エイプリルイフストーリー


例えば世界が彼、彼女にもう少し優しかったら



世界は人が思っているより優しくて、自分自身が考えているより難しいものじゃない。

少し前にあたしが知ったことだから間違いはない。ほんの少し自分の目を周りに向けてみる、それだけでいい。それだけで、自分の世界は大きく変わる。

そう、あたしの世界は宝石みたいに輝いている!!


「ーーーなーんてことを考えているんですよ、最近のあたしは」


現状、歌劇中。以上。


「とにかくですね、ちゃんと人を頼りなさいって話なのよ。みんな寝てるし聞いてないだろうけど、一人で抱え込まないのっ!って話ね。わかった?わかったら起きてる人手挙げてー」


会場に問いかければ、ちらほらと挙げられた手が見える。

ひーふーみー…四人くらい?


「だいたい五人くらいですねー。じゃあ今回の歌劇もこの辺で終わるので、起きてる人は後で集合ですよー。あたしへのワンポイントアドバイス待ってます。以上、この時間は咲澄日結花が担当しましたー。お疲れ様でした」


ぱぱっと話をまとめて退場する。これであとは感想会だけ。

今日もいつもと同じ感じに見たことあるような顔がいくつかあったかな。さくさく終わらせましょ。



「こんにちはー、って藍崎さんじゃないですかー!お久しぶりです!」

「あはは、こんにちは。お久しぶりです。日結花さんはお元気そうでなによりです」


感想会も最後、現れたのは爽やかに笑う癒し系お兄さんの藍崎あおさき郁弥いくやさんだった。

一番目はスーツのお姉さん、やけに丁寧な喋り方な人だった。二番目はパリッと髪が決まった金髪の男の人。一人称がわたくしで、海外を飛び回る起業家だそう。ちなみにイケメン。三番目は普通のおじさん。なんか感動してちょっと泣いてた。また来ますって言ってたけど、このあと別の歌劇だって。眠りにくい体質で、あたしの歌劇は半分くらい眠れてよかったとかなんとか。そして四番目。


「ふふふー、あたしが元気なのは当たり前です。だって世界はこんなにも明るく輝いているんですから!」

「はは、本当にそうですね。僕もいろんな人から喜びの言葉をもらうと、そんな気持ちになりますから」

「ふふ、そうですよねー。藍崎さんもあたしと似たようなお仕事ですもんねー」

「ですね。僕はファーマーですから日結花さんとは色々違いますけど、でもやっぱり感謝とかは同じですし」


そう、この藍崎さん。なんとファーマーなのよ。

ファーマー、The Person,Action Movement Atracted(Charmed) Human.の略、PAMAHを日本語的に綺麗にまとめたもの。

何がどうなってファーマーになったのかは知らない。国が決めたんだし。ていうかまだ動者どうものの方が浸透したままだし。別にどーもの人でいいのにね。可愛いじゃない。


「藍崎さんはお仕事どうですか?ちょっと前にママから共演したって聞きましたけど。舞台で木の役やったそうですね?」

「あ、あはは。そりゃ聞いてますよねー…」

「ふふ、もちろん聞いてますよー」


お喋りする木の役で、黒と白の軍勢を仲裁する立場だったとか。賢者の木みたいな立ち位置で、木なのに割と重要だったわーってママから聞いた。木なのに。


「あれはなんというか…ジェントルマンな木でした」

「…ジェントルマン?」


ちょっとよくわからない。


「説明が難しいんですよ。ほらそれより、日結花さんの方こそどうですか?結構意欲的だと小耳に挟んだんですけど」

「おー、ふふ、実はですね。あたし、また映画の吹き替えやることになったんです!」

「…その映画のジャンルは?」

「…サスペンスアクションです」

「つまりコメディやミュージアムではない、と」

「…そうです」

「はっはっは、なるほどそうですか。また希望と違うものが来たわけですか」

「うぐ…そうですよー」



親しげ、というより実際そこそこ親しい関係な藍崎さんとの会話に花を咲かせて、今日の歌劇は終わりを迎えることとなった。

藍崎さんって、なんか話しやすいのよね。いやファーマーだし当然なんだけどさ。でも、変にあたしに優しいというか、あたしに向ける視線がきらきらしているというか…。別に悪いことじゃないからいいけど、無条件に好かれるとあたしも嬉しくなっちゃうからやめてほしいわ。ううん、やめてはほしくないかも。だってほら、やめられたらそれはそれで悲しいじゃない。


「ふむふむふむ…日結花、それはね」


などなどと、そんな微妙で複雑な感じをママに伝えたら、しきりに頷いてきた。しかもすっごくいい笑顔。


「それは恋よ。日結花、あなた恋してるのよ」

「こ、恋?」


恋ってあの、恋愛とかそういう…その恋?


「ええ。まだまだ自覚はないみたいね。うふふ、日結花も恋をするようになっちゃったのねー、お母さん嬉しいわ」

「あ、頭なでないでよ…もう」


恋だなんてそんな…別に藍崎さんはそういんじゃないもん。

優しくて話していて楽しくて、笑顔がふわふわしてて雰囲気柔らかくて…それだけだし。


「あら、うふふ、顔赤くなってるわよー」

「なな、なってない!」


頬が熱いのは気のせい!気のせいよ!


「はいはい、わかりましたー。でも、ふふ、郁弥君ね。いい子よね、あの子」

「…うん」


それはわかってる。


「前に言ってたのよ、郁弥君。日結花の声は心に良いって。本当に眠りたいときは日結花の声が一番眠れるんだーって」

「…そっか…えへへ」

「それに、やっぱり人を笑顔にする仕事はすごいなぁって言ってたわ。子供から大人までみんなを笑顔にする日結花を尊敬しているんですって」

「…あの人そんなこと言ってたんだ」


だからあんなにきらきらした目をしてたのね。


「うふふ、今度会ったときにでもこのこと話してみなさい。きっと郁弥君、すごく面白い反応してくれるわよ?」

「ふふ、わかった。伝えてみる」


あたしのことをそれだけ想ってくれてたなら、ちゃんとお礼してあげなくっちゃね。ありがとうって伝えてあげましょ。藍崎さんのことだから、たぶんそのうち歌劇か何かで会えるわ。

ふふ、ちょっと楽しみかも。


「日結花、頬緩んでるわよ」

「ゆ、ゆるんでないもん!」


べつに恋とかそういうのじゃないからね、ほんとに。ただお話したいだけなの。深い意味はないわ!本当に恋とかじゃ…うん、たぶんない。とりあえずあれね、会ってから考えましょ。


「よし決めた。今度会ったとき考えてみるわ」

「あら、ふふ、ご自由にどうぞ。私は応援しているわよー」


ニコニコと笑みを浮かべるママから目をそらしてテレビを見つめる。画面を見ているはずなのに、やけにきらめいている藍崎さんの笑顔が浮かんで余計に顔が熱くなった。



この数日後に、同じ仕事で藍崎さんと会うことになるとは思ってもみなかった。まるで運命か何かのように縁が繋がっているような、そんな気がしてしまう。

藍崎郁弥さんは、あたしにとっていったいどんな人になるのか、それはまだまだわからない。

でも、きっとそれは真っ直ぐで、真っ当で、明るくて、輝いていて、王道そのものを行くような関係性になるのだと思う。

だって、この世界は宝石みたいに輝いているんだから。

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