明日Ⅱ
未恵に手を引かれるまま孤児院に入り、玄関付近で受付を済ます。すると案内用の人型ガイドロボットが現れ、それについてくまま廊下を歩き、階段を上って、大教室と言われる広い部屋に入った。今時珍しい黒板が備え付けられ、後ろ半分は木製の椅子や机が一定の間隔で並べられている。だが何よりも驚いたのはそこの人数だ。職員と思しき数人の女性の他に、子どもが二、三十人いる。そんな人数を目の当たりにするのも初めてだったが、それが例外なく、どこか同じ匂いを感じるのが意外だった。彼らは全て、魔術師なのだろう。
「お久しぶりです。
真ん中にいた女性に対して、未恵が丁寧にお辞儀をする。黒髪のボブヘアーに眼鏡、少しふっくらした身体に、白のブラウスと青いロングスカート、黄色いエプロン。未恵同様そんなに偉そうな人間には思えない。だから双太も頭を下げて良いか分からず、なんとなく相手の姿を凝視し続ける。
「ええ、お久しぶりです。半年ぶりですね」
「はい。すみません、本当はもっと早くお伺いしたかったんですが」
と、おそるおそると頭を上げながら、未恵は答える。先ほどと比べ、表情も言葉も固い。緊張しているのかもしれない。
「仕方ないです。大変だったんでしょ。あなたが、
と、柔和な微笑みと共に言葉が向けられ、双太は渋々と頷いた。
「私は高島良子。ここの院長を務めています」
と言ってしゃがみ込むと、優しく彼の頭を撫でてきた。温かく、優しい人だなと思った。半年前までは絶対に抱かなかった思いだ。良くも悪くも、人間らしくなっているのかもしれない。
「おれは、双太」
気恥ずかしさを感じつつも、言葉を絞り出す。
「こんにちは」
頭をなで続けながら、良子が言葉を紡ぐ。
「何か、聞きたいことはある? なんでもいいのよ」
「ここにいるのはみんなエレウシスのマジュツシなの?」
「半分以上はそうね。大丈夫、みんな良い子たいなんだか、きっと友だちになれるわ」
「友だち」なんて要らないという気持ちは、心の内に閉じ込めた。だから次の「紹介しようか?」という言葉も、忸怩たるものを感じながら頷いた。
「
良子が手を離し、子どもたちの一人に声をかける。
元気な返事と共に現れたのは短い赤髪の女の子だった。半袖にショートパンツという格好だ。背も双太より15センチほど高く、年上であることだけは分かった。
「あたしは暁。年は10歳。あなたは?」
「双太、5歳。エレウシス出身」
「どうだっていいって」
「なんで」
「つまんないことよ」
内心腹が立ち、お前に何が分かるだと言おうとした瞬間、「ほらこっち」と腕を掴まれて子ども達の中心へと連れて行かれる。途中で引き離そうとしたが、暁の力が強く、振りほどけない。よく見たら右手が
どこから来たとか、エグゼ・フォーミュラの型とか、術式の種類や数とか、どうやって脱走したのか、向こうはやはり辛かったかとか、家族ってどんな感じかとか、その他諸々どうでも良いことを聞かれ、一段落するまで2、3時間を費やした。話すことがこんなに疲れるとは思わなかった。
…
イーサンという銀髪の男の子に決闘を申し込まれたのは、まさに質問攻めの直後だった。何でも、将来強い魔術師になるために、少しでも多くの相手と戦いたいらしい。気晴らしとしては丁度良いだろうと考え、双太も快諾した。
十メートル程度の距離を持って、双太は相手と相対する。
孤児院の中に小さな広場があり、孤児院の子ども達はよくここで模擬戦をしているらしい。ギャラリーは暁を含めた数名の子どもたちに、未恵や良子といったところだ。
「セッティングは?」
イーサンが声をかける。彼の左耳は円形の機械で覆われている。双太だけでなく、未恵や良子、他の子どもも同様だ。初めて見たものだが、その機械は新型のARゲーム機で、スポーツだけでなく、魔術戦にも対応しているらしい。今回は、双太とイーサンが対戦者、他の人間が観戦者として同じ
「いいよ」
基本的な感覚は実際の魔術戦闘と同じという話だったから大丈夫だろうと考える。設定もほどほどに済ませ、双太はイーサンに告げる。
「――ホンキできてね」
「わかった」
その言葉が終わると同時に、戦闘開始という文字が二人の前に現れ、弾け飛ぶ。
「リリース――」
「ベフライエン――」
解放の呪文を告げると共に、双太の右手には剣が、イーサンのそれぞれのの手に拳銃が出現する。不思議なことに、腕にはきちんと重みが伝わり、魔力が通っているような感覚がある。ゲーム用に機械が信号を送り込み、その感覚を再現しているのだが、双太にそれが分かるはずもない。なんとなく、視界の右上にある緑のバーが体力で、その下の青のバーが魔力なんだろうなと思った。
「シューティングッ!」
イーサンが叫ぶと同時、両手の銃から光弾が放たれてる。
「シルト」
目の前に不可視の障壁を展開し、難なくそれらを防ぐ。みると青のバーが三分の一ほど減っている。魔力の消費量が現実と違うだろうと思いつつ地を蹴り、イーサンに接近。
「シューティングッ!」
「スターク!」
またさっきの光弾かと思い、今度は身体強化の術式を駆動する。距離としては1メートルもないが回避はできる。銃口を避けるよう小さく横に、跳ぶ。
「くッ!」
しかし予想に反し、銃口から放たれた光弾は小さいながらも無数に分裂し、その半数以上を全身で受けてしまうことになる。
体力のバーが9割をきり、視界が赤くなってぐらつく。身体強化をしていなければゲームオーバーだった。律儀なことに、銃弾を受けた箇所はそこそこ痛い。すごいゲームだと思った。
「ブースト」
迷わず加速の術式を駆動。今度はイーサンが撃つよりも早く動き、そのまま彼の首目がけて剣を振り抜いた。
悲鳴もなく、イーサンが膝をつく。同時にゲームエンドの文字が中央に飛び出し、双太の持っていた剣も消える。ゲームが終わると痛みも剣の重みもさっぱりなくなり、夢から覚めたかのような心地だった。
「つよいね」
立ち上がりつつ、悔しそうにイーサンが言う。
「おまえもな」
双太はそっぽを向きながら言う。エレウシスの模擬戦から考えると、勝ったのは随分久しぶりな気がする。嬉しい気持ちも当然あったが、たかだかゲームの話だけに、心中は複雑だった。
「また、やってやるよ」
相手と目を合わせずに、言う。
「ああ、こんどは負けない」
と言い、イーサンが右手を差し出す。「なんだそれは?」と顔をしかめ、口を開こうとした瞬間、
「たのもぉぉぉぉぉッ!」
突然、暁の隣にいた子どものうち一人が大声を上げ、大股で歩きながら二人に近づいていく。
自分と同じくらいの男の子に見えた。短い黒髪に半袖半ズボンといった容姿で、見た目通り人一倍元気そうだ。というか、質問攻めの最中一番うるさかった記憶がある。
「もぎせんか?」
「うん、ボクもやりたいッ!」
「
「やってみなきゃわかんないよ。だいじょぶ、いーくんのカタキはとるから!」
と言い、芽依と言われた子が機械を操作して双太に決闘を申し込む。
目の前に決闘の受けるか否かのメッセージが現れると同時、双太は無言でイーサンに視線を送る。彼もため息をつき、めんどくさそうな表情を浮かべていたが、それだけだ。すぐ走り出し、暁の近くまで退避した。
早く終わらせるようと考え、決闘を受諾する。
戦闘開始が告げられる。
「リリース!」
「ベフライエン!」
双太は右手に剣を、芽依は両の手にそれぞれ片刃の剣を出現させる。
(剣がふたつ?)
エレウシスでも見たことがないスタイルだ。迂闊に飛び込むのは危険かと考え、まずは剣を正眼に構えたまま、相手の出方を伺う。
芽依の足が動く。
斬りかかってきたらまず防ごうと考え、身体強化の術式を駆動させ――
「あッ」
「え……」
ようとしたのだが、唐突に、芽依が体勢を崩してすっころんだ。ろくな受け身もとらず、顔面から地面にダイブした。こんなに情けない転び方は初めて見た。
「は?」
自体が飲み込めず、茫洋とした刹那、芽依が立ち上がり、すばやく距離を詰める。
(しまッ――)
油断した。完全に
「たぁぁぁッ!」
叫びと共に銀閃が二つ、走った。
しかし、「ゲームエンド」の文字は飛び出さず、体力バーも全く減っていない。その変わり、真横で何かが倒れるような音が聞こえた。見れば、芽依がまた顔面から地面にダイブしている。力任せの斬撃で、体勢を崩してしまったらしい。
拍子抜けだなと思いつつ双太は剣を構え、芽依の首に振り下ろすと、ゲームエンドの文字が中央に飛び出した。今度は間違いない。
(よわいな・・・・・・)
双太自身、エレウシスで最弱の部類だったが、それでも芽依の弱さというか、素人臭さは群を抜いていた。戦闘で自発的に転ぶことも、自分の攻撃で態勢を崩すこともあり得ない。芽依という人間には、自分すら優秀に思えるほど、壊滅的にセンスがないと思った。
「もう一回!」
と言って立ち上がり、再度決闘を申し込んでくる。
ため息混じりに、受諾した。
「双太ー! 芽依はしつこいから、早めにギブアップしたらー!」
と、暁が言葉を投げてくる。ほとんどの子どもが芽依を「がんばれ!」と応援しており、ただ一人、イーサンだが苦笑を浮かべていた。彼の表情を見ると、「芽依は話にならない」といった言葉が脳裏を過ぎり、納得する。負ける可能性はないし、何度か勝てば向こう諦めるだろうと甘く考えていた。まさか、あんなことにはなるとは夢にも思えなかった。
・・・
息が上がり、剣を振るう両腕がどんどん重くなってきた。身体も汗だくで、動きも1時間前より鈍くなっている。疲労という観点では芽依も同様だろうが、土まみれの分、向こうの方が悲惨に見える。
斬撃を振るうと共に、芽依が膝をつく。ゲームエンドの文字が浮かび上がり、合わせて戦績を示す文字が浮かび上がってきた。「25勝0敗」、それが二人の差だった。実際、殆どは芽依の自滅に等しく、戦う以前の問題であることは否定できない。
「まだまだぁッ!」
しかし、闘志だけは双太のそれを遙かに凌いでいた。
再度決闘の申し込みが入り、双太は思案する。芽依はおそらく、どんなにボロボロになろうとも決闘を申し込み続ける。普通の模擬戦であればとっくに戦闘不能になっているだろうが、生憎とこれはゲームだ。どちらかが折れない限り延々と続くだろう。初めはこんなやつに負けるなんて恥だと思ったが、もうどうでも良くなってきた。戦うことに、疲れてきた。
ため息をつきつつ双太は決闘を拒否し、両手を挙げる。芽依は意味が分からず首を傾げていたので、「こーさん!」と少し声を荒げて付け加えた。
「じゃあ、ボクの勝ち!?」
「それでいい」
「やったぁッ!」
と大きくガッツボーズすると同時、芽依は膝から崩れ落ち、そのまま地面に転がる。やはり限界だったらしい。
「うれしいの?」
大の字になったところで上から覗き込むと、芽依は満面の笑みを浮かべている。その無邪気な姿が、少しだけ羨ましかった。
「いつもこうなの?」
「だって、ボクは女の子だけど、男の子には負けたくないしね」
「そうか」と頷く。彼も彼なりに真剣で、負けたくないという気持ちがあったのだろう。負けることに慣れ、目標を持たなかった双太にはない眩しさだ。
と、そこま考えたところではたと思考を止める。芽依の言葉に、何故か強烈な違和感を感じた。まさかとは思いつつも、双太はおそるおそると言葉を紡ぐ。
「お前、おとこ?」
「ちがうよー! ボクはおんなだよッ!」
「・・・・・・・・・・・・」
どうやら、ずっと勘違いしながら戦っていたらしい。仕草も服装も髪型も男っぽいから完全に誤解していた。それを認識した途端、猛烈に恥ずかしくなってきた。
「そうはみえない」
「ひどいよ-! たしかにボクも、なんでちんちんついてないんだろうって思ったけどさ!」
その後長々と言い争いが続いた。
思えば、そんな経験すら初めてのことだった。こんなに怒る日が、恥ずかしがる日が、感情を表に出す日が来るとは思ってはいなかった。
魔術師ではなく、人間としての天月双太。ここがその始まりだった。
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