第4話 【急募】異世界で初恋の男の子にそっくりな男子と出会った時の対処法。

 前回までのあらすじ:

 16歳で死んだ女の子やなぎ奏音かのんはなんやかんやあって、乙女ゲームっぽい世界で生き直すことになる。憧れのJK生活に期待を膨らませていた奏音だったが、高校デビューを盛大に失敗する。落ち込む奏音の目の前に、前世で初恋だった男の子によく似た男子が現れる――――。



 と、いうわけなのである。おわかりいただけただろうか。わたしは汗をだらだらにかきながら、今その男の子の手を握っているわけだ。何これ、夢?

「えっと……ごめん、僕ホームルーム出てなくて。名前聞いてもいいですか」

「あっ、ぶあっ」

「うん?」

「や、やなぎかのんです……」

「柳さんっていうんだ。もう学校の案内って終わった?」

「あばっ、ヴぇっ」

「ごめん、わからない」

 柳さん緊張してる? と言って冬樹くんは笑った。わたしは速やかに手を引っ込めて、「まだです」と答える。ちょっとしかめ面をして、「トイレの場所ぐらい教えておけよー」と冬樹くんはクラスメイト達を責めた。


「柳さん、階段上がってきたんだよね?」

「あ、はい」

「階段の横にトイレあるから。1階も3階もトイレは同じ場所だからさ。購買の場所とかも後で教えるね。でも一回ぐらい、この学校の見学に来たことあるのかな?」

「わたし、昨日こっちに引っ越してきたばっかりで……」

「そうなんだ!? 忙しいね……どこから引っ越してきたの」

「…………ガーナ」


 冬樹くんが、きょとんとしてわたしを見る。それから、「へえ……そうなんだ。大変だったんだね」とあっさり受け入れた。

 なんということだろう。イケメンはこんなことで人を差別したりしない。見よ、この包容力。

 そんなわたしと冬樹くんのやり取りを見て、クラスの空気は変わっていった。「普通に話してるぞ」「ほんとだ……普通だ……」とひそひそ声が聞こえる。『もしかしてガーナとかプルーンとか、そんなに気にすることじゃないのでは?』という論調に変わっていくようだった。さすがイケメンの影響力。計り知れない。


 冬樹くんはまだ何か話そうとしたか、口を開いた瞬間に予鈴が鳴って「またね、柳さん」と言いながら自席に駆けて行った。わたしはほとんど放心状態で、それを見送る。


鷹箸たかはし冬樹ふゆき。2年B組のクラス委員長プル」


 唐突にプルリンが囁いてきて、思わず「うおっ、びっくりした」と呟いてしまった。プルリンは構わずに続ける。

「イケメンで爽やか。それだけじゃなく、鷹箸財閥の一人息子プル。本物の御曹司プルね……。伴侶に選ばれれば一生安泰。もちろん女子人気はすさまじいプルよ」

「え……急に話し出さないでくれない?」

「プルリンはカノンの恋路を全力でサポートするプル。ちなみにプルリンの姿はカノン以外に見えていないプルから、あんまり返事しないほうがいいプルよ」

「先に言えよ」

「昨日言ったプル」


 そんなやり取りをしている間にガラガラと戸が開いて、宮田先生ではない先生が現れた。女性だ。どうやら1時間目は歴史らしい。

「今日から転校生がいるってことだけど……あなたね、柳さん」

「はいっ」

「あとで宮田先生の方から各教科の理解度を確認してすり合わせをしていく予定なんだけど……とりあえず今日のところは、雰囲気だけ掴んでいってね。他の教科の先生たちも、今日は無理して授業進めないってことで話し合ってるから」

「なんか……申し訳ないです……」

 いいのいいのー、と先生はあっけらかんと笑った。「思い切って1時間目は、自己紹介タイムにしちゃおっか」とまで提案する。ひとりの生徒が、「宮ちゃんは菊池せんせーに迷惑かけないようにーって言ってましたよ」と言った。「宮田先生って案外かたいよねー」と先生は肩をすくめる。


「そだ! そもそも私の自己紹介がまだだもんね。歴史の授業を持っている菊池です。3年生になったら現代社会も担当だから、よろしくねー」


 と、菊池先生はダブルピースをしてみせた。わたしはぺこぺこと頭を下げる。

「じゃあ、まあ。宮田先生の仕事奪っちゃ悪いし、授業するかー。ちなみに先生は歴女でーす。話し方がちょっとオタク気味になったりするけど、気にしないでね」

 クラス中がどっと沸いて、「出たよー」「急に幕末の話始めるもん」と声が上がった。

「おっ、それは君たち……幕末の話をしろっていうフリだね……?」

「違いまーす」

「いいでしょう! リクエストにお応えして、今日は先生のフリートーク50分です」

「うわ、やぶへびだよー」

 言葉とは裏腹に、生徒たちも楽しそうだ。そうして、菊池先生は本当に50分、生き生きと話しをした。そして鐘が鳴ると、「じゃあ次の授業はちゃんと教科書進めますからねー」と言って教室を出て行った。


 2時間目は数学だった。男性の先生が教室に入ってきて、教壇に立った瞬間「転校生は?」と口に出す。わたしが手を上げると、真顔のまま「数学の鈴木です」と軽く頭を下げた。わたしもつられてお辞儀する。どうやらわたしについてはそれ以上の興味がないようで、速やかに授業を始めた。

「今日は……前回までの復習をします。教科書は7ページを開いてください」


 おっと。

 わたしは教科書を持っていないぞ??? 宮田先生……。


 ひとりで焦っていると、隣からポンと教科書を投げられた。驚いて隣を見れば、例の不良くんが不満そうに頬杖をついている。

「オレ、使わないから」と吐き捨てた。わたしはポカンと口を開けて、教科書を受け取る。

「あ、ありがとう……」

 不良くんは、ふんと鼻を鳴らしてもう何も言わずに机に突っ伏して寝た。わたしはそれをまじまじと見て、自分の口元に手をあてる。


(もしかして……、いいひとなのでは……!? 授業中に堂々と寝てるけど!)


 またプルリンが耳元で「八代やしろ千夏ちなつ。本人は悪ぶってるプルけど、その面倒見の良さがみんなにバレちゃっているタイプの男の子プル。ちなみに陸上部に入っていて、誰よりも真面目に部活動をしているプル」と囁いた。

 勝手に話し出すな。反応しちゃうでしょうが。そして本人が聞いたら赤面してしまいそうな情報をペラペラと喋るんじゃない。

 八代くんも、まさかこんなことを話されているとは思っていないだろう。寝息を立てている。わたしは一気にそれが好ましいもののように思えてきて微笑んだ。


 数学の授業は進んでいく。

 まあ、チンプンカンプンですわ。なんせわたしは最終学歴中卒。高校受験も経験しなかった女。いやむしろ、中学3年の終わりから学校には行っていない。つまり、少なくとも高1の年は一切勉強をしていないということになる。

 それでもかろうじて、わかるところもあった。これはわたしの親友の由依が、高校生になっても授業中取ったノートなどを持ってお見舞いに来てくれたからだが、それだってわたしは真面目に話を聞いていたとは言い難い。正直、しょーじき、勉強なんて必要になるとは思っていなかった。

 お母さんお父さんは「無駄になることなんてないんだから」としきりに勉強するよう促していたし、由依に対して「奏音に勉強を教えてやってくれ」と懇願するなどしていたのも知っていたけれど。それでもやる気が出なかった。だって……勉強なんか、したってねえ? という思いがあったのだ。

 それでも多少は、『あ! ここ、進研ゼミでやったところだ!』ぐらいの見覚えがあるくらいには、由依も熱心に教えてくれてはいた。


(でも、全然ダメだなー。ちゃんと勉強しとけばよかった。お母さんとお父さんは正しかったんだな……勉強しておいて損はないもんなー)


 鈴木先生の授業は淡々と進み、きっかり50分で教科書を閉じた。「明日は10ページから始めます」と宣言する。

 先生が教室を出たので、わたしは思いきって八代くんに話しかけることにした。


「あの、八代くん? だよね? 教科書、ありがとう」


 八代くんは顔を上げて、不機嫌そうにわたしを見る。「他の教科書も持ってねーの?」と聞かれて、小さくうなずいてみせた。八代くんは舌打ちまじりに、「宮田つかえねえ」と呟く。そんなことないよ、とわたしは慌てた。そもそもわたしが遅れてきたのが悪いわけなのだ。

 じっとわたしの顔を見て、八代くんは机の中から教科書をごそっと出した。どうやら全教科あるようだ。

「オレ、つかわねえから」と言ってわたしの机に置く。わたしは目を丸くしてしまって、「そんなの悪いよ!」と手を振った。別にいい、と八代くんがぶっきらぼうに言う。

 わたしは恐る恐る、「一緒に見ない?」と提案した。

「……いいって。オレ、つかわねえんだよマジで」

「でも、でもさ」

 しどろもどろになりながらも、わたしはさっき借りた数学の教科書を手に取ってページをめくる。そして、指さした。

「こんなにちゃんと書きこんでる。八代くん、ちゃんと授業聞くタイプだよね?」


 八代くんは、急に顔を赤くして「うるせえよ」と言いながらまた机に突っ伏してしまった。どうやら、かなりの悪手だったらしい。失敗である。失敗ではあるが、なんだか八代くんとは仲良くなれそうな気がした。

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