未来Ⅳ

 それから数日間、双太そうたはミユのところには行かず、隙間時間を全てデータベースの検索に費やした。

 想像した以上に、名前は難しい。当初はミユのイメージに合わせてフランスやアメリカから引っ張ってこようと思った。しかし、日本語しか使えない双太には至難の技で、結局日本に落ち着くも何通りのパターンがあり、選定は困難を極めた。一度未恵にも相談し、幾つか候補を答えてもらったが、どれもぴんと来ない。

 最終的に徹夜で悩み抜き、何とかしっくりと来るものを選定した。

 結局自分の願望となってしまったのは、仕方がないと思った。


 …



「ミユ、おれだ」


 数日前と同じようにミユのカプセルに近づき、ノックする。

 緊張からか心臓がバクバクとうるさく、落ち着かない。こんな経験は初めてだ。冗談抜きで、明日死ぬかもしれない。

 幸い、カプセルはすぐ開き、ミユが上体を起こしてきた。少しだけ顔色が悪いことには気づいていたが、逸る気持ちは抑えきれず、自然と言葉を紡いだ。


「ミユのナマエ、かんがえた」

「ん……」


 ミユが頷く。


「美しいと優しいっていう文字をかけあわせて、美優ミユだ」

「?」


 そして案の定、小首を傾げた。


「……イミ、わからない?」


 おそるおそると聞いてみると、ミユはコクコクと頷いた。予想外の事態に、心臓はさらに早鐘を打ち、顔が沸騰したかのように熱くなった。調べた手前どんな意味かは説明できるが、それはほとんど告白を意味していた。


「……しりたい?」

「ん」


 確認しても、ミユは変わらず頷くだけだ。

 こうなっては、腹を括るしかない。


「美しいっていうのは、キレイで、かわいいってことだ」

「……ぁ、たし?」


 率直に告げるとミユまで真っ赤になって、自分を指さしながら確認してくる。双太がコクコクと頷いて、肯定の意を返した。途端に「ゥゥ……」などと訳の分からない悲鳴を上げ、ミユがそっぽを向いてしまう。

 しばらく、沈黙が流れた。


「…………」

「…………」


 ちらちらとミユが双太の顔に視線を向けるが、一向に口を開く気配はない。


「……えっと」


 このままでは埒が明かないと考え、やけっぱちな自分の思いを吐き出した。


「ミユのカミ、キレイだ! 肌もとーめいで! 目もキレイだ! だから美しいって思った!」


 言った瞬間、嫌われる可能性が頭を過ぎって、後悔する。それでも、少しでもミユが喜んでくれる可能性があるならと、必死に願いを告げた。


「優しいは、ダレかがだいじってことだ。ミユが、おれとのジカンをダイジにしてくれるとわかる」


 胸に右手をやり、拳を強く握りしめた。生まれて初めての感情、形では到底表せぬ不透明な何か、機械ではなく、人間として生き始めた思いをもう逃がすまいと、強く掴んだ。


「おれ、ミユと会えてよかった。おれ、ミユのおかげであったかくなった」


「だから」と、迷いながらも、戸惑いながら、最後まで駆け抜けた。


「美優ってナマエは、すごくいいと思うよ」


 その言葉を受け、ミユは真っ赤なまま硬直し、少ししてからぎこちなく、けれども嬉しそうに頬を緩ませ、


「ありが、と」


 たどたどしく、けれども真っ正面から双太を見据えて、答えてくれた。

 生きていて良かったと思った。


 …


(「美しい」に、「優しい」で、美優)


 データベースにアクセスし、自分でも言葉の意味を調べてみる。双太はあんなに自分のことを褒めてくれたが、やはり不相応な気がした。金髪は浮いている気がするし、目の色は自分では分からない。白い肌もそのまま自分が弱いことを表しているように思えた。

 けれども、自分のことをそう思ってくれたのは明白で、かくあれかしという願いを、彼だけが刻んでくれたのだ。それは誰もが持つべき当たり前の営みで、祝福で、ミユが諦めていたことだった。


(そーちゃん。ありがとう)


 だから彼女は弾む気持ちのまま、瞳を閉じた。

 今日は、良い夢が見れる気がした。

 それが、彼女にとって最後の幸福だった。


 …


 ミユと出会ってから、1ヶ月が経とうとしていた。

 足繁く双太は彼女の元に通い、いろんな話をした。外の世界の話、ある物語の話、魔術の話、自分の名前の話、データベースから話題をかき集め、思いつく限りのあらゆる話をした。どれも新鮮で、楽しく、幸せだった。


「美優、おれだ」


 だからいつもにように双太は彼女の元に訪れ、カプセルをノックした。

 そして、カプセルがすぐに開け放たれ、ミユが姿を現した。


「美優……あのな」


 嬉しそうに笑顔を浮かべ、そして不意に生じた違和感に、思わず口を閉ざした。


「そ、ちゃん?」


 ミユは理由が分からず、小首を傾げるばかりだ。


「…………」


 構わず、ミユを凝視する。

 いつもと同じ黒いスーツに、短い金髪と白い肌。そして、右腕だけでなく、左腕も包帯に包まれていた。


「美優……ひだりても……」


 かろうじて絞り出した声は今にも消え入りそうなほど弱々しかった。何故と考えた。あんなのに楽しかったのに、あんなに幸せだったのに、何故こんなに悔しいのだろうと、胸が痛いのだろうと思った。


「ベ、ン……り」


 それでもただ、ミユはぎこちない笑みを浮かべた。「便利」という言葉でその腕を取り繕い、肯定した。


(なんだよ……それ)


 訳が分からないと、ミユに対して怒りすら込み上げた。初めて会った日とは違う。あの時は他人だったから無関心を装っていられた。けれど、今はもうミユを好きになってしまった。失いたくないと思ってしまった。


「どうしてへーきなんだッ!」


 だから、怒鳴らずにはいられなかった。


「こわくないのかッ!?」


 このままミユが自分の知らないミユになっていくことが、いつか消えてしまうことが、怖かった。いなくなることがどんなことか、双太にはまだ分からない。考えたくもなかった。


「しっ、ぱぁい」


 対し、ミユは困ったように笑みを浮かべる。

 自分は失敗作だから仕方ないのだと、気にするなと、まるであやしているようだ。


「でも……ッ!」


 拳を握りしめ、必死に言葉を絞りだそうとした瞬間に、不意に頬から冷たい感触が滴り落ちた。見れば床に小さな染みが出来ている。少しずつ、その上に雫が落ちては、染みを広げていった。


「こ、れ……?」


 わけが分からない。絞り出す声がみっともなくしゃくれ、視界がどんどん濁っていく。何も言葉にならない。言葉にしなければならないこと、伝えたいことがあるのに、頭が真っ白になって何も出来ない。勝手に喉が甲高い、自分のものかも分からない金切り声を上げる。それでも伝えようとミユを見据え、言葉を絞りだそうとする。好きだから、大切だから失いたくない、と。もう傷つかないでほしいと。それだけを伝えたかった。ミユが傷つくとこんなに苦しいと、知ってほしかった。


「そ、ちゃん」


 ミユは悲しそうな笑みを浮かべ、ゆっくりとカプセルから下りる。

 自分よりも高い背丈、細長い身体。綺麗なのに、両腕だけが黒く、グロテスクで、残酷だった。しかし彼女はそんな姿を恥じもせず、ゆっくりと双太に近づき、泣きじゃくる彼を優しく抱きしめた。


「え……?」


 唐突に触れた温もりに、心が麻痺する。


「よぃ……よぃ」


 抱きしめたままぎこちなく、「よしよし」とミユが左手で双太の頭を撫でた。あやすように、包み込むように優しく触れた。


(これ……)


 触れている体温が、手の感触が、どこか心地よく、懐かしかった。不思議だった。誰かに抱かれた記憶なんてないのに、身体が覚えているようだった。


(ああ……そうか)


 しばらしくして、理解できた。ミユは、これがほしかったのだと。どんなに辛くても、みっともなくても、ありのままの自分を受け入れてほしかったのだと。自分以外の誰かと、家族と言える繋がりがほしかったのだと。

 抱きしめられたまま、両手の拳を握りしめた。初めて灯った意志ほのおは小さく、頼りない。

 それでも双太は、



「美優……おれ、つよくなる」


 誓った。誰かのために、強くなることを。


「おれが、美優を……まもる」


 誰かのため、生きることを。


「……ん」


 対し、ミユは双太をより強く抱きしめた。瞳には涙を湛え、寂しそうな笑みを浮かべていた。

 彼女だけは、分かっていた。


 …


「「ベフライエン!」」


 合図と同時、互いにエグゼ・フォーミュラを駆動させる。

 赤みのかかった黒髪の男の子――双太は赤い片刃の剣を両手で正眼に構え、対し、正面にいる双太と同い年くらいの男の子は両手に手甲を顕現させ、


「シュネル――」


 加速の術式を駆動させ、一瞬で目の前からかき消えた。


「スターク!」

 一拍遅れて身体強化の術式を駆動。同時に唸りを上げた疾風しっぷうが迫り、反射的に剣を振り上げた。

 短い金属音。腕が弾け、しびれるような感覚。

 その方向を向けば、一瞬だけ冷たい光を湛えた相手の表情だけが見え、すぐにかき消えた。

 そして、半径10メートル程度の密室の中に、連続的に足音が鳴り響いた。上、下、横と、毎回違う場所で鳴り続ける。フェイントにしては幼稚だが、未だに相手の姿を視認できない双太にとっては有効な手段だ。身体強化の術式によって全身の能力・感覚を強化していても、相手がどこにいるか把握できない。


(こい……)


 だから双太は、相手を追うことを諦めた。今までもこうした戦いはあり、敵を追って何度も敗北を喫した。それが一朝一夕で出来ないことは分かっている。今必要なのは結果だ。どんな形であれ勝利を収め、上に行かなければならない。ミユを守れるように強くならなければならない。


「デュアルスターク――」 


 目を閉じ、身体強化を二重駆動させると同時、衝撃が頭部を捕らえた。猛烈な勢いのまま、頭から地面にたたき付けられ、額が割れる。想像を絶する苦痛で意識が飛びかけるが、それでも空の左手を伸ばし、相手の手首を捕まえる。


「なッ!」


 間の抜けた声が響くと同時、力任せに床へと叩きつけた。轟音と共にくぐもった悲鳴が吐き出され、何度かバウンドする音が耳に響いた。構わず双太は体勢を立て直し、目を見開く。額から流れた血が入って激痛が走ったが、それでも必死に相手の姿を追った。

 相手は、青白い顔で背中を押さえつつ、少し離れたところで床を這っていた。

 まだ、模擬戦終了の合図は聞こえない。

 双太はため息と共に相手へと歩み寄り、無言で剣を振り下ろした。短い悲鳴と共に血しぶきが上がり、返り血が双太のスーツを赤く濡らした。痛みで意識を失ったのか、相手は微かに身体を痙攣させるだけになる。

 ようやく、模擬戦終了の合図が耳に届いた。

 初めての勝利だった。


 …

 

 エレウシスでは、階級が上がる毎に特権を得られる。

 双太が確認した限りだが、主立った特権は以下の通りだ。


 Dランク:専用エグゼ・フォーミュラの発注。

 Cランク:自室の所持。

 Bランク:バディの所持。

 Aランク:外界へ出張権利

 Sランク:幹部職への昇進


 最近知った話だが、双太の母未恵は元々Cランクで、重はAランクだったらしい。エレウシスの体質上、ランクの低い人間の婚姻や出産は許されないだろうが、それもAランクまで登り詰めれば許されたのだろう。だからこそ双太が生きているのだし、同じように双太がAクラスまで登り詰めれば、ミユを今の状況から解放することも不可能ではない

 だが、残された時間は少ない。

 一日でも早く、登り詰めなければならない。


 …

 

 データーベースから申請を行った。母との面談をキャンセル、ミユとの予定もキャンセルし、模擬戦の量を2倍に設定した。

 ここ2週間で30回の模擬戦を行い、戦績は20勝10敗だった。同じFランクの人間には問題なく勝てるようになってきたが、エグゼ・フォーミュラの生成が可能な人間、昇格候補と言われる人間相手には依然苦戦を強いられている。

 前提として、魔術はフレーム構築、接続、判定、魔力注入、現象構築の5つのフェーズによって顕現される。エグゼ・フォーミュラの生成は大本のフレーム構築にあたり、術式もそれにによって方向性が定まる。例えば弾丸を放つ術式であれば、銃型のエグゼ・フォーミュラの方が魔力の効率も威力も高いし、斬撃であれば当然剣型の方が適している。しかし、魔力にって生成されるエグゼ・フォーミュラは自動で使用者に適した形にチューニングされるため、型にとらわれない戦いを可能としていた。だからといって必ず負けるわけではないし、現に双太の父はAクラスまで登り詰めている。

 希望は十分にあった。


 …


 定刻通り模擬専用の部屋に通されると同時、微かに息を呑むような声が聞こえた。

 怪訝に思いつつ相手を見据えるが、当人は仮面を被っており、誰か分からない。色素が抜け落ちた髪にも違和感はあったが、見覚えはない。身体のラインが双太と比較して細いことから、女であることを予想する。

 そこまで考えたところで思考を止める。不要な情報だと自らを戒め、相手を睨みつける。


「…………!」


 尚も戸惑う相手に対して苛立ちを覚えると同時、開始を告げる合図が鳴り響いた。


「ベフライエン!」


 先手必勝と言わんばかりに自身のエグゼ・フォーミュラを顕現させ、


「デュアルブースト」


 瞬間的な加速を行う術式を二重に駆動。一瞬で距離を詰めつつ、両手で剣を振るった。

 それに呼応するように相手の両腕が蠢き、十数本もの腕が現れる。腕はそのまま絡み合って剣の軌道に割り込み、難なく一閃を弾いて見せた。さらに十数本の腕が彼女の背中から現れ、全方位から双太目がけて突進してきた。


「デュアルスターク!」


 冷や汗をかきつつ術式を二重駆動。バックステップで大きく後退して射程圏外に退避したつもりが、腕は軌道を曲げ、さらにはさきほど絡まっていた腕まで分裂して襲いかかってくる。

 反射的に横転し、直後、30本強の腕が双太がいた地点にたたき込まれていた。

 床を蹴りつつ、再度相手に肉薄を仕掛ける。無謀を理解していたが、このまま長期戦に陥るよりは勝算があると思った。

 対し、相手も腕を動かして双太を狙う。


「デュアルブースト」


 対し、双太は瞬間加速の術式を二重駆動。一瞬で側面に回り込み、一閃をたたき込む。しかし、直前に割り込んだ数本の腕を切り捨てるに止まる。尚も止まらず、今度は背後に回り込んで剣を振るうも、同じように数本の腕が盾になり、今度は剣を腕に掴まれる。


「デュアルスターク!」


 術式を切り替え、二重で身体強化を駆動。力ずくで振り払いつ、床を蹴り抜いてもう一度接近する。

 迎撃するように相手は数十本の腕を盾にするが、構わず剣を突き込んだ。固い布を引き裂くような鈍い手応えに押しとどめられ、同時にエグゼ・フォーミュラから不可解な感覚が流れ込み、身体が痺れた。

 時間にして一瞬だが、相手はその隙を見逃さずに腕を動かし、双太のエグゼ・フォーミュラを奪い取る。


「……ッ!?」


 予想外の事態に我を失い、天井へと引き上げられた自らの剣に手を伸ばす。しかし、そんな彼を嘲笑うかように数本の腕が剣に伸び、ミシミシと、あらゆる方向から負荷をかけた。それがエグゼ・フォーミュラの悲鳴だと気づくと同時、呆気なく、双太の剣は砕け散った。


「…………ッ!」


 手を伸ばし、破片の一つをつかみ取る。いくら握っても、いくら呼びかけても、それはもう金属の破片でしかなく、彼の力ではなくなっていた。


「…………」


 対し、相手も何故かそれ以上双太とは戦おうとせず、


「そ……」


 こともあろうに、覆面を外そうと腕の一本を伸ばす。エグゼ・フォーミュラを使えない以上、彼はもう戦えないと判断したのだろう。もしくは、始めからそれだけを狙っていたのか。


「え……」


 双太も聞き覚えのあるトーンに思わず間の抜けた声を発し、


「あ……ああッ!」


 瞬間、唐突に相手は身体をくの字に折り曲げ、苦悶らしき声を上げ始める。


「なに……?」


 疑問に思い、反射的に手を伸ばそうとした次の瞬間、双太に数十本の腕が掴みかかり、そのまま壁へと叩きつけられた。


「う……ッ!」


 視界が明滅し、鉄の味が口内を満たした。しかし、腕の攻撃はそれだけでは終わらず、延々と殴打を続け、蹂躙した。


(あ……)


 もはやどこが痛いかすらも分からず、抵抗する気力もない。これがエレウシスのやり方だ。剣がなくなれば拳で戦え、拳がなくなれば、噛みついて戦えとのたまう。本当に戦えなくなるまで戦って、その果てに強者となれると。


(おれは……)


 殴打おうだは止まず、視界は赤く染まる。何故まだ意識が残っているかすら分からず、双太は自分の弱さを噛みしめた。

 強くなりたかった。初めて生きたいと思えたから、守りたいと思えたから、力がほしかった。自分なりの方法で、強くなろうとした。結果はこの様だ。呆気なく剣を破壊され、自分と同じ弱者にまで蹂躙じゅうりんされている。


(でも……ッ!)


 それでもと、折れかけた心を支えるように、拳を強く握りしめた。

 瞬間、脳裏に浮かんだのはミユの笑顔だ。それだけで良い。それだけが欲しいから、諦めたくなかった。こんな地獄が、何度もあるだろう。けれど、ミユさえいれば耐えられると思った。そのためだけに、生きている。


(おれは……ッ!)


 蹂躙されながらも、目の前へと右手を翳す。無我夢中で願った。力をくれと、剣をくれと、ミユを幸せにさせてくれと。誰でもない、自分自身に願った。


「ベフライエンッ……!!」


 視界がブラックアウトし、全身が燃えたかのような激痛が走る。この瞬間、通常時の数倍の勢いで魔力を放出していた。反動によって全身の血管が切れ、血しぶきが巻き散るが、構いはしない。

 右手に魔方陣が描かれ、何度か回転した後、やがて炎の形を成した。目も見えず、何も聞こえぬまま、けれど、確信ともにそれを握りしめ、


 ――紅蓮炎剣レーヴァテイン


 無意識に新しい術式を駆動させる。

 炎がさらに膨れあがり、刃を形作る。奇しくもそれは、天月重が最も扱っている魔術だった。


「ああああああああああああああああああああああああああッ!」


 乾坤一擲けんこんいってきの叫びと共に炎を横凪ぎに一閃させる。

 轟音と爆音が轟き、部屋一帯に黒煙が充満する。双太を蹂躙していた数十本の腕は一閃による衝撃と炎熱で、一本残らず消し飛んだ。当然、それだけの一撃を放った双太もただでは済まず、衝撃を受けるまま背後の壁に叩きつけられ、力なく床に落ちた。


「…………ッ!!」


 目も見えず、耳も聞こえない。何が起きたかは分からない。全身が痛くて、熱い。溶けるようだった。それでも、右手に武器を握っていることだけは理解できる。だからと、双太は再度一閃を放つべく上半身を起こす。両足と左腕は折れ、右腕もひびが入ってる。肋骨ろっこつは折れ、呼吸もままならない。だから、今度こそ決めようと最後の力を振り絞った瞬間、模擬戦終了を告げる合図が脳内に響いた。

 どちらが勝ちかは、語るまでもないだろう。


「…………」


 笑みを浮かべると同時、糸が切れるかのように右手から武器が霧散し、身体が床に沈み込むのを感じた。あれだけ自らを焦がしていた熱や痛みはもうなく、床の冷たさしか感じなかった。


「み……ゆ……」


 勝ったよと、脳裏に浮かんだ女の子へと話しかける。

 それに、今回はただの勝ちではないと思っていた。双太はエグゼ・フォーミュラを破壊された上で魔術を行使した。つまり、自力でエグゼ・フォーミュラを生成したことを意味する。自分が想定していた形とは違うが、次のランクに大きく前進したことは間違いない。


「も……う……」


 少しだと吐き出す前に、意識は奈落に誘われた。

 ミユの笑顔を夢見ながら、いつかミユと一緒に外の世界にでて、平穏に暮らせることを祈りながら、眠った。それが叶わないと分かっていても、願うことでしか戦えなかった。生きられなかった。


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