第6話 乙ゲー七不思議、とは。

 1日が終わり、みんなが帰り支度をしている中でわたしは疲労感でぼうっとする。「おい、帰るぞ」と八代くんは声をかけてさっさと教室を出て行った。ちょっと離れたところから、冬樹くんが「またあしたね」と唇だけ動かして手を振ってくれる。

 そっか……また、明日かぁ。普通に来ちゃうんだなぁ、明日。平日5日も学校ってやばくない? みんな体力ありすぎ。1日登校したら次の日は休みにしてほしい……。

 わたしはのそのそと動き出した。教室を出て、階段を降りる。ふと思い立って、購買に寄った。生徒会長の言葉を思い出したのもそうだけれど、単純に品ぞろえを確認しておきたかったのだ。


 昼の混雑が嘘のように、放課後の購買は人気ひとけがなかった。立札には、17時までと書いてある。あと20分で終了だ。お店のおばちゃんは、こちらに気付いていない。わたしは黙って、ボールペンなどを見ていた。

 不意にこちらを見たおばちゃんが、「ぎょえっ」と声を出す。

「なぁんだ、生徒さんか……17時で終わりだよー」

「あっ、はい。ちょっと見たくて」

「そういえば見ない子だぁ。転校生?」

「はい! そうなんですよー」

 へえ、と言いながらおばちゃんは身を乗り出した。「どっから来たの」と尋ねられ、「ガーナ」とわたしは答える。「あんた面白いね」とおばちゃんは笑った。

「じゃあ、今日は初陣だったわけだ?」

「そーなんですよ! ほんと大変で」

「疲れたろー」

「すっごい、疲れちゃった……。おまけに明日は1日かけてテストなの」

「なんだって! そりゃあ大変だぁ……先生も鬼畜だねえ」

「うん……でも、先生もめっちゃ考えてくれて……。だから、わたしも頑張らなきゃなーって、思うわけですよー」

「偉いじゃんか。ご褒美やろ」

 言いながら、おばちゃんはイチゴ味の飴をくれた。「また来なね」と目を細める。

「この時間、大体暇だからさ」

「うん! ありがとう」

「お昼ご飯はどうしてるの?」

「ああ……! 今日、買いに来たら売り切れちゃって」

「しょうがないねえ。パンとかキープしとこうか? みんなには内緒だよ」

「いいの??」

「いいの、いいの。転校キャンペーンだよ」

 転校キャンペーンの意味はちょっとわからないけれど、おばちゃんは胸を張ってわたしに親指を立てて見せた。なんと頼りになる、心強い表情だろう。わたしもぐっと親指を立てて、それに応えた。

「今日からよろしくお願いします!」

「うん、頑張んなよ」

 わたしは手を振って、その場を離れる。


 伸びをしながら、わたしは歩いた。購買のおばちゃんに言ったとおり、頑張らなきゃいけないのだ。よし、と小さく気合いを入れる。よし、頑張るぞ。


 そんなことを考えながら歩いていた、その時だ。ちょうど曲がり角から、人が走ってきた。わたしは咄嗟に対応できず、避ける間もなくその人にぶつかる。非力なわたしはその場で踏みとどまることができず、後ろに吹っ飛んだ――――かに思えた。実際はそのぶつかってきた相手が、わたしの肩と腰を支えて事なきを得たのだけれど。


「すみません!」


 男の子の声だ。わたしは、「あ、うん……大丈夫」と言いながら顔を上げる。そうして、わたしも相手の男の子も、驚いて声を出してしまった。

「今朝の!」

「ああ! 柳先輩!」

 そう。それは、わたしが登校中にぶつかってしまった男の子だった。やっぱり同じ学校だったのか。

「朝はごめんなさい」とわたしは謝る。「ジュースおごるね」と。

「いいですよ、そんなの。ボクもあの時、よそ見をしていたんです。そうじゃなければ全然避けられましたし」

「それは一体どういう意味かね」

「へへ。それに、こうしていまボクもぶつかっちゃったわけですし。おあいこです」

 男の子は、そう言って笑う。あらいい子、とわたしは感激してしまった。


「そんなことより、あの、2年B組の柳先輩ですよね?」

「えっ、うん……」

「ボク、1年の春山です。春山はるやまわたる。あっ、ぜひ渡って呼んでくださいね。先輩が転校生だって聞いて、早く会いたかったんですよ。こういうのって、早い者勝ちかなって思って」

「ん?????」


 渡くんは、にこーっと音がしそうなほど満面の笑みを見せる。わんこみたいだな、とわたしは思った。


「あの、柳先輩! ボクと付き合ってもらえませんか?」


 おっ??? おっ↑ おっ↓ おっ↑ おっ?????

 軽く思考が停止する。電話の保留音のようなものが脳内で流れた。「先輩?」と渡くんが顔を覗き込んでくる。わたしはハッとして、瞬きをした。

 いやいやいやいや。何をビビっとんのや、柳奏音。こんなの、乙女ゲームじゃよくあること。ってか常識よ。

 これはアレ。『付き合ってください(買い物に)』とか、そういうパターンじゃん。焦れば焦るほど恥ずいやつだって。

 わたしは咳払いをして、年上の余裕をたっぷり見せつつ聞いた。

「付き合うって、何に?」

「あっ! スミマセン、言い方が悪かったですよね。ボクの、彼女になってくださいっていう意味です」


 おっ、

 おっ、

 乙女ゲームやべえええええええええええ。


 今度こそわたしはフリーズして、渡くんの顔をまじまじと見てしまう。渡くんは、ひどくわくわくした様子で答えを待っていた。わたしは何とか口を開いて、「なんで?」と聞く。

「今日の朝会った時、なんというか運命を感じちゃって。一目ぼれです!」

「ないってー。一目ぼれとか絶対ないってー。勘違いだってー」

 わたしはからかわれてるの? いやあまりにも視線が真っ直ぐすぎて何も言えないんですけども。


 告白を受けたのは人生で二度目だ。いや……前世はノーカウントだろうか。そんなことはどうでもいいのだ。


 わたしは頭を抱えながら、「お友達から……始めてください……」と呟いた。渡くんは嬉しそうに、「はいっ」と返事する。


 唐突に肩に降り立ったプルリンが、ひそひそ声で囁き始める。

「1年A組の春山渡くんプル。入学して数日でアイドル並みの人気を誇る男の子プル。顔良し性格良しの良物件プルよ! こんな子に一目惚れされるなんて、カノンも隅に置けないプルね〜」


 そうだ。これは乙女ゲーム七不思議のひとつ。

『なぜか最初から好感度がMAXな後輩男子』である。まさか現実にお会いできるとは思わなかった。そして現実でこう相対すると――――なんというか、大変に、


「困るぅ…………」


 渡くんは目を丸くして、「どうしたんですか、先輩! お困りごとならボク、力になりますよ!」と小さくガッツポーズをして見せた。

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