数年後のお話その5

「はいはーい!話戻すよー!私の質問はもう答えてもらったから終わりね!はい!じゃあ知宵ちゃん。続きいいよ?」


ぱぱっと話を打ち切って元の話題に戻してくれた。

ありがと胡桃。色々と脱線していたわ。特に郁弥さんの話題なんてそれだけで時間飛んじゃうんだからすごく助かったわ。


「私の生活と言われても…。仕事についてはさっき伝えた通り、ほとんど苦労はしていないわ。篠原さんが送ってくれることも多いし、八胡南から少し出れば新宿まで一本で通っているもの」


交通はまあ…あたしもよく行くからだいたいわかってる。


「料理をしないことも伝えたわね。食事はよく買うわよ。基本的にお米は家で炊いて、他は惣菜が多いわ。冷凍の野菜やカット野菜もよく食べているから心配しなくても大丈夫よ。だからその、私のお母さんのような目で私を見るのはやめなさい」

「あ、ごめん」

「わ、ごめんね」


眉を寄せてにらみつけてくる知宵にさっと謝った。自分でもどんな目で見ていたのかわかっていたから反射的に謝れた。

ごめんね、知宵のことだから…栄養バランスとか壊滅的なのかと思ってたわ。


「…まあいいわ。栄養のことはきちんと考えているから気にしなくて結構よ。…こんなところかしら?」

「うん。ありがとう。知宵ちゃんが健康な暮らししてそうで安心したよ」

「…はぁ。なんにせよ、これで私の暮らしぶりについても終わりね」


軽く全員の現状、というか生活について話し終えて一息。


「失礼します」


タイミングよくやってきてくれた店員さんからおしのぎを受け取り、お皿を下げてもらいつつ再度の注文。今度は胡桃だけがピーチウーロンを注文。知宵とあたしはまだ飲み終えていないのでパス。

胡桃が注文をしている間に、ささっと携帯を取り出してダーリンに一報を入れる。


【郁弥さーん。八胡南に知宵と住んでるとかやめてちょうだいね】


よし、完璧。ぱぱっと送ってついでとばかりに時間をみれば17時も30分を過ぎていた。


「知宵ちゃん」

「なに?」

「最近どう?」

「抽象的すぎるわ」

「恋愛とか」

「喧嘩なら買うわよ」

「ち、違う違う。知宵ちゃんも25歳だし、恋愛してるのかなって思っただけだよ」

「そう…。つまり煽っているわけね」

「なんでそうなるかなぁ!?」


知宵に恋愛の話振るなんて胡桃のばか。お酒飲んで頭緩んでるんじゃないの?振るならあたしに振りなさいよあたしに。恋愛のことならいくらでも話してあげるから。


「実際どうなの?最近知宵のそういう話聞いてなかったし、せっかくだから話したら?年末だし」

「…まだ二週間はあるわよ」

「二週間しかないでしょ。ほらさくっと話しちゃいなさい」

「嫌よ」

「でもほんとは話したかったり?」

「私、ずっと恋愛していないのよね。それは仕方のないことだけれど、年を重ねればそれでも気になってくるものでしょう?だから郁弥さんに頼んで色々話しているのよ。最初は日結花の恋愛いざこざ事件が発端よ。日結花はもちろん、胡桃も知っていることよね?」

「う…」

「あー、あれね。うん。知ってる知ってる。前にすっごく聞いたもん」


…顔がひきつるのを自分でも感じる。

知宵の顔笑ってるし、胡桃は同情してるし…ほんとにもう、心が痛むからやめてほしいわ。


「ふふ、"あおさき"と同じように話を振るあなたが悪いわ。目を潤ませてもだめよ。まだ一、二カ月ほどしか経っていないのだから私に勝てるとは思わないことね」

「うぅ…おっしゃる通りで」

「はー…どうして私はそのときそこにいなかったんだろう…。悔やまれるっ。悔やまれるよ!」

「…いなくてよかったから。ただでさえいろんな人に知られてるのよ?泣くわよあたし」


いくら終わった話だからって、わざわざ話したいことじゃない。ちょっと思い返すだけで恥ずかしさから顔が熱くなる。


「ま、まあそれはそれとして。知宵ちゃん、郁弥さんに誰か紹介してもらうって話したんだよ…ね?」

「そう。知り合いは多いそうだから、色々彼自身が認められる人を探してくれるそうよ。それの待ち中ね。連絡も取っているのだけれど、まだ時間がかかるそうね」

「そっかぁ…」


胡桃の返事がどこかしんみりとしていて気になった。あたしの話を変える絶好のチャンスかもしれない。

よし聞こう。


「郁弥さんの話は後に回してもいいかしら?いいわね知宵」

「私は構わないわ」

「ありがと。それじゃあ聞くけど、胡桃はどうなの?」


単純に話を変えたかったのはあるけど、普通に気になったというのも本音ではある。

言い出しっぺの恋愛事情も気になるでしょ?あたしのことは後で話せばいいから先に聞いておきたいわ。


「え?私?どうって…恋愛のこと?」

「うん」


まさか自分が聞かれるとは思っていなかったようなぽやっとした表情。可愛い、癒される。


「私かぁ…。そりゃー恋したいけど…相手がいないもん…」

「んー…」


しんみり寂しそう。相手がいないだなんて…よくあることではあるけど。


「胡桃って外出てる方だし、割と出会いとかあったりしないの?それこそほら、大学生のときの同期とか」


あたしと違って大学もきちんと通っていた胡桃は、晴れて今年の3月に卒業を果たした。それから既に九カ月。新居である奥白おくじろにも慣れ、お仕事にも余裕が出てきたであろうと思われる。当然あたし予測ではあるけれど。


「同期かぁ…。同期なら声者としての同期の方が仲良いかなぁ」

「あー、そっか。胡桃って普通に素養試験受けて普通に研修も受けて、普通に事務所のオーディション受けたんだったわね」

「…なにかな。すごく普通を強調されてむかっときたよ今の」


むぅっと頬をちょっぴり膨らませるのが胡桃らしい。頬が緩む。


「ふふ、ばかにしてるわけじゃないわよ。あたしも知宵も例外みたいなものだからちょっと面白くて」

「ふむ…そうね。あなたには話していないけれど、以前私と日結花で少し話したことがあるのよ。声者になった経緯から"あおさき"のことまで、色々とね」

「そうなんだ。私も"あおさき"聞いてるからちょっとは知ってるけど、細かいことは知らない…かな。うん」


瞳をきらきらさせて"教えて教えて"とオーラを出してくる胡桃に知宵と二人で苦笑する。

胡桃の、こう、全部表情に出るところとか結構好きよ。


「どうする?どっちから話す?」

「どちらでもいいけれど…声者としてならあなたの話の方が聞きたいと思うわよ?」

「でも胡桃って知宵のこと大好きだし…」

「やめなさい。私はノーマルよ」

「えーでも最初の頃はほん」

「いやいやいやいや!!何を話しているのかなっ!?私は二人の昔話が聞きたかったんだよ!?それなのにどうして、その…私が女の子好きとか、そういう話になるの?」


あせあせしているところが余計に…いえ、やめておきましょう。これはあたしの方にまで被害が及ぶわ。


「まあ、うん。いいわ。話すから落ち着きなさい」

「うう…はぁ…うん。落ち着くから話して」


しょんぼりしてるところが可愛い。いちいちあたしの恋人に似ているのが好ポイント。


「知宵、あたしからでいい?」

「ええ、どうぞ?」


知宵にも承諾をもらって、さっさと話を始める。

…なにから話そうかな。


「んー…っと、あたしってさ。ママが声者でしょ?」

「ええ」

「うん」

「だからちっちゃい頃とかママのお仕事よく見に行ったりしてたのよ。当然あたしも声者のお仕事に憧れるようになって、今に思えばママも嬉しくなっちゃったのよね。勢いで声者の素養試験受けたら普通に通っちゃって。事務所もママが所属してる"ソノシルカ"に入れてもらったわ」

「見事に敷かれた道を通っているわね」

「う…そうよ。仕方ないでしょ。ママからは"私のところ入らない?"とか言われて、事務所の人には"是非来てください。気軽に入っちゃってくださいねー"とか言われたんだもん…」

「わー…羨ましいような悩ましいような…」


それに、スカウトされたの10歳よ?10歳。いくらあたしが大人びているにしても、事務所がとうとかわかるわけないじゃない。


「事務所入ってからもママについていきながらお仕事見て、オーディション受けたり声者研修受けたりしながら学校に行っていたわ。あたしの場合、声者の研修は事務所入ってからなのよ」

「そっかー。私は素養試験のあとに研修受けたから、そこが違うんだね。…あ、日結花ちゃんも演技の仕方とか声の使い方とかの研修受けた?」


演技と声は…声者研修とは別のやつね。素養試験通った人が声者としてのお仕事を学ぶ期間。たしか…一年くらいはあったかも?


「たぶん受けてないわよ。それ、声者の研修とは別でしょ?」

「うん。別だね。自分なりに勉強はしてたんだけど、やっぱりプロの人に教えてもらうと違ったなぁ」

「へー、あたしも受けてみればよかったかな」


胡桃がこれだけうんうん頷いてるってことは割と身になったのかも。


「…あなたが受けても意味がないでしょう?周りの人が萎縮いしゅくする様子が目に浮かぶわ」

「別に萎縮なんてそんな…ねえ胡桃、あたしが一緒にその声者学校みたいなの行ってたらどうだったと思う?」

「え?…えっと、日結花ちゃんには悪いけど、たぶん知宵ちゃんの言う通りだと思うよ」

「…理由は?」


困った顔で言われた。一言聞き返す。


「だって、日結花ちゃん技力高いもん。レベル1の私たちがいるところにレベル100の日結花ちゃんが来たらみんな引いちゃうでしょ?」

「そこまで離れてるとは思わないんだけど…」


ちょっと言い過ぎだと思うの。


「ううん。それくらいは離れてるよ。今は私もできること増えたから違うけど、昔はずーっと先にいる人だったもん」

「ん、そう…」


声に憧れが混ざっていてむずがゆい。照れる。


「あ、日結花ちゃん照れてる?」

「べ、べつに照れてなんかないしっ」

「照れているわね」

「照れてるねー」


頬に熱が灯る。ゆるっとした二人の眼差しが変に恥ずかしい。


「も、もう!!それより話の続き!」

「はいはい、いいわよ」

「はーい、いいよー」


頬を緩めて返事をする二人に言いたいことを飲み込み、さっきの話の続きを…。


「ええと、"ソノシルカ"入ってお仕事し始めて、二年後に声者の本資格を取ったわ」

「二年後?あなたにしては長くないかしら?胡桃、あなたは本資格取得までどの程度かかった?」

「私?私は素養試験通って仮資格もらって、声者の研修は半年、演技とかのお勉強は一年…うん。一年。事務所のオーディション受けたのがその一年後だったかな。それから"歌団ゆうおん"に入れさせてもらって、本資格はすぐだったよ。所属してすぐ最初の歌劇やってみて、それでもう取得だね」


すらすらっと話してくれた。

時間的には仮資格からだいたい一年。普通にお仕事していたあたしが二年もかかっているのは色々おかしい。おかしいけど…。


「そのときの胡桃っていくつ?」

「うん?うーんと…」


むむっと眉を寄せて一瞬考え込む。

あたしが胡桃と知り合ったのが一昨年の春前。そのとき胡桃は二十歳はたちでまだ新人だったから…新暦26年に本資格くらい?つまり最初の歌劇は18か19、かな。たぶん。この子誕生日3月だし。


「18歳だったね」

「ん、じゃあちょうど高校卒業くらいね」

「だねぇ」


ふわっと微笑んで頷く。雰囲気がぽわぽわしていて癒される。


「ありがと胡桃。ちなみに知宵は?」

「私?」


当の知宵はのんきな顔してアイスグリーンティーを飲んでいた。自分が聞かれるとは微塵も思っていなかったような表情。


「私は18よ。胡桃と同じで仮資格を得てから半年声者研修を受けたわ」

「わ、知宵ちゃんも声とか演技とかのお勉強はなかったんだ」

「ええ。私は…いえ、私のことは後で話しましょう。先に日結花の話を終わらせてからよ」

「あっ、ごめんね。日結花ちゃん続きお願いしていい?」


ぺこりと小さく頭を下げるあたり胡桃の素直さが全面に出ている。知宵も知宵で話を戻そうとする真面目さが…いや、こんなこと考えてるあたしもあたしで変よ。雰囲気に酔ってるかも。


「いいわよー。あたしが仮取ってから本資格まで二年もかかった理由よね。今二人に聞いたけど、二人とも本資格取った年齢とかしっかりしてるでしょ?どっちも18みたいだし」

「そうね」

「うん。それなりには」

「比べて、あたしが仮資格を取ったのは10歳なのよ。本資格は12歳ね」


自分で言っててなんだけど10歳って…まだ小学生よ?12歳でやっと中学生だし、そりゃみんな場慣れさせようとするわ。


「わっか!子供だよそれ!」

「いや…うん。知ってる」

「…改めて聞くとすごいわね」

「そそ。だからお仕事そのもの、大人とかにも慣れるために時間かけたってわけ」


いくらあたしが超天才声者だとしても、大人に混じってお仕事するのは難易度が高すぎた。

お仕事慣れするのに二年かかって、本資格取ってから一年後に偶然知宵と出会ったのよね。


「知宵、覚えてる?あたしたちが初めて会ったときのこと」

「ええ。…よく覚えているわ」


微妙な顔の知宵とニコニコするあたしを見たからか、"聞きたい教えて"という視線が送られてくる。


「なになに?教えて教えて?」


視線だけじゃなくて言葉もだった。


「ふふ、あのときはねー。知宵ってばすっごく緊張してたのよ?」


大人慣れしてお仕事慣れしたあたし(13歳)と、ちゃんと声者になってまだ半年の知宵(19歳)。

見た目は完全に大人な知宵なのに、声者のお仕事としてはあたしの方が場慣れしていたりして。懐かしいわ。


「ち、知宵ちゃんが?」

「うんうん。普通の映画吹き替えだったのにねー。あたしはちょっとした役で知宵は準主役だったかな」

「…ええ。日結花は悪役の一人。私は捜査官の一人よ。仕事をするようになって大きな作品に携わるのは初めてだったから…よく緊張していたわ」

「そうなんだ…知宵ちゃんにもそんな時期があったんだねぇ」


胡桃がぽやーっとした顔で頷く。


「あなたは忘れているかもしれないけれど、私はまだ仕事を始めたばかりだったのよ。いくら私と言えど経験が少なすぎたわ」

「…自分で言ってて恥ずかしくない?別にいいけどさ。それより、あの頃ってお仕事始めてどれくらい経ってたの?半年?一年?」

「歌劇や拡歌以外はちょうど一年ほどだったはずよ」

「一年かぁ。一年目は大変だよねぇ。私も一年目とか二年目はすっごい大変だったもん」

「あー、一年かー。あたしはどうだったかなぁ…」


一年目なんてまだ10歳の頃でしょ?そんなのお仕事そのものが難しいものじゃなかったし、純粋に楽しくて仕方なかったような気が……ううん。また脱線しそうになってる。話戻さなきゃ。


「…ええと、それで、あたしと知宵の出会いはそれでいいわね。知宵があわあわしてあたしがふんふんしてた感じで」

「私があわあわ…」

「日結花ちゃんがふんふん…」

「はいはい。そんな微妙な目であたしを見ない。ほら知宵。次は知宵の話」


二人してなんともいえない顔してくれちゃってもう。ぱぱっと進めないとずっと話できないじゃない。

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