1. すれ違って傷つけて、そしてもう一度


※このお話は、本編にリンクしているため本編が追い付いたところでそちらにも掲載します。いわば先取りのようなものです。それは『数年後のお話』についても同じになると思います。

※このお話を書くにあたって、時系列を整えるため『数年後のお話その5』で知宵に恋愛話を振る場面の会話を変更しています。





それは、ほんの些細な会話がきっかけだった。

ごく小さなことが始まりで、相手のことはきちんとわかっていたはずなのに、一度失敗して学んでいたことだったのに、馬鹿なあたしはまた同じことをしてしまう。

これは、ただあたしが、大好きな人を傷つけるだけのお話。

傷つけて、思い直して、もう一度心を重ねるまでの一幕。あたしたちにしては珍しい、胸が苦しくて心が痛むような、あたしと郁弥さんの、短くて長い、大切な日の出来事。




「実際、日結花ひゆかさんの彼氏さんの藍崎あおさきさんってどれくらい日結花さんのこと好きなんですか?」

「ん?郁弥さんが?」

「はい」


珍しく"あおさきれでぃお"と"なみはなタイム"のパーソナリティーが全員揃って打ち合わせを行った。今は打ち合わせ後の雑談。全員見知った顔なので特に身構えることもない中での気になる一言。

花絵はなえちゃんに言われるのも仕方ないかな、とは思った。この四人の中で郁弥いくやさん本人と親しくしているのは知宵くらいだから。


「あー、それは私も気になるかも。一応前に会ったことはあるけど、そのときは普通に日結花ちゃんの話信じちゃったし」

「あぁ、日結花が従兄弟いとこだと偽った話ね」

「うんうん。もう全然疑わなかったよ。かるーく騙された」


じとりとした眼差しをあたしに向ける智美から目をそらし、花絵ちゃんの言葉に返事をする。


「どれくらいだなんて、そんなの暇さえあればあたしのことばかり考えているくらいよ」

「わぁ。自信満々ですね…」


ちょっぴり呆れ気味に返された。

残念、その呆れはあたしからしたら褒めにしかならないわ。


「まあ、恋人だもの」

「そうですかぁ…」


ぽつりと呟き、それから続けて言葉を吐き出す。


「でも、よくそこまでお互いを好きになれましたね。私は…私には、そんなにまで人を信じることはできません」

「「……」」


どこか遠くを見るように目を細める花絵ちゃんに、あたしと知宵ちよいは顔を見合わせて疑問符を浮かべる。


「…はぁ、また花ちゃんのだめだめなところが顔を出しちゃったかー」

「な、なんですかその言い方はー!」

「えー、だって本当のことだし?」

「ぐぐ…べ、別に私だって好き好んでだめだめなんかじゃないですぅー!」


一瞬静かになった空気はあっさり断ち切られた。

おそらく、花絵ちゃんと智美ともみには同じラジオをやっているパーソナリティーらしく色々とわかっていることがあるのでしょうね。あたしと知宵に色々あるのと同じように、あっちもあっちでわかりあっていることがあるのも当然。さっきの花絵ちゃんのことも、その一つだとしたら納得がいくわ。


「ふふ、今自分がだめだめだって認めたね?花絵さんやい。認めたね?」

「ななっ!?み、認めてませんよ?全然認めてませんから!」

「ふふん。どれだけ一緒にお喋りしていると思っているのかな?今認めなくてもこれまでのラジオを聞けばすべてまるっとわかってしまうのだよ」


わいわいと話す二人を眺めながら手元の紅茶に口をつける。


「ううう…だ、だいたいですね!智美ちゃんだって気になったんじゃないですか!?だって日結花さんですよ!?私たちが憧れた"あおさき"の片割れですよっ!?」

「「え?」」

「…いや、私を巻き込まないでほしいんだけど。確かに知宵ちゃんには憧れているけどさ」

「…と、智美さん?それは本当なのかしら?」

「わ、知宵が照れてる…いやそれより智美。あんたあたしだけ外すってどういうことよ」

「だって日結花ちゃんは日結花ちゃんだし…知宵ちゃん。うん。まあ本当だよ。これでも知宵ちゃんのファンなんだ。えへへ」

「な、なんですかこの状況は…」

「…それはあたしが言いたいわよ」


少しごちゃつきすぎ。もっとこう、スマートに会話した方がいいと思うのよ、あたし。


「と、とにかくですね!はいみなさん注目!」


ピシッと手を伸ばしてテーブルの真ん中を陣取った花絵ちゃんにみんなで注目する。


「…ええっと」


三人ぶんの視線を集めて少しだけたじろぐ。

…一番後輩だとはいえ、自分で注目集めておいてそれはないわ。花絵ちゃん。だめだめよ。


「これはだめだめだね」

「だめだめね」

「確かにだめだめね」

「うぅぅ…そ、それより!どうやったら人に好かれて好きになって信頼を築けるのか私は知りたいんです!」


頬を真っ赤に染めながら一息で言い切った。

信頼を築けるか…か。


「…うーん。花ちゃんの言うままじゃないけど、どれくらい好かれているとかは私もちょっとくらい気にはなる、かな」

「私は別に。郁弥さんのことならある程度は知っているもの」

「ん…そうね」


あの人との信頼関係…。今まで一つずつ積み上げてきた信頼は、少しずつ縮めてきた距離はちゃんとわかってる。でも…でも、実際にどれくらいの気持ちがあるのか、わかりやすく答えとしては形になっていない。これだけ一緒にいて、一応恋人にもなって…それでもまだ、どうしてか何かが足りないと思っちゃう。

だって、信頼とか好きとかの想いは目に見えない形のないものだから…。


「…いいわ。考えましょ。郁弥さんとの信頼関係を形にする方法を考えるわよ」




「―――と、いうわけなんです」


四人で考えて出した一つの答えのために、とある人を説得に来ていた。今日も"フィオーレスタイル"のイベントで"あおさき"と"なみはな"が揃ったので、事前に連絡を入れておいた千導せんどう鮎夢あゆむさんに言いだしっぺの花絵ちゃんが話を伝える。


「な、なるほど…」


花絵ちゃんの力強い話を聞いて、困惑の表情を見せながら一つ頷く。

鮎夢さんもあたしたちと同じく"フィオーレスタイル"のラジオ番組でパーソナリティーを務める一人。しかもソロラジオなので、一人でずっとこなしている。"あおさき"よりも先輩になるので、最初はあたしも知宵もイベントのことを聞いたりとお世話になった。当然花絵ちゃんや智美もお世話になっているわけで、"フィオーレスタイル"でも大先輩みたいな立ち位置になっている。

ちなみに、鮎夢さんは女性。背は知宵より少し高く髪型はショートかベリーショートか。とにかく短い。顔立ちがかっこよく、男装の麗人とかそんな風に言われるような人。


「つまり、私には日結花ちゃんの彼氏役をやってほしいと、そういうことかな?」

「はい」


苦笑しながら問いかけてくる鮎夢さんに頷いて答えた。

話し方すら男の人っぽく、なおかつ声質もかっこいい系なのでファンも多いとかなんとか。


「…そうだね。わざわざお願いしに来てくれたことだし、私も演じてあげるのはいいんだけど…」


そこで一度言葉を区切って、考えるように目を閉じてから数秒。


「…一つだけ聞きたいんだ。その藍崎さんのこと、日結花ちゃんは好きなんだね?」


どうしてか、ひどく真剣な瞳であたしに聞いてくる。


「はい。それはもちろんです。大好きです。誰よりも、何よりも。家族と同じ、ううん。それ以上に大好きです」


スッと心からの言葉が簡単に出た。悩むこともなく、なんの躊躇いもなくさっと言葉を出せた。

自分で言っておいて、それだけ郁弥さんのことを好きな自分自身に笑ってしまう。


「…そっか。ふふ、なら安心だ。いいよ。私でよければその役目、引き受けさせていただこうかな」


あたしの答えを聞いて納得してくれたのか、今見せていた真剣な表情が嘘かのように軽く笑ってくれた。


「ふっふっふ、やりましたね。これで後は決行するだけですよ」

「そうだねー。まあ、問題が起きたら起きたで全部花ちゃんがどうにかしてくれるからいいかな」

「え、な、なななんですかそれ!?」

「え?なにって?そのまんま?」

「そんなぽけっとした顔しないでくださいよ!」

「あははは、君たちは相変わらずだなぁ。よしよし、何かあったら私も手伝ってあげよう。ま、そう簡単に失敗なんてするとは思えないけどね。ところで、私はどんな性格でいけばいいんだい?」

「「え…そ、そのままでいいと思います」」


きゃーきゃーする鮎夢さんプラス二人を見ながら、あたしは少しだけ胸に刺さるものへと頭を巡らせる。

どうして鮎夢さんは、さっきあんなこと聞いてきたのかな。あたしが郁弥さんを好きかどうかで変わることなんて…。


「日結花、考え事?」

「ん?うん…」


隣から声をかけてきた知宵に言葉を返す。ただ考えることはやめず、ぐるぐるともやもやしたものに悩む。


「さっきのことかしら?あなたが郁弥さんを好きかどうかという話」

「…うん」


ちょうど考えていることを言い当てられて隣に顔を向ける。知宵の様子は特に変わったこともなく普段通り。


「はぁ…」


…いつも通りかと思ったらそんなことはなかった。堂々とため息をつかれてむかっとくる。


「なに?またつまんないことで悩んでーとか思ってる?」


…まあつまんないかもしれないけど。でもあたしにとっては大事なことなんだもの。


「いえ、つまらないというより、また郁弥さんのことで悩んでいるのね、と思って」

「…むぅ」


予想外のことを言われて、なんとも言葉を返しずらい。


「彼のことになるとあなたはいつもそうだけれど、あなたが彼を好きでいるならそれでいいじゃない」

「どういうこと?」

「どんな問題が起きようと、どんな失敗をしようと、きちんと気持ちを伝えればいいだけでしょう?郁弥さんがあなたのことを大好きでいるのはわかり切っていることなのだから、つまづいたらそのぶん想いを伝えればいいのよ。人間、誰だって失敗を重ねて生きているんだもの」

「……」


ちょっと、驚いたかも。まさか知宵からこんなストレートなアドバイスがくるなんて思ってもみなかった。それになんか…わかりやすい答えで納得できたからか、すごく気が楽になったのよ。


「な、なに?そんな目で見ていないで何か言いなさいよ」

「…ううん。知宵、ありがと」


恥ずかしそうに頬を染めてうろたえる親友にお礼を言い、少しの間目を閉じる。

今はわからないけれど、もしも何か失敗があったとして、そんなときにちゃんと自分の気持ちを伝えられるようにしておこう。なにもできないままじゃない、すぐにでも今のあたしを全部伝えられるようにしておかなくちゃいけない。

あたしは郁弥さんのことが大好きで、郁弥さんはあたしのことが大好きで。大事なことはちゃんと言葉にして、行動にして、伝えなくちゃだめだから。

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