編入Ⅰ
「
朝のSHRで女性担任の紹介の元、制服に身を包んだメイは明るく言って、丁寧にお辞儀をした。その後、彼女からのメイの身の上について説明があり、そのままその場は切り上げられた。
すると、クラスにいる女子生徒が
「よう、双太」
双太に歩み寄り、声をかけてきたのはクラスメイトの田中大輔だ。中肉中背に坊主頭だが、双太と同じ帰宅部だ。
「なあ、一ついいか?」
「内容次第だ」
「メイたんを、デートに誘っていいか?」
反射的に双太は大輔の顔面を殴りつけたくなったが、かろうじて押さえることができた。
「なんだよー。なんか不満か? もうそーいう関係なのか」
「違う。ただの家族だ。それ以上でも、それ以下でもない」
大輔の軽口に対し、双太は自分に対して言い聞かせるようにいった。血縁はなく、書類上の家族でしかない。心まで繋がった本当の家族なるのはこれからだ。その
「訳ありに見えねーけどな。あんな楽しそうで」
メイに対して担任から話されたことは、「天月家の養子であること」、「アタラクシアから移住したこと」のみだ。「記憶喪失」のことは担任も把握しているが、余計な混乱を招くだけだと判断したのだろう。また、アタラクシアからの移住というだけで、その素性は自ずと知れる。この都市の人間であれば、まともな環境におらず、辛い境遇にあったことを理解できるだろう。
「不思議なやつだよ」
自分が都市に来た頃と照らし合わせるほど、何故あんなに笑っていられるのかが理解出来なくなり、思わず双太は口にした。
「だな。そして可愛い。お前もさ、小林じゃなくて、メイちゃんみたいなタイプがいいんじゃないか?」
「は? 頭沸いたかお前」
大輔が何を言っているか理解が出来ず、双太は冷たく言葉を紡いだ。
「一美は大切な仲間だし、メイは家族だよ。選ぶもんじゃない」
「いや、そーいう意味じゃなくだなぁ。あー、お前、彼女ほしいとか思わないのか?」
「彼女って・・・・・・」
考えたこともないなと、双太は首を
「イメージができないな」
だから、戸惑いを口にするしかない。
「んな難しくねーよ。小林いねえから言うけどよ、一緒に飯食ったり遊んだりして、楽しいとか、これからも一緒にいたいと思えれば、それはもう彼氏彼女の関係も同然だろ」
「分からない」
「ああ、あとセックスな。小林でかいもんな、おっぱい」
「確かにでかいが・・・・・」
昨日の記憶を
「あいつのすごいところは、そんなところじゃない」
けれど、ずっと一美と一緒にいた双太は知っている。彼女の強さを、その行いがこうして双太を救ってくれたことも知っていて、そのことが誇らしかった。
「お、言うねえ。やっぱお前ら夫婦か。もう籍入れてるんじゃないか」
「有り得ないだろ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「一美が誰かを選ぶとして、そいつがとんでもないロクでなしだったら、殺してでも結婚を阻止する。あいつはそんな、安い女じゃない」
「お前ちょっと怖いぞ」
「ほっとけ」
もちろん「殺してでも」というのは冗談だ。ただ、一美の選んだ相手が良い人間であってほしいのは、偽らざる本音だ。そのためにも、その日が来るまでは自分が一美を守らなければならない。あの日をきっかけに、一度はバラバラに砕け散った双太の心を、一美が必死につなぎ止めてくれた。もし一美がいてくれなければ、双太はその時点で死んでいただろう。それから三年間、随分と長い回り道をしてしまったが、ようやく決意を固めることが出来た。
双太は大輔と話しながら、小さく右手を握りしめる
その手は、二度も大切なヒトを守れなかったものだ。だから今度こそ守ってみせる、幸せにしてみせると、これから何度もこみ上げるであろう想いを確かめるよう、小さく、けれども強く握りしめた。
・・・
あの場所が、耐えられなかった。
一美が早々に席を立ち、廊下から教室の様子を伺うに至った原因はその一点に集約された。双太はクラスメイトと話しているし、メイはクラスの半数以上の女子から質問攻めにされていた。十数分我慢だと思っていたが結局その場の空気に耐えられず、今のように廊下か教室の様子を伺うことしか出来なかった。
(いいなあ・・・・・・)
思わず羨ましく思ったのはメイのことだ。 昨日と今日の会話、そして今の様子を見て、やはり自分とメイは違うなと思った。辛い境遇をものともせず、メイは明るい。一美と大違いで、芽依に近いタイプだろう。
(分かってるよ、わたしじゃないことなんか)
何度も自分に言い聞かせるが、それでも嫉妬と劣等感はごちゃ混ぜになったままで、絶えず胸を突き刺してくる。
(もし、メイちゃんが双太くんのこと、全部知ったらどうなるんだろう)
メイの心根は恐ろしく素直で、優しかった。自分と違って、人の痛みを理解出来る人間かもしれない。そうであってほしいと思う。一美にはどうしても、双太が魔術師と生きることを赦せそうになかった。だからせめて、双太が本当に決める時が来た際は、メイだけは味方でいてほしいと思った。
(わたしなんて、はじめからいらなかったんだから)
ごちゃ混ぜの感情を封じ込めようと、何度も何度もその言葉を自分に叩きつける。その度に溢れそうになる涙も痛みも、全て仕舞い込もうとした。
双太にだけは、こんな自分を見せたくはなかった。
・・・
「ねえねえ、そーた」
放課後、机で突っ伏している双太に話しかけてくるメイは、憎たらしいほど元気一杯だった。
「なんだ?」
沈んだ声で返しつつ、双太はゆっくりと顔を上げる。「えっとね!」と話しかけているメイの顔が近かったが、それを気にする余裕すらなかった。連日の寝不足と訓練、そして一日のほとんどが一美とメイの間で板挟みだったので、一睡も出来なかった。疲労と眠気がピークに達している。
「きょー、からおけにいっていい?」
「お前、カラオケって何か知っているのか?」
「知らない」
メイの即答に、双太は再度項垂れる。「どうしたのどうしたのー」とメイが双太の肩を掴み、揺すってくるが、抵抗する気力はない。
「メンバーは誰なの?」
と、流石に一美が見かねたのか、助け船を出してくれた。
「んーっとね・・・・・・」
顎に指をあて、メイは次々と覚えたての名前を列挙していく。その数十名以上とカラオケにしては大所帯だったが、その中に面倒見の良さそうな人物の名前を確認し、双太も安心した。
「大丈夫だな。あとでメールしておく」
「わかった-! じゃ、メイ行くねッ!」
と言ってメイは跳ねるように廊下に飛び出し、走り去っていく。どこか別の場所で待ち合わせしているのだろう。
「えっと、大丈夫?」
しばらくしてから、おそるおそるといった様子で一美が声をかけてくる。
「疲れた」
対して双太は素っ気なく返答し、一美も「だよね」と苦笑を浮かべ、言葉を続けた。
「芽依ちゃんよりも、元気だったね」
「おれは理解できない。あんな頭のおかしいやつあいつだけかと思ってたけど、どう贔屓してもあいつの方がメイより数倍マシだ」
双太と一美は
「明日には、落ち着くといいね」
「そうだな。一美、その・・・・・・な」
と言って双太は顔を上げると、照れながらも一美を真っ直ぐと見据え、
「助かったよ。お前がいてくれて、よかった」
その言葉に、一美は一瞬言葉を失うが、すぐにぎこちない笑みを浮かべ、
「大したことないよ」
と、沈んだ声音で答えた。
上手くいかないなと、双太は思った。不器用な自分では、どうしてもその表情に対して立ち止まってしまうばかりで、あと一歩の行動が踏み出せない。
(でも・・・・・・)
それでは今まで何も分からない。今が嫌だから変わろうと、踏み出そうと思ったのだ。だからこそ、今までのようにここで退くわけにはいなかった。一美が誰かと幸せになるその日までは、もう少しだけうまくやりたい。
「いや、お前はすごいよ」
必死に言葉を紡いだ。
「お前はすごい。おれなんかより、ぜんぜんな」
「でも・・・・・・」
考えていたことは全て投げ捨てだ。考えても結局言えないのなら、ただ思いつくまま、言ってしまえと思った。
「おれも変だから、一美みたいに、ちょっとだけでもまともな奴がいてくれて良かったと思う。おれが知っていること、分かっている常識だけじゃ、ぜんぜん足りないしな」
天月双太は、ずれている。そのことを、誰よりも彼自身が自覚している。
「お前が、おれの足りないこと埋めてくれてるんだよ」
「わたしなんてただ、わたしがどう思ってるか、わたしがどうしているかって教えているだけだよ」
「大事なことだろ。お前にしかできない」
少なくとも、同じ女性である一美の方がメイにとっては見習うべき存在だろう。メイまで無茶な訓練をしたり、一美に心配をかけてしまっては困る。どちらを選ぶにせよ、メイには双太のようにならず、日常も大切にできるような存在でいてほしかった。
「・・・・・・ありがとう」
ぽつりと、一美が呟く。その声音は戸惑ってはいたが、同時に安堵や微かな喜びのようなものも感じられ、双太は自然と頬が緩むのを感じた。
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