編入Ⅰ

天月あまつきメイ、15歳です。よろしくおねがいします!」


 朝のSHRで女性担任の紹介の元、制服に身を包んだメイは明るく言って、丁寧にお辞儀をした。その後、彼女からのメイの身の上について説明があり、そのままその場は切り上げられた。

 すると、クラスにいる女子生徒が双太そうたの一つ前にいるメイの前に一斉に群がり、質問攻めをし始めた。「今までどこにいたの?」、「この都市ってどう?」、「どんな術式が伝えるの?」、「アドレス交換しよ」などと、近いので嫌と言うほど会話は聞こえてくるが、別段メイが嫌がっている様子ではなかったので、あえて止めようとはしなかった。


「よう、双太」


 双太に歩み寄り、声をかけてきたのはクラスメイトの田中大輔だ。中肉中背に坊主頭だが、双太と同じ帰宅部だ。


「なあ、一ついいか?」

「内容次第だ」

「メイたんを、デートに誘っていいか?」


 反射的に双太は大輔の顔面を殴りつけたくなったが、かろうじて押さえることができた。


「なんだよー。なんか不満か? もうそーいう関係なのか」

「違う。ただの家族だ。それ以上でも、それ以下でもない」


 大輔の軽口に対し、双太は自分に対して言い聞かせるようにいった。血縁はなく、書類上の家族でしかない。心まで繋がった本当の家族なるのはこれからだ。そのに、自分は入れないだろうが。


「訳ありに見えねーけどな。あんな楽しそうで」


 メイに対して担任から話されたことは、「天月家の養子であること」、「アタラクシアから移住したこと」のみだ。「記憶喪失」のことは担任も把握しているが、余計な混乱を招くだけだと判断したのだろう。また、アタラクシアからの移住というだけで、その素性は自ずと知れる。この都市の人間であれば、まともな環境におらず、辛い境遇にあったことを理解できるだろう。


「不思議なやつだよ」


 自分が都市に来た頃と照らし合わせるほど、何故あんなに笑っていられるのかが理解出来なくなり、思わず双太は口にした。


「だな。そして可愛い。お前もさ、小林じゃなくて、メイちゃんみたいなタイプがいいんじゃないか?」

「は? 頭沸いたかお前」


 大輔が何を言っているか理解が出来ず、双太は冷たく言葉を紡いだ。


「一美は大切な仲間だし、メイは家族だよ。選ぶもんじゃない」

「いや、そーいう意味じゃなくだなぁ。あー、お前、彼女ほしいとか思わないのか?」

「彼女って・・・・・・」


 考えたこともないなと、双太は首をひねった。双太なりに恋というものに理解はあるし、経験もある。しかし、それが今とは結びつかない。一美と「一緒にいたい」とは思うが、それはかつて自分が芽依に対して抱いていた気持ちとは違う気がする。


「イメージができないな」


 だから、戸惑いを口にするしかない。


「んな難しくねーよ。小林いねえから言うけどよ、一緒に飯食ったり遊んだりして、楽しいとか、これからも一緒にいたいと思えれば、それはもう彼氏彼女の関係も同然だろ」

「分からない」

「ああ、あとセックスな。小林でかいもんな、おっぱい」

「確かにでかいが・・・・・」


 昨日の記憶を反芻はんすうしながら、双太は頷く。彼だって人並みに性欲があるし、年頃の異性の肌を見ればドキドキする。


「あいつのすごいところは、そんなところじゃない」


 けれど、ずっと一美と一緒にいた双太は知っている。彼女の強さを、その行いがこうして双太を救ってくれたことも知っていて、そのことが誇らしかった。


「お、言うねえ。やっぱお前ら夫婦か。もう籍入れてるんじゃないか」

「有り得ないだろ。ただ・・・・・・」

「ただ?」

「一美が誰かを選ぶとして、そいつがとんでもないロクでなしだったら、殺してでも結婚を阻止する。あいつはそんな、安い女じゃない」

「お前ちょっと怖いぞ」

「ほっとけ」


 もちろん「殺してでも」というのは冗談だ。ただ、一美の選んだ相手が良い人間であってほしいのは、偽らざる本音だ。そのためにも、その日が来るまでは自分が一美を守らなければならない。あの日をきっかけに、一度はバラバラに砕け散った双太の心を、一美が必死につなぎ止めてくれた。もし一美がいてくれなければ、双太はその時点で死んでいただろう。それから三年間、随分と長い回り道をしてしまったが、ようやく決意を固めることが出来た。 

 双太は大輔と話しながら、小さく右手を握りしめる

 その手は、二度も大切なヒトを守れなかったものだ。だから今度こそ守ってみせる、幸せにしてみせると、これから何度もこみ上げるであろう想いを確かめるよう、小さく、けれども強く握りしめた。

 

 ・・・


 あの場所が、耐えられなかった。

 一美が早々に席を立ち、廊下から教室の様子を伺うに至った原因はその一点に集約された。双太はクラスメイトと話しているし、メイはクラスの半数以上の女子から質問攻めにされていた。十数分我慢だと思っていたが結局その場の空気に耐えられず、今のように廊下か教室の様子を伺うことしか出来なかった。


(いいなあ・・・・・・)


 思わず羨ましく思ったのはメイのことだ。 昨日と今日の会話、そして今の様子を見て、やはり自分とメイは違うなと思った。辛い境遇をものともせず、メイは明るい。一美と大違いで、芽依に近いタイプだろう。


(分かってるよ、わたしじゃないことなんか)


 何度も自分に言い聞かせるが、それでも嫉妬と劣等感はごちゃ混ぜになったままで、絶えず胸を突き刺してくる。


(もし、メイちゃんが双太くんのこと、全部知ったらどうなるんだろう)


 メイの心根は恐ろしく素直で、優しかった。自分と違って、人の痛みを理解出来る人間かもしれない。そうであってほしいと思う。一美にはどうしても、双太が魔術師と生きることを赦せそうになかった。だからせめて、双太が本当に決める時が来た際は、メイだけは味方でいてほしいと思った。


(わたしなんて、はじめからいらなかったんだから)


 ごちゃ混ぜの感情を封じ込めようと、何度も何度もその言葉を自分に叩きつける。その度に溢れそうになる涙も痛みも、全て仕舞い込もうとした。 

 双太にだけは、こんな自分を見せたくはなかった。


 ・・・


「ねえねえ、そーた」


 放課後、机で突っ伏している双太に話しかけてくるメイは、憎たらしいほど元気一杯だった。


「なんだ?」


 沈んだ声で返しつつ、双太はゆっくりと顔を上げる。「えっとね!」と話しかけているメイの顔が近かったが、それを気にする余裕すらなかった。連日の寝不足と訓練、そして一日のほとんどが一美とメイの間で板挟みだったので、一睡も出来なかった。疲労と眠気がピークに達している。


「きょー、からおけにいっていい?」

「お前、カラオケって何か知っているのか?」

「知らない」


 メイの即答に、双太は再度項垂れる。「どうしたのどうしたのー」とメイが双太の肩を掴み、揺すってくるが、抵抗する気力はない。


「メンバーは誰なの?」


 と、流石に一美が見かねたのか、助け船を出してくれた。


「んーっとね・・・・・・」


 顎に指をあて、メイは次々と覚えたての名前を列挙していく。その数十名以上とカラオケにしては大所帯だったが、その中に面倒見の良さそうな人物の名前を確認し、双太も安心した。


「大丈夫だな。あとでメールしておく」

「わかった-! じゃ、メイ行くねッ!」


 と言ってメイは跳ねるように廊下に飛び出し、走り去っていく。どこか別の場所で待ち合わせしているのだろう。


「えっと、大丈夫?」


 しばらくしてから、おそるおそるといった様子で一美が声をかけてくる。


「疲れた」 


対して双太は素っ気なく返答し、一美も「だよね」と苦笑を浮かべ、言葉を続けた。


「芽依ちゃんよりも、元気だったね」

「おれは理解できない。あんな頭のおかしいやつあいつだけかと思ってたけど、どう贔屓してもあいつの方がメイより数倍マシだ」


 双太と一美は弟妹ていまいを相手にしているよりは、子どもを相手にしているような気分だった。とにかく行動が読めず、目が離せない。昨夜の一美との件もあったし、入浴後全裸でメイは双太の部屋に訪れた。今朝も下着姿のまま「これっでどう着るの?」と制服片手に飛び込み、双太を怒らせた。幸い双太の言葉を理解はしてくれたので、露出狂と思われかねない類の奇行は控えてもらえた。しかし、その後三人で通学する際も、授業中も何か目にするために双太や一美に聞いてくる状態だった。はっきり言って、身が持たない。


「明日には、落ち着くといいね」

「そうだな。一美、その・・・・・・な」


 と言って双太は顔を上げると、照れながらも一美を真っ直ぐと見据え、


「助かったよ。お前がいてくれて、よかった」


 その言葉に、一美は一瞬言葉を失うが、すぐにぎこちない笑みを浮かべ、


「大したことないよ」


 と、沈んだ声音で答えた。

 上手くいかないなと、双太は思った。不器用な自分では、どうしてもその表情に対して立ち止まってしまうばかりで、あと一歩の行動が踏み出せない。


(でも・・・・・・)


 それでは今まで何も分からない。今が嫌だから変わろうと、踏み出そうと思ったのだ。だからこそ、今までのようにここで退くわけにはいなかった。一美が誰かと幸せになるその日までは、もう少しだけうまくやりたい。


「いや、お前はすごいよ」


 必死に言葉を紡いだ。


「お前はすごい。おれなんかより、ぜんぜんな」

「でも・・・・・・」


 考えていたことは全て投げ捨てだ。考えても結局言えないのなら、ただ思いつくまま、言ってしまえと思った。


「おれも変だから、一美みたいに、ちょっとだけでもまともな奴がいてくれて良かったと思う。おれが知っていること、分かっている常識だけじゃ、ぜんぜん足りないしな」


 天月双太は、ずれている。そのことを、誰よりも彼自身が自覚している。


「お前が、おれの足りないこと埋めてくれてるんだよ」

「わたしなんてただ、わたしがどう思ってるか、わたしがどうしているかって教えているだけだよ」

「大事なことだろ。お前にしかできない」


 少なくとも、同じ女性である一美の方がメイにとっては見習うべき存在だろう。メイまで無茶な訓練をしたり、一美に心配をかけてしまっては困る。どちらを選ぶにせよ、メイには双太のようにならず、日常も大切にできるような存在でいてほしかった。


「・・・・・・ありがとう」


 ぽつりと、一美が呟く。その声音は戸惑ってはいたが、同時に安堵や微かな喜びのようなものも感じられ、双太は自然と頬が緩むのを感じた。

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