第2話 幸せの青い鳥なら会えばすぐわかるよ、喋るから。

 目が覚めた。

 最近のわたしといったら、寝た覚えもないのに目が覚めてばっかり。しかも病室じゃないし。


 病室じゃ、ないし……?


 飛び起きて、辺りを見る。

 レースのカーテン。ちっちゃい丸テーブル。ピンクのクッション。かわいい動物のカレンダー。

 あまりにも女の子力の高い、部屋だ。だけどそれだけの普通の部屋だ。

 わたしはヒラヒラしたパジャマを着て、突っ立っている。


 もちろんわたしは、先ほどまでの夢を思い出していた。


(夢の続き? うん? 夢じゃない? よくわっかんないや)


 半信半疑、という言葉がこんなにも似合う状況に立たされるとは思わなかった。でも、半分信じてもいいような気がしているのは本当だ。半分信じるぐらいなら、全部信じちゃった方がお得だとは思う。


 わたしは部屋から出て、とりあえず家の中を歩き回る。

 てか神様、家まで用意してくれたんかな。てっきりこの世界でイチから鉄腕ダッシュかと思ってた。よかった、わたし家作るのはムリだなって思ってたから。

 まあ、これがわたしの家だっていう証拠は何もないんだけど。


 とりあえず家主さんにご挨拶しなきゃ、と思いながら「すみませーん」と声をかける。返事はない。

 誰もいないのかな? いたとしてわたしとどのようなご関係なのか知らんけど。


 はぁ……てかわたし昨日とかシャワー浴びてませんわ。体拭いてもらったかもしれんけど臭うかな。人に会う前にシャワー浴びたい。いや待てよ……着ているパジャマもわたしのじゃないし、普通に体も綺麗になってたりすんのかな。

 廊下を歩きながら、わたしは自分の匂いを嗅ぐ。別に臭くはなかったけど、自分の体臭だからかもしれない。

 そのままリビングのドアを開けた。

 ふと、何か小さな青い物体が視界の端で揺れる。


「何してるプル? もしかして、自分の体臭で興奮するタイプの女の子プル?」


 その小さな物体は、言った。

 わたしは辺りを見渡して、他に何か言葉を操りそうな物体を探す。残念ながらその青いのの他には何もなさそうだと確認して、「もっかい喋って」とリクエストする。

 その物体は──わたしにはスズメぐらいの小鳥に見えたんだけど──舞い上がって私の元に降り立った。


「いつまで寝ぼけてんだプル。ここは現実プルよ!」

「ごめん、プルプル言ってて内容が全然頭に入ってこないや」


 つうかこの鳥なんなん? オウムとかかな。喋る種類の鳥なんだな(?)

「えーまたよくわかんない展開だわ。わたし、名前言った?」

「神様から聞いてるプル」

「あっ。あー。なる、ほど、ね。神様のアレ。使い? 的な? 人間なのかなって思ってた……」

「不満プル?」

「不満じゃないけどプルプルうっさいなー」

「めちゃくちゃ不満プルね」

 とりあえずわたしは、その青い小鳥を両手で掴んだ。くぐもった声で、「何するプルー! 離せプルー!」と聞こえる。温かい、生きている動きを感じられた。


「オモチャじゃなさそう……」

「人のことをいきなり鷲掴みにするの、失礼だと思わなかったプル!?」

「やっぱり失礼かな? 金輪際やめるね」


 ふう、とため息混じりにその場に腰を下ろす。

「あんた、名前は?」

「プルリンプル」

「プルリンプル?」

「プルリン、プル」

「プルリンプル」

「プルリンだって言ってんだろ」

「普通に喋れるのでは?」

 疑惑の鳥はわたしの周りを跳ねるようにして飛びながら、「プルリンは幸せの青い鳥プル! 神の使いのキュートな女の子プルよ〜」と歌う。自称幸せの青い鳥は、わたしの太ももに飛び乗った。

「それよりカノン! もっと気になることはないプルか?」

「正直あんたの正体より気になることないわ」

「もう〜〜〜カノン、明日には学校に行かなきゃいけないプルよ! よくもまあこの世界のこともわからないのに平然としていられるプルね」

「平然とはしてないっつうの。あんたが現れてから一度も落ち着いてないからね、わたしの心象世界。あんたは突如現れた核爆弾だから」

 プルリンはわたしの言葉を全て無視して、「いいプル?」と強引に説明を始める。


「この世界は、カノンが前にいた世界とほぼほぼ変わりないプル。同じ日本の平行世界と考えてほしいプル。そして柳奏音は今16歳。高校2年生プル。この春、長野から単身で引っ越してきて、高天原学園に転校するんだプル」

「やっぱプルプル言うのやめてくんないかな……頭に入ってこない」

「必要なものは全部こちらで用意したプル。できるだけカノンが前の世界で持っていた物を複写したプルから、後で確認してほしいプル。明日が最初の登校日プルから、30分は早く行くプルよ」


 それからプルリンは、注意事項を100個ぐらい言った。本当に100個ぐらい言った。わたしは途中から、自分の爪の色をたびたび確認して暇を潰した。


「聞いてるプル?」

「あーわかったわかった。神様ってだいぶ面倒見いいね? ここまでやってくれて」

「普通はこんなことしないプル。でも、『本来の寿命より早く死なせてしまった』なんて、超々クレームものプル。これぐらいしないと埋め合わせできないプル」

「口封じも兼ねて?」

「そりゃあ、どこにも言ってほしくないプル……」

 そうなのか。いや、どこで言いふらせる話か知らんけど。「てか、言わなきゃバレない話なんじゃない?」と言ってやれば、プルリンは「ぴぃ」と驚いたようにひと鳴きして、飛びあがった。「そんな不誠実、ひとの生き死にを管理するものがしていいことじゃないプル!」と叫ぶ。

 いい人なんだね神様って、とわたしは伸びをしながら言った。

「カノンは時々、おそろしいことを言うプル~~~」

「プルリンも神様に言われて来たんだよね」

「そうプルよ。プルリンは、カノンがこの世界に馴染むまでのサポート役プル」

「この世界に、馴染むまで?」

「“この世界に馴染む”だと曖昧プルね。神様は、カノンをこの世界に送り出すにあたって目標を設定しているプル」

「目標、とは」

「結婚プル」


 ん?

 ん???

 あっさりと何を言っているプル?

「この世界に馴染んだという達成基準は数あれど、一番手っ取り早くわかりやすいのがこの世界の人間と愛を育んで結婚することプル。伴侶を得て結婚をすれば、それは“この世界に馴染んだ”と言えるプル。だからプルリンは、それまでのサポート役プル」

「なっ……そんな、いつになるかわかんないよ!」

「カノンはいま16歳プル。もう結婚できる歳プルよ」

「いやいやいやいや」

「まあ、お相手がまだ結婚できない年齢かもしれないことを考慮して、プルたちは3年をサポート期間として予定しているプル。もし結婚できなかった時には延長も考えているプルけど……プルリンも暇じゃないプル。さっさとつがいを見つけて電撃入籍してほしいプル」

「んな無責任な……」

 そう睨んだけれど、プルリンはただプルプル言っただけだった。どうやら口笛を吹いているつもりらしい。「てか、イマドキ結婚だけが幸せじゃないし」と言ってやれば、「『乙女ゲームの世界に行きたい!』なんて願っておいてよく言うプル」と白い目で見られた。まあ、それはまあ……ぐうの音も出ねーや。


「もちろん、結婚のほかにこの世界に馴染んだと思える達成基準があればそれでもいいプル。でもそれが見つからない限りは、プルリンは全力でカノンの結婚をサポートしていくプル。

 というかもっと喜ぶと思ったプルよ。乙女ゲームの世界に来ておいて『まだ結婚は早い』とか、なめてるプル? これは夢じゃないんだプル。いいとこどりで楽しめると思ったら大間違いプルよ。恋をして思いが通じたその時は、一生相手に添い遂げる覚悟を持つべきプル。

 この世界の人々はカノンが元いた世界の人間よりずっと恋に対して真摯なんだプル。ロマンチックが止まらない人種なんだプル。そんな生半可な覚悟じゃ、いたずらに純真をもてあそぶだけプルよ。わかったプル?」

「お、おう……おっしゃる通りです……」


 つまり、今日から新しい人生が始まると思っていたら同時に激しい婚活も始まっていたと。なるほど……16歳、まさかそんなことを考えることになるとは。

 お父さんお母さん、ごめんなさい。よくわかんないけどわたし、3年以内にお嫁さんになります。ふつつかな娘でしたけど……ああ、わたし死んじゃったんだっけ。

 ただのふつつかな娘のまま死んじゃったなぁ。せめて『今までありがとう』ぐらい言ってから死にたかった……。


「何をしんみりしているプル」

「プルリンにはご両親っている?」

「プルリンのパパとママは神様プルよ」

「えっ、すっげえ」


 しんみりムードも吹っ飛んで、私は素直に驚いてしまう。一体どういう生態系してるんだろう。ないのか、そういうの。


「とにかく、今日は早く寝るプル。明日は早起きするプルよ」

「わかってるってえ。明日から学校なのね。いや、よく考えると急だわ~。わたしだって春休みほしいわ~。心の準備とかしたいわ~」

「うっせえプル」

「ときどき雑なんだよね、この生き物」

 わかったよ、と言いながらわたしは肩をすくめる。もうお説教を食らいたくない。「じゃあ、荷物確認してくる」と言って自分の(だと思われる)部屋に駆け込んだ。


 この世界で初めて目が覚めた部屋。女の子らしい、ピンク色の部屋。よく見れば、わたしが使っていた文房具などが散らばっている。さっきまで使っていたかのようだ。複写、とプルリンは言っていたっけ。確かにそれは、わたしが使っていたものと同じだったけれど、そのものではなかった。すべて、新品だった。

 綺麗なボールペンをもてあそびながら、わたしはぼんやりと考える。


 明日から、学校。わたしは高校2年生。この世界で、知っている人は誰もいない。


 テーブルに突っ伏して、たくさんたくさん考える。

 死んだんなら、ちゃんと死んでおけばよかったかなぁ。なんかこんなの、ズルしてるみたい。お父さんもお母さんもいないのに、ここで何ができるんだろう。由依もいないし、本当にひとりぼっちだ。

 会いたいな。みんなに、会いたいな。


 不意に、お母さんの声が聞こえた気がした。『実際に生きてみないと、わからないわ』という声だ。

「わたし、オトナになれないの?」と聞いた時のこと。お父さんもお母さんもたくさん悩んで、答えてくれた。

『実際に生きてみないと、わからないわ。それは奏音だけじゃなくて、みんなそうなの。みんな、いつまで生きるかわからないのよ』

『それに、いつまで生きるかが重要なんじゃない。生きている間に何と出会うか。どう生きていくか、が重要なんだって……お父さんもお母さんも思うんだよ、奏音』


 ああ、わたしは――――この世界で、どうやって生きていこう。何と出会うんだろう。


 バッと顔を上げて、わたしは拳を高くつき上げた。わたしは、あのお母さんの娘だ。あのお父さんの娘だ。『生きてみないとわからない』と言いながらわたしを育ててきたふたりの娘だ。

 ひとりぼっちがなんぼのもんじゃい! それはまだ、この世界と出会っていないだけだ。

 わたしは立ち上がって、鏡の前に立って自分の顔を見た。


「大丈夫! 及第点!」


 やってやろうじゃないか。前の世界のことを捨てきれるわけじゃないけど、この世界にもきっといい出会いがあるはず。そうしたら最後に、みんなで笑えばいい。『こんなことがあったんだよ』ってみんなに報告すればいい。


 明日から学校。焦がれるほど行きたかった、高校だ。わたしは花の女子高生。スカートを3回折る。帰りにクレープとかを食べに行く。


 女子高生好きの皆さんに朗報です。わたしは、明日から女子高生になります。




××× ××× ××× ×××




 と、意気込みまして。気合いは十分だったわけです。本当です。


 次の日のわたしはと言えば、朝食もとらずに家を飛び出す羽目になっていた。


「なんで起こしてくれなかったの!?」

「普通、この状況でぐーすか寝てられるやつはいないプル」

「あー!!! だって朝の放送があってさ! 看護師さんが病室来て『朝ですよー、体温はかりましょうねー』って勝手に体温計さしてくるまで1セットじゃん! それがないと起きられない体になってたー! こわい! こわいこわい習慣ってこわい!」


 なんとか、速足で進む。プルリンが訝しげに、「遅刻するプルよ。走らないプル?」と聞いてきた。わたしは「いやいやいやいや」と高速で手を振る。

「何言ってるんすかプルリンさん。走ったりなんかしたら、お医者さんにしこたま怒られちゃいますよー」

「……カノンはいま、ちょー健康体プルよ?」

「ファッ!?」

 そっか。いや、そりゃそうか。

 ということは――――


 走れるのか、わたし。


 これは~~~~! 世界超えてきた甲斐ありましたわ~~~~! まさかわたし、走れるとは!!

 そうとわかれば、ちんたら歩いてる意味はない。見るがいい、柳奏音16歳の走りを。


 クラウチングスタートの姿勢を取る。風がひと吹きし、いよいよわたしは弾かれたように走り出した。

「プル!?」となぜかプルリンが非常に驚いたように鳴く。


「おっそ!! おっそいプル、カノン! それで走っているつもりプル!?」


 わたしはやけくそのように手足を動かしながら、「なんで体力を底上げしてくれなかったの?」と叫んだ。「体力とかの問題じゃないプルよ、それ」とプルリンは余裕でわたしの横を飛ぶ。

「ムリムリ、これムリ。学校につく前にわたしの体力が尽きる」

「歩いてる時とスピードは変わらないプル。やめちまえプル」

 ぎゃーぎゃー文句を言うわたしを、呆れたようにプルリンは見る。


 ふと、プルリンが「あっ、カノン気をつけるプル!」と言ってきた。しかし、時すでに遅し。急ブレーキなどかけられるわけもなく、わたしは角から現れた人影と見事にぶつかった。ぶつかった相手は男の子らしい。がっつりとわたしを受け止めて、肩を掴んだ。

「あっ、あっ、ごめんなさ……」

 見上げると、男の子は「こっちこそすみません、音楽聴いてて」とヘッドホンをずり上げた。わたしと似た制服を着ている。もしかしたら、同じ学校なのかもしれない。それにしても、女の子かと思うほどの可愛らしい顔である。

 しばらく見とれて、ハッとした。


「アアッ! 学校! わたし、急いでて。ほんと、ぶつかっちゃってごめんなさい。あとでまた会えたら、ジュースおごるんで! やばい、今何時だろ。わたし8時10分に学校つかなきゃいけないんです」

「いま、8時半ですよ」

「ギャース!」


 わたしは絶望する。始業時間は8時40分だ。このままでは、その時間にたどり着けるかすら危うい。「本当にごめんなさーい!」と言いながら、わたしは走り出した。

 プルリンから激励という名の罵倒を受けながら、わたしは走る。なんとか、始業のベルを聞く前には職員室にたどり着いたのだった。

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