恋さき クリスマスss 新暦3x年 2つめ

※このお話は本編から数年後のクリスマスになります。(2017年記載)




雨上がりの澄んだ空が目に映る。このまま走り出したくなるような、そんな陽気。


「…クリスマスなのにぃ」


恨みがましく空を睨みつけてしまったのは許してほしい。いくら空が青く綺麗であろうとあたしがお仕事に追われていることは変わりないのだから。


ーーー♪


電車に乗ってみても気分は変わらず、それでも少しだけ楽になった。

周りはみんなあたしと同じでお仕事なのよ。同類が多いっていいものね。うん。


「……」


郁弥さんなにしてるかなー。元気かなー。クリスマスにお仕事してるのかなー…たぶんあたしと同じでお仕事中…せっかくだし聞いてみよう。


【はーいダーリンおはよー、メリークリスマス!今なにしてるー?】


…ちょっとやりすぎかしら。日曜日にも会ってたんだしこんな謎テンションで挨拶する必要なかったかも。


【やぁハニーおはよう。メリークリスマス。今は日結ちゃんの家で正道さんとお茶してるよ】


え…はっ!?な、なにそれ!お仕事は!?なにやってるのあの人!ていうかパパとお茶ってなにしてるのよほんとに!


【なんで?なにしてるの?お仕事は?】

【今日はお休みですから。なんとなく日結ちゃんの家行ったら正道さんに誘われてさ】


…休むなら言っといてよ!あたしに!!あたしだって休みを…無理か。無理ね。今日のはあたしがメインの収録だったわ…。


【…ずるい。一昨日にでも言ってくれればよかったのに】


そうしたら今日も元気でいられたと思う。


【ごめんごめん。日結ちゃん仕事入ってるの知ってたからさ。邪魔しちゃ悪いと思って】


…邪魔じゃないわよ。むしろいてくれた方が快眠できたわ。


【…もう終わったことだしいいわよ。それよりこの時期によく休み取れたわね】


普通無理でしょ。仕事納めで忙しくしている時期なのよ?あたしだって日曜日に午前中お仕事。午後からデートで忙しかったし。今週の土曜日もお仕事で埋まってるわ…。


【あぁ、それなら大丈夫。土曜日に出てその代休だからね】


…代休制度って素晴らしいわ。あたしにも代休ちょうだい。


【あたしには代休なんてないのだけれど…】

【…なんかごめん】


…いいのよ別に。調整はできるから時間は作りやすいもの。


【いいわ。気にしないで。それよりあたしそろそろ着くから。また後でね】

【うん。後でね】


やりとりしてる間に目的地までたどり着いた。いつものスタジオ。

クリスマスだとか関係ない。今日も頑張ろっ!



「お疲れ様でしたー」


収録を終えた。


「じゃあ咲澄さんと高美さん。あと―――」


と思ったら終わってなかった。なに?……あぁ、このメンバーはあれね。歌ね。


「曲のサンプルが届いたので、お渡しします」


受け取ったサンプルCDには曲名と歌詞と、あとあたしの名前が印字されていた。みんなでどんな曲歌うか話しながら、軽く収録日などについて聞いて解散。

どうやらあたしはみんなと違ってソロがあるらしい。しかも複数。さすが主役。



「んーいい匂い」


冬晴れの昼下がり、駅のホームに立っているだけで紅茶のような匂いが鼻腔をくすぐる。強い風が吹いているからここまで匂いが届くんだと思う。

こんな強い風久しぶり。気持ちいいわ…。


「…ふぅ」


電車に乗って一息。風で乱れた髪をさらっと整えて空いている椅子に座った。平日昼の電車は人が少なくていい。

やっぱり髪が短いと乱れてもすぐ整えられるから楽でいいわ。横で結んでるのもあって前髪ちょこっと手で梳くだけで十分だもの。


「……」


あぶない。あくびが漏れるところだった。

太陽の熱が暖かくて眠気が襲ってきた。ほんとすぐ寝ちゃいそう。この後はもう一つクリスマス特番こなして、終わり。たぶん夕方には帰れると思う。そんな時間かかるお仕事でもないし。ラジオの生放送なんて余裕よ余裕。喋ること喋ってすぐおしまい。30分なんて一瞬でしょ?



はいおわりー!終わった終わった。クリスマスにまつわるお話とか年末のお話とか色々したら終わってたわ。はー終わった……疲れた、帰ろ。


「…はぁ」


ため息がこぼれるのも仕方ない。いくら楽だとはいえ自分のラジオじゃないところにお邪魔するのは疲れる。

番宣だってRIMINEYのこと言わなくちゃいけないし、あたしのリスナーならともかく他の人たちは1から説明しなきゃいけなくてめんどくさい。

…ラジオは好きだけど、ゲストにお呼ばれされるのは気を張るのよ……郁弥さんまだいるかなぁ。


【…まだうちにいる?】


携帯の時刻は既に16時を過ぎている。朝からいたなら帰っていてもおかしくない。


【いるよー】


と思ったらいてくれた!やった!まだいるのね!これはあたしのため、あたしを待ってくれていたのよ。早く会いに行かないとっ。


【これから帰るから待っててね?】

【うん、待ってる】


か、可愛い。あたしが帰ったら目を輝かせて"おかえりっ"って言ってくれる姿が目に浮かぶわ。そのままぎゅーっと抱きしめて癒してくれるのよね。知ってる。


【郁弥さん、結婚しましょ】


っと、ついプロポーズしちゃった。魔が差したわ。


【え、そのセリフ僕が言うべきじゃない?】

【じゃあ今度言ってね?来年でも再来年でもいいから】

【おーけー。突然言うと思うからそのときを待っててよ】


待っててだって…ふふ、ちゃんとプロポーズしてくれるつもりなんだ。こういうところ郁弥さんらしいわね。


―――♪


今朝からずっと暖かったとはいえ、季節は冬。日が沈めば寒くなるのは当然。ふわっと通り過ぎた冷たい風に身を震わせていると、電車発着のアナウンスが耳に響く。

もう少しあったかい格好してくればよかった。一枚薄手の冬用コートにしたのが間違いだったわ。帰ったらお風呂入ろう。

クリスマス。この時間帯でもまだまだ人は多い。平日だから…ううん。もう学生は冬休みだから人が多いのかもしれない。恋人同士らしい二人組もそこそこに多い。


「…ふぅ」


人の流れを眺めて十数分。乗り換えてからも同じ。ときどき郁弥さんとネミリで話をするだけで、あとはぼーっと考え事をしていた。

今年も終わり。クリスマスが来るといつもそう思う。毎年毎年…年末には色々と考えさせられる。昔は自分のことに精一杯で、自分の将来とか自分のお仕事とかそんなことばかり考えていた。少しは成長して、周りに目を向けられるようになって…郁弥さんと出会って。今のあたしは人のことを考えてばかりいると思う。

同業の人はもちろん知宵や"あおさき"のみんなのこと。ママとパパのこと。学校の友達は…今でも仲良いのは二人くらいかな。…それと、郁弥さんのこと。恋人になって、本当によく彼のことを考えるようになった。何年一緒にいても想いは変わらず、むしろ強くなっているように感じる。

今年も…いろんなことをした。普通の恋人よりは距離が近くて、お互いのことを知っているから迷いはなくて。旅行したりもしたけれど…結局見慣れたお互いの家どちらかで二人静かに過ごすのが一番なんだってわかったり。


「あ…」

「日結花ちゃん、おかえり」


一人しんみりしていたところに優しい言葉が届く。いつもの笑顔で、いつもの声音で、いつだってあたしが来て欲しいときに来てくれる…大好きで愛しいあたしの恋人がいた。


「…お迎えありがと。メリークリスマスね」

「そうだね、メリークリスマス…日結ちゃん。手、冷たくない?」

「冷たいわ」

「じゃあ繋ごうか」


きゅっと手を握って歩みを進める。じわじわと手から広がる温もりがあたしの心まで包んでくれるようで、自然と頬が緩んだ。


「あたし、あなたが好きよ」

「あはは、突然どうしたのさ。僕も好きだよ」


"好き"というと、当たり前のように"好き"が返ってくる。そんな当たり前が嬉しくて、一人考えていたことを彼に伝える。


「さっき。色々考えていたのよ。今年も色々あったなーって」

「へー…そうなんだ。でも、僕からはあんまり言うことないかなぁ」

「あら…そうなの?」


繋いだ手に軽く力を入れて問いかける。

郁弥さんのことだからもっと考えたり振り返ったりしてると思った。


「うん…だって、来年も再来年も。それこそずっと先まであるんだからさ。年の終わりは"ありがとう"と"よろしく"だけでいいと思うんだ」

「…そっか」


"ありがとう""よろしく"、ね…ずっと先までなんて、まるでさっきのあたしみたいなこと言うわね……え、プロポーズ?


「ねえ郁弥さん」

「なんだい?」

「今のプロポーズ?」

「あはは、違う違う。プロポーズならもっと場所とか整えたいでしょ?日結ちゃんもさ」

「…それはそうだけど」


…そうよね。もっと雰囲気あるところでしてほしいわ。でもちょっと拍子抜け。期待しちゃったじゃない…。


「でも…それくらいの意味は込めてるよ。末永くよろしくねって」

「…うん。あたしこそ、ありがとう。あとよろしくお願いするわ」

「あはは、お願いされちゃったね。じゃあとりあえず…今日は日結ちゃんの家で楽しいことしようか?」

「……えっちなことするの?」


…明日もお仕事だしそれは…嫌じゃないんだけど。むしろしたい……ええと、郁弥さんだってお仕事でしょ?


「いやいやいや。さすがにしないよ。明日仕事だし。そうじゃなくて…実はケーキ買ってきたんだ」

「ふーん…案外普通ね」

「食べさせ合いっこしない?」

「する!それは楽しそうねっ。早く帰りましょ?ほら早く!」


それを早く言ってよ。そんな嬉し恥ずかし素敵なことできるならしんみりなんてしていられないわ。


「わかったから引っ張らないで。そんな引っ張ったら手離れちゃうよ」

「あ…それは嫌だわ」


…手が離れるのは嫌よ。


「日結花ちゃん」


しっかりと手を握り直したら郁弥さんがあたしの名前を呼んだ。変に真面目な声色。


「なに?大事な話?」

「ううん…今年も一緒に過ごせてよかったなぁって思って」

「ふふ…さっきは振り返ったりしないって言ってたじゃない」

「あはは…でも思っちゃったから。伝えないともったいないしさ」

「…もう。じゃああたしからも改めて…来年のクリスマスも一緒にいてくれる?」

「もちろん。来年も一緒に祝おうね。大好きだよ」

「…ありがと。あたしも大好き…ちゅ」


そんな会話を長々と続けて、家まで帰ってきた。ママもパパもあたしたちを待っていたみたいで、二人仲良く手を繋いでの帰りを囃し立ててくる。

家族だけじゃなくて大好きな人とも一緒にいられる…この時間が一番の幸せで、これから先ずっと大切にしていこうと、ぽかぽか温かい胸の内で思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る