恋さき GW企画2018年度版
※このお話は本編とは一切関係ありません。
※ノリで書いたので飽きたところで切りました。ほぼ遊びみたいなものです。あしからず。
◇
「さぁ郁弥さん!!今日も元気に冒険するわよ!」
「ふあぁ…日結花ちゃんおはよう…朝早いね…」
「ふふ、おはよう。今日は新ダンジョンが開放されたのよ?声者として行かずにはいられないわ」
眠そうに目元をこする姿がなんともキュートで恋心がくすぐられる。
こんなのんびりぽわぽわしているのに、ダンジョン内だとあんなにもかっこよく戦ってくれるのよね。…やだ、朝からハグしてぎゅーってしたくなってきちゃった。
「声者関係ないと思うけど…まあいいよ。日結花ちゃん一人だと心配だからね。僕より強いとはいえ、やっぱり好きな子を一人にはさせられないよ」
「ん…と、とりあえず起きてぎゅってしてくれない?」
「え?…いいけど。はい、ぎゅー」
「あ…」
特に躊躇もなく気軽に抱きしめてくれた。さっきまでお布団で寝ていたからか、温もりが伝わってくる。
…あれね。別に新ダンジョンとかどうでもいいわね。このまま郁弥さんの匂いと温もりに包まれて過ごしたいわ。そもそも、あたしが新ダンジョンに行く理由ないじゃない。冒険なんて行かなくたってお金には困らないし、攻略ならあたしたち以外の人がやってくれるでしょ。
「…はぁぁ、ねぇ郁弥さん」
「ん、なにかな?」
「今日は新ダンジョンをやめようかと思うの」
「…ちなみに理由は?」
「ずっとこのままで」
「はい終わりー」
途中まで言ったら身体を離された。
…そういうのやめた方がいいと思うのよ、あたし。
「……」
「そんな不満そうにしないでよ。僕はさっきのままでもよかったんだけどさ…日結花ちゃんダンジョンで探し物あるんでしょ?」
「…そうだったわね」
探し物といえば、あたしはダンジョンで稀に見る宝物を探しているんだった。宝物の中にある万能の鍵を見つけて、ママが残した宝箱を開けないと…。
「日結花ー、郁弥くーん、朝ご飯できたわよー」
「はーい、今行きまーす」
「……郁弥さん」
「なに?」
なんていうか…。
「…今さらだけど、あたしがママとパパの尻拭いをしなくちゃいけない理由ってある?」
主に鍵探しとか。
「そうかもね……じゃあ、冒険やめる?」
「……やめない」
「ふふ、じゃあ今日も行かないとね」
なにが楽しいのかくすくす笑われた。
…べつに、あたしは冒険がしたいわけじゃないのよ。…郁弥さんと一緒に冒険してダンジョン行くのが好きなだけで、それだけなのよ。
「…ええ、仕方ないから行くわ。今日はご飯食べて身支度終えたらちゃんとセーブするのよ?」
「…はい。昨日のことは本当に申し訳ありませんでした」
「ん、いいわ。許してあげる」
昨日のダンジョン攻略はセーブ忘れで終わり。幸いなのは、今日新ダンジョン開放のお知らせがあったこと。それがなかったら、また同じところを進むはめになっていたと思う。
「…まあ、今日も頑張ろうかな」
どうせ二人で頑張ることには変わりないもの。郁弥さんと一緒なら別になんでもいいわ。ママとパパの探し物手伝いくらい、いくらだってしてあげようじゃない。
「さて…やってきたはいいけれど、セーブした?」
「受付でしてきたよ。さすがに毎回1から始めるのはもうこりごりだからね」
「よーし、じゃあ行きましょうかー」
「おーけー」
軽く装備を確認する。あたしは魔術式を入れた服に法衣と靴やアクセサリーなど。郁弥さんも魔術式入りの普段着。法衣の代わりにジャケットのような動きやすい上着を着ている。あと指輪とかのアクセサリー色々。
『キューリィ!』
ダンジョンの入り口をくぐった途端、聞こえたのは魔物の鳴き声で…目の前には案の定多数の魔物が…。
「…毎回思うのだけど、ダンジョン作ってる人って悪趣味よね」
「…まあ、最初に十字砲火はクソゲー呼ばわりされても仕方ないよね」
唐突に襲ってきた魔弾を
「相変わらず小悪魔系列の魔物は防御力ないわね」
「そうだね。基本的にこっちの魔術で一撃だし」
立ち回りはあたしが後衛で、郁弥さんが前衛。基本的に物理も魔術も防いでくれるけど、後ろからの攻撃はあたしが捌くことが多い。
「ていうか小悪魔オンリーって…なに?バランス悪すぎでしょ」
「あはは、僕にとっては防ぐの楽だからいいけどね」
小悪魔系列のリリスルを片っ端から屠っていく。
いくらリリスルの進化体だとしても所詮は小悪魔。あたしたちの敵じゃないわ。
「っ、日結花ちゃんヴァンパイアだ!」
「"白魔の光その1"!」
がんがん進んで石壁だらけの1階層も終わり間近。ボスらしき魔物も相変わらずの小悪魔系列。ただし、リリスルの二段階は上。
「…ふぅ、あぶなかった。あと少しで郁弥さんが犠牲になるところだった」
ヴァンパイアの魔弾はそれなりに強く、補助魔術なしじゃダメージは必至。
なんとかあたしの魔術で攻撃を防いで、郁弥さんのハンドパンチで倒すことができた。
「いや…あの、別にさっきのくらってもほとんど効かないよ?」
「知ってるわよそれくらい」
演出よ演出。さっきの魔弾だとダメージは…HPの1万分の1くらいかしら。あたしならもうちょっと入るかもだけど…とにかくほとんど効かない。
郁弥さんにダメージ入れたいならヴァンパイアの上の上の上のノーブル・ヴァンパイアくらいは連れてきなさい。
「そんなことより"白魔の光その1"が切れる前に次の階層まで行きましょ」
「あ、うん」
"白魔の光その1"とは、それっぽく白い輝きを身体に纏わせる演出魔術。効果は白く光るだけ。実は防御とか攻撃には意味がなかったりする。
「ここの魔王さんも同じフリー素材を使ったのね…」
「みたいだね。でもフリー素材はやめよう。色々とほら、ね?」
ヴァンパイアを倒した先にあった道を進めば、なんの前触れもなく景色が切り替わる。大理石っぽい床に高い天井。どこかのお城の廊下と言っても通用しそうな景色。
別のダンジョンでもだいたい同じ。選ばれる理由はかっこいいから、以上。
「それはいいけれど…あら、あたしたちより先に来てる人がいるみたいね」
「あ、ほんとだ、こんにちはー」
ダンジョン内でも躊躇いなく声をかけるところとか大好き。
「こ、こんにちは!」
パーティーのリーダーらしき男の子が返事をする。年齢は…たぶんあたしより下くらい?二十歳にはなってないわね。
「君たちは…あんまりダンジョン慣れしてなさそうだね?」
「は、はいっ。僕たち、今日が初めてで」
「あ、あの!もしかして『太陽姫とナイト様』のお二人ですか!?」
「…あー、はい。一応僕たちがそれです」
リーダー君を遮って女の子が聞いてきた。『太陽姫とナイト様』とかなんとか。
…我ながらひどいネーミング。こんな変なの付けちゃったから、ほら郁弥さんも微妙な顔してる。
「わー!!本当ですか!!すごいっ!あ、あの!よかったらサインとかって…」
「え…それ、声者としての日結花ちゃんじゃなくて、僕からも?」
「もちろんです!咲澄さんのことは前から知ってましたけど…私、藍崎様のファンなんです!」
ふむ…。
「どうして僕の?僕なんてただの壁みたいなものだよ?」
「と、とんでもないです!テレビで見るときいっつもかっこよくて…戦ってる姿がほんとに騎士様みたいで!えへへ、だから大ファンなんですっ!」
ふむふむ…。
「あはは、そっか。ありがとうね。サインくらいいくらでも書いてあげるよ」
「わぁ!ありがとうございますっ!!」
…なんていうか。彼氏が言い寄られているときの気分ってこんな感じなのかしら。本当に言い寄られてるわけじゃないから少し違うけれど…あたしがサイン書いてるときって郁弥さんこんな気分だったのかな。
「むぅ…」
もやもやする。こんな程度のことで嫉妬してるなんて自分が恥ずかしい……いえ、それだけ郁弥さんのこと好きなのよ。恥ずかしくもなんともないわ。
「はい、これでいいかな?」
「ありがとうございますっ!!」
書いたサインは普通に漢字で、書いてある場所は女の子が持っていた本。おそらく魔術を補佐する本で…。
「いやいや!ちょっと待ちなさい!」
「ん?どうかした?」
「どうかしたって…このサイン魔術刻印になってるじゃない!」
「ま、魔術刻印っ!?」
女の子が驚くのも無理ない。魔術刻印なんてお金取るやつだもの。安くて数万。高いと数十万は飛ぶのよ。
「いつの間にオリジナルの魔術刻印作ったの?」
「あれ、言ってなかった?名前の関連付けで作っておいたんだ。基本効果は吸収と排出。補助で防御力向上だね」
関連付けしておけばどんな言葉でも魔術刻印にできるとはいえ、自分の名前を繋げるなんて…珍し…いえ、結構やってる人いたわ。
「もしかして、あたしにくれたプレゼントにも入ってたりする?」
「ご名答。しっかり入れてるよ」
…最近やけに魔術効率良いとは思っていたけど、そんな裏話があったのね。無駄に高性能じゃない。
「あ、あの!…こんなすごいものもらってもいいんですか?」
ダンジョン初心者とはいえ魔術師は魔術師。魔術刻印のことくらいは知っていて当然で、オリジナル魔術刻印(高性能)の価値も知っているらしい。
「そこのところどうなの?ナイト様」
「別にいいよ。減るもんじゃないし。でも、今書いたやつは軽く書いたから一週間くらいで買えると思う。だから気をつけてね?」
「は、はいっ!ありがとうございますっ!!」
ぺこぺこ頭を下げる。
初々しい…まるで、初対面のときの郁弥さんみたいな感じ。
「…あのぉ」
「ん?…君もこのパーティー?」
「はいっ…ええっと…わ、私にもサインくださいっ!」
これまた緊張してそうな女の子。
先にいたパーティーは男女二人ずつで、男の子は端の方に座っている。元気な女の子が本を自慢していて、戦力がどうとか慢心するなとかそんな言葉が聞こえてきた。
「はは、いいよ。どこに書く?」
「え、ええっと…て、手帳にお願いします」
「おーけー」
渡された手帳にさらさらっと書いて、流れるようにあたしも書き記す。
「"強くなりなさい"」
「えっ!?」
声者らしく、自分で書いたサインに声を吹き込んだ。効力は劣化保護。そう簡単に壊れないし、防腐防虫その他諸々のお得な効果持ち手帳に早変わりよ。
「どうぞ?大事にするのよ?」
「あ、あのっ!ありがとうございます!お二人とも…ええと、頑張ってくださいっ!」
小走りでパーティーのところに帰っていく女の子がまた可愛らしい。
「日結花ちゃん、どうしてサイン書いたの?それに声まで使って…」
…また言いにくいことを聞いてくれる。
「…郁弥さんが言い寄られていいのはあたしだけなのよ、わかりなさい」
「…うん。わかった…」
薄っすら赤く染まる頬がどんな気持ちなのかを伝えてくれる。
…ばか。照れるのはこっちの方よ。
「さーて、じゃあ俺の番だな!ナイト様よ!俺と手合わせしてくれ!!」
「あー…日結花ちゃん、時間は大丈夫?」
「時間?…」
腕時計に視線を合わせれば、あと1時間でお昼時。もともとお昼までのダンジョン攻略予定だったから、全然時間が足りない。
「郁弥さん急ぐわよ!デートの方が大事だけど、せめて3階層くらいまで行っておかないと!!」
「あはは、僕たちらしくなってきたね!よし、ちょっと頑張ろうかな!そんなわけだからごめんね?はいこれ、僕らのパーティーカード。手合わせくらいならしてあげられるからさ。じゃあ、ちょっと急ぐから!またね!」
ぱぱっとカードだけ渡してあたしの先を走る。走りながら補助魔術を全身に巡らせているところを見るに、郁弥さん一人で魔物を殲滅しちゃいそうな勢い。
「それじゃあ、あたしも行くわね。デートのためなのよ。ごめんね?さっきのカードからあたしたちのパーティーに繋げられるから、また会いましょ?」
「あ、はいっ!」
「ふふ、お先に失礼するわ?…"速く強くどこまでも行ける!"」
軽い挨拶をして、声を込めて足を進める。ついでに補助魔術も全身にかけて、一瞬で第2階層へ。
「…なぁ勇気」
「…なに?」
「俺…手合わせなんて頼まない方がよかったかもしれん」
「…頑張れ」
「ふふん、藍崎様と咲澄さんよ?賢三に勝ち目なんてあるわけないじゃない」
「えへ、えへへ…二人からサインもらっちゃったっ。えへへ、咲澄さんから声力まで込めてもらっちゃったぁ」
「…詩織のやつ嬉しそうだなぁ」
「そりゃ…だって藍崎さんと咲澄さんっていったら超有名パーティーだからね。…咲澄さんの方は僕も声者として知ってたし、以前歌劇に参加させてもらったことも」
「あるのか!?まじで!?」
「や、やけに食いつくね。あるよ。一瞬で寝て終わっちゃったけど…」
「へぇー…」
「でもすっごく気分良くなったなぁ…疲れとか吹き飛んだね、うん。…まあそれで、咲澄さんは声者だから声力で有名になったのは当然だよね?」
「まあなぁ…ありゃ反則だわ」
「あはは、そうだね。で、あとは藍崎さんだけど…」
「ふふ、それは私が紹介してあげるわ!藍崎様はパーティー名にもあるようにナイト様なのよ!特に優れているのは守りね。咲澄さんのことを全身全霊で守っている姿は本物の騎士様みたいで…うう、生で見たらすっごく優しそうだったわぁ」
「…確かに優しそうだったね。僕たちなんかにもちゃんと対応してくれて…良い人オーラがすごかった」
「それだけならいいんだが…あの魔術速度はおかしいだろ。あと練度な。どうやったらあんなハイレベルの補助魔術使えるんだよ。…手合わせじゃなくて訓練にしてもらえねぇかな…」
「あ、訓練なら僕も参加したいかも」
「それは私も!!」
「私も私も!参加させて!」
「お、おう…聞いてみてからな。聞いてみてから」
『ヴァィ』
3階層の終わり。ボスっぽい魔物が目の前に立ち塞がっている。系統はトカゲ。大きさはあたしの三倍くらいで、武器は大きな剣一本。上位種なだけあって、普通に戦うとかなり強い。魔術も盾で防がれて、大きな剣が大ダメージを与えてくる。
「…じゃあ、うん。キントーカゲさん。先に行くわね」
「…ごめんね。時間がないんだ」
『ヴァィ…』
普通に。
そう、普通に戦えば強い。今回は部屋の気温を氷点下まで下げさせてもらった。
変温動物なトカゲ系列の魔物。郁弥さんが防御に徹している間にがんがん気温を下げて、比例してどんどん鈍くなるキントーカゲ。
可哀想だけど…仕方ないわ。悲しそうな鳴き声しても無駄。あたしたちはデートのために進むんだから。
「っと、到着したね」
再び景色が切り替わり、1.2階層の終わりで見た通路に入った。
「よし、戻るわよ」
「うん。時間は…おっと、ちょうど12時だね」
「ほんと?ふふ、じゃあ戻って最初にお昼食べましょ?」
「いいよ。今日は何食べようか?」
通路の途中にある談話室で位置情報の登録をする。これで次もここから始められる。
ダンジョンに入る前の受付でセーブして、談話室での登録。この二個が必要なのよ。よく作ったものよね、このセーブシステム。
「僕は和食が食べたいかな。蕎麦とかご飯とか」
「べつにいいけど、前も同じこと言ってたわよ?」
「え、そ、そうだったかな?」
「ふふ、郁弥さんってほんと和食好きよね」
お寿司食べたいとか、焼き魚食べたいとか、釜飯食べたいとか。恋人になってからどんどんしたいこと言ってくれるようになったのよ。
「うん。…なんでだろうね。美味しいからかな」
「そうねー。あ、ふふ、あたしの手料理とだったらどっちが好き?」
「日結花ちゃんの料理」
「そ、即答ね」
躊躇いがなさすぎてちょっぴり照れる。
「あはは、そりゃ好きな子の手料理だもん。比較にならないよね」
「ん…もう、恥ずかしいこと言わないの。早く行くわよ。とりあえず服だけ置きに行きましょ?」
「そうだね。帰ろうか」
ダンジョンを出て、ひとまずはうちまで帰る。
朝から始めたダンジョン攻略は前座。今日はこれからのデートが本番なのよ。ご飯食べて…手でも繋ぎながらショッピングしようかな。腕組みながらでもいいかも。…はー、楽しみになってきた。よしよし、デート楽しもうっ!
◇
◇
「…ふぁぁ」
「あ、日結花ちゃん起きた?」
「…んぅ…ええ、起きたわ…」
少し遠くから聞こえた声はあたしの恋人のもの。
「…あたし…寝てたの?」
「うん。寝ちゃったからブランケットかけさせてもらったよ」
「…そう、ありがと…」
身体を起こしてブランケットを除ける。郁弥さんはあたしが横になっていたのとは別のソファーに座っていて、わざわざ移ってくれたらしい。
「…んー…」
寝起きで少しだけ寒い。なんとなく郁弥さんの座っている方に移動してぴったりくっつく。
「え…あ、あの、日結花ちゃん?」
「…ん、なに?」
「いや…ちょっと近い気がするんだけど…」
「近いって…いつもこんなものでしょ?」
ソファーに座ってるときはこれくらいの距離だったはず。寒い季節はもちろん、暑い季節も空調効かせてぎゅーぎゅーくっついてたから。
「いやいやいや。こんな近くなかったからね?」
「んん…もう、なんなのよ。嫌なの?」
「…嫌なわけじゃないけど…さすがにさ」
「……んー?」
なんか郁弥さんの反応がおかしい。いつもより顔赤くしてて…きゅんとくるわね。…いやそうじゃなくて、これくらいで照れるなんてこの人らしくない。動揺はしても、ここまで恥ずかしがってはいなかったはず。
…あたし、なにか間違ってる?
「ええと…一つ聞いてもいいかしら?」
「う、うん。どうぞ?」
「…あたしたちって、いつ恋人になった?」
…眠気が覚めたら現状が見えてきた。あたし、ひどい勘違いをしていたかもしれないわ。
「…えっと、なってないと思うんだけど…」
困惑と照れの入り混じった表情。嘘なんてこれっぽっちも見えない。
「…そう」
そっと距離を取る。
「はぁぁぁ…」
「…日結花ちゃん、大丈夫?」
「…ええ。大丈夫。大丈夫よ」
…よく考えたら色々おかしかった。あたしが郁弥さんと恋人なのは…まあおかしくない。将来的になるんだし、変じゃない。そこはいいのよ。なにがおかしいって、ダンジョンやら魔術やらがもう意味わかんない。なによ声の力って。声者はそんな変な存在じゃないから。あと魔術なんてないわよ。もう…ほんとに。はぁ…。
「…僕に出来ることがあるなら言ってね?相談くらいいくらでも乗るから」
「ありがと…」
郁弥さんは…どこの世界でも変わらないのね。相変わらずあたしの胸に響くことばかり言ってくれる。
「…とりあえず膝枕してくれる?」
「そんなことでいいの?いいよ」
「お願いね…」
考えをまとめたくて膝枕をしてもらった。顔の向きは郁弥さんのお腹側。
「はぁ、落ち着く…ねえ、頭なでて?」
「はいはい。…これでいいかな」
「…えへへ。ありがと」
膝枕してもらって頭なでてもらって……なにこれ、夢の中より幸せなんだけど。郁弥さんなんなの?くっつくのはだめなのに膝枕して頭なでるのはおーけーなの?…なんなのよ、その判断基準。大好き。
「……」
…もう一回寝て忘れよう。寝て起きたらたぶん大丈夫、だと思う。…うん。寝よう……。
◇
「……ふぁぁ」
郁弥さんは……ええっと。
「…どういうこと?」
ソファーどころかあたしベッドで寝てるし、隣に恋人の姿なんてないし……。
「……」
なるほど、つまり…。
「…二度夢?」
…はぁ。どっちも夢だったってことね。そりゃそっか。あんなあたしに都合の良い展開あるわけないわ。どれだけ幸せ者なのよ、あたし。
もういい。二度寝しよう。どうせ今日休みだもの。普通に寝る前のこと思いだしたわ。今日と明日休みだったのよ。もう知らない。あれだけ幸せなのが夢だったなんて…くぅ、もどかしいっ!
―――♪
もう!なんなのよ!こんなときにメールなんて!
【日結花ちゃん?今度のデートの話だけど】
「…えへへ」
郁弥さんなら先に言ってよね。ふふ、今すぐ返信しちゃうわよー。あ。むしろ電話にしましょ電話に。
―――♪
『もしもし?』
「ふふ、あたしよ」
『日結花ちゃんなのはわかってるけど…どうしたの?いきなり電話って』
「あら、理由がなくちゃだめ?」
『そんなことないよ?はは、じゃあちょっと喋ろうか。僕いま暇だし。日結花ちゃんは時間大丈夫?』
「ええ。全然大丈夫」
別に…別に夢の中じゃなくてもよかったわ。だって、郁弥さんはどこにいたって変わらないもの。あたしが好きなことも変わらないし、こうやって話してるだけで幸せなのも変わらない。
夢は夢で十分に幸せだったけれど、今の時点で十二分に幸せだったのよ。
『それはよかった。まずは、そうだね…やっぱり次のデートのことから話さない?』
「ふふ、いいわよ?今度はどこに―――」
それに、夢のことならそのうち実現させるんだから問題ないでしょ?あれくらい、かるーくこなしてあげようじゃないの。覚悟しなさい。絶対恋人になってやるんだから。
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