変化
いつもの空き地で魔術の模擬戦闘が繰り広げられている。盾を構えた守に対し、それぞれの獲物を構えた双太と芽依がタッグを組み、果敢に立ち向かっている。
一般人の一美は巻き込まれると危険なので、隅っこにブルーシートを敷き、弁当箱と救急箱を横に置きながら三人の戦闘を見守っている。
(あ、もう少し、がんばれ双太くん!)
正確には、双太の姿だけを追っているというのが正しい。
四年までにここで交わした約束以来、一美と双太と芽依はほとんど一緒に過ごすようになった。宿題も、遊びも、買い物も、魔術の訓練ですら一美は毎回見学する形で参加している。学園で独りぼっちだった一美は二人の友を得て、独りぼっちではなくなった。未だに双太とはぎこちないやりとりばかりで、芽依を挟んだ方が上手く話せる体たらくだ。しかし、五年の月日は一美の彼に対する印象を変化させたし、その逆もまた然りだ。
「あぁ・・・・・・おしい」
双太の仕掛けた攻撃が外れると同時、一美は大きな嘆息を漏らす。初めは抵抗があった見学も今は完全に日課と化している。もちろん、今だって魔術師は怖いし、許せない部分はある。それでも、双太は一生懸命頑張っていた。芽依と違って、自分が何かをしたいのか分からず、自信を持てないでいる。それでも何かを掴もうとするように魔術に打ち込んでいる。それを五年間間近で見ていたから、応援したくなった。仲間という形でも構わないから、支えたいと思った。
「あ・・・・・・」
守が芽依を片腕で投げ飛ばし、双太を盾で吹き飛ばす。背中から地面に叩きつけられた芽依は得物を離してむせ込み、数メートル転がった双太も得物を手放し、痛みを堪えるようにうずくまっていた。
「双太くん!」
咄嗟に双太を心配したのは、怪我の具合がひどいからだと言い訳しながら、慌てて立ち上がり、駆け寄る。「立てるから、気にするな」とかろうじて身体を起こした双太の横に回り込み、有無言わさず肩を支える格好となる。そうなると、彼の身体や体温、息づかいまでもが直に接触する。
(うう・・・・・・)
またかと思いつつ立ち上がり、よろめきながらブルーシートに向かう。触れ合った感触が温かくてドキドキする。鼓動がどんどん大きくなり、双太に聞かれるのでは思う。思えば思うほど恥ずかしさは加速し、頬が熱くなるのを感じる。けれども双太の感触が心地よくて、嬉しい。許されるのなら、ずっと触れていたいとさえ思った。
ふと考える。双太は自分の感触をどう思っているのだろう。正直、自信がない。最近、胸が大きくなってきたのが悩みだ。それが何を意味しているかは朧気に理解しているが、一美は太っているだけだと思っている。太っている人間が嫌いだったらどうしようかと思う。けれどそれを聞く勇気もなく、一美は息を切らしながら必死に双太を支え、なんとかブルーシートまでたどり着いた。
「すわれる」
双太が言い、一美から離れてブルシートに座る。
「て、手当てするね!」
「寂しい」という気持ちをごまかすように明るく言ってブルーシートに膝をつき、救急箱に手を伸ばす。
「ほっとけ」
「・・・・・・・・・・・・」
実際、双太の顔は少し腫れ上がり、頭にもたんこぶができている。一美は救急箱から手のひらサイズのスプレーを取り出す。
「いやー、ラブラブだね」
「まったくだ」
同じタイミングで苦笑を浮かべた芽依と、仏頂面の守が戻ってくる。時間も時間だし、このまま昼休憩に入るつもりだろう。
「芽依ちゃんはケガ、大丈夫?」
「だいじょぶ、だいじょうぶ」
両手をパタパタと振る芽依に対し、一美は渋々と頷く。双太と違い、見た目で全く分からないが、本人が言うのなら問題はなさそうだ。
「おれも、いらない」
「双太はうけなよ。しあわせもの」
「だからいらないと・・・・・・守もなんかいえよ」
「ランチタイムだ」
と言いつつ、自身の弁当箱を開く守。前々から思っていたが、本当にマイペースな人間だ。
「双太くん・・・・・・いい?」
「・・・・・・勝手にしろ」
「うん・・・・・・」
ともかく誰も味方がいないと理解した双太は観念し、抵抗を諦めた。一美は双太の背後に回り込み、怪我の位置を確認しながらスプレーを振りかけてく。
手当をすることも、訓練時の弁当を用意することも、仲間のためだから当たり前だと思っていた。
明らかな個人に向けられた感情。理不尽なまでの特別扱いと、根拠のない優先。
この時はまだ、自分の本当を気持ちを理解していなかった。
・・・
(きれいだったなぁ・・・・・・)
休日の日曜日、待ち合わせ場所である十字路に着いた一美は、昨日開かれた天月重と天月未恵の結婚式を思い浮かべる。料理や会場の華やかさもそうだが、何より夫の重はタキシードで格好良く決め、ウェディングドレスを着込んた妻の未恵は、一美や芽依が見惚れるほどに綺麗だった。
(わたしも、着れるのかな)
10歳の女の子がそれに憧れるのは当然で、成長してウェディングドレスを着た自分を頭に浮かべては、頬を緩めてしまう。
(相手は・・・・・・)
そして当然、思考は花婿役に行く。年頃らしく、イケメンで格好いい人を思い浮かべようとするのだが、上手くいかない。何故か双太の姿ばかりが浮かんでしまう。半分それはおかしいと思いつつも、もう半分で「似合うかも」と思っているあたり、コントロールできていない。
「一美」
「きゃぁッ・・・・・・!」
と、同時に声をかけられ、真っ赤な顔で悲鳴を上げる。声の主、双太は顔をしかめつつ、「おはよう」と挨拶してきた。
「お、おはよう」
ドクドクと鼓動をならす胸を両手で押さえながら、かろうじて言葉を返す。
しかしと、一美は双太の姿を見つめる。いつも通り、カーゴの半ズボンに黒のTシャツだ。昨日の結婚式を受け、ちょっと高めの白いロングスカートを買ってもらい、意気揚々とそれを着込んできた一美とは偉い違いだ。腹は立ったが、おかげで少しだけいつもの調子に戻れた。
「双太くんのおかーさんどうだった?」
「ずっと泣いてたよ。おれにはよくわかんなけいど、あんなにうれしそうなかーさん、はじめてみた」
「そうなんだ・・・・・・」
天月一家がエレウシスを脱走してここに流れ着いたことは知っている。四年経った今なら、それがどんなに困難で、苦難を極めた道か、少しだけ分かっていた。だからぽつりと、羨ましそうに呟く。
「しあわせ、なんだね」
「そうなのか?」
双太の言葉に、ズキリと胸が痛む。「幸せ」という言葉を理解できない彼の言葉が痛い。4年経って、彼が頑張っていることも、善人であることも分かっているから、支えたいと思っているから、苦しい。
「芽依ちゃん、こないね」
何より、4年経って何も言えないことが、一番悔しい。憎たらしい。
「そうだな。いつもは一番はやいのに」
それきり、会話が途絶えた。芽依がいれば言葉が耐えることはないのに、二人だと何故か上手くいかない。双太と芽依を含めた三人で仲間だと誓ったが、時々本当は違うんじゃないかと思う。自分は魔術師ではないし、双太と話している時も距離を感じる。もっと話したいのに、仲良くなりたいのに、分かりたいのに、いろんな表情を見たいのに、上手くいかない。それが出来る芽依が羨ましい。
「・・・・・・・・・・・・?」
「どうしたの?」
双太が小首を傾げ、一美も思わず尋ねる。
「今、隼人の姿が見えたような」
「・・・・・・そうなの?」
「すごい勢いで走ってた。顔、赤かった」
よく分かったなと関心するも、返す言葉が思いつかない一美は曖昧に頷く。
桐原隼人とは一つ上の男の子だ。一般人だが、何故か芽依に惚れていてよくアプローチをかけては、振られている。今回も同じパターンだろう。
「双太くんは・・・・・・」
「芽依ちゃんにアプローチしないの?」と言いかけ、止めた。何故か胸がズキリと痛んだからだ。最近になってよく走る痛みだ。仲間なのに、二人が仲良くなることは嬉しいのに、辛い。泣きたくなる。
「あ・・・・・・芽依?」
そしてタイミング悪く、芽依が来てしまったしい。
「お、おはよー」
と言って現れた芽依の水色のワンピースを着ていた。双太と似たような、男らしい格好とは真逆の格好だ。髪の毛も普段は寝癖がひどいのに、今日に限っては綺麗に直し、アクセントに花模様の髪飾りまで付けている。
「・・・・・・どうした?」
真っ赤な顔で聞く双太に、芽依も赤い顔で恥ずかしそうに、
「ボクも・・・・・・ううん、わ、わたしも女の子になってみようかなって」
と告げた。つまり、一美と同じ理由だろう。花嫁の姿に憧れ、少しでもそれに近づこうとおめかししたのだ。
「に、似合う?」
慣れない格好のせいか、芽依の言葉はぎこちない。
「め、芽依ちゃん似合ってるよ」
そしてそれに答えた一美の言葉も表情は、違う理由でぎこちない。隣にいる双太が真っ赤な顔で、取り付かれたように芽依の姿を凝視しているからだ。双太が芽依を何と思ったか、聞かなくてもはっきりと分かる。
「双太は、どう?」
「あ、ああ・・・・・・い、いいと思う」
真っ赤な顔のまま、曖昧に答える双太。対し芽依も満更ではなかったのが、嬉しそうにはにかんでみせる。
(ずるい・・・・・・)
悪いことではないのに、一美の胸中に過ぎった言葉は芽依を羨み、嫉妬するものだった。今日の芽依が一覧と綺麗で、可愛いことも分かっているが、それでも腹が立ってくる。双太は芽依に見惚れていて、自分には見惚れてくれなかった。一美だっておめかししたのに、いつもより綺麗で可愛い格好をしたのに、双太は認めてくれなかった。
(あれ・・・・・・?)
むくれながら、ふと考える。これでは一美が、双太を独り占めしたいと思っているようではないか、と。仲間なのに、三人ずっと一緒だったのに、それが楽しくて、幸せだったのに。
(そっか・・・・・・)
その答え簡単で、すぐ出た。
小林一美は、天月双太に恋をしている。昔は魔術師が嫌いだった女の子が、魔術師の男の子に、しかも全く理解できないような人間に心を奪われている。けれど、それを恥じるつもりはない。彼が頑張っていることを知っていたし、だからこそ一美はずっと支えたいと、一緒にいたいと思ったのだから。
(でも・・・・・・)
双太は芽依のことを、「太陽」だと言った。自分に目標をくれたと、誇らしげに語っていた。少なくとも一美は、双太にとってそこまで大きな存在になれた自信はない。何より、芽依と双太は同じ魔術師で、一美は普通の人間だ。この差は大きいだろう。
勝てないなと、思った。
胸が締め付けられるように痛んだ。
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