数年後のお話その6

「…いったいなんの話をしていたのだったかしら?」

「どうやって声者になったのか、だったかな。私は順当に研修受けて、日結花ちゃんは今聞いたばかり。知宵ちゃんもさっき私と違うって話だったよね?」

「あぁ。そうだったわね」


知宵についてはあたしも少しは知っている。

ううん。訂正。だいたい知ってる。だてに何度も一緒に遊んだりしていないわ。


「私は…いえ、私のことは二人とも知っているのじゃなくて?日結花はもちろん、"あおさき"を聞いているなら胡桃も私の昔話は色々知っていると思うのだけれど」

「あー、言われてみれば」


さっきの知宵が研修を受けたとかの話は聞いたことなかったけど、声者になった経緯とか事務所がどうとかそういうのは全部知ってる。知宵の実家で話した、というよりDJCDにそんな内容も入っていたような気がしないでもない。


「知ってるけど、知宵ちゃんから直接聞きたいんだもん」


胡桃の嬉し恥ずかしな言葉を聞いて、知宵と顔を見合わせる。


「…なるほど」


あたしのよく知る"らしい"顔をして一つ頷いた。一口飲み物を飲み、リラックスした様子で口を開く。


「いいわ。最初から話しましょう。私が声者のラジオを聞いていたことから始まるわ。番組名は"声者おんせんラジオ"なのだけれど、知っている?」

「あたしは聞いたことないわ」

「私も知らないかな。日結花ちゃんも知らないってことは、ローカルのラジオ?」


顎に人差し指を当てながらの言葉。

おそらくは胡桃の言う通りローカル番組。名前は…関係あるのかしら。知宵の実家加賀温泉郷だし、温泉なら名前にかかるしあるのかも。


「ええ。石川で放送されている番組よ。今も放送されていたはずだけれど、私と縁のある声者の人はパーソナリティを代わったはずだから正しいかはわからないわ。なんにせよ、そのラジオのとある企画が始まりね」


ふむふむ、やっぱりローカルか。この辺の細かい話は聞いてなかったから割と新鮮ね。


「とある企画って…ふっふっふ、私知ってるよ、それ」

「ふむ…なら聞くけれど、どのような企画だった?」


変に自慢げな胡桃を他所にアイスグリーンティーを口に含む。ついでに携帯を取り出し、通知を確認。

…まぁ!郁弥さんったらあたしに返事くれているじゃないのっ!……えーっとなになにー?


【いったいなんのこと?】


…そうよねー。いきなり知宵と一緒にどうとか言い出したらそうなるわよね。


【ううん。なんでもない。今度またあなたの家に遊びに行かせてねーって言いたかっただけ】


…よし、これで大丈夫。


「ボイスドラマでしょ!それは知ってたんだよねー、えへへ」

「正解よ。そのボイスドラマに応募して無事採用されたわ。収録場所は金沢駅。それまで本物のスタジオや本物の声者に触れたことがなかった私にはものすごい経験だったわね」


懐かしむように目を細める。きっと当時の自分を思い出しているんだと思う。


「初めての収録かぁ。ふふ、そのときの知宵ちゃんってまだ高校生だったんだよね?」

「ええ。進路に悩んでいたところでのそれだったのよ。声者の仕事をしてみて、現役の人に話を聞いてみて、私のやってみたかったナレーションのことを聞いてみて…そう、あのときね。あのとき改めてナレーションをしたいと思ったのよ」


知宵にしては力がこもった言い方。お酒の力もあるのか、頬を薄っすら赤くして瞳に強い光が宿っているようにも見える。


「そっかー。…それでそれで?」

「それからは"おんせんラジオ"を担当していた声者とディレクターから素養試験の話を聞いて、とにかく試験を受けてみることにしたわ。試験に通ってからは当時のラジオパーソナリティーが所属していた"歌団シンスイ"からスカウトを受けたのよ。私がボイスドラマ用に送った音声データと素養試験の細かい結果を見たからかしらね。事務所の上の人が直接私と私の家族に話をしにきたわ」

「ええぇ…」

「スカウト受けたのは知ってたけど、まさかそこまで熱烈なスカウトだったなんて…」


声者からちょろっとお誘い受けただけだと思ったら、まさかの説得コースだったとは。…そりゃ歌劇も拡歌もできて演技もすごくて歌上手いわよ。目をつけた"歌団シンスイ"の人もやるわね。


【別にそれはいいよ。いくらでも来てね。日結花ちゃんならいつだって歓迎だから】


っと、あら早いこと。いつでもうちに来てですって…もー郁弥さんってば大好き―。


【ありがと。また今度お邪魔するわ。あと、今から会える?】


…うん。ちょっとね、ほら。飲み会だし。あたしたち三人集まってるし。ちょうどいいでしょ?うん。


「もともと断るつもりはなかったのだけれど、お母さんお父さんとも話して、とりあえず高校を卒業してからとの話で落ち着いたわ。…まあ、色々と私有利な契約条件になったのは私の両親の賜物たまものかしらね」

「そ、そうなんだ…」

「高校を卒業して東京に来てからはさっき私が少し伝えたままよ。基礎研修はなしに国家研修を半年受けながら吹き替えや声当ての仕事を進め、半年後に本資格を得て歌劇の始まりね」

「ふんふん。それはさっき聞いたところだね」

「ええ。本資格を得てさらに半年後。つまり、私が上京して一年後になるわね。"歌団シンスイ"の方でアーティストを打ち出す話があったのよ。声者として拡歌の適性もあった私がそれにかかわるのは当然だった…というより、それ含めての契約だったのだけれど」

「む、むぅ…聞けば聞くほど知宵ちゃんがすごく感じるよ」


ボイスドラマでも歌入ってたとか前に聞いたから、その辺はなんとなくわかってたかな。あたしは別にものすごく歌上手いとかないし、拡歌の適性も全然ないからそういうことなかったけど、それでもリルシャで歌ったりしてるんだもの。知宵くらい上手だと事務所側で押し出すのも当然かもしれないわ。


【え、今から?】

【うん。今から】


時刻は18時前。まだそんなに遅くないから時間的には大丈夫。郁弥さんなら…絶対来るわね。だって郁弥さんだもの。


「ボイスドラマで歌を歌ったことも関係していたわね。とにかくソロアーティストとしてデビューした私は拡歌にも取り組み始めたわ。…私が声者になった経緯はこれくらいね」

「…うーん」

「どうかした?」

「え、うーん…えっとね。日結花ちゃんが10歳からお仕事していた話もすごかったけど、知宵ちゃんのお話もすごかったなぁって…」


どことなく暗い表情をする胡桃。いつもぽわぽわして全開の癒しオーラがしょんぼりとしぼんで見える。

この子に暗い表情って似合わないわね…。なんとなく考えてることはわかるし…仕方ないなぁまったく。


「胡桃、もしかしてあれ?あたしたちが天才過ぎて自分が小さく見えちゃったとかそういうやつ?」

「わ、わぁー…日結花ちゃん容赦なさすぎるよぉ」


うぅっと胸を抑える仕草が可愛らしい。


「ふふ、だってほんとのことだもの。声者なんてほとんど才能の世界だし、そこは変えようがないじゃない。ねー知宵ー」

「ええ。それに関してはどうしようもない事実よ」

「うぐ…」


知宵もあたしが言いたいことをわかってくれたのか、柔らかく微笑んでくれている。


「でもね。ある一定以上の才能さえあれば後は自分次第なのよ。歌も演技も、お喋りに選ぶお仕事に」

「…そうなの、かな」


不安そうにあたしを見つめる。

ふふ、大丈夫大丈夫。安心しなさい。ちゃんと励ましてあげるから。あたし、友達にはすっごく優しいんだからっ。


「胡桃だって十分"力"はあるでしょ?お仕事だって頑張ってきてるし、あたし、胡桃は良い物持ってると思うのよ」

「良い物?」


例えば声質とか。単純な"力"じゃなくて、お仕事で大事な声質はものすごい良い物だと思う。穏やかで柔らかくてふにゃっとした可愛い声をしている人はそうそういない。喋り方とか性格とかもあいまって、ほんとに癒されるのよ、この子。


「知宵、どう思う?」

「そこで私に振るの?」

「だめだった?」

「別にいいけれど…」


そこで言葉を切った知宵に胡桃の視線が移る。さっきまでの不安は消えて、今は期待と疑問が大きい。


「私も日結花と同じよ。胡桃は素敵な声をしていると思うわ。あなたの性格かしらね。話し方も声と同じく柔らかいから聞いていて心地いいのよ。…だから、ええ。日結花が癒し癒し言うのもわかるくらいには私もあなたのことが好きよ」

「す、すきって…え、えへへ。あ、ありがとう知宵ちゃん!」


照れ照れとにっこり笑う胡桃からぽやっと癒しオーラが…ふぅ、そうよ。胡桃はこうでなくっちゃ。


「それにね。そもそも胡桃があたしたちと比較することがおかしいのよ」

「え、どういうこと?」


不思議そうにあたしを見つめる瞳に軽く笑いかけた。


「だって、あたしも知宵もあんたよりすっごく先輩だし。胡桃が18から始めて今年で4年目でしょ?あたしは10歳から始めてもう9年目だし。知宵も18から始めて今25だから7年目。しかもよ?あたしは育った環境からして声者になるためにあったようなものだし、知宵は才能の塊みたいな子だし」

「…そうだった、ね。日結花ちゃんって私より5年も先輩だったんだね。忘れてたよ…」


苦笑いをこぼす…けれど、さっきみたいな暗い雰囲気はない。

これならもう大丈夫そう。


「ふふ、自分で言うのもなんだけど、あたしたちに並ぶのは大変よ?」

「い、いやぁ。え、えへへ。並ぶのはいいかなぁって思ったり?」


ごまかし笑いは通用しないと何度も…言ってはないか。まあどうでもいいけど。


「ねえ知宵。胡桃があたしたちよりすごくなるってさ」

「ええ。なかなか大きいことを言うわね。是非頑張ってもらいたいわ。私は応援するわよ」

「ふふ。そりゃそうよねー。あたしも応援するわ。胡桃、頑張って」

「うぐ…さ、さっきとは違う意味で不安になってきちゃったよ…」


とりあえず話がひと段落したところで、ぱっと携帯を見れば。


【いいけど…どこ?咲見岡?】


さっすがダーリン。ふふ、これでまた面白いことになりそうね。





「…ふぅ」

「……?」

「……」

「…え、もしかしてそこで終わり?」

「ん?ええ。終わりね。話し疲れたし。だいたいあたしに話させてばっかりって恋人失格じゃない?」

「ええ…いやまあ、うん。確かに僕が全然話さないのはだめだよね。じゃあここからは僕目線どんな気分だったかでも話そうか」

「…んー…」

「…ご不満?」

「…うん。だめ。だめね。あなたの話は前に聞いちゃったじゃない」

「それはそうだけど、でも少し疲れたんでしょ?ずっと外だから寒いし、日結花ちゃんが風邪にでもなっちゃったら困るよ。悲しくなる」

「…えへへ、悲しくなっちゃう?」

「うん。悲しくなっちゃう」

「そっかー。じゃあ今日はもう帰りましょ?帰りながらお話して、うち帰ってもっとお話しましょ?」

「うん?日結花ちゃんの家行くの?僕も?」

「ええ。行くの。いいでしょ?ママとパパなら今からでも連絡すれば…ううん。連絡しなくても普通に歓迎してくれるわよ」

「…そうだねぇ。はは、婚約とかそういう話してからは杏さんも正道さんもぐいぐい来るようになったからね」

「ん、じゃあ決まりっ!今からうち帰ってお泊まりしながらいっぱいお喋りね!」

「おーけー。着替えは…あぁ、日結花ちゃんの家に常備してあるんだった。つくづく君のご両親のアドバイスは的確だなぁ」

「んふふ、だってあたしのママとパパだもん」

「はは、それもそうだね。よーし、じゃあ行こうか。日結花ちゃん、はいっ」

「あら、ふふ、あったかい手をありがと」





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