〇三〇××号室 天駆ける金色の翼 五

「大家直属の……管理人」

「そうさ。イェルプフ王女、あんたが使えなくなったとき、その切り札としての管理人だから、表にはまだ出てきてないがね」

「いったい――」

「だから王女、あんたが今はまだ管理人だ、形だけだが。とはいえ見るところ、あんたはもう不安定だ。いつ心が破れ、お役御免になっても不思議ではない。大家に報告しておくよ、あんたの状況を」

「王女って、そもそも――」

「それは今度、そこの補佐にでも聞いてみるといいさ。だいたい、あんたらも店子連中も、無知蒙昧な馬鹿どもさ。そもそもここ楡の木荘は、地中奥深くに掘られたアパートなどではない。そんなことすら気づかないんだからな」


 お嬢の問いは軽く流して、ソルマーが続けやした。


「このアパートは、亜空間に建設されたんだ。そう、亜空間の発見。そしてアルトビエレ推進機関の実現。これらこそが、すべての始まりって奴よ」


 アルトビエレ――ここにも出てきたっす。でも考えるのは後。とりあえず今は――。


「管理人室の庭から見える太陽だって、亜空間に投影された映像。そんなことは常識でやす」

「そんな規模じゃない。そもそもあんたらが『異世界』の遺物とかオーパーツとか言ってる奴な、あれは異世界なんかじゃない。俺たちの先祖の遺産さ」

「先祖の」

「ああ。古代エルフィン語を使っていた、そう、ニホンって国だったそうだ」

「ニホン……」

「こんな低レベルの欺瞞に騙されるから、あんたらは愚かなんだ。いいか楡の木荘は、巨大な方舟なんだ、亜空間に構築された。亜空間に店子と過去の文化遺産・文明遺産を収めた方舟」

「方舟ってことは、旅してるってことなのか」

「そうだよキッザァ。亜空間が発見できたからこそ、巨大な居住空間や遺物を、方舟に詰め込むことができたんだからな。俺たちは旅をしている。大空を飛んでいるんだ。星々の世界を。アルトビエレの翼に乗って。そう、誰も知らない約束の地に向かって」

「じゃあ『世界の外側』ってのは、方舟の外側ってことか」

「あー王土戦争のときの伝説ね」


 なにを思ったのか、ソルマーがにやけやした。


「イェルプフ王女が見た『世界の外側』は、方舟の外じゃあない。楡の木荘の外――つまり、方舟の操船機能さ」

「操船……機能」

「ああ。そこには楡の木荘の店子ではない、操船担当の――」


 そのとき、また強い余震が、ソルマーの言葉を消しやした。


「おっと無駄口を利きすぎた。とにかく俺は、制御室で火災を止める。あんたらも協力してくれ」

「なんであっしらが、お前ごときに――」

「利害は同じ。俺たちの目的は、楡の木荘の危機を救うことだろ。協力するのが当然だ。なあ、管理人様よ――」

「お前――」

「わかりました。協力しましょう」


 あっしを遮って、お嬢がひとこと。唇をきっと結んで、意志の強そうな瞳で。


「そう来なくちゃ。さすが補佐とは違って、一応管理人だ。大きなところを見られるんだな」

「どうすればいいの」

「さっき言ったとおり、制御室は三室で構成されている。連中が飛び出してきたのは、搬送室。その奥に、今まさに暴走中の、エネルギー展開室。そしてキーになるのは、操作盤のある主室だ。ここに入って、エネルギーの流れを補正する」


 ソルマーは説明を始めやした。主室は楡の木荘どころかこの方舟にとって極めて重要な機能なので、セキュリティーが万全。盗掘犯すら入れずに、搬送室からエネルギーを抜いていたくらいで。なのでそこに入るのに、お嬢の力を発揮してほしいと。


 店子が出てきた穴から入ると、搬送室って奴は、ソルマーの説明どおり、パイプが整然と並ぶ、異様な部屋でやんした。


 なにしろエネルギー通路が、パイプって呼ぶのも失礼なほどどでかい。太さ二メートルほどの、真鍮のように鈍く輝く金属パイプ。暴走で熱を持っており、触ると手が熔けるって話なんで、注意深く避けて歩きやす。


 盗掘に使っていた治具らしきものはすでに外され、部屋のそこここに転がってやす。暴走で怖くなって外したんでやすな。営繕要請たちが治具を手に取り、分解して壊し始めやした。


 搬送室には窓もない。出入り口はふたつ。ひとつは盗掘犯がどうにか開けて使っていた、廊下に通じる扉。ここは地震で歪んでびくともしない。


 もうひとつの扉は、主室へと通じる奴。ただこれ、鍵穴なんかありもしない。かなり高レベルの施錠が施されていると思しき品で。壁も扉も、例の、金と銀とが合わさったような見事な色の金属製でやす。


「この扉をぶち破って下さい」

「主室に通じる奴ね」

「ええ。……ただ、壁になるだけ影響しないように。中になにが通ってるかわからない。その点――」

「扉ならそんな心配はないってことね」

「さすがは管理人だ」


 微妙にあてこする感じのソルマーには答えず、お嬢は集中に入りやした。両手のひらを合わせるように、なにかを撫でるような動作をして。両手の間の空間が歪み、向こう側が奇妙にひずんで見えやす。ぽっと火種が灯ると、あっという間にそれは巨大な火球へと成長。お嬢の気合いと共に手を離れ、壁へと殺到しやす。そして――。




「どんっ」




 扉の中央に、穴が開きやした。ちょうど人ひとり通れるほどの。


「よしっ。なんだちゃんと制御できるじゃないか」


 余計なひとことを残し、ソルマーが主室に入る。あっしらも続きやす。


 主室は、これまでにも増して殺風景な部屋でやんした。大きめの居間ほどの小振りな部屋で、扉が二箇所、窓はなし。装飾品はまるでなく、一方の壁のみに計器や画像表示装置、操作盤が配置され、金属製のそっけない椅子が三つほど並ぶだけという。


「さて……と」


 ウェアウルフたるソルマーが文字通り長い舌で舌なめずりをした瞬間、床が大きく揺れやした。


「くそっまた余震だ」


 金属がぶつかり合い、軋むような音が、四方どころか上下からも聞こえてきやす。


「振動感覚が短くなってきてやがる」


 眉を歪めると、手にした装置を、制御盤に取り付け始めやした。制御盤のパネルを開け、装置から伸びたコードをあれこれ差し込んだりクリップで留めたり。


 椅子があるのに、座りもしない。中腰になって制御盤の下を覗き込んだり、立ったままあれこれしたり。


「火災現場の直近というのに、あんまり暑くないでやすな」

「そうね。意外なことに、煙もないし。……まあ少しいがらっぽいけれど」

「そりゃ、最重要機能だけに空調はじめ、保守装置の容量が大きいからな。むしろここから排除された排熱が問題だ。発火はおそらくそのルートで……」


 上の空で答えると、忙しく手を動かしてやす。


「さて、測定して……。おっ」


 制御盤の表示装置を覗き込んでいたソルマーが、頭をのけぞらせやした。


「エネルギー崩落まで、あと一時間もないじゃないか」


 なぜかうれしそうな声でやす。世界が滅亡の危機だというのに、こいつはいったいなにを考えているんでやしょうか。

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