変わらぬ二人Ⅲ
双太たちと別れた後、佳奈は教室に立ち寄って鞄を取ってから、学園内のおける魔術師の訓練所、
既に準備体操を始めている人たちにあいさつだけ済ませ、佳奈は足早に奥の更衣室に入る。
手早く制服から魔術戦用の戦闘服――黒を基調に、身体のラインに沿って白いラインが施され黒い長袖とハーフパンツに着替えた。
そのまま練武館に戻り、
「よろしくお願いします!」
と、大きな声で言ってから再度輪の中に入っていく。
「
と言い、真っ先に視界に入った幼なじみの川上守――百七十程度の背丈に大柄な風貌の少年に声をかける。男性用戦闘服、黒い半袖と長ズボンの守は「分かった」と短く答え、構えた。
最初は組み打ちの訓練だ。二人一組でペアを組み、攻守を入れ替えて基本の動作や術式の訓練を行う。
「わたしが先?」
「ああ、いつも通り頼む」
「うん。分かった。それじゃあ――」
淡々とした言葉に佳奈も頷き、
「「――
詠唱を行い、佳奈は両手にトンファーを、守は右手に直径一メートル程度の青い
そうして十数度、時間にして1時間程度訓練を行い、その後1時間はそれぞれのグループに分かれて(例えば佳奈は近接戦闘を担当する戦闘班、守は防衛を担当する防衛班)、それぞれ個別の演習を行った。例えば佳奈のグループは最前線で戦うことを想定しているため、肉体強化や加速など、長く、速く動き続けるための術式を重点的に学んでいた。
そうして、あと一時間は模擬戦の時間だった。佳奈は迷わず、自分のグループの隊長である
周囲からすればいつも通りの風景で、申し込まれた本人もあっさりと頷いた。
「じゃー、とっとと始めちゃいましょう」
同じグループであり、佳奈のクラスメイトでもあるポニテの少女、笠原
「小島さん、ここのところ毎日だね」
双立学園戦闘班隊長の隼人は呆れたように言った。
細い長身に眼鏡をかけ、整った顔立をしたイケメンだ。一言多いというか、性格的に少々きついところがあるため、学園内の女子から良い噂は聞かない。佳奈とてそれが人一倍努力しているが故の反動と重々理解はしているが、それでも隼人に対して憧れはしても、恋慕の情は一切沸かない。
「今日こそ、勝ちますよ」
「よく言うよ。いつも通り、返り討ちにするけどね」
佳奈が気合いを入れて言ってみれば、案の定素っ気なく答える。もっと素直かつ謙虚になれば周りからも信頼されるだろうにと、佳奈は内心苦笑を漏らした。
「それでは両名、戦闘開始!」
と、有香が大きく声を振り上げ、右腕を振り下ろす。
それが開始のゴングだった。
「
「
同時、佳奈はエグゼ・フォーミュラを発現させ、隼人は起動させた。
握りしめていた球体から隼人が右手を離すと同時、それを中心に光が巻き、瞬時に1メートルほどの
「――
「
武器というより、鎧という名が相応しいものを駆る隼人は淡々と加速の術式を駆動し、佳奈は反射的に防御の術式を駆動した。
佳奈の正面に魔方陣が描かれ、隼人も魔力が爆ぜる轟音と共に
衝突と同時に鳴り響く金属音、周囲を震わすほどの衝撃。
「ぐッ!」
結果、弾き飛ばされたのは佳奈だ。そのまま背後の壁に叩きつけられる。
隼人は失速しつつも、狙いは逸らさず、佳奈に据え、尚も突撃する。佳奈は咄嗟に転がりつつ回避し、
「
回復の術式を使い、ダメージを瞬時に回復させつつ体勢を立て直す。隼人はぎりぎりで
「
さらに加速を重ねた。
「
対し、佳奈も加速を行い、すんでのところで回避する。
一瞬で隼人が跳ね返り、再度佳奈に突撃をしかける。
「
佳奈の正面に魔方陣が描かれるも、今度はあっさりと砕かれる。
しかし、それは想定済みだった。むしろ、少しでも隼人が失速すれば御の字。最初から、この手こそ本命だ。
トンファーを強く握りしめる。同時、魔力がトンファーを覆い尽くし、佳奈の周囲に風が巻いた。
「
術式を駆動。叫びと共にトンファーを振り抜く。
魔力が爆ぜ、風が荒れ狂う。名の通り、相手を噛み千切る風の牙と化した佳奈は一直線に隼人とぶつかり合う。
轟音、衝撃、拮抗。
練武館が揺れ、震えた。
形勢は佳奈が有利だった。彼女はあらん限りの力を込め、さらに魔力を注ぎ込む。
対し、隼人はやや苦悶の表情を浮かべてはいたが、すぐに無表情になり、小さく、囁くように唇を動かした。
「
この局面での更なる加速。未だ佳奈の方が優勢だが、これ以上加速されるのは危険だった。だから佳奈は無我夢中で魔力を注ぎ込み、一瞬でも速くこの戦いを終わらせようとする。
しかし、隼人もしぶとい。一歩も退かず、それどころか少しずつ押し返しながら、勝機を掴もうとしていた。
「くッ!」
苦悶の声を漏らす佳奈。けれど、どうしても勝ちたかった。
佳奈は三年前まで、魔術師から身を退いていた。双太や守と同様、本来は魔術師であったが、おちこぼれでもあった彼女はエレウシスから処分される寸前で、アタラシアの部隊に救われた。以来、魔術と関わらぬまま平穏に過ごしていた。けれど、三年前の襲撃を境に思い知った。それは逃げだったのだと。本当に誰かを守りたいのなら、何も失いたくないのなら、自分で戦うしかないのだと。
その日から、無我夢中で走り抜けた。
もちろん、自分の努力が至らないことは理解している。
少なくとも、
「あッ・・・・・・ああッ!」
それでも、勝ちたかった。
自分は成長していることを、前に進んでいることを、強くなったことを、少しくらい胸を張れるようになりかった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
だから勝ちたかった。勝ちたくて、必死に戦い続けた。
しかし、結末は無情だった。
「
紡がれたのは再度の加速。今度こそ拮抗は破綻し、佳奈は為す術もなく吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられて失神した。
「しょ、勝者! 桐原隼人!」
ジャッジが下ると同時、戦闘空間が解除される。
同時に、審判の有香をはじめとした数人の生徒たちが佳奈に駆け寄っていった。
そんな中、隼人は床に片膝をつき、ランスを支えにして大きく息を荒げていた。彼も彼とて余裕はなく、一歩間違えれば本当に負けていた。
(まさか、あの臆病な小島さんがまっすぐ突っ込んでくるなんて。双太の影響か?)
予想外の辛勝に思考を巡らしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「強くなったな」
振り向くとそこには守がいた。その、どのようにでも受け止める言葉に対し、隼人はむすっとした表情を浮かべ、
「まだまだ、これからだよ」
と、ぶっきらぼうに言うのだった。
彼らしい不器用さであった。
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