数年後のお話その4
話にひと段落がつき、それぞれ飲んだり食べたりしたところで店員がやってきた。
「サラダをお持ちいたしました」
「はーいありがとうございますー」
「ありがとうございます」
「ありがとうございますー。それと注文いいですか?」
「はい。お飲み物ですね」
「はい。えっと、モスコミュールを一つください。あ、知宵ちゃんは?」
「私は…そうね。アイスグリーンティーをお願いします」
「はい。モスコミュールとアイスグリーンティーですね。かしこまりました。グラスをお下げしますか?」
「「お願いします」」
…二人の、というより胡桃の注文聞いて思ったんだけどモスコミュールってなに?お酒なのはわかるのよ?ただあたしが聞いたことないだけで…。
「私の家の話はもういいよね。今度は二人の話を聞きたいんだけど…どう?」
「いいけれど…日結花。どちらから話す?」
「それはどっちでも。その前に胡桃、一つ聞いていい?」
「え?うん。いいよ?」
キョトンとした顔で頷く。
この感じだと、胡桃だけじゃなくて知宵もわかっているらしい。もしくは知宵の場合お酒のことなんて気にしていないか。
「モスコミュールってなに?」
「あー…そっか。えーっと、簡単にいうとライムのお酒、かな」
「ライムって、あのすっぱいやつ?」
「うん。レモンに似てるよね。私は全然使わないけど」
緑色のレモンか。…あれでお酒って、全然美味しくなさそう。すっぱいだけじゃない。
「それ美味しいの?」
「それなりかなぁ。アルコール結構強いし、私は飲んだら胸が熱くなる感じが好きだよ。あとはライムだからスッとさっぱりする感じが好きかも」
「へー…」
ごめん胡桃、よくわかんなかった。
「…知宵は、好きなの?」
「私は好きじゃないわ」
「えー」
「あ、そうなの…」
即答が返ってきて少し拍子抜け感。
物足りなさそうな、不満そうな、そんななんとも言えない顔をしたのはもちろん胡桃。
「…私が度数の強いお酒を飲むわけがないでしょう。酔う酔わない以前に倒れるわよ」
「う…それを言われると」
「私には3~5%程度のお酒で十分なのよ」
「ううー…はぁ」
寂しそうにため息をつく姿を眺めながらアイスグリーンティーを一口飲む。
ん、美味しい。あたしにはノンアルコールで十分ね。
「とりあえずモスコミュールについてはわかったわ。ありがと」
「え、あはは、いいよいいよ」
「じゃあ話戻して…家の話だった?」
「うん。知宵ちゃんと日結花ちゃんの家?生活スタイル?かな」
んー…生活スタイルねぇ。
「失礼します。お飲物をお持ちいたしました」
「はーい」
「はい」
「モスコミュールです」
「はいー」
「アイスグリーンティーです」
「私です」
ぱっぱと飲み物を受け取る二人を見ながら考える。
あたしの家は咲見岡のこと話せばいいとして、生活スタイルは…自分の部屋のことでいいかな。
「知宵、あたしから話すけどいい?」
「ん」
頷きながら一口アイスグリーンティーを飲んで"あら美味しい"と一言。
まるでどこかの貴婦人のような仕草と言い方。それが様になっていて変な感じ。それはさておき。
「あたしが住んでるのは咲見岡だけど…二人ともうちに来たことあるでしょ?」
「うん」
「ええ」
「うちも含め周りの家の印象ってどうだった?」
駅から歩いて15分くらい。通りはほとんど住宅街で、マンションとかアパートはあんまりない。
一軒家ばかりよ。
「…大きな家が多かったわね」
「立派なお家が多かったかなぁ」
だいたい同じような感想。
「そうなのよね。あたしの家って結構大きいのよ」
他の街中とか見ていて思うもの。あたしの住んでる咲見岡全体がそれなりの住宅街だって。
冷静に考えたらママは有名声者(公務員)で、パパは有名作家(印税すごい人)。…そりゃお金ならあるわ。だってほら…あたしの年収だってあれじゃない。もうすぐ
「ええっと、家に関しては割と良いところ住んでいるの。それで、家事とかはママの手伝いが基本かしら。自分のことは自分でするけれど、お料理を作ったりはあんまりしないわね。してもママと一緒に作るくらい?」
「割と予想通りね。実家暮らしならそんなものでしょう」
「そうだねぇ…私もうちにいたときは日結花ちゃんみたいな感じだったかなぁ」
一人暮らし組二人が頷き合っている。実家暮らしなんてものはみんなが経験しているものだからか、あまり新鮮さはない様子。
「そんな感じだし、胡桃みたいに変わった所もないわ。…うん。終わり!」
「短い!?短いよ日結花ちゃん!」
「えー…だって話すことないんだもの。ラジオじゃあるまいし、わざわざひねり出さなくていいでしょ」
「ううん…そうだけどぉ…なんか釈然としないなぁ」
「…ふぅ、まあ仕方ないわ。日結花の家は普通の実家暮らしなのだから。しいて言うなら住む環境が良く、生活もそのものの水準が高いことよ」
「そうなんだね…」
「別にあたしが寝て起きてご飯食べてお仕事してのお話をしてもいいけど…聞きたい?」
「いえまったく」
「うーん…それはべつに」
「でしょ?」
そんなわけであたしの話はさくっと終わった。
パパがお料理するとかあたしもお菓子作ったりするとか、郁弥さんと頻繁に話してるとかデートしてるとか。今はそういう話じゃないから省かせてもらった。
「最後は私のことね。二人もわかっていると思うけれど、私は八胡南に住んでいるわ。日結花も胡桃もよく来て…よく考えたらあなたたち私の家に来すぎじゃないかしら?」
眉を寄せて問いかけてくる知宵に胡桃と顔を見合わせる。
「うふふ」
「えへへ」
「笑ってごまかそうとするのはやめなさい」
二人ぶんのにこやかな笑みがいい感じに出たというのに、知宵の不機嫌度は余計に増した。
「はぁ…あのね知宵。別に胡桃の家でもいいのよ?でもあんた家から出ようとしないじゃない」
「ぐ…今日はちゃんと来たわよ」
「今日はね。でも、あたしたち知宵ができるだけ家を出ないようにしているのちゃんと知ってるんだから」
「う…」
「あと、知宵ちゃんの家ってご両親がいる日結花ちゃんの家より行きやすいよね」
「それは…そうかもしれないけれど」
なんとも歯切れ悪そうな。知宵も知宵であたしたちの言っていることがわかってはいるらしい。
「…わかったわよ。もういいわ。そう…それで、私の生活のことよね。私は…あまり料理はしないわ」
「「それは知ってる」」
「家事はしているわよ。あなたたちが思っているよりやることはきっちりやっているわ」
「あー…うん。知宵ってその辺しっかりしてるものね。やることちゃんとやってだらけてるっぽいし」
「知宵ちゃんの家の中綺麗だもんねぇ」
あたしもそれなりにお掃除しているはずだけど、この子には負ける。
「当然でしょう。"私がやらなくて誰がやると言うの…私がやるべき、私にしかできないことなのよ"」
「あっ!そのセリフ『銀雪のギャラクセス』で聞いたセリフだね!?」
「ふふ、よく知っているわね。胡桃、わかっていない日結花に説明してあげなさい」
「え、うん。それはいいけど…日結花ちゃん知らない?」
「…知らないわ」
瞳をきらきらさせる胡桃から一歩身を引く。先ほどのセリフはもちろん作品もまったく知らない。聞いたことがない。
「『銀雪のギャラクセス』はロボットのアニメーションだね。『金炎のコスメティア』と同じ世界観のお話で、このアニメーションのすごいところは舞台も一緒にやっているところなんだ」
「舞台?」
「うん。舞台。最新の
「へー…」
舞台はノータッチだからそんなことになっているとは知らなかった。昔みたいにママの舞台を見に行ったりもしてないし…今度見に行ってみようかな。
「補足すると、"銀雪"の舞台はつい数年前にできた全方位空映可能な立体劇場になっているわ。立体映像はもちろんのこと、役者も飛んで跳ねて自由に劇場を駆け回るわよ」
「ええ…なにそれ」
ちょっと意味わかんない。風景の想像はつくのよ?でも…あたしの知ってる舞台じゃない。全方位空映可能はともかく演者が飛んで跳ねるっていうのは謎すぎる。
「今どきの舞台は劇場内の上部、空中のことね。そこを使うことが当たり前になっているのよ」
「…そっかー」
…さすが最新技術。あたしも空立板使ってるし人のこと言えないけど、いつの間にか演劇が超進化を果たしていた。
あたしがちっちゃい頃は空を飛んでいる人なんていなかったはず。空映技術は使われていたけれど…人も空を飛ぶ時代になったのね。
「その"銀雪"とやらに知宵は出てたりするの?」
セリフがどうとか言ってたから出てるはず。
「ええ。私はアニメーションの方だけれど、主人公陣営に所属している女性役の声を出させてもらっているわ」
「ちなみに、さっきのセリフは敵陣営の罠にかかって全滅しそうなところを食い止めるときに放った言葉だよ!舞台もアニメもどっちも見たけど、迫真の演技だったなぁ」
そんなしみじみ頷かれても…。どう反応すればいいのよ…。
「えっと…それは今度見るとして、話戻してもいい?」
「あぁ、そうだったわね。…何の話だったかしら?」
「知宵ちゃんの生活の話だけど……二人ともさ。お互いの作品にあんまり興味ないよね」
「ん?」
「うん?」
呆れを含んだような言い方に知宵と二人で首をかしげる。
知宵の反応がやけに可愛い。なにその可愛い仕草。あざとい。
「前から思ってたんだけど、お互いの出演作気になったりしないの?」
「うーん…」
「そうね…」
これまた二人で目を合わせて悩む。
「ん…ふふ、知宵。なんか"あおさき"っぽくなってるわよ」
「ふふっ、私も同じことを考えていたわ」
二人揃って考えたり悩んだりするのがすごくラジオっぽくて笑っちゃった。
ブースで見合って考えることもたくさんあるから、違う場所で同じ感じになると変に面白い。
「はー楽しい。ふふ、胡桃。別にあたしたち気にしてないわけじゃないのよ?」
「ええ。日結花の言う通り。私も日結花も興味がないわけではないの」
「そ、そうなの?」
目をぱちくりと瞬かせて驚く。あたしの好きな人が見せる表情に似ていてほっこりした。
「そうそう。ほら、あたしたちってお仕事多いじゃない?知宵の作品見るって言っても全部見られないのよ」
「その点に関しては胡桃も同じじゃなくて?」
「それは…たしかにそうかも」
こくりと頷く胡桃も、今となっては売れっ子…ほどじゃないわ。普通ね。あたしが言うのもなんだけど、あたしと知宵って結構すごいのよ。声者としての才能とか能力とかその辺。特にあたしは環境もよかったし、知宵は歌も演技も天才だったから…うん。あたしたちは例外。
「全部見ることはできないでしょう?だから、私たちは見てほしいものはきちんと渡すことにしているのよ」
「渡すって…CDとかかな」
「それもあるわね。他にもイベントのチケットであったり、DVDであったり様々よ」
「そうなんだ…」
イベントなんて行けないことも多いけど、一応渡しておくし受け取っておく。最初からスケジュールで行けないとわかってるときはさすがに受け取らないけどね。
「あとはあれね。映画とかだと一緒に見たりもするわ」
「あぁ。面白くないものだと私が1.5倍速にするもののことね」
「ええぇ…」
「それそれ。せっかくあたしがわざわざDVDまで持ってきてあげたのに、最初はひどいと思ったわ。もう慣れたけど」
「つまらないものはつまらないもの。あなたの恋人とでも一緒に見ればいいでしょう?」
「郁弥さんと?あの人と二人っきりとかばかにしてるの?ドキドキしすぎて映画に集中なんかできるわけないじゃない」
「…予想の斜め上を行く回答が来て困ったわ」
ていうかあの人とは映画館で見てるからいいのよ。あたしの出てる作品なら全部網羅してくれているし、わざわざDVDで見るものでもないわ。第一、それするくらいならもっと他のデートするわよ。
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