第7話 整理整頓が上手に生きるコツなんです。

 誰もいない家に向かって「ただいま」と言いながら、わたしは自分の部屋で倒れ込む。


 はあ、ほんとめっちゃ疲れた。


 あのあと渡くんは、学校までの近道を教えてくれるなどした。最後に、『あのう、どれぐらいお友達をやったら彼氏にランクアップできますか?』と聞かれたけれど、逃げるようにさよならをしてきた。


 いい子だけれど、そんないきなり……。


「なんでOKしなかったプル?」


 驚いて、わたしは飛び起きる。プルリンが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「あのねえ、男女のお付き合いっていうのはそう簡単に……」

「プルル! もしかしてカノン、今まで男の子と付き合ったことがないプルね?」

「うるさいんですけど?????」

 小憎らしい青い鳥は、心なしかドヤ顔で宙に浮く。「まあ、『乙女ゲームの世界に行きたい』なんていう女の子の恋愛偏差値とか、たかが知れてると思っていたプル。今さらなんの期待もしてないプル」とか、あんまりなことを言い出した。さすがに泣くのでやめろ。

「わたしだって、告白されたのなんか2度目ですぅー」

「プル~? 付き合ったプル?」

「付き合っちゃないけどさぁ。だってわたし死ぬんですよ? 悪いじゃん」

 するとプルリンは机の上に乗っかって、呆れた目をした。


「カノンはおこちゃまプル。病気じゃなかったら付き合っていたプル? その男の子のこと、好きだったプル?」

「なしてそんなこと聞いてくるプル」

「カノンは、恋をしたことがあるプル?」


 あるよ、と思わず条件反射的に答えてしまう。「あるよ」ともう一度呟いて、わたしは黙った。

「まあとにかく」とプルリンは言う。「経験がないのはめちゃくちゃわかったプル」とばっさり切り捨てた。わたしは目を細めて、無の感情を作り出す。


「それはいいプル……それは」

「よくないことが他にあるような言い方ですね、プルリンさん」

「あるに決まってるプル。オメーなんでガーナ出身ってことになってんだよ、頭わいてるプル?」

「ひえっ……口悪っ……」


 わたしの太ももをつついてくる青い鳥は、どうやらひどくご立腹らしい。「だってそれはプルリン姉貴がガーナって言うからじゃないですか」とわたしは言い訳をする。

「ガーナなんて言ってないプル! 長野プル! ガーナ出身の転校生とかそんな突飛すぎる設定考えないプル! カノンの耳は腐っているプル?」

「ながの?」

「長野プル」

「え~、長野の方が絶対いいじゃん。なんでガーナとか言ったの?」

「言ってねープル!!! てか、それはそれでガーナに謝れプル!!!」

 なんでこの鳥は、さもわたしが悪いかのように怒鳴っているのか。わたしの落ち度が見当たらないんだが?

「そもそもさぁ、そういうの事前に説明しておくべきなんじゃない?」

「前日に散々説明したプル」

「マジ? そりゃわたしが悪いわ」

 わたしが悪かったみたいです、てへぺろ。

 不機嫌そうなプルリンに、「今度はちゃんと聞くからもっかい説明して」とお願いする。プルリンはちらりとわたしを見て、「しょうがないプルねぇ」とため息をついた。


「柳奏音、16歳。高校1年生の冬に両親が事故で亡くなって、親戚の叔父さんに引き取られることになったプル。ここが叔父さんの家プルね。ちなみに叔父さんは仕事で海外に行っていて、ほぼほぼ日本には帰ってこないプル。で! な・が・の! から、引っ越して高天原学園に転校することになったんだプル~」

「はぁ~プルプルうるさいプル~。全然頭に入ってこないプル~」

「馬鹿にしているプル?」

「えっ、てかわたしの両親死んでるんですか」

「昨日も同じ説明をしたプル。記憶障害プルね」

「一人暮らしの訳あり転校生とか、あまりにもご都合主義すぎるのでは」

「ご都合ぐらい、いくらでもつけてやるプル。とにかくプルたちは、カノンに早く結婚してほしいんだプル」


 どうりで先生から憐れみを受けるわけだ。両親が亡くなったばかりの女子高生役なんて意識してできるわけない。というか今日一日でそんな空気は破壊しつくした感じがする。この設定についてはあんまり深く考えないようにしよう……。


 てかさぁ、とわたしは眉をひそめた。

「男の子と話すたびになんかいきなり話し出すの、あれ何?」

「解説プル。乙女ゲームには大体ついてるプルよ。みんな、その解説を見てどのキャラを攻略するか決めるプル? そう聞いてるプルけど」

「攻略て……」

D誰でもD大好きは時に面倒ごとを引き寄せるプル。早いうちに誰を攻略するか決めたほうがいいプルよ。今のところは春山渡くんが一番好意的でいい物件だと思うプル」

「ああ~はいはい、聴き飽きました。とにかく、ああいうのはもうやめてくれる?」

「なんでプル」

「ズルしてる気持ちになるじゃん。みんなはちゃんと手順を踏んで、どういう人か知っていくものなのに」

 変なところ真面目プルね~、とプルリンは呆れた声を出す。「それに」とわたしは唇を尖らせた。

「人から聞いた話だけでわかった気になって、大事なことを見逃したくない。そういうのって、一番損じゃん」

 プルリンはその場で小走りに円を描いて、「勝手にするプル」と言い捨てる。ちょっと拗ねちゃったみたいだ。


 それにしても“攻略”って。そりゃ乙女ゲーム的に言えばそうだけど……気が乗らないなぁ。だって生きてる人を目の前にして『よーし、攻略じゃー! わたしの土地にしたるでー!』みたいな気持ちにならんくない? 駆け引きありきの恋なんてわたしには早すぎ。乙女ゲーム好きだったけど、上手だったわけじゃないし。

 うーん、乙女ゲームが現実になるってのも、考えものだなぁ。


 そんなことを思いながら、わたしはその場で仰向けに寝転がった。

「ねえプルリン……」

「何プル」

「勉強教えて」

「無駄なあがきはやめるプル。どうせ明日のテストが出来たって、後々つまづくのは目に見えてるプル。素直に正直に今の体たらくを見てもらうプルよ」

 まあ、そりゃそうか。

 てかプルリンって勉強できんのかな。わたしらと同じ常識が通じるかわかんないんだけど。義務教育とかあった? ちょっと気になる。

「プルリンってさ、」

「ちなみにプルは天界大学まで出てるプル」

「えっ、歳上???」

 天界大学って何かな。ちょっと行ってみたい。わたしもそこに進学希望です。


「カノン、ちゃんとシャワーを浴びてから寝るプルよ」

「はいはい」

「明日は寝坊しちゃだめプル」

「はーい、わかりましたよー」


 と、いうわけで。わたしの転校初日は幕を下ろしたのである。出会いの嵐の中で、わたしはひどく疲れながらも――――に目を向けられるくらいには、気持ちの整理がついていた。そう、これが『20歳までは生きられませんね』と言われながら“まあ生きてみないとわからないよね”と最後までチョコたっぷりな某ポッキーみたいに根太く生きた、わたしこと柳奏音の順応性の高さだ。

 もちろんその日もわたしは、ぐっすりと8時間は爆睡した。



××× ××× ××× ×××




「どうして起こしてくれなかったの!!!」


 そう叫ぶわたしを見て、プルリンはうっすらと憐れみのような表情すら見せる。『こうなることはわかっていました』という顔だ。

「カノン、目覚まし時計を買った方がいいプル。プルのせせらぎのような歌声ではカノンを起こすには至らなかったプル」

「歌うな! もっと鬼気迫る声で叫べ!」

「自分の鈍感っぷりを棚に上げて、よくもそんなに他人を責められるプル。プルは神の遣いプルよ?」

 とにかく、とプルリンはテーブルの上に舞い降りる。「座るプル、カノン。今日は別に早めに来いとも言われてないプルから、まあ朝ご飯ぐらい食べていくプル」と青い羽で指示した方には、確かに皿に乗ったトーストとベーコンエッグがある。わたしは目を丸くして、「どしたのそれ」と聞いた。


「プルが作ったプル。カノン、買った弁当や菓子パンだけじゃ栄養が偏るプルよ。カノンが病気でもしたらプルの評価が下がるプル。栄養管理もプルの仕事プル」

「どうやって作ったのさ……」

「プルは何でもできるんだプル。神の遣いプルよ」


 たくさんツッコみたいことはあったが、時計を見て何とか留飲を下げる。「しかしプルリンさん、時間が……」と言えば、「それでも朝ご飯は食べていくプル」とプルリンは涼しい顔だ。

 せっかく作ってくれたんだし、とわたしは椅子に座って、ふんふん鼻息を荒くしながらトーストにかぶりついた。美味しい。相当いい食パンを使っているのか、ふんわりやわらかだ。ベーコンエッグも美味しい。わたしは、自分がこの謎の青い鳥のような物体に女子力において圧倒的敗北していることを認めなければならなかった。


「ごちそうさまでした! よーし、今日も頑張りますかー!」

「その意気プル。あと5分で学校につくプルよ」

「あと5分? 笑えてきますねプルリンさん! スマホでアラームかける方法を教えてくれません???」

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