数年後のお話その2
今はクリスマスも近い12月の中旬くらいな時期。今年のお仕事もだいたい終わってきて、つい数日前にも大きなお仕事が一つ終わった。映画の吹き替えで、タイトルは『姫様国盗り物語』。アメリカ名だとプリンセスストーリーとかそんな感じだった。
この映画、面白いのがたくさんのお姫様が出てくるところ。国盗りと言いつつ世界の果てにある秘宝を探しに出るとかいう意味不明な話なのに、旅に出たお姫様の出会う相手がみんなお姫様だったりする。味方になる姫様もいれば敵になる姫様もいて、友情にあふれた冒険活劇ストーリーになっている。
とにかく、お姫様が色々頑張って自分の国を世界一にするお話なのよ。すっごく面白いわ。
―――♪
映画の吹き替えが終わってみんなで打ち上げしたのが一昨日。そして今日は二回目の打ち上げ。参加者はあたしこと
珍しいことに、『姫様国盗り物語』にはあたしたち三人が参加していた。色々とあたしの恋愛関係でお世話になっている親友二人。まさか三人一緒にお仕事をする日が来るとは思ってもみなかった。
「日結花?」
「ん、なに?」
「いえ、何か考え事でもしているのかと」
「ちょっとね。あたしたちがお仕事で打ち上げするなんて思わなかったなーって」
「あぁ、そういうこと」
そんな話をしながら店員にお店の中を案内される。お店の雰囲気は静かめで、がやがやしてはいるもののそこまでうるさくはない。完全個室なだけはある。
先頭の知宵が奥の長椅子に座って、あたしは知宵と向き合う形で手前の長椅子に座る。
「…わー、私どっちに座ればいいんだろー」
「別にどちらでもいいでしょう?私の方でも、日結花の方でも」
「そうそう。どっちでもいいわよ」
入口でまごまごする胡桃を促して座らせる。
「ええっと…じゃあ奥にします…」
胡桃がおそるおそる椅子に座り、それから三人で店員の人から説明を受ける。コースの確認と飲み物のこととおすすめのドリンクと。あたしが未成年だからあたしだけお料理のみのコースで、知宵と胡桃は飲み放題も付いたコース。飲み物はさすがにお酒がたくさんで、未成年の方は別でノンアルコールドリンクもございますとの話。
「それじゃあアイスグリーンティーをお願いします」
「かしこまりました」
「すみません。私たちも注文をお願いできますか?」
「はい、大丈夫です」
あたしが飲み物を選んでいる間に対面の二人もお酒一覧を眺めていたようで、どうやら注文をするらしい。
「私は柚子みつサワーでお願いします」
「はい。柚子みつサワーですね…」
「あっ、私は梅酒をロックでお願いします」
「梅酒のロックですね…かしこまりました。以上でよろしいですか?」
「「「はい」」」
ひとまずの注文を終えて一息。ちらりと手首の時計に目をやれば時刻は17時を少し過ぎたところ。
「前から思っていたのだけれど、胡桃。あなたお酒強いの?」
「え?うん。そこそこはね。知宵ちゃんは…あんまり飲んでいるイメージはないかも」
「ええ。あなたの言う通りよ。私はあまり飲めないわ」
あたしはお酒飲んだことないからわかんないけど、これまでのお食事会議でだいたいの飲み具合はわかってる。胡桃はいろんなお酒をどんどん飲んでいて、知宵はちょこちょこ飲みながらノンアルコールドリンクも混ぜて飲んでいる感じ。
ちなみにあたしはというと、当然未成年なのでお茶を一杯か二杯だけ。基本別料金だからそんなに飲まないわ。
「胡桃は二日酔いとかないの?結構飲んでるじゃない?」
「うーん…ないかなぁ。私、お酒で酔ったことないんだよね」
「そう…羨ましいことね」
「あはは、いろんなお酒飲めるのは楽しいよ。でもねー…二人とも知ってる?お酒って結構高いんだよ?」
ずーんと沈んだ表情。
高いと言われても買ったことがないからなんとも…。
「それは、値段のことよね?」
「うん。値段もだよ。あとはほら、カロリーとか…」
カロリー?
「カロリー?」
あたしが疑問に思ったことを知宵が聞いてくれた。ナイス知宵。
「そうカロリー。お酒って割と高カロリーなもの多かったりするんだよね。私は結構運動してるからいいんだけど、お酒ばかり飲むのも身体に悪いのかなぁって思って」
「なるほど…」
「へー…」
お酒が高カロリーなんて知らなかった。
胡桃の身体的に太る痩せるはいいとしても、たしかに健康は気にしないとだめかも。
「体型は別にどうでもいいわね。普通に細いし」
全体的にね。
「…なんかすごいばかにされた気がするんだけど」
恨みがましい目で見られた。別になんとも思っていないのに。
「そうかしら?」
「だって私の胸見てたもん」
「…気のせいじゃない?」
あたしともあろう者が人の胸を見るなんてはしたないことしないわよ。それに、真っ平らなものを見てなんになるというの?
「…日結花ちゃんだって私とそんなに変わらないのに」
ぼそっと呟いた一言は、わざとらしくあたしに聞こえるような声量だった。
「…ふーん、そう。それはつまり、あたしに喧嘩を売っているということね?」
「…ふふ、いいよ。日結花ちゃんが言うならいくらでも喧嘩してあげる」
二人でにらみ合いを始める。
この戦いは負けられない。あたしのプライド的に負けたくない。見た目から負けるのがわかっているならともかく、胡桃みたいな子に負けるわけにはいかないわ。
「はぁ…あなたたち、どちらも小さいことに変わりはないのだからくだらないことを話すのはやめなさい」
「「うぐ…」」
なんてことを言ってくれるのかしらねこの子はっ。
「…あんたにはわからないでしょうね、あたしの気持ちは」
「…知宵ちゃんにはわからないよね。私の気持ちは」
さっきまでのにらみ合いはなんとやら。言葉はシンクロして気持ちも同じ。ない者同士似たような…なんかない者同士って
「ええ、そうね。まったくわからないわ。あなたたちみたいな持たざる者の気持ちなんてわかるはずないでしょう?」
「「ひぅ…」」
強烈な一言に加え、圧倒的な上から目線に言い返せない。
…だって、ほんとのことなんだもん。
「失礼します。ドリンクをお持ちいたしました」
「あ、はーい」
飲み物を持ってきてくれた店員へ反射的に返事をした。
さっきまでのやりとりならもう忘れたわ。どうせばかみたいな話なんだし引き延ばす理由なんてないもの。
「アイスグリーンティーのお客様」
「はいはーい、あたしです」
「柚子みつサワーのお客様」
「私です」
「梅酒。ロックのお客様」
「はーい私です」
と、それぞれ飲み物を受け取った。
「すぐに料理をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「「「はい」」」
短いやりとりを経て去っていく店員を横に、あたしたちはグラスを手に取る。
「じゃあはい、誰が言う?」
「…日結花でいいでしょう?」
「私は知宵ちゃんがいいと思います!」
「あたしもあたしも!知宵がいいと思う!」
「く…どうしてかしら?」
どうしてと聞かれても…。
「「年長者だから?」」
胡桃と二人顔を見合わせて答えた。
「あなたたち…こういうときに限って私を年上扱いするのはやめてといつも言っているでしょう?」
「えー、だって知宵が年上なの事実だし。胡桃今いくつ?」
「私?私は22だよ。日結花ちゃんは?」
「あたしは19よ。知宵は?」
「…私は25だけれど、なに?文句でもあるというの?」
19と22と25って…いい感じに三つずつ離れてるのよね。
「別にないわ。それより早くしてほしいんだけど」
「ごめんね知宵ちゃん。お願いできる?」
いつも通り文句は言いつつも、ちゃんとこなしてくれるのが知宵の良いところ。
「…はぁ…仕方ないわね。それじゃあグラスを持ちなさい」
「はーい」
「はいっ」
ほらね。だから知宵好きよ。
ため息をつきながらの言葉を聞いてグラスを手に取る。
「こほん…今年もお疲れ様!乾杯っ!!」
「「お疲れ様ー!乾杯っ」」
―――かららん
三人でグラスを合わせた後ストローに口をつける。グリーンティーらしく爽やかな甘さが口の中に広がる。氷で冷やされたこともあるのか、後味もすっきりしていてすごく飲みやすい。
「…ふぅ」
「はー美味しいー」
「…ん」
ここのお店初めてきたけど、ひとまずはかなりいい感じ。飲み物もそうだけど、なにより雰囲気がいい。
「ねえ、胡桃ってこの辺に住んでるんでしょ?」
「うん?うん。そうだよ?」
「このお店も来たことあったのよね?」
「うん。あったよ。だから今日ここ選んだんだし」
「ふむ…私はこのお店、というよりも
知宵の言う奥白駅はあたしが住んでいる
…なんか"知宵と郁弥さんが住んでる"って言葉すっごくやだ。なんていうか、自分の考えたことに嫉妬を覚えるとか意味わかんないけど嫌なものは嫌。許せないわね。あとで郁弥さんに連絡入れておこう。
「え?うーん。どうと言われても…普通だよ?住み心地は悪くないかな。お仕事現場にもそんなに遠くないし、私は好きだよ、ここ」
「そう…。やはり仕事をするのに都会が近いと便利なのね」
「ふふ、そうだね。私たちのお仕事って朝早いこと少ないけど、やっぱり移動時間は短い方がいいよね」
「ええ。それはよく思うわ」
「移動時間かー。胡桃ってここから何分くらいかかるの?あ、新宿でいいわよ」
「新宿?うーんと…だいたい30分いかないくらい?」
「近いなぁ…」
「近いわね…」
言葉が被った。30分で新宿といえば、だいたいあたしの家からの半分の時間。
「あたしの家からだと1時間くらいよ。知宵は?」
「私もあなたと同じくらいね。おおよそ1時間」
「わー、二人とも遠いね。それ、結構大変じゃないの?」
「んー…あたしの場合場所によるけど
「私も
知宵と目を合わせてくすりと笑い合う。
こういうところも似ているから変な感じ。長々"あおさき"やってこれているのも似たところが多いからなのかもしれない。
「ええぇ…二人ともおかしいよ。マネージャーさんの扱いが変だよ…」
「そう?あたしの事務所ってみんなこんなもんだけど?」
「私の事務所も同じよ。家に直接ではなくある程度都会に出て拾ってもらうことの方が多いわね」
「あー、それあるかも。今日はここまできてーとか普通にあるわ」
「そうでしょう?直接家まで迎えに来てくれるのは…4割ほどかしら?」
「あたしは…半分くらい?かな」
たぶんそれくらい。知宵より東京も横浜も近いからね。峰内さんも迎えに来やすいのよ、きっと。
「…なんかすごい羨ましくなってきた。私、送迎なんて全然ないよ?そりゃお仕事からお仕事への移動は送ってもらうけど、うちからお仕事現場まで送ってもらうなんて全然」
心底羨ましそうな目であたしたちを見てくる。
新宿まで30分切ってる場所に住んでる人に言われても…。
「それ、車使うより電車の方が着くの早いからじゃない?」
「う…」
「なにせ新宿まで30分かからないのでしょう?」
「うぐ…」
ぱぱっと二人で撃沈してあげた。
送り迎えないのは単純にきついけど、都会が近いのは色々と便利な部分も大きいと思う。ショッピングは当然、旅行に行くのも遊園地とか遊びに行くのも絶対アクセスしやすい都会の方がいい。
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