変わらぬ二人Ⅳ

 双立学園から徒歩十分ほどの距離に第一商店街という場所がある。

 そこには1~2階の規模でそれぞれ電気屋、レンタルショップ、八百屋など多種多様な店が並び立っている。双太と一美のアルバイト先、エグゼ・フォーミュラの専門店もその一角にあった。

 二人のシフトは平日の16時半~20時半までだった。内容としては、店長の指示に従いつつのエグゼ・フォーミュラの改良及び修理、レジや接客、商品(本体もしくはパーツ)の簡単な説明等であった。双太は主に店長と一緒に改良や修理の方を手伝い、一美は店長の一人娘である西岡結衣と一緒に他の業務を担当していた。基本的にはこのお店は店頭にほとんど商品を置かず、客に対してヒアリングを行い、それに応じて修理や注文、開発や改良を行うというスタイルをとっている。一美や結衣は謂わば、このお店における窓口で、肝心なところは双太や店長に投げる形になる。


「一美おねーちゃん、そろそろだね」


 と、隣に立っている結衣が言った。

 年齢は八歳で身長は百三十半ば程度、茶色のかかった黒髪をヘアゴムで束ねている。服装は水色のブラウスにカーゴのスカートと、シンプルながらも可愛らしい格好だった。彼女は双立学園の小等部に通っている。


「うん」


 結衣の返答に対して一美は神妙な表情を浮かべ、一度大きくため息をついた。

 時刻は19時半。いつも通りであれば、高等部の魔術訓練が終わり、何人かの生徒がこちらの立ち寄るころだ。お願いだから、桐原隼人だけは来ないでほしいと思いつつ、一美は正面の入り口を睨みつける。

 しかし、その願いは呆気なく打ち砕かれた。


「失礼します」

 と言い、扉を開けて入ってくるのは案の定隼人だった。今日は一人らしく、他の生徒の姿は見当たらない。


「い、いっらしゃいませー」

「いらっしゃいませ!」


 一美はぎこちない笑顔を浮かべ、結衣は元気よくあいさつをする。

 隼人は笑顔一つ浮かべず、彼女らに歩み寄る。そうして目の前まで来ると懐から球体デバイスを取り出し、レジに置いた。


「改良と交換を頼みたいんだ。双太を出して」

「き、桐原くん。ぐ、具体的な要望は?」


 傍らで「一美おねーちゃん、がんばって!」と結衣が小声で声援を送ってくる。一美はひきっつた表情を浮かべつつも、かろうじて言葉を重ねる。


「それがわからないと、お店としても対応が難しいんだけど」

「だから、小林みたいに分かんないのと話したって時間が無駄なの。その点、双太ならちゃんと話は通じるし、時間も短くて済む。ほら、ウィンウィンでしょ?」


 しかし、隼人はそのような一美の苦悩など一切汲み取ろうともせず、言葉を紡ぐ。

 瞬間、一美は頭に血が上るのを感じた。柄でもなく、本当に怒鳴りつけるか、平手打ちの一発くらいはお見舞いしたくなった。もちろんここで暴発するわけにもいかず、一美は一度大きく深呼吸し、自分を何とか落ち着ける。と、そこで背後から足音が響いた。


「・・・・・・隼人」


 幸か不幸か、姿を見せたのは双太だった。彼は薄暗い表情で一美の横に並び、隼人に「改良とスロットの交換か?」と問いかけた。


「ああ、とっとと頼むよ。時間が惜しいんだ」

「相変わらず、せっかちなやつだ」


 ため息をつきつつ双太はエグゼ・フォーミュラを受けとり、「二人とも離れてろ」と一美と結衣に目線で合図を送る。二人が後ろに引き下がるのを確認してから、


起動リリース


 とだけ、告げ隼人のエグゼ・フォーミュラを駆動させ、目の前にランスを構成させる。一瞬青ざめた表情を見せるも、その後は手慣れた操作でランスをレジの上に置くと、そのつばのパーツをドライバーで外し、開いた。中は術式のスロットカードを入れるところで、そこが黒く焼き焦げていた。


「お前、いい加減にしろよ」


 耐えきれず、双太は言ってしまった。これではもうスロットを交換するしかない。しかも、今月に入ってから二度目だ。もう少し道具を大切に扱ってほしい。


「仕方ないだろ。僕は加速しか使えないんだから」


 対し、隼人も退かずにまくし立てる。


「だいたい、もっと頑丈で軽いものはない? 使い物にならないよ。もっと速く動けそうなのに、こいつが全然ついてこない」

「お前が加速の重ねがけなんてムチャクチャするから、こっちも鎧とか冷却時間の短縮化とか、いろいろと余計なことをしなくちゃいけなくなったんだろ!?」


 加速の術式は多くの魔術師によって使用されるが、加速の術式を重ねがけするのは双太の知る限り隼人だけだ。それも当たり前で、加速の術式を扱うだけで通常の二、三倍の速度に跳ね上がるが、重ねがけすれば身体がもたなくなる。それを補うために双太と店長は必死に改良を施し、重ねがけによる加速に耐えられるよう、わざわざ全身を鎧で覆い尽くすような設定まで組み込んだ。そして、通常一度使った術式の冷却には十五秒を要するが、それを強引に五秒にまで短縮している。しかし、それでも隼人は懲りず、冷却しきるより前に術式を再駆動させている。それならば連弾式にしていくつでも扱えるようにすれば良いという話だが、それでは重くなってしまい、隼人の要望とかけ離れてしまうというジレンマだ。つまり、隼人の無茶ぶりである。故に、双太の意見は技術者としてはもっともなのだが、悲しいかな、現場との意見は食い違うのが常だ。


「うるさいな!」


 隼人も自分が幾分か無茶を言っている自覚があるからこそ、それ以上踏み込めはしない。


「とにかくとっとと治せ!」


 だからか、やけ気味にそう叫ぶだけだった


「わかったよ。とりあえず、スロットの交換だけはやっておく」

「お代は?」

「一万五千」


 双太は手を差し出す。途端、隼人は表情をしかめたが、制服の後ろポケットから渋々と財布を取り出し、名前が刻印された黄色のカードを手渡した。所謂電子マネーだ。硬貨や紙幣といった通貨も現存しているが、現在はこちらの方が主流だ。


「一美、あと頼む。おれはとっとと治してくるよ。とっととな」


 双太はカードを一美に手渡し、エグゼ・フォーミュラを両腕で抱え込んだまま奧に戻ろうとする。

 同時に、隼人がぶっきらぼうに言った。


「で、いつ戻るの? いつまで、引きこもってるの?」


 その言葉は、双太の胸に刺さった。深く深く突き刺さり、一瞬とはいえ呼吸を忘れるほどの痛みを覚える。


「……うるさい」


 かろうじて、絞り出すようにそう答えた。


「へえ」


 しかし、隼人も火がついてしまったのか、止まらない。


「でもさ、腹立つんだよ。双太みたいなの見てるのって。できるくせに、逃げている。したいくせに、できないって言う。関わりたくないんだろ、綺麗さっぱり何もかも捨ててやめちまえばいいだろ?」


 その言葉は鋭いナイフのように、双太の心を深く切り刻んだ。あまりにも辛辣で、どうしよもなく真理を突いている。言い返せるはずがない。


「それは……!」

 かばうように、一美が口を開き、


「一美……!」


 少しだけ強い声をそれを制止した。

 どうしてと言わんばかりに一美が双太を振り返るが、彼もただ沈痛な表情を首を振り、


「・・・・・・ごめん、隼人」


 そう絞り出した後は、もう逃げ出すことしか出来なかった。


 ・・・


 隼人の来訪以降、アルバイトは滞りなく終わった。

 隼人が去ってから、一美や結衣はずっと彼の悪口を言い、双太をかばってくれた。しかし、当の双太が自分を責めているから、居心地が悪くなる一方だった。結局、鬱蒼とした気持ちのままアルバイトを続け、一美と帰路に着き、家に帰り、夕食を食べ、入浴を済ませた。

 その後はしばらく、何もせずにぼーっと過ごした。


「引きこもっている、か」


 ふと過ぎった隼人の言葉に、ずきりと大きく胸が痛んだ。

 彼の言っていることは正論だった。理由はある。けれど、何をしたいか決まっているのに、逃げているのは双太だった。だからこそのその言葉は深く、突き刺さる。


「おれだって・・・・・・」


 だから、双太は行動せざるを得なかった。また同じことを繰り返すとわかっていたが、それでも動かずにはいられない。「止まるわけにはいかない」、「戦うしかない」という根拠のない衝動に身をゆだねる。

 ゆっくりと立ち上がり、自室の机の引き出しから赤い球体デバイスを取り出す。


「く・・・・・・」


 それを掴んだだけでひどい目眩を感じ、身体がふらついた。意地でそれを押さえ込み、


起動ベフライエン――」


 と、言の葉を紡いだ。

双太が告げると同時、デバイスを中心に赤い魔方陣が描かれる。同時にそれが鮮烈な光を放ち、直後彼の右肘から下は赤い甲冑に覆いつくされた。

 瞬間、視界が大きく揺れた。

 激しい痛みが頭を何度も打ち据え、双太は為す術もなく床に両膝をつき、胃の中身をぶちまける。


「う・・・・・・ぐッ・・・・・・!」


 視界が明滅し、一瞬、自分のはき出したものと床についている両手が赤く、血で染まっているかのように見えた。

 そう、血だ。自分の血ではない、誰かの血。例えばそれは、自分が守りたくて守れなかった人の血であり、自分を守ろうとした人の血であり、自分が殺してしまった人の血であった。

 断続的にそうしたトラウマが映像となって頭の中で再生される。ミユを殺した記憶、芽依を殺された記憶、そして一美まで失う未来。


「う・・・・・・」


 延々と、止まることなく、繰り返される。


「う・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 気が狂いそうだった。いや、いっそ狂ってしまいたかった。狂えば楽になれるなら、狂えば乗り越えられるなら、狂っても良かった。だが、忘れることだけは絶対にしたくなかった。例え楽になるとしても、それだけは絶対に嫌だった。

 何故ならば、失いたくなかったから。傷ついてほしくなかったから。殺したくなかったから。

 それらの気持ちだけは、決して嘘にしたくなかった。忘れてたくなかった。

 不意に、携帯が鳴り出した。

 おそらくは一美だろうと咄嗟に考え、反射的に双太はエグゼ・フォーミュラを停止させた。


「通話を、選択!」


 球体に戻ったエグゼ・フォーミュラを床に叩きつけ、携帯を取り出しつつ叫ぶ。

 案の定、携帯の画面には「小林一美」と表示されていた。双太は携帯をビデオ通話モードに切り替える。一美の顔を見れば、少しはマシになる気がした。


『あ、双太くん』


 目の前に一美が映し出される。丁度胸から上の部分が映っていた。寝間着姿のためか髪はまっすぐと下ろしており、普段よりも大人っぽく見えた。


「・・・・・・一美か?」

『うん。ごめんね、今大丈夫?』

「あ、ああ。大丈夫だ」


 ふと視線を落とし、床にぶちまけた吐瀉物に視線を向ける。臭いが残らないように早めに掃除をしなければと思った。そして、少し離れたところではデバイスがコロコロと床を転がってはいたが、努めて意識から追い出すようにした。しばらくは存在自体忘れていたかった。


『その……二つあるの。まず一つ目、さっきは好き勝手悪口ばっかり言っちゃってごめんね。一番辛いのは双太くんなのに、わたし・・・・・・』

「ああ、気にするな。むしろ、気が楽になったよ」


 双太の言葉に偽りはない。

 確かに隼人の言うことは正論で、だからこそ双太も今回無謀なことをした。けれど、同時にそんな自分を庇ってるくれる一美の存在がありがたく、心強かった。


「ありがとな」


 だから珍しく双太も、素直に礼を言った。


『う、うん。こ、こちらこそ』


 一美は戸惑いがちに笑みを浮かべ、『それで』と次の言葉を紡ぐ。


『二つ目。明日、芽依ちゃんの命日だよね? お墓参りどうする?』


 浜田芽依。十年前に出会い、三年前の襲撃で戦って死んだ人間の名だ。双太や一美のかけがえのない親友であり、双太のトラウマの一因でもある。決して忘れていたわけではなかったが、いつ行くかというところまでは思考が回っていなかった。そこは一美も同じだろう。だからこそ、双太に「いつにしようか?」と相談しているのだ。

 双太は数秒を思案し、考えを決定した。


「明日の放課後にしよう。守とか佳奈とか、もしかしたら隼人とも鉢合わせするかもしれないけど、その時は時だ」

『うん。しょうがないよね』


 一美の苦笑を浮かべる。彼女とて隼人とは顔を合わせにくいのだろう。


『あっ、結衣ちゃんどうする?』

「お母さんのこともあるしな。一応声はかけてみるか。店長にはおれから電話しとくよ」

『うん。わかった。双太くん、大丈夫?』

「大丈夫だ。心配するな」

『ほんとに? 嘘だったら怒るよ』


 まさか無理矢理エグゼ・フォーミュラを起動した挙げ句、胃の中身を部屋にぶちまけたなどと言えるはずがない。

 その後も双太はしつこく質問してくる一美を必死にやり過ごし、何とか十分程度で電話を終わらせる。その後せっせと部屋の掃除に取りかかった。

 頭はガンガンと痛く、視界は揺れ、気分も悪い。部屋の電気を切っていたので上手くごまかせたが、さぞかしひどい顔をしていただろう。のみち明日にはばれ、一お説教を食らう羽目になる。

 双太は重々しく、憂鬱なため息をはき出した。

 前途多難だったが、それも変わらず、いつも通りのことであった。

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