
けれどどこまで真っ直ぐで、二人の胸を打つ言葉だった。
「ああ、そうだな」
双太はどこか不器用な、けれども優しい笑みを浮かべ、
「うん。わたしも、そう思うよ。メイちゃん」
一美は苦笑を浮かべつつ、先ほどの自己嫌悪を恥じた。改めて、敵わないと思った。
・・・
帰宅後、すぐに夕食を済ませて久々の戦闘服に着替えた双太は、同じく女性用の戦闘服に着替えたメイと共に家を出た。
「きゅーくつー」
「すぐなれるさ」
不満げに呟くメイに対して双太は素っ気なく返し、
「急ぐぞ」
と言って、右腰の小型ショルダーからデバイスを取り出した。そのまま、それを掴んで正面に翳し、言葉を紡いだ。
「
同時、デバイスを中心に赤い魔方陣が描かれ、双太の右腕に赤い光が巻き付いていく。光は徐々に密度を増しながら形を変えていき、やがて双太の右肘から指先までを覆い尽くす甲冑となった。
「
即座に術式を駆動し、全身に赤い魔力を
「いくぞ――」
「え、そ――」
即座に
「そーたそーた!」
しかし当然、メイが双太の感覚など知る由もなく、訳が分からないと言わんばかりに抗議の声を上げる。暴れ出さないだけ上出来だと双太は思った。
「少し我慢しろ。練習がてらだ」
と言いつつ、適当なところに着地し、再度飛び上がって家を何軒と跳び越えていく。跳びつつ、昔屋根に着地しようとして風穴を開けてしまったことを思い出す。あの時は芽依や双太の両親だけでなく、一美と一美の父親まで集まって家主や都市長に謝ることになった。
(こんなに、変わるものなんだな)
三年前の自分、そしてこの都市に来る前の自分を思い出し、改めてそう思った。魔術を辞めるという選択肢を選べたのに、結局選ぶことができず、続けようともがいてる。
「そーたあああああああッ!」
「もう少しだ!」
申し訳ないと思うし、万全でさえあればもう少しゆっくりと動いていたところだ。だが、はっきり言って今の双太には余裕がない。術式こそ問題なく駆動しているが、魔力の流れは安定せず、気を抜けばすぐに術式が解けるだろう。頭痛や吐き気だって、気力でねじ伏せている。だからその後の悲鳴は黙殺し、双太は一心にある場所を目指した。
・・・
双立都市の隅に、半径1キロほどの大きな空き地がある。南西は都市防壁に覆われ、南には太陽光発電所、右には病院や福祉関係の施設が陳列しているエリアだ。十年前そこは開発予定の土地であったが、都市の経営が安定しないという理由で一旦見送りになって以降、ろくに整備も管理もされていない。以来、そこは使い勝手が良いという理由でまだ成人していない理由が自主訓練を行う場所として重宝されている。当然、整備も管理も行き届いない分状態は悲惨もので、所々にクレーターが穿たれていたり、雑草が生い茂っていたりする。
家から直進で約2キロの距離を2、3分で踏破し、双太は空き地のほぼ中央、戦闘服姿の佳奈や守が待っているところに着地を決めた。
着地と同時に身体を襲う衝撃に危うく体勢を崩しかけるも、すんでのところで堪える。体調面の不安やメイを抱えていたという状況が重なり、コンディションは最悪だった。
「早かったな。双太」
声をかけたのは守だ。傍らでは佳奈が心配そうな表情を浮かべており、よっぽど自分の体調が悪いのだろうなと思った。
「ああ、これくらいは、な」
言いつつ双太はメイを地面に下ろす。それで緊張が途切れてしまったのだろう。唐突に視界が揺れ出し、地面が段々近づいてくる。
自分に何が起きたかすら自覚するまもなく、双太は失神していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます